長篠落武者日記

長篠の落武者となった城オタクによるブログです。

インフルエンザ

2016年01月26日 | 日記
先週土曜日に寒波が到来し雪が少し舞ったのでスキーウエアを着せて外で子供を遊ばせる。
日曜日に子供の調子が悪くなり発熱。特に娘は高熱で39度近い。
月曜日に両方とも熱が下がらないので医者に行った結果、娘はインフルエンザだとと判明!
通学停止となる。息子はインフルではありませんでした。
熱が高いのとタミフルを処方されたので娘はぼんやりしていました。タミフルを処方するので、お子さんから目を離さないで、と、妻は薬局で言われたそうです。
異常行動で有名なタミフル。本当にそうやって注意されるんですね。
ちなみに娘はB型だったそうです。

本日、娘は少し熱が下がって起きたりしていましたが、やはり夕方になると38度台に上がってしまう。
B型は上がったり下がったりしてぐずぐず熱が下がらないのが特徴、と、医者に言われたとおり。A型に比べて長引くそうです。
息子にそろそろ感染するのではないか、と、思っていたのですが、本日は平熱。

インフルエンザになると家族全員罹患、ということも覚悟したのですが、不思議と私と妻は今のところ大丈夫です。

よくよく考えてみると、結婚した当初、40度近い高熱を出してよく寝込んでいたのですが、今思うとインフルなのでは、と、思うようなものも多かった。ただ、当時は検査キットとかも無かったせいか風邪として処理され、高熱でうんうん唸って治していたような気がします。

体力のある30代前半にやたら高熱出して寝込み、死にそうな声で唸っていたのをみて妻が「この人死ぬんじゃないのか。」と、思ったと同時に「なんて弱い人だ。」と思ったそうです。

ところが、最近はそういう事態に陥ることが少ない。

今の職場で同期に
「歳取ると抗体ができるのか、あまりインフルかからなくなるよね。」
と、言われましたが、そのとおりなんじゃないかと思っています。

と、今日このブログ載せた翌日、高熱出してフーフー言ってるかもしれませんが。。。

真田丸を見ていた娘が驚きの一言を放った。

2016年01月19日 | 
「真田丸」を見ることで子どもを歴史好きに洗脳しようプロジェクトが進んでいます。
娘は小1。そろそろ頃合かと。

※出典ウィキペディア 真田家の家紋「六文銭」

まずは真田丸の第2話について。
第1話に比べだいぶ冗長な部分があったな、と。
信玄の霊が現れるのも唐突感がありましたし、高畑淳子が扇子落とす奴とかも話を引き伸ばそう感が出ているような感じがしましたが。まぁ、1年間通じて話を持たせないといけないからしょうがないか、と思いましたが。
第1話が良すぎただけに、第2話の期待値が上がりすぎたのかもしれません。
でも、最後の方で「自立する」と草刈昌幸が宣言するあたりは、やはり良いなと。
草刈昌幸でなるべく話をつなげてくれ、と、思ってしまう。後、本多佐渡守正信を近藤正臣、というのは嵌ってるな、と。

さて本題。

オープニングの映像を見ていた娘が、城の狭間(さま)を見て言う。
「なんで△とか□とかあるの?」

※出典:ウィキペディア 姫路城の狭間

「長四角は矢、三角とか丸は鉄砲を撃つために開けた穴だよ。」
と、私が説明をすると、

「じゃあ、守る場所が決まっちゃうね。」

と、いう。
この一言を聞いたときに脳天をぶん殴られたような衝撃を受ける。

今まで狭間の形状や使い方を知ることで自分は満足してしまってましたが、確かに娘が言うように、塀のその位置に、その形状の狭間を開けると言うことは、城が保有する武器や人員構成を判断の上、迫り来る敵をここで効果的に殲滅しよう、という考えがあったはず。
今まで、それをあまり意識せず、形状を知って満足していた自分に気づき恥じ入るばかり。
また、さして歴史に興味の無い6歳の娘が、そこに気づいたことに驚く。

「すごい!すごいぞ!よくそんなことに気がついたね!それはすごい!!}
と、アルキメデスがエウレーカと叫んで素っ裸で走り出すくらいの全力の勢いで褒め称えました。
褒める事で子供が歴史への興味を深めることに期待もしつつ。

しかし、娘の指摘のおかげで、今後城を見るときにもう少し注意深く見ようと思った次第です。
全く興味のない人の根源的な質問と言うのは貴重です。

「親馬鹿」と言うのかもしれませんが。。。

秦桐若、湯治に死す。

2016年01月17日 | 戦国逸話
武将感状記を読んでいたところ、中身を読んで唖然とした話があったのでご紹介。

◯ 秦桐若、湯治に死す
秦桐若は黒田官兵衛に仕えて度々戦功を挙げ、首を31も取った。
兵庫県の近郊の者は、秦の旗印である唐団扇(長さが約3m)あるので知っており、敢えて近づかなかった。敵に向かって行く時は旗印を隠し、近づいて突然旗印を出すと、敵はすぐに逃げていった。
天正10年の山崎の合戦でひどい傷を負い、療治したところだいたい治ったものの、快復までには至らなかったので翌年有馬温泉で湯治したところすぐ治った。
桐若が思うに
「この湯を浴びて傷が癒えた。もし、この湯を飲んだら更にすごい効用が得られるのでは?」
と、3杯飲んだところ、猛烈な腹痛に襲われ酷い下痢になり、傷口が再破裂して死んでしまった。

「秦桐若、湯治に死す」

て、2時間枠のサスペンスドラマのタイトルのようですが、要は無茶した話。
その落差に唖然。

そもそも、その旗印を見ただけで敵が逃げ出すような猛将。
でもそれでは手柄が立てられないからか、旗印を隠して近づき突然見せる、ということをしていた、という話も興味深い。しかも、見た敵は逃げていく、って、どれだけ脅威に思われていたか、ということが伺えます。

