仁藤夢乃“ここがおかしい”第32回
「ファミマこども食堂」が福祉を衰退させる?
2019/02/16
仁藤夢乃
(社会活動家)
コンビニ大手が子ども食堂を展開!?
2019年2月、コンビニエンスストアのファミリーマートが、同年3月から「ファミマこども食堂」なる取り組みを始めると発表した。
公式サイトには「全国のファミリーマートの店舗を活用し、地域のこどもたちや近隣の皆さまが、共に食卓を囲みコミュニケーションできる機会を提供することで、地域の活性化につなげてまいります」とある。
店舗近隣に住んでいる子どもとその保護者を対象に、1回約10名、小学生以下の子どもは100円、中学生以上と保護者は400円で参加できるプログラムだ。その内容は、オリエンテーションと食事で約40分、加えて約20分の体験イベントとあり、「参加者みんなで一緒に楽しく食事をするほか、ファミリーマート店舗のバックヤード探検やレジ打ちなどの体験イベントを通じて、ファミリーマートに関するご理解を深めていただく取り組みもあわせて実施します」としている。
http://www.family.co.jp/company/news_releases/2019/20190201_99.html(外部サイトに接続します)
しかし一企業が「子ども食堂」を名乗り、こうしたプログラムを実施することについて現場の活動家たちからは懸念の声が上がっている。
読者のみなさんの中には「何が問題なのか分からない」という人もいるかもしれない。例えば、私たちColabo(コラボ)が夜の街をさまよう少女向けに運営しているバスカフェ「Tsubomi Cafe」を、コンビニチェーンが運営したらどうだろう? 無料で食事を提供するところは同じだ。しかし、新宿や渋谷の全てのコンビニが青少年に食べ物を提供するサービスを行ったとしても、真の理念や目的が異なると活動の意義は全く変わってしまうのだ。
そこで今回は、この「ファミマこども食堂」について、どんな理念や目的の下で展開されるのか――その取り組みが社会に与える影響面から考えてみたい。
「ファミマこども食堂」に見える矛盾点
今回の「ファミマこども食堂」プロジェクトに対し、貧困問題に取り組むNPO法人ほっとプラスの藤田孝典代表がいち早く問題を指摘した。藤田さんは次のようなことを言っている。
「従来の子ども食堂は(略)、子ども支援にかかわる市民団体が全国各地で試行錯誤を続けながら、子どもの居場所や交流スペースを主体にして運営をおこなってきた。(略)食事を提供するだけでなく、子どもとの交流も目的に地域での見守り支援や家庭への支援も含まれて」おり、「市民の主体性・自発性に支えられている」
しかし「非正規雇用を中心に業務を展開する」コンビニで、「マニュアル化した形式的な取り組み」で行うことを「『子ども食堂』を名乗って、直接参入する意味は何があるのだろうか」
そして低賃金労働を強いて、「ワーキングプアを構造的に発生させながら、子ども支援に取り組む」という矛盾と、政府や自治体が責任を持つべき子どもの貧困問題について「民間企業やNPOによる活動が政府による公的福祉を削減したり、縮小する口実を与えてはいけないはずだ」とも指摘している。
(「ファミマ子ども食堂への3つの懸念と意見」藤田孝典より)
https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190203-00113525/(外部サイトに接続します)
こうした藤田さんの意見に、私は賛同している。自分たちが生み出している貧困問題を無視して「子ども食堂」を名乗ることが、イメージアップになってしまう社会はおかしくないだろうか?
企業は社会貢献を広報活動に利用する
もっと言ってしまえば、ファミリーマートが展開する子ども食堂は、ただの企業PRイベントではないのか?
「地域のこどもたちや近隣の皆さまが、共に食卓を囲みコミュニケーションできる機会を提供する」とあるが、そういう場作りはたやすくない。ただ場所や食事を提供するだけでは、コミュニケーションが生まれる居場所、地域が活性化する場所にはならない。居場所には、どんな想いを持ったどんな人々が関わっているかも重要であり、従来の子ども食堂は関わる人々が議論や試行錯誤を繰り返しながら、「どんな場にしたいのか」を工夫して運営されている。
子ども食堂の理念を理解した活動であれば、保護者の同伴、事前予約や参加費、レジ打ち体験などはいらないだろうし、提供する食事にもそこに関わる人々にも物語があるはずだ。ファミリーマートが地域の子どもを支援したいのであれば、地域で子ども食堂を運営する市民や団体に資金や食品を提供したらいいのではないか。そうしなかったのは、同社から発表された文章の後半にあるように「ファミリーマートに関するご理解を深めていただく取り組み」こそが、このプログラムの目的だからではないのか。
だとすれば、それらは企業の社会的貢献と呼べるのだろうか?
