最近、本業多忙でネタが枯れ気味。
そこで、大学時代のサークルの落書き帳に、サークル同期を主人公に仕立て上げて勝手に話をでっち上げて連載していた話を投入してみます。暇つぶしにどうぞ。
~~~ 小市民山下 その1 『熱帯夜にて』 ~~~
夏ともなると寝苦しい夜が続く。
山下はエアコンが苦手だ。若干冷え症気味の山下にとってエアコンは敵だ。ましてや、寝ている時にエアコンをつけっぱなしにするなど、とんでもないことだ。
正直、死んでしまうかもしれない。
網戸にして夜気を部屋に取り入れ涼をとる。そして氷水を片手に本を読む。
これが山下にとって一番の納涼方法だ。
そして、眠気を誘う難解な本を読む。
今日はハイデガーを読んでいる。
この本はあまりの難解さに読み始めるとすぐ寝てしまうため、何度読んでも先に進まない。
しかし、それで良い。進んでもらっては困るのだ。
なぜなら、それは睡眠薬だからだ。
今日も少し読んだところで眠気が訪れた。
『暑いながらも何とか今日も寝られそうだ。』
と、山下が夢うつつの状態で漠然と思った時、その音は聞こえた。
『~~ん。ぷ~~ぅ~~ん。』
山下の背中に緊張が走った。
網戸を見やると少し開いていた。
本を読んでいる間に、部屋の光に誘われていつの間にやら蚊が入り込んだらしい。
蚊の羽音は、やたらと耳につく性質で、無視して寝ようとしてもどうしても気になる。このままでは気になって眠ることができない。
深く眠り込んだ時に現れてくれれば、いくらでも血を吸わせてやったものを!!
熱帯夜にやっと訪れた眠気。
しかし、眠気を中断させ続けるその羽音に山下は戦うことを決意した。
部屋の明かりをつけ、羽音のする方に目を凝らす。
一瞬見つけたものの、見失う。
見つけたと思うと、それは飛蚊症だったりする。
やっと視界に蚊を捉えた。
素早く山下は手を伸ばし、両の手を思いきり叩きつけた。
ジンジンと痛む手を見てみると、そこに蚊は居なかった。
逃げられた。
その後も断続的に羽音を立てる蚊に悩まされ、あっちで手を叩き、こっちで手を叩きしていても、一向に蚊は捕まらない。
『手は痛い。あなたはいない。』
どうでもよいフレーズが頭の中でリフレインする。
「蚊の動きは素早く、動体視力が追いつかない。では、どうしたらよいものか。」
山下はひとりごちた。
電気を消し、布団の中で横になる。神経を研ぎ澄まし、蚊の羽音に耳を凝らす。
山下は部屋と同化した。
今、部屋には完全に人の気配が消えた。
『~~~ん。ぷぅ~~。』
来た!
しかし、ここで慌ててはいけない。蚊が止まるのを待つのだ。
山下は肉を切らせて骨を断つ作戦に出たのだった。
全神経を集中させ、皮膚に対するわずかな蚊の動きを捉え、蚊が血を吸い始めたその刹那、蚊を亡き者にしよう、という捨て身の作戦だった。
蚊はやってきた。
羽音はかなりの大きさに聞こえる。
そして止まった。
一瞬の間を置いた後、山下は思いきり、蚊が止まったと思われる場所を叩いた。
ものすごい音が部屋に響いた。
と、同時に、音がよく聞こえなくなった。
止まった場所は耳の近くであったため、耳をも叩いてしまったのだった。
「なんということだ・・・。」
山下は悲しんだ。こんな事で中耳炎になってしまったら、一体他人に何と説明すればよいのだ。
しばらくの間、全く右耳が聞こえない。常ならば回復してくる時間を経過しても、まだ、よく聞こえない。
耳が回復するのを待っていると、なんとか正常な状態に戻ってきた。
その安心感と、蚊の心労と暑さの疲労から、あっという間に山下は眠りに落ちた。
次の日、布団を見ると押し潰された蚊の死骸と血糊がついていた。どうやら寝返りで潰したらしい。
一体あの努力は何だったのだろうか。悪い夢でも見ていたような気がする。
今、山下の足には、蚊に刺された跡がある。
それは勲章だ。
しかし、山下は思った。
今日の夜は、クーラーをつけよう、と。
