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俳優・勝地涼くんのこと。

『四つの嘘』(2)-9-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:59:59 | 四つの嘘
・朝、喫茶店で一人コーヒーを飲んでた詩文がたまたま隣りの席に目を向けるとそこの客が読んでる新聞が目に入る。新聞には「安城英児パナマで2連勝 引退を表明」という小さい記事(でも写真つき)が。「この結果で、ボクサーとしてやり残したことはないと、引退を決意した」「引退後も、日本に帰国するつもりはなく、パナマで子供達に正しいボクシングを伝えるつもりだという」とのこと。
現役の夢を捨てきれずパナマまで行った、死ぬまでボクサーだと言い切った英児が、たった2連勝しただけで引退を決心したとは。結局詩文が来てくれなかったことで現役にしがみつくモチベーションが減ってしまったんでしょうか。これはおそらくまさしく命がけの二試合を経て、頭部への衝撃をおそれて思うように戦えなくなっている自分を発見し、同時に自分が生きたいと願っていることにも気づいてしまったのでは。
そして日本へ逃げ帰るのでなくパナマに残るというからには、パナマの土地に、そこの子供たちに、日本にはなかった何かを見出したということでしょう。子供相手ながら指導者という立場を選んだのは、ネリにボクシングのコーチをした経験が遠因になってるように思います。死に急がず地に足をつけて生きて欲しいというネリの願いは、おそまきながら無事英児の心に届きましたね。

・子供たち相手にどこかの家の前でサンドバックを叩かせてる英児の姿。現地の言葉?であいだあいだで掛け声をかける。上はタンクトップ一枚で、髪を後ろでアップにし、日焼けした顔に充実した穏やかな笑顔を浮かべている。その表情だけで今の彼がとても幸せなのが伝わってきます。天職に巡りあったとでもいうか。ボクシング好きだった父親の影響で自然とボクサーを目指した英児が、今また自分のボクシングに対する技術と情熱を子供の世代に伝えようとしている。清清しい光景です。
そしてこの場面の英児のビジュアルのめちゃくちゃ格好いいこと。最終回、英児の出番はここだけですが、1分にも満たない時間ながら堪能させていただきました。

・ネリも部屋?のパソコンで英児引退の記事を読んでいる。微笑みを浮かべた穏やかな表情は、彼が新たな、それも死に急ぐ代わりに次代を教え導くような夢を見出してくれたことを心から喜んでるように思えます。英児のことを思い出してもそれでネリの表情が曇ることはない。彼女の中で英児の記憶がすでに綺麗な思い出に昇華されたのがわかります。

・病院の廊下。ネリが出てくるのを廊下で待っていた福山が歩み寄ってきて「ところで、ご報告なんですが、ぼく、外科医はあきらめます」と切り出す。ネリはさすがに足を止めるが、しばしの後また歩き出しふっと笑って「それがいいんじゃない。大学に戻って病理に鞍替えしたら」と言う。確かに秀才だけど現場で役立たないタイプの福山は研究職の方が向いてそうです。
しかし福山の希望はそうではなく「いえ、ぼく、どうしても灰谷先生の新しいクリニックで働きたいんです」というところにあった。「それはだめ。あなたは絶対に雇いません」。ネリは福山の方を見ないまま「理由は・・・(ここで足を止めて振り返ると嫣然と微笑んで、かつちょっと眉ひそめてみせて)気持ち悪いからです」。うわ直球。さすがの福山も硬直してます。これまでの彼の行動を思えば無理ないですけど。このときのネリの表情がなんとも秀逸です。
「一生懸命勉強して私と関係ないところで立派なお医者さんになってちょうだい」とネリは背を向けて歩き出す。最後に「がんばってね」とにっこり手をあげてはいるものの、「私と関係ないところで」というあたりほとんど最後通牒です。突っ立ってネリを見送る福山の目に涙が。・・・なんかここまでくると一周して応援したい気持ちにさえなってきます福山。

