あれやらこれやら いろいろ沖縄

沖縄に住み30数年の県外居住者が見た沖縄の生活や人情・自然や文化、観光。「あれやらこれやら」気ままに。

沖縄の人情 ~ テレビが壊れた ~ 信頼が置けなくなったか日本のメーカーも?

2021年01月09日 16時48分04秒 | Weblog
  正月5日。
公園で二人の小学生の女の子がノートを広げて書いている。
雨が降っての合間の事。「風邪引くぞ」と気がかりだったがそっとしておいた。
一時間後、勉強でもしているのだろうか。まだ居た。
友達だろうか、姉妹だろうか。家に居辛いのか。
あれこれ考えを巡らすが、肩を叩いてみる勇気はなかった。


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 去る11月2日のことである。
昼飯も食べ終え、コーヒーを飲みながらのんびりとテレビを観ていた。
尿意を催していたが我慢をし、コマーシャルに変わったところで立った。
 戻ってみると画面は真っ暗、音声も消えている。
リモコンであれこれやってみるが反応が全く無い。
tレビ本体のスイッチから操作しても状況は変わらない。
取り敢えず、電源からコードを外し、10数分待って電源を繋ぐ。
スイッチを入れると、画面下部のランプが赤から青に変わり、音が聞こえた。
ホッとしたのも柄の間、10秒後には画面は暗いままスイッチランプは赤に変わって音声も消えた。
何度か同じ操作を繰り返したが、同じことの繰り返しだった。
 テレビはPN32型である。
別料金を払って5年間保証を掛けていたので保証書を引っ張り出してみる。
保証期間を観て驚いた。
 9月20日で保証期間が切れているのである。1ヶ月半前だ。
購入したのは大手量販店である。保証も切れているのでメーカーに直接電話を入れた。
 応対に出た係り員に状況を説明する。
「テレビを観ていたのですが、5分ほど席を立って、戻ってみると画面も音声も消えていた」
状況を出来るだけ具体的に説明した。
「切った後、スイッチを入れたらどうなりました?」
説明したじゃないかとイラッとしたが、語気を荒げることなく丁寧に
「スイッチを入れると音声は出ますが、画面が出ぬまま、10秒くらいで切れます」
「スイッチランプはどうなりますか」
「赤色が青に変わり、音声が切れると同時に赤に変わります」
係り員は徐に、
「画像の部分が故障しています。昔のブラウン管のようなものです。
ここが故障すると音声がしばらく出ますが、画像は出ません。
画像が故障したときに出るサインです。
故障を調べるのに修理できなくても4,800円かかります。
それに修理しても5,6万円は掛かりますよ。
32型なら新しく買われた方がお得でしょう」
説明も流暢で、声色も良い。
5,6万円もかけて修理するくらいなら、量販店の店頭では新品が買える。
 電話を切った後、妙にすっきりしない。
仕事もやめて2年余りになる。
やらねばならぬこともなければ、時間はたっぷりある。
ゆっくり考えるかと、テレビの前に座った。
そうか、テレビが壊れたんだ、と思うと全く手持ち無沙汰になる。
テレビがなくてはならぬ訳ではないが、こうした瞬間にも、一呼吸置く時は欲しい。
 ダメ元で、購入したK量販店に電話をした。
「どういう状態ですか」
この店は女性社員の応対が実に良い。
概ね、沖縄では女性社員が優秀で、頼りになる。
ひと通り、メーカーに話したとおりに説明する。
「保証はどうなっていますか」
「保証書が見つからないのですが、4,5年前に買って、その時いくらか払って保証に入りました」
惚けてみた。
「当店のカードをお持ちですか。カード番号とお名前をお願いします」
しばらく待たされた。
「お待たせしました。平成28年9月にお買い求めですね。5年間保証に入っていますが、生憎、9月で
保証期間が切れています」
「お伺いした故障状態をメーカーに相談してみますから少しお時間をください」
携帯番号を云って電話を切った。
一時間余りしてK社から電話が入る。
説明の内容は判で押したようにメーカーのそれと全く同じであった。
「今、どのような売出しがありますか」と出かかったがやめた、
「ありがとうございました」
それだけ云って電話を切った。
 時計は15時を回っていた。
今夜はテレビ無しで過ごすか、タクシーで量販店に行くか。
思案している時、ふとあるコマーシャルが頭に浮かんだ。
時折、目にするコマーシャルである。
メモしておこうと思ったのだが、メモはしていない。
記憶にあるのは「家電の修理は何でも」という言葉と「屋良電気・・・」というふたつだった。
ネットで調べてみる。
「屋良電化センター」に行き当たる。
営業内容には「家電販売」もあったのが気になったが、取り敢えず、電話を入れてみる。
症状のやり取りがあった後。
「調べてみないと判りませんが、お見積りするには修理をしなくても4,000円かかりますが・・・」
これは止むを得ないと納得して、頼むことにした。
 小一時間ほどで50過ぎの小ざっぱりとした作業着姿の男が現れた。
「持ち帰って検査してみます。きょうは遅いので明日調べることになります。お昼ごろになります」
テレビに齧りついている日常ではないが、「ない」となると生活の大切な一部がなくなったようだ。
この日はやることもないので、馴染みの居酒屋に出かけた。
 翌日11月3日、15時になるが連絡がない。
もう少し待とうかと思ったが、5,6万も掛かるなら新品を買いに出かけねばならない。
せっかち過ぎるかと思いつつダイヤルを回した。
「担当が出ていますので連絡してみます」昨日の女性ではないが歯切れのよい応対だった。
10分ほどして電話がかかってきた。
「申し訳ありません。今、◯◯に寄ってお伺いするつもりでしたがちょっと時間がかかってしまって。
一時間以内にはお伺いできると思います」
「それで幾らかかりますか?」
「15,180円です」
「それなら、修理してください。見積書は商品と一緒で結構です」
金額を再確認して完了日を尋ねる。
「3日ほど下さい。7日の午前中にはお届けできると思います」
電話の先の雰囲気ではお客のところのようだ。長話は失礼になる。
「よろしくおねがいします」
3日間はテレビなしか。考えると憂鬱になった。
修理費が15,180円ならと安堵した。
新しく買わなくてすんだな、無駄ではなかったと少し得意な気分になった。
その時、見積もり4,000円は入っているのか。詳細を確認しなかった。
10年くらい前までは、こんなドジな事はやらなかったのにと自嘲した。
 翌日、4日の夕方、件の担当者から電話が入った。
「修理が出来ました。明日、午前中にお届けに上がります」
我が耳を疑った。
「あ、そう。いくらでしたっけ」
分かっているのに問う。
「15,180円です」
「それだけ用意しておけばいいですね」
「はい、よろしくおねがいします」
翌日、10時過ぎに届けてくれた。
お釣りが要らぬように用意した。
「ありがとうございました。テレビがないとこんなに寂しいものかと痛感しました。
故障はどこでした?」
一応は聞いてみる。
「画像の何とかする部分がこれこれになっていました」
その時は覚えていたが、今は思い出せない。
「接続しましょう」そういってテレビを持ち上げた。
「いやいや、結構です。特に変わったやり方をしなくてよろしいのでしょう?」
大層なことをすることはなかったのだ。自分で出来る。
「いくらでしょうか」
「15,180円です」
随分と安上がりに終わったものだ。
「見積書をお持ちしました」
「それは結構です」
「え?そうですか?領収書です」
無駄な労力をかけさせたくなかった。
久しぶりに本物の業者と出会った気がした。
何の疑念も抱かずに買い物が出来たのは何十年ぶりだろう。

