篠原駅

2012年05月11日 | 湖周鉄道




【JR篠原駅】

篠原駅(しのはらえき)は、滋賀県近江八幡市上野
町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線
の駅である。「琵琶湖線」の愛称区間に含まれてい
る。
相対式ホーム2面2線を持つ地上駅で、絶対信号
機を持たない停留所である。駅舎は米原方面行ホー
ム側にあり、京都方面行ホームへは跨線橋で連絡し
ている。以前はホームがない中線が上下線に挟まれ
た形で存在していたが、国鉄末期に使用停止となり、
その後撤去された(一部は保線車両の駐機場所とし
て残っている)。これにより当駅は分類上では停留
所となった。
なお、当駅はジェイアール西日本交通
サービスによる業務委託駅であり、彦根駅の管理に
置かれている。西側にある駅舎に加え、東側にも駅
舎を作る(橋上駅化)の計画が地元で上がっている
が、具体化はしていない。トイレは上りホーム側に
あり、男女別の汲み取り式



2005年12月20日付で日本共産党は西日本旅客鉄道株
式会社(当時、垣内剛社長宛)に改善要望を提出し
ているが、その中で下記の二点について篠原駅の改
善要求している。

1.転落防止用防護柵の設置:新快速・快速通過の
際、ホームにいる人が風圧で危険を感じています。
少なく
とも新快速通過駅の新快速側ホームには転落
防止柵を設置すること。
転落死亡事故のあった長岡
京駅(京都線)、南草津駅(琵琶湖線)、自治会が
風圧
調査を行い危険性を指
摘している篠原駅(琵琶
湖線
)、防護柵の設置が著しく遅れている神戸線の
各駅などの改善を急がれたい。

2.バリアフリー化の促進:
神戸線宝殿駅は橋上駅で1日あたりの乗降客が8千
人を超えていますが、高低差が多くバリアフリーが
すすんでいません。エスカレーターの設置など高齢
者や障害者に優しい構造にされたい。
琵琶湖線篠原
駅は野洲養護学校(仮称)の開校までに実施された
。高架・橋上駅の湖西線の各駅には
エレベーター
エスカレーターを設置されたい。

※二点とも改善なし。
※地形の関係や、動力用引き込み線の関係で鄙びた
 感じがする駅周辺だ。



【エピソード】

近江大篠原の歴史

『近江大篠原の歴史』について

篠原駅は野洲市と近江八幡市とが接する行政区活域、
古代からこの周辺は大篠原として、5世紀末以降と
いわ
れる天日槍の伝承の須恵器の古窯跡群、それ以
降に
造られたと考えられる古墳群が出土する。6世
紀に百
済より従者700人余と渡来した鬼室集斯の墓が
大篠原にあったとする。さらに、日本書紀に記載の
7世紀に発見された醴泉と、その近くにあった益須
寺と都賀山の位置について守山説、大篠原岩蔵寺付
近説として遡上されている。伝承の幻の集落「のど
の千軒」も、現在の県立希望が丘文化公園内の東北
部にあったと推定。古代に伝教大師によって建てら
れたといわれる岩蔵寺とその本尊と十二神将、その
六坊のこと、中世になって馬淵氏によって建立され
た国宝、大笹原神社と境内社の篠原神社、当時存在し
た岩蔵寺六坊、および正法寺、弥勒寺など八か寺や
極楽寺などと、その遺跡のこと、それらが戦国時代
以後歴史から消え、以後浄土宗の四か寺が歴史に出
現し現在に至ると記している。

中世では、近江源氏佐々木氏の台頭とその一族馬淵
氏の大篠原領主としての活躍、その臣、永原氏の台
頭。近世では、幕藩体制下での大篠原を中心にした
仁正寺藩の治世の状況、経済状況、特に藩主催の講
や一般の金融講、近江商人の活躍を記している。

 

【脚注及びリンク】
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1.「絶対信号機
2.「近江毛野
3.「近江八幡八日市都市計画/都市計画区域の整備、
  開発及び保全の方針

4.「大笹原神社
5.「滋賀県の地震」2011年 彦根気象台
6.「まちの現況と課題-竜王町

7.「平宗盛
8.「街道を歩く 中山道:馬淵-野洲

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