・日傘を差して一人歩く詩文。例のボクシングジムの前で立ち止まり窓から見えるボクサーの姿に英児を重ね合わせる。澤田と破談になってまもなく英児の消息を知ったことで、彼と過ごした日々が改めて懐かしくなったのでしょう。しばし立ち尽くしている詩文の後ろからボクサーが走ってくる。近付いてくる男の足と振り返る詩文をスローモーションでいかにも意味深に捉える。
詩文は振り向きパンチ練習しながら走ってくる若者を見出す。たくましい二の腕をじっと見つめる詩文。詩文の横を走りすぎジムの前で立ち止まった男は詩文を振り返り、しばし二人は真顔で見つめあう。この青年もなかなかのイケメンかつワイルド系で、詩文の好みには叶ってるんじゃないでしょうか。

・恵成女子大学附属高等学校と看板のかかった構内に門から進入するかたちでカメラが中へ入っていく。門と反対側の庭っぽいスペースで「私たちがこの学窓を離れてから~」うんぬんと満希子がスピーチしてる。ドレスぽい派手なワンピース。まわりの奥さんたちの服装からしても同窓会兼美波を偲ぶ会ぽい感じです。「今日は明るく可愛かった美波の思い出を語りながらみんなでご冥福を祈りたいと思います」。笑顔で言い終えた満希子に拍手が。
「はりきってるわねーブッキ」「いろいろあったけど人はそう簡単には変わらないってことよ」と隅の方で語りあうし文とネリ。つまらない主婦になった満希子もこういうときはかつての生徒会長の面影を取り戻すようです。「場違いねあたしたち」とネリ。「帰ろうか」と詩文。かくて二人が席を外そうとしたところに「原と・・・ネリでしょ」「クラス会に出てくるの初めてでしょあなたたち」と二人組の奥さんたちに声をかけられ「だれだこいつ」みたいな顔で見返してしまう二人。順に名乗る二人の名前を声をあわせてリピートしてますが本当に覚えているのかも疑問です。

・満希子が「みなさーん。言い忘れてたんですけど灰谷ネリさんが来年春脳ドックのクリニックを開きます」「宣伝のためにはじめてクラス会に来たのよネリは」と皆にアピール。親切心のつもりでしょうがネリはちょっと気に入らない顔。ネリは別に宣伝のために来たつもりは全くないはず。一言の宣伝もしないうちに帰ろうとしてたくらいですから。
それでも満希子が能天気に「よろしくね~」と言い拍手が起こると、ネリは社交辞令で笑ってみせ隣りで詩文も苦笑する。こうして彼女たちはこれからも満希子に振り回されていくのでしょうか。

・記念撮影のあと音楽室にやってきた三人。「ここでよく原と立たされたねー」「バケツもって」。三人は笑い、扉の外に立たされる昔の詩文とネリ、。歌うクラスメート、指揮する満希子のヴィジョンが浮かび、そこに今の満希子の笑顔が重なる。ピアノを伴奏する高校生の美波の笑顔。そして現在の無人のピアノ。「美波も生きてたらここにいたのね」「絶対ブッキのそばにいたわよ子分だもの」「子分じゃないわよ親友よ」。反論した満希子は少し間をおいてから「原もネリも、私の大事な親友よ」と付け加える。
へえー、とあきれたような気持ち悪そうな声を出したネリは「命の恩人だからね原は」と軽く笑いつつ突っ込む。少し後でも「命の恩人だってことは忘れちゃだめよ」と重ねて言っていて、このくらい強調しとかないとすぐ恩を忘れるからこの女は、と思ってるのがわかります。

・この次のクラス会は原の結婚のお祝いにしようと思うの、という満希子の言葉に言葉詰まらせ驚くネリ。「知らないのーネリ」と得意げにひけらかそうとする満希子に詩文はちょっとあせって、「その話、なくなった」と言う。えっと驚く満希子ににっこりと「ふられちゃったの。あなたのような女を妻にする自信がなくなったって」と説明。うそーと驚き顔の満希子、ちらと横目で見るだけのネリ。
「あたしでもふられるようなことがあるのよー」と頬杖ついてわざと高飛車ぽくいう詩文がちょっと痛々しいようでもあります。

