求められる農学部学生 農業関係から食品メーカーに金融など幅広い就職先 一方“本流”「新卒で新規就農」も
AERAdot 2025/03/27
井上有紀子
龍谷大学農学部4年の岸本司さんは水問題に興味を持ち、浄水場などの運転、補修を行う「クボタ環境エンジニアリング」に就職する
農学系学部の新設・再編が全国で相次いでいる。経済成長が停滞するいま、堅調な産業として注目されているという。
全国の農学系学部でも、生命科学、環境、食、情報、地域などさまざまなテーマを打ち出している。
山梨大学生命環境学部は、地域と食品産業と連携して、特産品のワイン研究をしているのが特徴的だ。福島大学農学群食農学類は、福島第一原発事故からの農業の再生・復興への貢献を目指している。農業ジャーナリストの山田優さんはその背景を語る。
「他分野との融合により、農学の領域が拡大しています」
かつてはバイオテクノロジーと言えば優良な種子作り、品種改良が中心だった。
だが、いまは最先端の他の学問と結びつくことで成果を出しているという。
例えば、「農学×医学」の分野では、農学部が研究してきた微生物から、医薬品が生まれている。話題の腸内環境も、農学部が研究してきた腸内細菌、乳酸菌が鍵となっている。乳酸菌の研究も市場も広がっている。「農学×地域課題」が学べる大学も多い。
「過疎化する地域をどう再生するかは、いま重要な課題の一つです。農業と地域おこしに焦点を当てた研究では、明治大学農学部の小田切徳美教授がトップを走っています」(山田さん)
こうした実学的な学びが功を奏して、農学部の就職先は幅広い。
2015年、国内で35年ぶりに「農学部」を開いた龍谷大学では、23年度の農学部の実就職率97.5%は学内でトップ。種苗会社、JAといった農業関係はもちろん、伊藤園、伊藤ハム、山崎製パンなどの食品メーカーへの就職者が多かった。
また、金融、情報通信業への就職も多かった。
新卒で新規就農も
農学科の玉井鉄宗准教授は言う。
「これから農業や環境に関わらない企業はないなかで、農学部の学生が求められているのではないでしょうか」
もちろん“本流”を極めていく学生もいるという。新卒で新規就農し、比較的収益率が高いトマトとイチゴを作り、しっかり稼いでいるという。とはいえ、いま話題なのは「令和の米騒動」。米が安すぎるという課題が浮き彫りになる中、玉井准教授は稼ぐ仕組みの研究にも視野を広げている。
「マンゴーは2万円するものもありますが、いい米でも価値に見合った値段が付いていません。米は量でその価値を測られることがほとんどで、米のおいしさを正しく評価できないからです。新しい指標を見つければ、採算の取れる米作りができるんじゃないかと、老舗の米屋『八代目儀兵衛』さんと共同研究で、おいしさを評価する新技法を確立して、昨年に特許を出願しました。この指標を全国に広げようとしています」
前出の農業ジャーナリスト山田さんは言う。
「工業で経済成長していた時代は、農業は衰退する産業で、農学を学ぶのは時代遅れだと捉えられてきました。ですが、工業による経済成長が停滞するいま、農業、食分野は、未来のある産業であり、堅調だと思われるようになりました。それが学生に支持されている理由でしょう」
(編集部・井上有紀子)
※AERA 2025年3月31日号より抜粋
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農学系学部の新設相次ぐ 持続可能な農業・食料研究、最近の学生にヒットしている理由
AERAdot 2025/03/27
井上有紀子
龍谷大学農学部には、生産から流通・消費・再生まで学ぶ「食の循環実習」がある。学生は農場で、米や野菜を作る。農場のデータ分析もする
少子化などの影響で全国的に大学が淘汰される時代に、農学系学部の新設が相次いでいる。農学部にはどのような魅力があるのか。2015年に農学部を設けた龍谷大学を取材した。
いま、農学系学部の新設・再編が全国で相次いでいる。今後は中央大学などでも、農学系学部の新設が予定されるなど、全国的に学生数を減らす学部が目立つ中、ここ20年間で農学系学部は2割近く入学者数を増やしている。
農学部新設ラッシュの先駆けが龍谷大学だ。2015年、国内で35年ぶりに「農学部」を開いた。
学びは幅広く、サステナブルな食品の研究、先端バイオサイエンスであるゲノム編集から、ドローン、GPSを搭載した耕運機と連動したアグリDXまである。農業経済、農業社会学といった文系的な学びも網羅し、一部の学科は、文系でも受験できる。
2月、滋賀県にある龍谷大学瀬田キャンパスを訪れた。JR瀬田駅からバスで8分。校舎の1階はオープンキッチンがあり、清潔感がある。
スーパーフードを研究
農学科の玉井鉄宗准教授が共同研究しているのは、駐車場の隅などに生えているイシクラゲだ。
「皆さん見たことがあると思います。見た目が気持ち悪いと言われることもある、嫌われ者です」
クラゲというがクラゲではない。シアノバクテリアという細菌の一種だ。
そんなイシクラゲだが、実は可能性を秘めたスーパーフードなのだという。まず、注目すべきは生命力の強さだ。玉井准教授は言う。
「肥料はいらず、水があれば育ちます。乾燥させると、半永久的に保存できるのです。こんな生物はほとんどいません」
乾燥したイシクラゲの標本に、87年ぶりに水分を与えたところ、再び増殖したという研究もある。その強さから、国際宇宙ステーションに持ち込まれた。
さらに、抗がん作用があり、血中コレステロールの上昇を抑えることが動物実験で確認されているという。また、紫外線を吸収し、傷の治りを早める成分を含む。化粧品やサプリメントに応用できるかもしれない。そして無味無臭。半世紀前までは、滋賀県の姉川流域では「姉川クラゲ」と呼ばれ、日常的に食べられていたという。
必ず社会の役に立つ
手間や環境負荷がかからず、健康効果が期待されるイシクラゲ。
玉井准教授はこう話す。
「でも、生育条件ははっきりわかっていません。私たちは安定的で衛生的な栽培方法の確立を目指しています。人間社会に役立つ動植物は、知られていないだけで数多くあるはずです」
こうした持続可能な農業、食料の研究が、最近の学生にヒットしているという。
同大農学部を今春卒業する岸本司さんは、もともと食料自給率の低さなどの社会課題に関心があり、農学部を選んだ一人だ。卒業研究では精米の過程で発生する大量の「もみ殻」の処理の問題を知り、有効活用をテーマに選んだ。もみ殻を炭化させたバイオ炭を活用して、化学肥料の使用量を減らせないかを研究した。
岸本さんは「想定した数値が出なくて心が折れそうになったこともあります。でも、この研究を続けたら、必ず社会の役に立つと思えたことがやりがいになりました」と話す。
(編集部・井上有紀子)
※AERA 2025年3月31日号より抜粋
- わたしのblog「自己紹介」より。
- サラリーマンから転身。「農」の多面的な要素を紹介しながら「農」を必要とする人たちと「経済価値」を超えた労働、つながり、里山文化。
- 国はしっかりと最近の若者の動向を見極め、農業の多面的要素を発展させ、「農業の再構築」を図るべき時だろう。