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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

第24次支援活動<七ヶ浜町・多賀城市・気仙沼市>(その3)

2014-12-27 02:52:08 | 能楽の心と癒しプロジェクト
さてクリスマスも終わり、急いでご報告をせねば。。まだ10月の活動報告の途中です。。

七ヶ浜町の七ヶ浜中学校第2グラウンド仮設での活動を終えて、次は多賀城市の多賀城公園野球場仮設住宅へと移動しました。七ヶ浜町と多賀城市の仮設での活動をコーディネートしてくださった梅津周子さんが昼食の弁当の手配もしてくださったので、それを受け取って多賀城の仮設へ。

野球場を利用して仮設を建てるのは女川町や東松島市でも見ましたが、やっぱり大きなスコアボードが残されている前に住宅が建ち並ぶのは不思議な感じ。

ここでは七ヶ浜町からの移動を急いだこともあって、比較的上演までに余裕が生まれました。能面の展示など、時間に追われた七ヶ浜町の仮設よりも住民さんをお迎えする準備はよくできたと思います。





ところが、ボランティアさんと話しているうちに、どうも違和感も感じてきました。

前日に下見に来た際に、これは七ヶ浜で、だったと思いますが、住民さんと地域ボランティアさんと懇談して「公営災害住宅の建設が始まっている」「この仮設も春には解消」「あなた、良いときに来ましたね」。。なんて言われて、ああ そこまで復興が進んでいるのか。。これは石巻や気仙沼よりもはるかに速いスピードで進行しているのだな~、仙台に近い町だからだろうか? と思ったものですが、この日ここでボランティアさんと話をしてみると、どうも様子が違うようです。

。。いわく「災害住宅の建設は遅れている」「仮設でのはまだまだ続くだろう」「ことに七ヶ浜町は遅れが顕著かもしれない。。」 。。え? 前日に伺った内容と すいぶん違うようですが。。

ぬえがお会いした住民さんが、たまたま災害住宅の抽選に当たっていて、ご自分の将来に向けての明るい見通しを語られたのを、ぬえが勝手に勘違いしたのか。。? ともあれ厳しい状況には変わりはないのが現実らしい。。

仮設住宅や仮設商店街などプレハブ建築の建物は もともと耐久性の問題から法令によって使用期限が定められていまして、東日本大震災の被災者のために建てられた仮設住宅も 当初これに従って設置期間は2年という予定で設置されました。ところが法令では、必要があれば県知事等自治体の長の申請によって使用期限は任意に延長される、とされていまして。。

今回の震災では、当初予定よりも公営災害住宅の建設が遅れて、それが理由で仮設住宅の使用期限が延長されてきました。宮城県の場合、当初2年間の設置の予定が3年になり。そうして今年 知事の申請により、なんと5年間への延長が決まりました。

5年間。。あの仮設住宅で暮らすとは。。

もともと仮設住宅というものは住みにくく造ってあるそうです。防音性能は悪く隣家の音はそのまま聞こえてくる。保温性も悪く 寒い季節にはすきま風が吹き込んだり、結露もひどいとか。。

「仮設」の住宅なのだからある程度の不便は仕方ないことでしょうが、災害によって自治体が設置する仮設住宅には「こんなところにいつまでも住み続けていたくない」と住民さんの復興への意欲をかき立てる効果も期待されているのだとか。それでも被災された住民さんの中には自力で自宅を再建できない高齢者もあるわけで、そのために自治体は終生住み続けることができる代替の自宅として 災害住宅を、仮設住宅の使用期限が来る前に設置するのです。

ところが。。今回の震災では公営災害住宅の建設が思うように進んでいません。

原因にはいろいろありますが、ひとつには被害を受けた地域があまりに広く、また被災者も多いために。さらにはリアス式海岸という地形により、災害住宅を建設する平地が少ないこと。。

ところが今回の災害住宅の建設が遅れている原因にはさらに、次の災害に備えるために建設される防潮堤、さらには東京オリンピックの競技施設の建設が進められている、という背景もあるのだとか。。要するに賃金の高い現場に作業員は流れ、その結果 自治体の予算で災害住宅を建設する事業には魅力がなく、結果 建設の発注をしても入札は不調に終わったりするのですって。。

ぬえは生まれも育ちも東京都民ですが、やっとつかんだ東京オリンピックも、それが被災地に悪影響を与えている可能性があることを考えるとなんだかなあ。。 さらには次なる震災による津波を防御するために莫大な建設を投じて建設が進められている防潮堤が、必ずしも被災地域の住民さんの賛同を得ていないこと。。

これらよって公営災害住宅の建設が遅れているために、実際に被害を受けた住民さんが安住の地を見付けらすに仮設住宅での生活を続けることを強いられているのです。。あんなところに5年も押し込められたら。。死んじゃう!

前日 ぬえが住民さんから聞いた明るいニュースは、どうも その方が仮設住宅を卒業して新たな人生を目指して歩き始める、という意思表示を、ぬえが勝手に被災地全体の復興計画が加速的に早まっているのだと勘違いしたのかも。。

そうあって欲しいという気持ちは変わらないですけど。