・「だから当分は西尾仏具店で働くことになりましたのでよろしく」と座ったままぺこんと頭をさげる詩文。てっきり満希子は嫌な顔をするかと思ったら「正社員になれるようにうちの人に言ってみようか。大したお給料払えないとは思うけど」と満希子とも思えない良心的なことを言い出す。それが面白かったのか「旦那さん大丈夫ー?毎日一緒に働いたら危ないかもよー」といたずらぽくリノリノリでネリが突っ込んでくる。
「邪魔しないでよー就職できそうなんだから!」と言う詩文は微妙に怒ってるようでもあります。そういえば武は詩文の魔性に引っかかる気配が全然ですね。相性の問題なのか他に愛人がいるからなのか。

・「うちの人なら大丈夫よ。もう浮気はしないから。絶対に」。穏やかに確信もって言い切る満希子。もともとが婿養子らしい小心で真面目な人物ではあり、今度のことで懲りたろうと踏んでるんでしょうね。700万の行方をめぐるやりとりで久々にいちゃいちゃしたのも彼への信頼感を高めているのかも。

・そのころ海の見えるマンション。荷物運びを手伝いつつ「せっかく引っ越したんだからもう表札は出すなよ」という武に「もう乗り込まれるのはやだもんね」と荷物を出しながらにっこり笑う君子。なんだってー!。別れたんじゃなかったのか!?単に前の家の合鍵を(不要になるから)返しただけの話ですか。引っ越したのもご近所の手前だけじゃなく、満希子の知らない場所に愛の巣を設けるためだったのか?
満希子に知れたことや家内安全を別にしても、あんなふうに包丁振り回されたりしたらいいかげん愛想つきたりしないのかなあ。

・たまたま包丁の入った箱を開けた武はそれを持って彼女の前に行き、「君も、こういうものを二度と振り回さないようにね」と言い聞かせるように言う。それに対し、武が浮気したら振り回すかもと無表情な声で君子は言い放つ。ずっとダンボールに入れときなさい、と背を向けて箱に蓋をしようとするのへ「あああーん」と甘えた声で後ろから君子が抱きついてきて、右手に包丁持ったままの武はふらつく。「今日中にリビングだけは片付けるんじゃないの?」と一応抵抗する武に「急にしたくなっちゃった」と肩にあごを乗せて君子が甘えてくる。「そうなの ?時間なくない?」と腕時計を見るものの君子に笑顔で肩をぱたぱた叩かれ、「まいっか」と向き直ると君子を抱きしめてのしかかる。
ええー、結局流されちゃうのか?満希子にも詩文にも君子とはきっぱり別れたようなこと言ったくせに全然懲りてません。いかにも真面目な家庭人をやりきってるだけにこの人の方が満希子より実は性質悪いのかも。このシークエンスのラスト、からみあう二人を遠くに捉え、むき出しで置かれたままの包丁を手前に捉えた構図が出てきますが、彼らの関係も西尾家の平和も、また刃物三昧で破壊されかねない危うい均衡のもとにあることを暗示しているように思えます。

・校舎内?の緑の歩道を歩く三人。美波、見てるー?と満希子が空に呼びかけたのをきっかけに「バンクーバー・・・行ってみたいなー」と詩文が呟く。私はお金がないから無理だけどと言う詩文に「お金・・・私が出してもいいけど?」と満希子が太っ腹な提案を。ちょっとやましそうな様子なのは700万の損失を詩文のせいにした経緯があるからでしょう。
この発言に二人は驚愕。「原に助けてもらわなかったら大森にとめどなくお金とられてたわけだし?」「その分でバンクーバー行くのも悪くないかなーって」と笑顔でもっともらしい説明を並べたものの、「700万も取られたのにやけに太っ腹だけど、ご主人知ってるのお金のこと」(ネリ)「株で損したって言った?」(詩文)とかわるがわる問い質されるはめに。やましさゆえとはいえ善意の発言でかえって墓穴を掘ってしまった格好です。

