あれやらこれやら いろいろ沖縄

沖縄に住み30数年の県外居住者が見た沖縄の生活や人情・自然や文化、観光。「あれやらこれやら」気ままに。

沖縄の風景 ~ 思わぬヤンバルへのドライブになった(③終わり) ~ 我部祖河食堂で昼食 ・羽地ダムへ

2022年08月27日 17時46分32秒 | Weblog
 
初日の出をアップしたのが今年の正月11日だった。
半年以上も投稿をサボったことになった。
暦の上では夏もそろそろ終わりだ。

 夏の午後になると南北に亘って現れる「片降り(かたぶり)」の雨雲。
これは7月に撮ったものだが、今では南から北西に向かって棚引く。


 ゆうなの花。
どこにでもあると笑ったひとがいたが、わたしは沖繩の花らしくて大好きである。
あの有名な普久原恒勇さんの作曲でもある沖縄民謡「ゆうなの花」はわたしの愛唱歌だ。
普久原恒勇さんは沖繩が誇る作曲家で誰もが知っている方である。
誰もが歌い、知っている沖縄民謡「芭蕉布」の作曲家である。
 ある酒場で、
「”芭蕉布”より”ゆうなの花”の方がいい!これぞ沖繩を代表する歌だ」と声高に喋っていたら、
隣席にいた中年の女性が、
「先生、喜びますよ。両方とも先生の作曲です」
と言われ、過日、自宅に連れて行かれ、厚遇され生涯忘れ得ぬ饗しを受けた。





「ゆうなの花」はここをクリック。
「芭蕉布」はここをクリック。

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  <昨年12月21日アップした「思わぬヤンバルへのドライブになった②」の続きである>

 国道58号線に戻り、北上する。
名護市役所を通り過ぎると道は右にカーブしながら北へ向かう。
1キロも走ると左へ行けば海洋博公園という道路標識のある交叉点に出くわす。
この交叉点を左折したところが目的地の我部祖河食堂である。
いつもなら、たくさんのひとたちが入っているのだがコロナ禍の所為か客はまばらだった。
3人は揃って三枚肉そばを注文した。
美味かった。


 店を出て、58号線をすこし北へ進むとダムへの表示が目にとまる。
右折し、15分も走らせると目的のダムである。

ダムの下流方面


駐車場から周囲を見渡す。
湖水面が低いから湖水が見えない。


湖岸に人影の少ないダムの事務所。





ダム湖.。湖岸に沿って行けば、一般道に出る。





湖畔で遊ぶナガサキアゲハ。沖縄はアゲハチョウが多い。
*ナガサキアゲハはブロ友の「ベルさん」から教えていただきました。ありがとうございました。



ふと見つけた可憐な花。



           <画像をクリックすれば拡大します>

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沖縄の季節 ~ 初日の出・前田高地に昇る

2022年01月11日 12時35分18秒 | Weblog
 令和4年が明けた
午前5時。
カーテンを開けるが、空は暗く星も月明かりもない。
「未だわからないな」
天気予報は終日曇り。
富士山の御来光の実況中継を観ながら、
「富士山の御来光を拝んで出れば十分だな」と思い、冷めかけたコーヒーを温めて外に出た
公園の高台を昇る。階段は72段ある。
ひと月前から筋力増強準備運動と暇を見つけてはこの高台に足を運んでいる。
 高台を降りながら。



 この高台は子供たちの人気の遊び場だ。
放課後になると先ずは低学年の小学生がやってくる。
そして1,2時間遅れで、授業を終えた高学年の小学生がこの公園の主役に入れ変わる。
この小さな小山を縦横無尽に走り回る。
滑って転げ落ちないかとハラハラしていたが、今は立派な柵が出来た。

 初日の出の1月1日には毎年、2,3組の家族がいるのだが、今年は一組もいなかった。
そう言えば、彼らは殆どが里帰りした者たちだった。
コロナ禍で自粛し、規制しなかったのだろう。
 7時10分には着いたが日の出には早かった。
毎年、松を入れて撮っていたが今年は外してみようと思う。 「7:18」