傷を早く治そうと焦って、よせば良いのにガブガブ飲んだら死んでしまった、という、まさに
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。」
という諺がぴったりな話。

有馬温泉のホームページをみると、様々な種類が入っており、モノによっては飲料用の温泉もあるようですので飲んだからといって死ぬ、ということではなさそう。
やっぱり体が相当弱っており、風呂の負担に暴飲が加わったのが良くなかったのか。

しかしまぁ、旗印を見ただけで敵が逃げ出す武者の最期としては、残念な感じがしてしまいます。
戦国時代の侍達は死に様にも気をつけないといけないですね。

断捨離に妻が目覚めた。

2016年01月15日 | 日記
同じアパートに暮らす奥さんの影響を受けた妻。
断捨離を宣言。
ものすごい勢いで物を捨てています。

うちのゴミ捨て場に「ええ、なんでこんな立派なものがたくさん?」と思うくらい色々なものが粗大ゴミとして捨てられていたのが10月頃だったか。
正直「うちが欲しいがや。」と思うレベルのものばかり。しかし、その時は雨が続いていたため、自分が見たときにはかなり濡れた状態だったためゴミとして処分されるのを見送るだけでした。
そして、奥様同士のお茶会で粗大ゴミが議題として上がった際に、物を捨て始めたら止まらなくなった、という4児のお母さんの話を妻が聞いたとか。

しばらくして
「うちもやる!」
と、妻が宣言。

12月から、ちまちまと妻が物を捨て始め、床が見えなかった部屋の床が見え始める。
そうこうしているうちに、自分の荷物に対しても
「なんとかならんのか。」
と、突きつけられる。

そして、泣く泣くこれらを処分。


その昔、職場の机の上にずらっと並べて仕事のストレスをこれを見て慰めていた缶コーヒー達。
しかし、妻に
「使ってないでしょ!」
と、言われるとそのとおり。現在の職場には持って行っていません。押し入れの中で3年間眠っていたモノノフ達です。

そこで、やむなく写真だけは撮影してみました。
そして、今朝、彼らは収集車によって運ばれていきました。

兵どもが夢のあと。

それにしても人が変わったように捨て魔と化した妻。
そのうち自分も捨てられるんじゃないかと思っています。

真田丸

2016年01月10日 | 日記
NHKの大河ドラマ「真田丸」。
久々に大河ドラマ第1話を途中で投げ出さずに最後まで見ることができました。
たぶん、ひっさびさに1年通して観ることになると思います。

最初に、時代考証を黒田基樹氏・平山優氏。軍事考証に西股総生氏。
この布陣を見て「おお。これならば変なドラマにはならないのでは。」と期待したら、案の定、城仲間の紀伊守よりメールで同様の感想を述べたメールが来る。

映像に信長の野望のものを利用というのは事前のネット記事で知ってましたが、領土の状況を説明する映像で信長の野望っぽい映像が出てきて大学時代のかなりな時間を信長の野望に費やした自分としては馴染みやすい。

三谷幸喜の脚本には実は不安が。
「やっぱり猫が好き」、「振り返れば奴がいる」、「警部補古畑任三郎」等、自分の好きなドラマは大抵三谷脚本なのですが、以前の大河ドラマ「新撰組!!」は第1話の途中で挫折しました。自分にとって幕末がヒットしない、という理由もありますが。
それだけに今回の真田丸は心配でしたが、今回は良かった。
近年の三谷ドラマは、三谷が入れる小ネタが表に出すぎて鼻に付くことも多かったですが、今回は控え目で本筋を邪魔することが無かった。

第1話に武田勝頼が滅亡する直前からだったのも良い。よく幼少期を描くことが多く、第1話が若干我慢を強いられるパターンを覚悟してましたが、いきなり盛り上がる話からスタートできたので見やすい。

天地人以来、ご無沙汰ですっかり大河を視聴する習慣がなくなってましたが、久々に見続けようか、という感じ。
最近、イケメン揃えることが多いですが、なんか面白みにかけます。
伊達政宗とか武田信玄の頃の大河ドラマのようにゴリゴリの、画面も薄暗くておどろおどろしい感じで育っただけに、近年の綺麗な美しい大河ドラマを見ても「これでは朝ドラだな。」と感じてました。また、歴史物でも歴史的によくわかってない部分を近年の道徳観で作り話をするのも気に入らない。戦国時代に「平和が一番で皆そう思ってた。」的な描かれ方すると「な、訳ねぇだろ。」と突っ込みたくなる。

このままの感じで行って欲しいですし、また、真田信繁は話に事欠かない人なので、そんなに心配する必要ないかもしれません。
また、久々に上田城に行きたくなりました。

謹賀新年

2016年01月02日 | 日記
昨日投稿しようと思いきや、子供の寝かしつけとともに早々に寝てしまいました。
後厄ですので無理せず。

さて、本年初の活動は「ラジオ」。
「電波城好きがこじれ気味新春SP」です!

午後2時頃からFM豊橋に出演予定です。
申年メンバーでお送りする正月特番に呼んでいただきました。
2015年の新春特番に続く新年ラジオの2回目です。

と、いうわけで、昼頃から電車で名古屋から豊橋へ移動予定です。
この時期は高速が渋滞しているので。。。
新東名さえ開通していれば車で行けるものを。

こちらからアプリをダウンロードすれば日本全国どこでも聴けます。


鳥取城からでもクリアな音声なのは確認済み。
本日午後2時くらいから登場します。

今年もよろしくお願いします。