・しばし目を閉じて無言の満希子に詩文は「西尾仏具店で働いてるんだからあたし。どういう話になってるんだか言ってもらわないとボロが出るわよ」と脅しをかける。いらないことはべらべら喋るくせに、都合の悪いことはこういう尻に火のつくような言い方しないと口を割らないとよく分かってるわけですね。
案の定ちょっと逡巡しつつも「人に・・・貸したことにした」と満希子は口を開く。「誰に?」 自然に聞き返す詩文の方を向いて微笑む満希子に「なにもったいぶってんのよ」と笑いながら詩文はツッコむ。勘の鋭い詩文がこのあとの展開を予測してないっぽいのが意外です。いくらなんでもそこまで恩知らずとは想像の範疇を超えていたのか。

・満希子は改めて詩文を見て笑顔で、「・・・あなたに」。詩文はあきれ返った顔で「いいかげんにしなさいよ」と怒る。「だあって、行きがかり上そういうことになっちゃたんだもん。ごめん、許して、親友でしょ」「じょおだんじゃないわ」「うちの人もいろいろ迷惑かけてるし。返済できなくても文句いえないって言ってるから」。
なんだか軽いノリで説明する満希子に「ブッキ。節操なさすぎるよそれ」とネリも横からツッコむ。「もういい。大森に貢いだことも大森とラブホに行ったことも、みんな旦那に隠してあげてたけど言うわ。言えば何もかもが説明つくんだから」。さすがに真面目に言い切る詩文。満希子に懇願されればこそ、警察にも武にも満希子の不名誉を隠し切ったというのにこの仕打ちじゃあ激怒して当然。満希子は「やめて」と哀願する顔に。「ラブホまで行ってたの。プラトニックなのかと思ったら」と白い目で見るネリに「なにもしてないわよ」と満希子はしっかり否定。しかし「逃げ帰ったくせに図々しい」と鋭くツッコむ詩文に「どうして知ってるの」と驚きの顔に。
詩文は「あたしはなんでもわかるのよ。だから大森の嘘も気付いて助けてやれたんじゃないよ」と苛立ったように言う。ちょうどそのラブホで仕事してた、モニターで見てたなんて真相をバラさないのはさすがに周到です。満希子みたいな女にはネタを割らずに、どういうわけか詩文には「なんでもわかる」と思わせて牽制した方がこの先の被害を防げますからね。

・「ブッキが悪い」「あんたは恩を仇で返した」と責めるネリに「上から目線でもの言わないでよ」と本気で抗議する満希子。言えた義理じゃないだろうに。「人のことは文句言うくせに自分のことはなんにも見えてないから最悪なのよ昔も今も」。さすがに本気で怒っている詩文は「今までのこと全てあたしが言う」ときっぱり宣言。
満希子は「それだけはやめて。いっしょにバンクーバー行こう。それで機嫌なおして」「飛行機も、ビジネスとるから。ホテルも高いとことるから。お金借りたことにしておいて、一生のお願い!」と手を合わせる。やっぱり「一生のお願い」が出たか。「そういう問題じゃないでしょ」とネリは呆れきるが「お願い」と手を合わせて繰り返す満希子をいくぶん軟化してきた表情で見ていた詩文は「ファーストクラスなら、乗ってみてもいいかな」と低い意地悪声でいう。
真相を明らかにして西尾家の平和を今さら乱しても何の得にもならない、だったらこのまま恩を売って美味しい思いをさせてもらおう、という結論に達したんでしょうね。満希子の方から切り出してくれた正社員昇格も、実現すれば経済的安定が見込めますし。