「7:18」


 ついでに西側の空をみると、厚い雲が姿をみせていた。
少しでもズレると雨になるな、「だから予報は曇りか」と合点した。 「7:20」


「7:26」


「7:32」


「7:33」


「7:36」


西の空「7:36」


 気を引き締め、心静かに一年の無病息災を祈った。
きょう一日は暖かそうだ。
「晴れるかな」と空を見上げる。
元日にふさわしい好天気だった。
一日中、好天気だった。 「10:46」


 きょうの初の出を年賀状に印刷するつもりであった。
遅い朝食を終え、年賀状作成の準備に取り掛かった。
年賀状を開いて驚いた。
裏面は首里城を描いた絵入りの賀状を買って来ていたのだ。
写真を取り込む方法を検討してみた。
いろいろ考えても、うまく嵌まらなかった。
3ケ日が過ぎて諦めた。松の内に届いたかと心配せねばならぬほど遅れた。
元旦のブログアップも、記事作成上のトラブルもあったが、それも己の簡単な勘違いのミスだった。
 最近、凡ミスが多くなった。
歳の所為にはしたくないが、確実に身体能力は落ちている。

 年末の酒場で、「今夜が今年最後になるな」と話題が歳の話になった。
「もう60歳になる」と落ち込む男性がいた。
この日一番若い客だった。
「未だ、お若い」と50歳の頃の思い出話をした
 わたしが50歳になった頃、60歳くらいだったろうか。
先輩の老人から、
「彼は今年50歳になる青年将校だ。よろしく頼む」と紹介されて驚いた。
この先輩の方たちは、沖繩を代表する財界人だったから、その時は、
「地位のある人から見たら、50代は青年将校か」と軽く受け止めた。
その後、自分が60歳になってみて、
「本当だ、50歳は若い、もっと、やれることがあったはずだ」と後悔したものだ。
 そんな話をすると、経験したこともないことを耳目学で一人前に人生訓を垂れ始めた。
沖繩の老人たちは優しい。
特にこの日同席していた人たちは呆れ顔で苦笑いしていた。
あまり彼が独壇場になったので
「人にはそれぞれの人生がある。こうしろとは言わないが、俺は経験したことをいっている。
これから経験するあんたから訓示を受けるつもりはない」と云ってしまった。
つまらぬ事につまらぬ事をしたもんだと小寒い夜の家路を急ぎながら後悔した。






沖縄の風景 ~ 思わぬヤンバルへのドライブになった(2) ~ 新58号線・多野岳

2021年12月21日 18時27分44秒 | Weblog
<10月25日より続き>
 道の駅「許田(きょだ)」を過ぎてすぐ、国道58号線が二手に分かれる。
右方面が名護市のバイパス新国道58号線(名護東道路 6.8km)となるのである。
新道は名護市の山地を長いトンネルで抜ける。
時折、山間に出るが、その谷間の風景も楽しい。
従来の58号線より30分あまり短縮されているが、観光ドライブなら名護市街(旧58号線)を走ることをおすすめしたい。
 旧58号線と合流するのは「伊差川」。
取り敢えず、ブログ地図を貼ったのでご覧頂きたい。

地図右下のユーザー地図をクリックすると拡大図が出る。
その地図の「道の駅許田(きょだ)」のすぐ上の「58」の文字の傍から点線で描かれている予定路線。
開通して間もないから地図の修正が出来てないのだろう。
この道へ入って行くとトンネルの連続で58号線伊差川に着く。
 新道、新58号線「名護東道路」である。


 付近の状況に多少知識のある人はこの 地図の右下のユーザー地図をクリックすると拡大図が出る。



 山を突き抜けていくから景色は殆どない。
谷間に出た。
あっという間の事だから、カメラの調整も出来なかった。


 58号線と合流する伊差川に出た。
「久し振りに多野岳にいってみよう」遠慮することなく、私が提案した。
 伊差川から1kmくらい北上して、右折し多野岳ヘ向かう。
頂上は標高385mの高原で、国民宿舎やキャンプ用のログハウスンドが建っているはずだった。


 頂上あたりと思う場所でショベルカーが止まっているだけで何もない。
工事中の様でもあったが、きょうは祝日。工事用のフェンスがひっそり建っているだけであった。
「もう少し、走ってみようか」
建物もなければ、面影もなかった。
 標高385mの山である。頂上は台地上であった。
あの頃、当時の名護市長であった今は亡き岸本健男市長が、健康のためとかでよく登られていた。
眺望を確保するかのように、木が伐採された一角に車を止め、遠く市街地を眺めていると
あの頃の瞬時に出会った市長の姿が目に浮かんだ。
ここは市有地であったと記憶している。
沖縄観光は「海」だ。「山」の魅力もあるが「海」には敵わない。
市の施設があるこの山の売り込みに必死であった市長の思いがあったのだろう。

