夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

名酒・獺祭が品切れになった

2012年01月07日 | 暮らし
 獺祭の醸造元である旭酒造の社長がテレビに出て、絶対に水道水とは見抜けないと豪語していた浄水器の水を素晴らしい味覚で見破った。この事は先日このブログでも書いた。そして私はこの正月は自分のお金で獺祭を買おうと考えた。いつも、息子が買ってくれるのである。
 そして私は非常に漫然と構えていた。しかし息子はあのテレビを見て、これはまずい、とすぐに思ったと言う。テレビの影響力である。品切れを恐れたのである。案の定、インターネットで探しても純米大吟醸はどこも売り切れになっていたと言う。一升1万500円もする日本酒がである。
 やっとの事で静岡県の酒屋から取り寄せる事が出来た。それが大晦日に届いた。文句無しに旨い。前に買ってくれたのは、これほど高価な獺祭ではなかったらしいが、それとても、非常に旨かった。比べられる訳も無いし、このくらいの酒になると、比較してもあまり意味が無さそうだ。ほんのわずかの旨さの違いが果たして、本当に分かるか、である。

 普段、安い純米酒を飲んでいるから、ことさらに旨く感じられる。そして、盃に一杯か二敗で満足してしまう。それ以上に飲みたいとは思わないのである。それほどにその旨みは絶対的である。それに対して、普段の酒は、どんどん飲めてしまう。純米で変な癖がないからでもあるが、はっきり言えば、そんなに旨くはないからである。
 お陰で、あまり酒を飲み過ぎずに正月を過ごせた。これは体にも良い。
 そうだ、これからはもう少し上等な酒にして、せいぜい、盃三杯くらいで満足出来る酒にしよう、と考えている。旨くて体にも懐にも良いのだから、言う事が無い。
 幸いにして、住んでいる所からそんなに遠くない、自転車で行ける所に各地の銘酒、普通の店では置いていない銘酒が買える店がある。酒蔵が冷蔵庫になっていて、そこにずらりと銘酒が並んでいる。たいていの酒が四段階から五段階くらいのレベルがあって、懐と相談出来る。安い酒であっても、ざらにある酒とはやはりひと味違う。

 先日、「衣食足って礼節を知る」が、あまりの贅沢さに死語になっていると書いたばかりだが、旨い酒は贅沢ではない。少しで満足出来るのだから、かえって安上がりになると言える。金の贅沢ではなく、心の贅沢と言って良いと思っている。