・自宅のパソコンでバンクーバーの天気を調べてるネリ。「バンクーバーって涼しいんだ」と一人言のように言うと「北海道より北だろ」と気のない感じの男の声が答える。誰?と思ってると後ろのソファにTシャツトランクス姿で足を伸ばしくつろぐ福山の姿が。なんだってー!!正直このドラマで最大の驚きでした。あの完膚なきまでのふられっぷりから何がどうなってこうなったんだか。
「俺も行きたいなーバンクーバー」と口にして「いちいち付いてきたがるんじゃないの!」と強い口調で叱られてもにやにや笑いながら「また怒られちゃった」となんか嬉しげ。もとはストーカーだったくせに、まさに奇跡の逆転勝利です。男と女はわからないと言ってしまえばそれまでですが、あえて言うなら先に英児との関係があったからこそ、いくらか男慣れしたネリが福山のような男を受け入れられる下地ができた面はあると思います。福山は「ボクサーなんか」に感謝しなくてはですね。

・エステサロン?で爪を手入れする満希子。足もお手入れ。はーと気持ちよさそうに息を吐き「来週の水曜はフェイシャルもやろっかなー」。バンクーバー行きを控えてるとはいえすっかり色気づいた様子。
基本元の生活に復帰した満希子ですが、だいぶお洒落になったのは大森との関係が残した副産物みたいなもんですね。

・日傘を差して立っている詩文の方へ例のボクサーがランニングしてくる。目の前まで来て足を止めたボクサーに、詩文は片手に持ったビニール袋を差し出して「お肉、食べない?」と微笑む。ボクサーは無言で詩文を見つめる。すごいナンパの仕方ですが、この間さんざん見つめあってたことからも彼が詩文にプラスの興味を抱いているのは明白、ここで詩文の魔性に捉えられてしまうだろうことが予期されます。
男に無縁だったネリに男ができ、波瀾のあげく平穏な暮らしに戻った満希子もいくぶん華やいだ女に変わっている。父とも娘とも離れ家庭環境は大きく変わった詩文ですが、人間性において一番変わらないままなのは結局彼女なのかも。

・バンクーバーで例の遊覧船に乗る三人。「この船に乗って美波は河野さんとバンクーバーからホーシューベイに渡ってたんだー」と感嘆の声をあげる満希子にネリは噴き出す。「うらやましそうだからさ」「ちょっと、うらやましいかも」と言い合う二人に「幸せな恋なんて、ないけどね」と詩文。すると「あると思うな。あたしは」とネリが意外な発言。こんな言葉が出るだけ福山と上手く行ってるってことですね。満希子は無言の真顔で外見つめる。もとは美波の恋に憧れたところから始まった彼女の「最後の恋」は無惨な結末になったわけですから。
「この数ヶ月いろいろなことがあったけど、まだまだ人生はつづきます。でも40すぎてもまだじたばたできるって素敵なことじゃない?」と美波のナレーション。詩文はそのとき河野と並んで甲板に立つ美波を見つけ驚く。まず美波が、ついで圭史が振り返る。「がんばってね。うふふふ」と微笑む美波。「美波 ?」とつぶやく詩文に満希子とネリも甲板を見て美波の姿を見つける。「うそ?」「うそ?」「うそ」。口々に言う三人に美波が笑顔のまま「う・そ・」と唇動かす。
だからタイトルが『四つの嘘』なのか?原作では四人とも嘘を抱えてましたが、ドラマだと詩文は思い切り自分に正直で特に嘘ついてる様子がないので、ここでタイトルの辻褄をあわせてきた?しかし他二人はいいとして圭史の元妻だった詩文が美波の幻にばかり気を取られ圭史のことはまるで気にしてないのが不思議。

・そして美波の姿がかき消える。満希子を先頭に三人は甲板へと駆け出すがそこには誰もいない。呆然と立ち尽くす彼女らを乗せて船は走りつづける。ミステリアスな後味を残すラストシーンです。

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『四つの嘘』(2)-9-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:43:01 | 四つの嘘
〈第九回〉

