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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

外面似大蛇内心如天女~『現在七面』の不思議(その28)

2009-08-25 22:13:46 | 能楽
今日は週末に迫った「狩野川能」の上演曲『望月』の申合でした。『現在七面』と引き続いてのお役で、稽古や申合、そして当日と、もう5日間も続けてシテを舞っています~。これはさすがに ぬえも初めての経験です。。

さて『現在七面』ですが、じつは稽古を始めてみて。。これは難しい能だな。。と思いました。何が難しいと言っても、面白くお客さまに見て頂くのは本当に難しい能だと思います。

まずは 法語をちりばめたあまりに難解でちょっと聞いただけでは理解しにくい詞章。クリ、サシ、クセと型もなく、しかもワキの説教の聞き役に徹する前シテ。中入の場面には動きがあり、また間狂言も面白いのですが、いよいよ大蛇となって登場した後シテは、二重に着込んでいるその装束の束縛によって機敏に動けず、面がズレる危険を避けるためにも動作は慎重になり。。結局 ものすごい形相の後シテの姿とは裏腹に動作はどちらかといえば緩慢になりがちに。そして変身して天女になるという眼目の演出も早変わりとはほど遠い「イロエ」を導入して入念に仕立てられ、さらには天女となった後シテが舞うのは長大な「神楽」。。これらによってこの曲は1時間40分という長大な能となっています。

おそらく法華経に対する絶対的な信仰や信頼感がお客さまの中にあることが前提に、この能はそういう方を対象に作られているのだと思います。「次第」による重厚な前シテの登場や軽やかな「天女之舞」を避けてあえて「神楽」を後シテに舞わせていることなど、この曲の作者は徹頭徹尾 シテを法華宗の守護神として尊重して描ききる事に集中しているように ぬえには思えます。

そんなわけで、大蛇が登場し、それが可憐な天女に変身するという思い切った演出を持つ割には、信仰を持たない現代人のお客さまにこの能に爽快さを感じて頂くのは演者としては本当に難しいと思います。今回の ぬえの工夫も なんとかこれらを克服したくて、後見に無理をお願いしたり、お囃子方にご協力を頂いたりして演出の工夫を試みさせて頂いたのですが。。さてどこまで効果があったでしょうか。。

さて『現在七面』についての話題もこれが最後になりますが、『現在七面』という曲名について。

この曲名に御不審を持たれる方は多いと思います。が、能の中では古来『現在~』という曲名はほかにもいくつか例があるのです。現行曲としては『現在七面』のほかには『現在忠度』『現在鵺』という、どちらも金剛流の所演曲の2曲のみではありますが、ぬえの恩師、幸流小鼓方で能楽研究者の故・穂高光晴(本名:田中允)師の著書『未刊謡曲集』によって廃曲までをも概観してみると、以下のように膨大な量の『現在~』と名のつく謡曲が過去には存在していました。

現在敦盛・現在海士・現在鵜飼・現在善知鳥・現在鵜羽・現在江口・現在箙・現在項羽・現在景清・現在祇王・現在楠・現在熊坂・現在菅丞相・現在実盛・現在十方・現在慈童・現在信夫・現在酒呑童子・現在殺生石・現在道成寺・現在田村・現在弾正・現在千方・現在張良・現在経政・現在鶴・現在巴・現在難波・現在錦木・現在野守・現在反魂香・現在檜垣・現在星下・現在松風・現在盛久・現在頼風・現在頼政・現在女郎花。

上記金剛流現行曲を含めてなんと40曲!
ちなみに『現在七面』は観世流と金剛流のみに伝える曲なので。。という事は金剛流では『現在~』という曲名を持つ現行の能は3曲もあるのですね~。