 あの頃の景色のままの視界が広がっていた。
手前の山間に小さく見える湖水が羽地(はねじ)ダム、遠方には名護市街が見える。


 羽地ダムに寄ってみようということになった。
「今、そこで引き返した所を右に降りて行く道を下りていけばいいのじゃないか」
誰も異論はなかった。正に、展望した方角に当たるからだ。
 10分も走っただろうか。
突然、目の前が開けた。
見慣れた風景である。10数年前の田園風景と変わらない。
「東海岸に出たぞ!」
「えっ?」
「間違いない。この川に沿っていけば大浦湾だ」


 話している内に、河口へ出た。
沖合は沖縄県の反対を受けながら工事が進む米軍辺野古基地である。




 「道間違ったね」
「何年も来てなかったからよかった。名護に戻りましょう」とN氏。
二見の坂を超えずに、大浦から二見を眼下にみる開通した道路を通り名護市街に向かった。

<次回に続く>

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沖縄の風景 ~ 思わぬヤンバルへのドライブになった(1) ~ 58号線を北上。名護市へ

2021年10月25日 18時33分18秒 | Weblog
 9月23日。
やることは山ほどあるが、やる気に任せていると日に日にやらねばならぬことが溜まってくる。
この日も、怠惰な身体を座椅子に凭せ掛け、テレビのチャンネルを際限なく回していた。
突然、電話が鳴った。
億劫に、腕を伸ばし、電話を取る。N氏だ。
「きょう、昼の食事かお茶をしませんか」
コロナかが収まるまで自粛しようと約束して、夜の飲食を自粛している。
2ヶ月ぶりの誘いだ。
「いいね、暇を持て余していたところだ」弾かれたように体を起こした。
「今9時ですね。10時半頃家を出て、パルコシティーで買い物をして行きますから11時半過ぎ位になります。又、電話します」
パルコシティーは昨年オープンした郊外型大型ショッピングセンターである。
数年前、浦添市にある米軍基地キャンプキンザーの一部が返還された地区に建てられた。
浦添市の西海岸にある。


 11時過ぎに電話が鳴った。
件の彼である。
「どうした?」
「パルコシティーはやめました。今からでもいいですか」
「構わないよ」
「11時半には着きます」
早めに身支度を済ませてよかった、と胸をなでおろす。
 11時半ピタリに彼は着いた。
「女房も一緒です。構いませんか」
駄目と言ったらどうするつもりかな。
そんなこと絶対に言わないことを知っているから、いつもそういうのである。
夫人は明るくて、知的な、素直な女性である。
彼と同じ年と言うから還暦を過ぎてはいるけれど元気がいい。
旦那N氏は去年退職したけれど、夫人は働いている。
 「食事にしましょう」と彼。
「そうだね」
「どこにしましょうか」
郊外の変哲もない、サラリーマン食堂の名を挙げた。
「どこでもいいよ。奥さんの好きなところにしたら」
夫人は友人たちと食事会をするらしく、料理に余り興味のない私だが、彼女が指定する店は美味い。
「どこでもいいよのこのひと言が良くなかった。
ふたりの会話に残波だの、読谷だのと30分はかかる地名が出てくる。
車は国道58号線を北上している。

 道の両側が基地の嘉手納町に入った。

 嘉手納町を超えれば読谷村である。
58号線を左折すれば残波岬に向かうはずだ。
ところが、なかなか左折しない。
 10分ほど走って、琉球村を左折し、遠回りだが海沿いを残波岬に行くのだろうと思っていたが通過した。
「ねえ、残波に行くんじゃなかったの!」と夫人。
「”おんなの道の駅”にしようと思ったが、ここまで来たらムーンビーチの先の美味い「沖縄そば屋」に久しぶりに行ってみようと思う」
 車は西海岸入り口に当たる旧山田温泉「ラマダルネッサンス」にそろそろ到着だ。