(了)
そこで、大学時代のサークルの落書き帳に、サークル同期を主人公に仕立て上げて勝手に話をでっち上げて連載していた話を投入してみます。暇つぶしにどうぞ。
~~~ 小市民山下 その1 『熱帯夜にて』 ~~~
夏ともなると寝苦しい夜が続く。
山下はエアコンが苦手だ。若干冷え症気味の山下にとってエアコンは敵だ。ましてや、寝ている時にエアコンをつけっぱなしにするなど、とんでもないことだ。
正直、死んでしまうかもしれない。
網戸にして夜気を部屋に取り入れ涼をとる。そして氷水を片手に本を読む。
これが山下にとって一番の納涼方法だ。
そして、眠気を誘う難解な本を読む。
今日はハイデガーを読んでいる。
この本はあまりの難解さに読み始めるとすぐ寝てしまうため、何度読んでも先に進まない。
しかし、それで良い。進んでもらっては困るのだ。
なぜなら、それは睡眠薬だからだ。
今日も少し読んだところで眠気が訪れた。
『暑いながらも何とか今日も寝られそうだ。』
と、山下が夢うつつの状態で漠然と思った時、その音は聞こえた。
『~~ん。ぷ~~ぅ~~ん。』
山下の背中に緊張が走った。
網戸を見やると少し開いていた。
本を読んでいる間に、部屋の光に誘われていつの間にやら蚊が入り込んだらしい。
蚊の羽音は、やたらと耳につく性質で、無視して寝ようとしてもどうしても気になる。このままでは気になって眠ることができない。
深く眠り込んだ時に現れてくれれば、いくらでも血を吸わせてやったものを!!
熱帯夜にやっと訪れた眠気。
しかし、眠気を中断させ続けるその羽音に山下は戦うことを決意した。
部屋の明かりをつけ、羽音のする方に目を凝らす。
一瞬見つけたものの、見失う。
見つけたと思うと、それは飛蚊症だったりする。
やっと視界に蚊を捉えた。
素早く山下は手を伸ばし、両の手を思いきり叩きつけた。
ジンジンと痛む手を見てみると、そこに蚊は居なかった。
逃げられた。
その後も断続的に羽音を立てる蚊に悩まされ、あっちで手を叩き、こっちで手を叩きしていても、一向に蚊は捕まらない。
『手は痛い。あなたはいない。』
どうでもよいフレーズが頭の中でリフレインする。
「蚊の動きは素早く、動体視力が追いつかない。では、どうしたらよいものか。」
山下はひとりごちた。
電気を消し、布団の中で横になる。神経を研ぎ澄まし、蚊の羽音に耳を凝らす。
山下は部屋と同化した。
今、部屋には完全に人の気配が消えた。
『~~~ん。ぷぅ~~。』
来た!
しかし、ここで慌ててはいけない。蚊が止まるのを待つのだ。
山下は肉を切らせて骨を断つ作戦に出たのだった。
全神経を集中させ、皮膚に対するわずかな蚊の動きを捉え、蚊が血を吸い始めたその刹那、蚊を亡き者にしよう、という捨て身の作戦だった。
蚊はやってきた。
羽音はかなりの大きさに聞こえる。
そして止まった。
一瞬の間を置いた後、山下は思いきり、蚊が止まったと思われる場所を叩いた。
ものすごい音が部屋に響いた。
と、同時に、音がよく聞こえなくなった。
止まった場所は耳の近くであったため、耳をも叩いてしまったのだった。
「なんということだ・・・。」
山下は悲しんだ。こんな事で中耳炎になってしまったら、一体他人に何と説明すればよいのだ。
しばらくの間、全く右耳が聞こえない。常ならば回復してくる時間を経過しても、まだ、よく聞こえない。
耳が回復するのを待っていると、なんとか正常な状態に戻ってきた。
その安心感と、蚊の心労と暑さの疲労から、あっという間に山下は眠りに落ちた。
次の日、布団を見ると押し潰された蚊の死骸と血糊がついていた。どうやら寝返りで潰したらしい。
一体あの努力は何だったのだろうか。悪い夢でも見ていたような気がする。
今、山下の足には、蚊に刺された跡がある。
それは勲章だ。
しかし、山下は思った。
今日の夜は、クーラーをつけよう、と。
(了)