銀ステ根なし草

銀のステッキ旅行・スタッフの雑記帳

ゲバラと、ディーンと

2015年12月26日 | のほほん同志Aの日常

「じゃ、も一回いきますよ~、はい、チーズ」

もう何度目かの、かなり投げやりな、税理士さんの声。

年末の業務で来てくださってる税理士の先生にカメラを持たせて
来年の賀状用に、スタッフ全員での撮影会。

ダメ出しをするのは、主に私。
ちらりと写り(私の)をチェックしては、「あ、あかん、も一回」。
皆がそれなりにこましに撮れているのは、「ん~、これではメイド喫茶やな。ノリがおかしい」
なかなか気に入らないのです。

けっきょく、軽く十数枚は撮ってもらって、
いい加減うんざりしはじめた後輩からも、「大丈夫、よく撮れてますよ」となだめられ
まぁよし、とすることにしました。(先生、ありがとうございました。)

それにしても、写真ってムズカシイ。
撮るのも、撮られるのも。

さてこの週末は、そんな写真を撮る人と撮られる人の物語、
映画 「ディーン、君がいた瞬間」 を観てきました。

雨のなか、NYのタイムズスクエアをひとり歩くジェームス・ディーン。




街に人けはなく、車すらまばらで、水たまりに黒々と映るディーンの影の上に雨粒が躍ります。

「孤独な俳優」 

まさに、「ジェームス・ディーン」がそこにいる1枚。

けれどもこの写真は、
世界がジェームス・ディーンを知ってから撮られたものではありませんでした。

ディーンのスター性を確信し、彼を追いつづけた写真家デニス・ストックにより、
初の主演作、「エデンの東」が一般公開される1ヶ月前にはもう、撮影されていたのです。

そしてこの写真こそが、24歳で亡くなったジェームス・ディーンを、
昔も今も世界に知らしめつづけているのでしょう。

たとえば、彼の死から20数年後に生まれた私。
中学時代、部屋に飾りたくて、初めて買ったジグソーパズルが、ジェームス・ディーンの写真でした。
(白黒だったので、どのピースも色目が一緒で、気絶しそうなほど難解でした)

「エデンの東」、「理由なき反抗」、「ジャイアンツ」、
亡くなるまでのわずか2年ほどの間に撮られた3本の主演作はすべて見ていますが、
たしか、ジグソーパズルのあとだったはず。
つまり、写真が先なのです。

どんな写真に、それだけの力が宿るのだろう。

それが、映画を見終えたあと、電車に揺られながら、ぼんやり考えていたことでした。

帰宅して、部屋にいちはやく飾っている来年のカレンダーを見たとき、あっと思いました。
もう一枚、そんな写真があることに気づいたのです。

先日のキューバ添乗で、お客さんと奪い合うようにして(?)買い求めた、ゲバラのカレンダー。

そして、ゲバラといえば、この写真です。



この本によると、米CIAによる破壊活動が激化していた1960年、
武器を積んだ貨物船がハバナ港で2度にわたり爆発し、80名以上が死亡。
その合同葬儀にて――。

「葬儀に参列したチェは、米国との対決を覚悟するかのように決然たる表情で眼差しを遠い彼方に向けた。
 写真家アルベルト・コルダは、その瞬間を逃さなかった。
 この写真によって、若く凛々しい31歳のチェは永遠の革命家になった。」
       中公新書 伊高浩昭 著 『チェ・ゲバラ』 より


ここにも、撮る人と撮られる人の出会いがあったのですね。

この写真が撮られた日のことは何も知らなかったのですが、
この写真から生まれた「ゲバラ」には、キューバ滞在中、いたるところで出会いました。










「永遠の革命家」としてのチェ・ゲバラ。

「不世出の孤独な俳優」としてのジェームス・ディーン。

今あるその人ではなく、その人が全身全霊をかけてなろうとしている姿を捉えたとき、
その写真は永遠の1枚になるのかもしれません。


ということは…写真を撮られるのって、やっぱりムズカシイ、ですね。


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