 数年前の「カメラのK」でのことを思い出した。
デジタルカメラの5万円台が出た時、「カメラのK」で買った。
7,8年ほど経っていただろうか。
カメラが動かなくなったので購入した店ではなかったが、近くの「カメラのK」に持っていった。
若い店員が応対に出た。
「ちょっと、調べてみましょう」そういって、故障したカメラを持って店の奥に消えた。
10分ほどで出てくると、
「こちらで調べても判りません。メーカー送りになります。送って検査するだけで15,000円ほど掛かります」
納得いかぬ顔をしていたら、
「ひょっとするとSDカードが壊れているかもしれません」
「えっ!?カードと本体と関係があるの?」
店員はこともなげに
「ええ、一体ですから。今うちに在庫がありません。この型のカメラは古いですからね」
「未だ、10年位だよ。まあ、いいや、SDカードはどこに行けば買えますか」
「先程、云ったようにメーカーに送るしかありません。SDカードが壊れていてもメーカーにも在庫はないかもしれませんよ」
SDカードを調べるためにカメラまで送れるか。これが。今時の専門店のレベルかと思った時、
「お客さん、同じくらいの性能でしたら、もっといい性能のカメラで1万円くらいのが出ていますよ」
こんな奴のいうこと信用できるかと店を出た。
 数日後、K店の前を通る機会があったので、店内に入りカメラを見て回った。
中古のカメラもあった。
無愛想だが、何となくメカに詳しそうな痩せ型の30過ぎの店員をつかまえて、
「10万位までのカメラを買おうと思っているんだけど、新品がいいか、中古がいいか迷っているんだけど」
と尋ねると
「お使いになる目的は何ですか」
返答は意外にもしっかりしていた。
「日記のつもりでブログをやっているんだけど、それに添える写真を撮りたいんだ」
「ブログなら1万円くらいのカメラで十分と思います。今、そこに出ているキャンペーンの8,980円で十分と思います」
「そう?」
納得いかぬ生返事をすると、
「性能的には十分だと思います。撮影が目的じゃないんですよね」
と念を押される。
「ええ」
「今はちょっと故障するだけで、メーカーに送らないと故障のチエックができません。修理してもしなくても最低の料金が掛かります。
そのキャンペーン商品金額以上のものが掛かります。それに修理代はカメラ代金に比例して高くなります」
先日の若い店員の話がなんとなく理解できた。
「そう。今持っているカメラが動かなくなったのでどうしようかと思っていたんだ。SDカードかもしれないと言われたけど、お宅にはないらしい」
「SDカードは3,000円くらいですよ。メーカーにあれば一度試す価値はありますね。電話してみましょうか」
親切は身に沁みた。
「いや、今の間には合わないから、きょうは、そのキャンペーンのカメラを買っていきましょう」
きょうは見てみるだけと店に入ったが、結局、買うことになった。
 半年後、メーカーに問い合せてSDカードを買った。三千数百円だった。
カードを買えるとカメラは正常に動いた。
報告のために、「カメラK」を数度訪ねたが彼の姿を見ることはなかった。
今、2台のカメラは動かなくなったがそのままにしている。
携帯はガラケイで終生過ごすつもりだったが、カメラの性能がいいということでスマートフォンに一昨年買い替えた。

