おっさん先生と愉快な仲間のぶろぐ

先生って楽しい仕事だと思い続けることができたしあわせな爺っさまのつぶやきです。

戦争のない世界になりますように。

2022-03-02 23:43:15 | Weblog
ベトナム戦争の時、戦争反対の声を挙げ反戦歌を歌えばアメリカは戦争をやめると信じていた。

若かったのですよね。

国を守るためには、国に経済力や科学力が必要だということはわかります。

でも、周りが戦争反対の声をあげるだけでは戦争は終らないということはベトナム戦争の時、大人達が教えてくれました。

政治は強いものが生残る力学で、自分の身に迫らない悲劇は、テレビのドラマと同じだということも、でした。

とんな綺麗事を言っても人の命をうばえば革命も戦争も同じだし、政治というパワーゲームで勝ち組に乗れば少しは生きやすくなったかもしれないけど、そんなことより、小さな幸せで満足しようとしたのかもしれません。

だから止めて欲しいという願いがあっても、「何が自分にできるか」を考え続けることをやめたのだと思います。僕の「視野の鎖国」はあの時から始まったのかも知れない。若者達が声をあげているという、こんな時先生は何を教えているのかな。

第一次世界大戦の時、ドイツの領土(植民地)だった中国の青島を奪ったのは日本だったよね。その時スペイン風邪が流行っていた。そのあとから、日本への欧米やロシアの敵視が始まったよね。なぜだろうね。
第二次世界大戦で、日本は今度は領土を奪われて、もう戦争しないと宣言したんだよね。でも、ソ連とは国際法上戦争は終わってないよね。なぜだろうね?

でも世界の他の国はどうしてたか、なんか日本では余り学んでないのだよね、大学入試には日本史で充分だし、高校の選択でとった世界史で近現代までやるなんてめったにないからね。

極東の国日本にとってヨーロッパは「極西」なんだよね。

クウェートでも、イスラエルでも、ブラハでも、チェチェンでも、イラクでも、ミャンマーでも、ジョージアでも、チェコでも、アフガニスタンでも、アフリカでも、チリでも、「内戦」「内乱」「紛争」という名目の「戦争」があったし、日本でも「乱」とか「変」とか「事変」とかいうけど結局は「戦争」なのじゃないかなって思ったことがある。正しい「戦争」なんてないとしか、教えることができなかった。

教師だった時、先輩達が熱く語る「戦争教育」「平和教育」という論議になぜかついていけず「人権教育」や「命の教育」が大切だと思った。大学では歴史を学んだのに。

マスコミの取り上げかたが何か、気になる。世界大戦になるから?経済封鎖で日本の経済に影響があるから?ロシアが侵略したから?ロシアの銀行投資に日本の年金使ってるから?
結局は「政治」が、国が解決してくれますよ、それができないなら「政治」が悪い、国が悪いから、参議院選挙に投票しましょう、ですかね。

リタイヤした老人に何ができるのだろう?考えてみますか。

「知っている」だけ「熱意」だけ、ではなにも変わらない世界を変えることができるツール、結局は個人の良心と人と人とのつながりなんだろうな。

たくさんの事実や真実は、人をまどわすこともある。必要なのはひとつの良心、かな。



コメント
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