・部屋の中に満希子が見当たらないため部屋の外へ出て捜す詩文。暗い階段を下りて駐車場まで出てみるがそれらしい気配はなし。また305号室のの前まで息を切らして戻った詩文は、隣の部屋の前に白いボタンが一つ落ちてるのを見つける。食事したときの服装を思い出して満希子のものと確信した詩文は306号室の扉を見つめ、そちらのチャイムを押してみる。
こちらの部屋に大森と満希子がいたとして素直にドアを開けるとは思えませんが、鍵がかかっていれば他にアプローチのしようがないですからね。詩文としてはボタンを見つけた時点で100%事件認定でしょうが、警察に通報しても強制的に踏み込んでもらうには証拠として弱い。だから彼らの悪事を暴くために、自ら彼らの悪事の証拠となるためにあれだけ無茶をやらかしたわけだ。

・男の一人がドアのレンズから詩文の姿を見て「戻ってきちゃたよ」というのを大森がどけよ、と軽く横にどかしてのぞきこむ。詩文はノックして「ブッキ ?そこにいるの?」と声をかけ、繰り返しチャイムを押す。こないだの君子宅襲撃を思い出させる光景です。詩文はつくづく満希子のために危ない橋渡ってますね。

・詩文にあきらめる気配がないのを見て、大森は「仲間に入れてやろうぜ」と今までにない悪い笑顔を見せる。後ろにいた仲間の指示で部屋の中の男が何か用意を始め、大森は部屋のドアを開ける。
詩文は大森の横をむっとした顔ですりぬけ「ブッキどこ?」とあがりこむ。部屋に入ると男が二人待機していて、詩文について中へ入った大森が後手にドアを閉める。はっと振り返る詩文。仲間がいるというのは想定外だったんでしょうか。人数だけでも圧倒的にピンチです。

・大森は猫なで声で「原さんも参加してくださるなら大歓迎です」と言い、パーティーへようこそとさっきの男はビデオカメラを向ける。状況からすればパーティーとは強制的乱交パーティー、男たちが集団で詩文と満希子をレイプしようということですね。しかもその光景をビデオにとって彼女たちを脅す材料に使おうという・・・。
もともとは標的にされたのは満希子だけ、その満希子は積極的に大森に貢いでくれてたわけで、脅迫するまでもなく700万同様「お願い」してむしりとればいいようなもんですが。若いゆかりでなく満希子を騙す対象に選んだのはより自由に大金を動かせる、よりちょろく騙せそうだったのみならず、単純に熟女をレイプするのが趣味だったのかも。もっとも少しあとで「原さんが邪魔さえしなければ満希子さんはずーーっとぼくの彼女でいられたし」と言っていたので、本当ならまだまだいい夢見させながら絞りとる方向だったのかもですが。

・斜め横から撮影されている詩文はさすがにちょっとあせった顔。ブッキと名前を呼びかける。隣りの部屋で男(一人)に見張られている満希子は詩文の声に顔をあげるが男に睨まれたため返事はしない。しかし縛るでも猿ぐつわかますでもなく、ずいぶんと緩い監禁の仕方です。もともと冷静さに欠けている満希子なんだから、やけ気味に大声で騒ぎ立てる可能性だってあるでしょうに。

・「そこにいるんでしょ」と扉を開けようとする詩文は男の一人でに首をつかまれ引き戻される。「落ち着いてくださいよ。愛がほしい主婦とお金がほしい若者の、これはギブアンドテイクでしょ~」と間延びしたむかつく話し方で言う大森。
ベッドから体を起こしドア方向に移動しようとする満希子を男が睨んだまま少し前へ出て牽制する。ここで満希子が自分を助けに来てくれた詩文を救うために機転を働かせ大活躍する!なんて展開をちょっと期待したんですが、やっぱり何もしないまま一方的に詩文に助けられるだけでしたね。いや、その後の展開を見るにもっと悪いか・・・。

