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内田樹「児童生徒の夢を管理したがる文科省 最短距離・最短時間=最善ではない」

2021年05月20日 | 教育・学校

「AERA」連載「eyes 内田樹」2021.5.19 

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

    「夢」という言葉が子どもたちにとって抑圧的なニュアンスを持つ言葉になったという話を高校の先生から聞いた。「君の将来の夢は?」と質問されると、気持ちが暗くなるという高校生が増えているという。そうかも知れない。

 私が子どもの頃もときどき大人からそう聞かれた。中学生までは面倒なので「新聞記者」と答えていた。職業名を言うとそれで満足して、それ以上質問が続くことはなかった(当時NHKで「事件記者」というドラマを放送していて、出てくる記者たちがまことに楽しそうに仕事をしていたので「新聞記者」志望の子どもはその時期大変に多かったのである)。

 でも、今はそんなに気楽な応答は許されない。「夢」を実現するためにどういう学校のどういう学部学科に進学するのか、いつまでにどのような知識や技術を体得するつもりなのかを開示せよということが学校から求められるからである。

 夏休みの宿題に「9月までに将来の夢を確定し、そのための計画を立てること」を求められた高校生たちがうんざりするのは当たり前である。愚かなことをするものである。高校生の知識と想像力の範囲内でそれを実現するまでのプロセスチャートを一覧的に開示できる程度の「夢」のどこに「夢」があるというのか。

 昨年度から「キャリア・パスポート」というものが導入された。子どもたちが小学校から高校まで「自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら、自身の変容や成長を自己評価できるよう工夫されたポートフォリオ」だそうである。小学校低学年から「やってみたいこと」や「おおきくなったらなりたいもの」を記入しなければならない。

 どうして文部科学省はそれほどまで子どもの成長過程を管理したがるのか。どうして子どもが無駄な迂回(うかい)をすることなく、決められた軌道を最短距離・最短時間で進むことが人生の緊急事だと信じられるのか。私には理解できない。

「夢」は評価や管理と最も縁遠いもののはずである。人間を管理することへのこの狂気じみたこだわりはもはや日本社会に取り憑(つ)いた病という他ない。

 

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

※AERA 2021年5月24日号


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