2017年4月25日 毎日新聞くらし経済プレミアインタビュー
精神疾患の人とその家族をどう守るか(1)
精神疾患の人を説得して医療機関に移送するスペシャリスト、押川剛さん(48)が今年3月、「〇〇〇〇を祈る親たち」(新潮社)を出版した。押川さんが関わった精神疾患の人とその家族の実態を描いた壮絶なドキュメントで、今の精神科医療と行政、法制度、家族への提言も収めている。押川さんに実例と精神保健福祉の実態を聞いた。
押川さんは1992年、神奈川県で警備会社を創業。96年、精神疾患の人を説得し医療機関に移送するサービスを始めた。2002年、自立・更生支援施設「本気塾」を設立。現在も患者の自立支援を続けている。15年12月の経済プレミア記事「親に支配された子供が身につけた『攻撃性』の闇」でも紹介した。
──前作「『子供を「〇〇てください』という親たち」(新潮社)に続く第2弾として今作を出版されました。
◆押川剛さん 前作で精神保健福祉の現状と、問題を抱える家族の実態を描きました。今作でも事例を交えながら、現在の精神科医療や法制度の不備、家族に求められることなどをより詳しく書きました。
「ニート」から「ひきこもり」「家庭内暴力」へ
──精神保健福祉の現状を象徴するケースを教えてください。
◆ある農村に住む家族のケースです。父親はすでに他界し、80代の母親と50代の長男が2人で暮らしていました。結婚して遠くで暮らす姉から問い合わせがあり、対応しました。
長男は高校卒業後、料理人を目指して家を出ましたが、修業に耐えられず1年ほどで帰ってきてしまった。その後、職に就くものの長続きせず、20代半ばから母親に小遣いをもらっては遊んでいたそうです。30代になるとひきこもるようになり、もう30年ほど親に生活の面倒をみてもらっていました。
私は移送や説得する際には、まず家族からヒアリングを行い、その人が生まれてから今に至るまでの歩みを時系列で資料化します。母親と姉の話から、長男は「ニート」から「ひきこもり」「家庭内暴力」を経て、その時点では精神疾患が疑われる状態でした。
他界した父親は手が出るのが早く、たびたび家族に暴力をふるっていました。母親の話では、長男も父親譲りの性格で、父親を嫌悪し、恨んでいるように見えたそうです。長男が40歳のころ父親が脳梗塞(こうそく)で倒れて以降、父親と長男の力関係が逆転して一家の財布を握るようになり、暴力もふるうようになったのです。
また、長男は部屋で排せつまでしていると聞いていました。自宅を視察した際には、勝手口に多数の酒瓶が転がっていました。大量飲酒の習慣があったそうです。アルコール依存症の疑いもあると考えました。家は異臭を放ち、長男のいる2階の部屋の窓は開け放たれて、昼でも夜でもテレビの音声が大音量で漏れていました。外に向かって意味不明の言葉を大声で叫ぶこともありました。
ひきこもる子供を長期間抱え込む家族は少なくない
──どのように対応したのでしょうか。
◆家庭内暴力があっても両親は警察ざたになるのを嫌い、通報はしていませんでした。また、近隣住民も悪臭や音に迷惑していましたが、昔から付き合いがあるだけに、近所の子供を警察に突き出すことはできなかったそうです。
長男の様子を家の外からビデオで撮影し、帰省した姉と地域の保健所に相談に行きました。職員からは「すぐに医療機関に入院治療の相談をしたほうがいい」といわれ、連絡をしてくれた精神科病院に相談に行きました。
医師にビデオを見せると驚いた様子で、すぐに治療の必要があると判断されました。アルコール依存症だけでなく、統合失調症や認知症の検査も必要ということで、後日入院日が決まり、それに合わせて移送を行いました。当日、長男は言葉にならない声をあげたりしましたが、あまり抵抗することもありませんでした。むしろ、腕をとったスタッフに甘えるようにしなだれかかるなど、長男の顔つきや言動はまるで子供のようでした。ですが、長男の部屋の壁には「バカ親」「一家皆殺し」など物騒な落書きが残り、以前の家庭内暴力の痕跡が残っていました。
──その後、彼と家族はどうなったのでしょうか。
◆幸い入院先は長期療養に理解があり、長男はしっかりと療養を続けています。高齢の母親は姉一家と暮らすことになり、自宅は処分すると聞いています。
この長男のケースで、私は「座敷ろう」をイメージしました。明治から昭和中期にかけて行われていた私設の軟禁施設です。当時の日本では、法律に基づいて病院に入れない患者を行政の許可を得て私宅の一室などに閉じ込めていたのです。家族から手厚いケアを受けることもあったようですが、全体的には人間としての尊厳が失われた環境でした。
この長男は家族から無理やり部屋の中に押し込まれたわけではありませんが、医療や福祉のケアを受けられないまま、みすみす病気を悪化させてしまいました。人間としての尊厳が失われた状態だったのは、「座敷ろう」の時代と変わりません。
現在、社会との接点を失った子供を長期間抱え込んでいる親は少なくありません。「座敷ろう」ではありませんが、似た状況にある家族を無数に見てきました。子供を医療や公的支援につなげるすべがなく、恐怖におびえながら子供の死を祈っていることが多々あるのです。
警察庁の調べでは、2016年の殺人事件摘発件数(未遂を含む)のうち、親族間殺人が約55%で、増加傾向です。親族間の暴力容疑摘発はこの10年で4倍、傷害容疑は2倍近くになっている。もちろん、その全てではありませんが、自分が病気と認識していない患者を医療につなげられないばかりに起こってしまった事件もあります。
また、昨年7月の相模原障害者施設殺傷事件など、精神科医療につながっていながら防げなかった事件も、たびたび起こっています。現在の医療、行政、法制度のすべてに不備がある状況をまず知ってもらいたいと思います。
押川剛(おしかわ・たけし)
1968年北九州市生まれ。専修大中退。92年、トキワ警備=現・(株)トキワ精神保健事務所=を創業。96年から精神障害者移送サービスに業務を集中。強制拘束ではない、対話と説得で患者を医療につなげるスタイルを確立し、1000人超の患者を移送してきた。著書に「『子供を「〇〇てください』という親たち」(新潮社、現在、「月刊コミック@バンチ」で同名マンガを連載中)がある。
ショッキングな記事でした。掲載するのをためらいました。書名の○○は私が伏せました。数年前、「この子を残して」という記事を載せました。この数年の間に、より状態は深刻化したようです。まだまだ表面に現れていない事例がたくさんあると思います。人間としての尊厳の問題でしょう。当事者にとっても家族にとっても。早い対応が望まれます。