里の家ファーム

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人をイライラさせるだけのFacebook投稿を知っておこう

2015年12月10日 | 日記・エッセイ・コラム

わたしもFBをやっていましたが、今年3月末でやめました。今はこのブログで私の好きなことを言っていればいいのですから幸せです。わたしが「友達」になった人は70人くらいでしたが、彼らの意見を読むだけで大変でした。70人という数字は少ない方なのです。人数を競うような風潮もあります。そして何よりFB側の対応が嫌いでした。やめて、今は幸せです。

 ライフハッカー [日本版] - 2015年12月10日

Facebookで煩わしい人間だと思われていませんか? 以下に挙げる行為をしているのなら、恐らく答えはイエスです。
われわれはFacebook上の迷惑な人間について、文句を言ってしまいがちです。実際、煩わしい人はたくさんいます。Facebookで人気があまりないのなら、そうした人間であることを反映しているのかもしれません。しかし、実際のところ、ソーシャルメディア利用にすごく長けた人であっても、迷惑なことをしてしまう場合もあるのです(この記事を読めば、具体例が1つや2つ、ぱっと頭に浮かぶことでしょう)。
Facebookで他人をイライラさせないようにするには、自分の投稿の目的は何なのか、それを他人はどう受け止めるだろうか、ということについて少し考えてみると良いでしょう。

その場合、情報ブログ「Wait But Why」が役に立つと思います。こちらのブログは、いつも良く考えられた記事を出していますが、最近、迷惑なFacebook投稿の特徴を細かく掘り下げ、人が間違いを犯してしまう理由を考察し、人から特に嫌がられる、7種類の投稿に関して注意を呼びかけています。
 
1. 自慢話
 
これは特に驚くことはないと思います。単なる自慢は単純に迷惑なものだからです。もちろん、あまり自慢話にならないように、皆さん気をつけていると思います。とは言え、まったく自慢話をしていないとは言い切れないはずです。Wait But WhyのTim Urban氏は「大ざっぱな内容(希望の仕事に就けた、学位をとった、新しいアパートをとても気に入っている)であれ、具体的なこと(すばらしい旅行に行く、週末に一大イベントがある、友達と夜遊びに行く、ただ最高の1日だった)であれ、すばらしい日常を送っているように見える投稿」への注意を促しています。
それをして何になるのか考えてみましょう。単にうれしくて誰かに聞いてほしかっただけだとしても、自慢しても大丈夫な相手というのは、親しい友人や恋人、家族に限られていますし、そういうことにはメールやショートメッセージ、電話を利用するか、または直接会って話したほうが良いでしょう。あなたの自己満足は、あまり親しくない人たちにとっては迷惑以外のなにものでもなく、大多数の人間が煩わしさを感じています。
2. 謎を残したままで終わらせる
 
Wait But Whyではこの種類の投稿を「具体的な説明もなく、ただ何か良いことか悪いことがあったことだけを伝える投稿」と表現しています。「今日はすごい1日になる」というような近況をアップデートすれば、注目はされるでしょう。でも友達はそれを面白いと思わないし、得るものもありません。ただ煩わしく思うだけです。
 
3. 「朝食はベーグルでした」というアップデート
 
誰もあなたが朝食で何を食べたかなど気にしません。他人に食事内容のような平凡なことや、スケジュールの細部まで伝えるのはどうしてでしょう? 孤独感からでしょうか? それともナルシシズムからでしょ
うか? もしくは、単に何も考えていないだけかもしれません。理由は何であれやめたほうが良いでしょう。
 
4. 個人的なメッセージを公の場で発信する
 
Wait But Whyは公の場に紹介する特別な理由のない、ある特定の人に対する個人的なメッセージを公開投稿することも勧めていません。
 
ソーシャルメディアを利用し始めたばかりで、まだ一般大衆向けメッセージとプライベートメッセージの違いを分かっていないというようなケース以外、その行為を正当化する理由は何もありません。
 
5. アカデミー賞受賞者のスピーチみたいな投稿
 
感謝の意を示すのは良いことです。しかし、適切な場や状況で行う必要があります。突然「ありがとう」という言葉を出しても、Urban氏は(そしてほかの多くの人々も)その動機を考えずにはいられません。「Facebookの友達800人に素直な愛情を感じたとは考えられません。もし急に親友や家族に対してそういう感情的な気分になったのなら、何も公開の近況報告の場で伝えなくても良いのではないでしょうか?」と同氏は疑問を呈しています。
本当の意味で愛情を伝えるのではなく、「みんなありがとう」というタイプの投稿は単に注意を引く口実なのかと疑われます。Urban氏はこう述べています。
 
これはずばり、「みんな、私はここにいます! 抱きしめて!ということです。そうすると、あなたが誰であろうとも、確かにあなたを抱きしめ、慰めるかのようなたくさんの「いいね!」と良いコメントがもらえることはわかりきっています。しかし、それは少し寂しすぎませんか?
 
6. どうしようもなく平凡な意見
 
何かひどい事件が起こり、オンラインでお悔やみを表明する。これのどこが悪いと言うのでしょう? Wait
But Whyによれば、この種類の投稿が煩わしいのは、既にメディアが大量の情報をいろいろな角度から広く報道していて、投稿者は何も新しいことや興味深いことを述べているわけでもないくせに、それらの内容に対して、自分との接点を無理やりでっち上げようとしているからです。
 
7. 知恵満載の情報
 
この投稿スタイルは、賢そうに見える文章を駆使しています。一見役に立ちそうですが、実際には非常に煩わしいものであることが多いのです。
とUrban氏は主張します。
明らかに恩着せがましいメッセージは、「えー、Facebookの友人諸君、私は人生の秘訣を知っている人間の1人です。私の話を聞けば、君たちもいつの日か悟りを得ることができるでしょう」と言っているようなものです。本当に人々を励ましたいのであれば、何か信じられないようなことを、あなたが成し遂げ、それをほかの人間が模範にし、励みにすれば良いのです。言葉だけで人々を激励するには、本当に創造的ことを伝えることができる、生来の雄弁家か作家でないと難しいでしょう。
補足説明
 
もちろん、全員が全員、上記のことにいら立ちを覚えるわけではありません。Urban氏にとってイラッとすることでも、あなたにとってはまったく気にならないということもあるでしょう(とは言え、私の個人的なFacebookの不満を同氏は良く押さえていると認めざるを得ませんが)。
しかし、たとえこのタイプの投稿を今すぐやめることはできなくても、覚えておいてほしいのです。Wait But Whyのリストに賛同できなくても、他人のFacebook利用方法を見て、自分自身が人を不愉快にしていないか考えてみるのは、価値のあることだと思います。
また、このリストを見たあと「じゃあ、何が残るの?」と思うかもしれません。もしUrban氏の考えを読んだ上での結論が、Facebookは実はあまり役に立たない、そしてイライラすることのほうが多い、というものであれば、それと同様の結論に至った研究があることをご存じでしょうか? 多くの調査が、Facebookは、人の気分を沈ませる傾向があると論証しています。また、ある調査ではFacebookをやめると幸福度があがる可能性があると提言しています。
あなたが1番イラっとするFacebook投稿はどのタイプですか?