 
 ラマダルネッサンスを過ぎれば、そこは恩納村の西海岸の始まりである。
右手に「おんな道の駅」が見えた。
 


 「道の駅も通過するの?」と夫人。
「帰りに寄ろう。いいでしょう」と同意を求めてきた。
「ああ、いいよ」
 仲泊(なかどまり)の外れで道は十字路に出る。
真っすぐ行けば、恩納村を走る国道58号線のバイパスだ。
車は旧国道へと左に折れた。
 「急ぐこともないし、例の沖縄そば屋は旧道です」とN氏。
「そうだね、観光で来るひとにとっては海岸線だよね」
名護や本部に行くときも、バイパスや高速道を余程の理由がない限り使うことはない。
昔ながらの国道58号線を走る。
 「あれ!店がなくなっている」とN氏が叫んだときは車はブセナテラスの手前に来ていた。
長い間来ていない。
国道に沿って立っていた店は名前も思い出せなかっ
た。
N氏は昨年まで、よくこの道を走っていたから間違えることはない。

 「もう名護市じゃない!」N氏夫人。
「とんでもないドライブになったね。奥さん、大丈夫?」と声をかけた。
「大丈夫です。きょうは祭日ですよ」車の中が笑いで弾けた。
「宮里そばにする?・・・・・我部祖河(がぶそか)そばでもいいね」N氏は屈託のない声で夫人に話しかける。
ラマダルネッサンスの門前を通り過ぎた。


 車は許田(きょだ)の七曲りに入った。
昔は許田から名護まで、海に迫る山裾を縫うように走っていた交通の難所だったらしい。
対岸の半島は本部半島。半島の先端辺りが本部港だろう。海洋博公園はその向こうにある。
町並みは名護市。




 「道の駅許田は帰りに寄ろう」とN氏。
「何か買うの?」と夫人。さり気なく、従順に問いかける。
N氏夫婦の会話は物静かで、穏やかである。そばにいると思わず眠りに誘われることがある。
 許田道の駅を過ぎる。
最近開通した新道道が目の前に現れた。
「新道を走ろう」思わず、私は叫んだ。
                                                           (つづく)


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沖縄の季節 ~ 初めて撮ったバッタ ~ 突然変異かサフランモドキ

2021年09月11日 21時35分16秒 | Weblog
 9月6日昼下がり、雲が太陽を隠すほどに広がったので、近所のスーパーに出かけた。
この地域は浦添の一等地と言うらしくて、兎に角、便利が良い。
周囲200mの園内に、スーパーが2軒、コンビニが3軒、沖縄の銀行が3行ともある。 それに郵便局が2つ。
あまり関係ないが、小学校が2校、中学校、高等学校が1校づつ。  
用を済ませて30分あまりで帰宅した。
クーラーを入れるために窓を解き放して、先ず、空気を入れ替える。
ふっとベランダのサフランモドキに目をやると、居た!
子供の頃、よく追い回していたバッタだ。
何十年振りかの再会であった。
 9月6日 14:57


 9月8日、風もなく暑い日だった。
朝から室内の温度計は30℃。昼過ぎには33℃になる。
富士山に1ヶ月早い初冠雪とニュース云っていた。
沖縄はひと月遅れの猛暑か。
ここ数日、33℃が続く。  
ふと窓辺に寄ると南の空から北に向かっての「カタブリ」の大きな雲。
きょうは、随分と西に偏っている。 この分じゃ、ひと雨来るなと嬉しくなった。  
 9月8日 13:47
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 降りそうな気配に感じたが降らなかった。
雲は厚く垂れ、間違いなくひと雨来るなと思ったが雨粒は一滴も落ちて来なかった。
「カタブリ」だから近くで降っていたのかもしれない。
 クーラーを入れるため窓を閉めた。
ベランダに目をやると変わったサフランモドキの一輪が目に止まった。
斑入りのようだ。
突然変異じゃないのか。
2,3年は植え替えはしないでおこう。これはたのしみだ。
 9月8日 17:17
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 気の向くままに近くを散策しているときに撮った。
庭の垣根に咲いていたハイビスカス。近寄り過ぎてボケたか。
9月6日
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 よく見かける花だが名前がわからなかった。
 9月7日 セイロンライティア コンビニの花壇で。
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 9月7日 ペンタス コンビニの花壇で。
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