ファミリーマートがわざわざ「子ども食堂」を名乗るのは、「子ども」や「福祉」を利用した広報活動で、目くらましだとも感じる。これまで子ども食堂の運営を続けてきた市民の主体性や善意をも踏みにじっている。
一見、良さそうに見えることに、安易に騙されてはいけない。
同じようなことが多くの分野で起きている
性的搾取の斡旋者や性売買業者は、貧困や虐待などさまざまな困難を抱えていながら福祉につながらずにいる女性たちに対して、衣食住や関係性の提供をビジネス達成のための手段として利用する。「初期費用なしで家が借りられます」「日払いできます」「奨学金返せます」など、公的機関や福祉事業所による救済制度が追いつかない住居確保や一時生活費の工面に目をつけて業者は付け入る。
14年、私はそうした現状を「偽のセーフティーネット」「福祉は風俗産業に負けている」と、本やインタビューなどで指摘した。すると女性の性の商品化で儲ける業界が「風俗はセーフティーネットだ」と、その指摘をいいように言い換えてPRを行った。
真のセーフティーネットではなくビジネスや性的搾取の手段なのに、その構造を見えにくくさせようとする巧妙なやり方だ。そのため、支援業界にも「風俗はセーフティーネットだ」という言説に目をくらまされている人が少なくない。しかし、問題は福祉の機能不全と不足であり、それゆえに他の選択肢がないことである。そこに行き着くまでの社会的背景、構造に目を向けることなく、セーフティーネットだと話をすり替えることで得をするのは誰か、考えてみてほしい。
これまで本連載でも伝えているが、政治も行政も規制にはノリノリになる。しかし、公的福祉の機能不全や受け皿の不足を認めず、困難な状況に置かれた人々の権利保障のための選択肢を増やすことなく、ただJKビジネスなどを規制すれば、そこしか行き場のなかった人たちが更に追い詰められる。規制よりまずは早急に、その他の選択肢を増やすことが必要なのだ。
公的福祉が困難を抱えた女性たちに利用しやすく、選ばれるようになる努力をせず、そこにいる少女や女性たちの選択の背景を見ようとせずに、「風俗がセーフティーネットになっているから合法化すべき」とするのも間違っている。しかしJKビジネスは、18歳未満を雇うことを禁止することで、事実上の合法化となってしまった。
「自分の意思でそこにいる人もいるだろう」などと言い、「自らの意思で搾取される権利」「奴隷になる権利」の保障を主張するような声もある。搾取の問題を、自由意志による労働の問題と捉えようとする人もいるが、そこで苦しむ人々を生み出す社会的な背景や構造に目を向けるべきだ。
ビジネスの参入が福祉を衰退させる?
それと同じで、子ども食堂の件も本末転倒にならないか、考えてみてほしい。
「ご飯が安く食べられる所が増えるのはいいことじゃないか、なぜ批判するのか」という声もある。それなら「子ども食堂」を名乗って福祉や支援を装うのではなく、企業のイベントとして堂々とやればいい。
何でもビジネスで解決はできないが、今の日本ではソーシャルビジネス=社会的起業というと新自由主義的発想によるところが少なくなく、NPOも同様の発想に基づいて運営する組織が大きくなっている。そしてその多くは政権や大企業にすり寄り、影響力を高めようとする。そういうやり方で補助金や寄付金を獲得したり、自分たちの「組織」にとって都合のいい政策を実現したりしようとする。自分たちの立場を守るために、国の政策や公的福祉の不足を批判しなくなる組織は少なくない。
この厳しい社会で生き残り、少しでも自分たちの目指す社会を実現する方法としてそういうやり方もありなのでは? と考える人もいると思うが、そうした組織が増え続ければ福祉はますます衰退するだろう。児童虐待に関心が集まり、児童福祉をビジネスチャンスとして捉えるような組織もある。学習支援の分野でも、貧困ビジネスでも同様だ。
行政の委託事業も入札制のところでは、ビジネスの一つとして参入する組織が安い価格で落札し、地域で地道に子どもたちや住民と関係性を作りソーシャルワークをしてきた小さな団体が委託先となれずに、活動を続けるのが難しくなるケースも増えている。地域で市民が自発的に良い活動をしてきた小さな団体がビジネスに潰されている。
金儲けの一手段として福祉に参入する人たちが組織を大きくして目立ち、いつの間にか福祉の専門家として、メディアで軽々しいコメントをするようにもなっている。本来の理念を失い、何でもビジネスになれば、支援の質はどんどん下がる。その結果、困難な状況にある人々が置き去りになる。
公的な福祉支援ではないことが、気付けば福祉のスタンダードになっていくということが起きないように、大切なことを見失わないように市民一人ひとりが気を付けないといけない。
明日からは最高気温がプラスになるようだ。とは言え、雪解けまではいかないだろう。
昨年2月18日の積雪量が茶色のクレヨンで印がされています。ここは道路脇なので、正しい積雪量ではありませんが、60.70cmくらい少ないです。それにしても最近の降雪量も半端ないくらい降りました。
下、江部乙の様子
沼に倒れた木
水面が出ているところは、厚い氷になっていますが、雪に覆われているところは、凍ってはいますが表面がシャーベット状になっています。
明日から暖気になるので氷上作業はこれで終わりにします。