 ひと頃、「勿体ない」という言葉が流行った。
我々昭和時代の人間には、「勿体ない」は日常に溢れていた言葉だった。
 今なら疾うに捨てられていた自転車も、サドルが朽ちてもお尻が載せられれば使い、タイヤが継ぎ接ぎだらけになっても使った。
どうにもならなくなったら、チューブでゴム銃を作って鳥捕りに使ったし、車輪はホークとタイヤを外して車輪だけにして転がして遊んだ。
大東亜戦争後であったからでもあるだろうが、捨てる前に他に使える道を考えた。
物を大切にする文化は日本の文化でもある。
 日本の着物だってそうだ。
汚れれば、糸を解き、分解して洗張にして縫い直した。
使えなくなれば、普段着や作業着や、果てはおしめや雑巾にしたものだ。
品定めをするときには金目は最初に問わない。
「一生もの」かどうか考えた。
 
 今はどうだろう。
あの大戦後、日本人が培ってきた社会や文化を否定する事ばかりが進歩的であり、建設的だと考えられてはいないだろうか。
ITは日毎に進歩してゆく。「機器は3年も経ったら過去の遺物だ」という言葉が流行った時期もあった。
今では、そういうことは当たり前で、「未だ使っているのか?」とバカにされる。
電化製品に始まって、あらゆるものが修理できなくなった。
 その中で、「家電の修理専門店」でテレビ宣伝をする店が出現したのだ。
驚きだった。だから、記憶に残っていたのだ。
靴だって、時計だって、洋服だって、傘も布団も修理や手直しを頼もうと思ってもそうした店を探すことさへ難しい。
漸く、探し当てても予想を遥かに超えて高い。
「新しいものが出ています。修理するより買った方がお得ですよ」となる。
消費型資本主義である。
 終戦後、長くアメリカ施政下にあった沖縄で「再生ビジネス」の芽が出たのに驚いた。
戦時中、ほとんど消失した三線も空き缶を胴にして復活したと聴く。
アメリカ施政下で、県民の風習や、年中行事も、そして旧暦と共に生き生きと息づいている。

 長い歴史の中で培ってきた文化や風習が廃れていくのは悲しいことだ。
グロバリゼーションという言葉だけで全てを許容していないか。是としていないか。
意味が不明瞭でも、カタカナで表現されれば、反論しなくなってはいないか。
使っている方も、聞いている方も理解しているとは思われない。
私はカタカナ語の多い説明や議論は、決して鵜呑みにはしないようにしている。



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沖縄の季節 ~ 明けましておめでとうございます ~ 数年ぶりの沖縄の初日の出

2021年01月01日 17時53分25秒 | Weblog
令和3年元日。
天気予報では曇天であった。曇りところにより雨が昨日までの予報であった。
午前3時頃、眠りについた。
 今年も寝正月かと、起き出したのが7時。
今朝は、昨日より2℃ほど高い14℃ということであったが、思ったより冷たく感じなかった。
さすがに昨日は冷たかったなと洗面所の窓を開けると真っ青な空が見えた。
久しぶりに初日の出を観ることが出来る。
急遽、スマホをポケットに入れ、直ぐ側の公園の高台に登った。
すでに東の空は明るく、太陽が上り始めていた。
東の空には沖縄戦の激戦地前田高地がある。高地の向こうより日の出が20分近く遅れる。
時計は午前7時25分を指していた。
 初日を拝むのは何年振りだろう。
漸く、顔をみせた令和3年の初日である。7時31分。


 帰り際、西の空を見ると厚い雲がある。
西は東シナ海と分かっているが、実際に見る時は太平洋だと思ってしまう。
天気が良ければ慶良間の島々が見えるのだが、ひと雨来るかなと思いつつ階段を下った。


 私の好きなこの高台は地表から10mもあるだろうか。
下りの写真は撮ってなかったな、と思いつつ撮った。








 いつものように明けた新年ではあるが、未だに新型コロナウイルスの終焉の兆しさへみえない。
一日も早く、平穏な日常が戻ることを願った。

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