・「議論する気はないわ。ブッキ返して。もう十分傷つけたでしょ」「あなたのせいで傷ついちゃいましたねえ。こうなったら一緒にパーティーを楽しみませんか?」気持ち悪い笑顔で言う大森を「・・・子供のくせに、セックスなめんじゃないわよ!」と詩文は怒鳴る。
セックスをなめるなとは凄い台詞ですが、詩文にとってのセックスとは病院の食堂でネリに説明したように命をこすりあうような切実さを伴うものであり、「パーティー」なんてのは表層の快楽だけを追った底の浅い行為と考えてるんでしょうね。詩文が「エッチ」といった隠語的軽い表現を使わずストレートに「セックス」という単語を用いるのも、彼女の性行為への真剣な向き合い方を象徴しているように思います。

・大森は真顔で無理やり詩文をソファに押し倒し、他の男が詩文の足を押さえる。詩文は男を蹴り飛ばし両手首を大森に抑えられながらも抵抗。その歯をくいしばる顔をカメラが映してる。完全に詩文不利の状況ですが、そのときパトカーのサイレン音が。嘘だろ、と顔こわばらせる男たち。
たまたま外の通りをパトカーが通った可能性の方が高いと思いますが、犯罪行為の真っ最中だけにさすがに平静ではいられないか。それによく考えてみれば詩文が女一人単身で乗り込んできたのは警察が来てくれる算段がしてあったからこそかもしれないわけで。
それを裏付けるように「泣き寝入りする女ばっかじゃ、ないのよ!」と力強く叫んで詩文は大森の頬を爪でえぐり、そのままソファから這って逃げ、外のドアをあけて「おまわりさんこっちです」と叫ぶ。最初はこれ、パトカーに男たちが動揺してるのにつけこんだとっさの芝居かと思ったんですが、本当に警察がかけつけてきたので、やはり詩文はあらかじめ通報したうえで乗り込んできたんですね。

・大森たちは階段から逃走。入れ違いに警察がエレベーターで3階へ上がってくる。隣りの部屋に入りベッドのうえに座りこんでる満希子を見つけた詩文はおまわりさん早くと叫ぶが、満希子は「おまわりさん・・・」と呟き、詩文の腕を引っ張って「おまわりさんはだめ」ときれぎれに訴える。「何言ってんのよ、殺されてたかもしれないのよあたしたち」と怒る詩文に「バレる、うちに、警察にバレたらうちにも・・・」と呆けたように満希子は繰り返す。
家族を捨てるつもりで出てきたはずなのに(離婚届置いてきたんじゃなかったっけ?)何をいまさらという感じはあります。まあ同じ家族を捨てるにしても“男と愛し合って駆け落ち”と“男と駆け落ちするはずが騙されて逃げられた”じゃ、本人的には後者の方がより知られたくないでしょうが。大森が逃げた以上、家に帰る以外行くところさえないんだし。

・刑事たちがあわてて乗り込んできて「通報した原詩文さん」と言うのに「はい」と詩文が手をあげる。実際に事件が起きるまでなかなか腰を上げない(空き巣事件でネリの家にやってきた刑事もそう言ってた)警察を、なんと通報して即刻動かしたのか。詩文の行動力と頭の回転の速さは大したものです。
ところがそこまでして助けてもらった満希子が後ろから作り笑顔で出てきて、「あの、なんでもないんです、なんでも」と必死に警察をごまかそうとする。実に往生際の悪い。通報した詩文の立場はどうなるった。幸い「なんでも・・・」と繰り返しながらいきなり満希子は意識失って後ろのベッドに倒れてしまいましたが。この“突然の失神”は結果的に“まぎれもなく何かがあった”ことを警察に印象づけたと思われ、満希子もようやく役に立つことをしたかという感じです。

・病院のベッドに横たわる満希子。傍らの椅子に座る詩文と反対側に立って見下ろすネリ。「あいつらもこれで終わりよ。詐欺と監禁だけでも間違いなく実刑だもの」「そういう若者をのさばらせといちゃいけないわ」という詩文とネリの言葉を聞きながら、「原・・・なかったことにして」と満希子は力なく言う。「え?」と詩文は驚きネリも意外そう。「警察には何にも言わないで」「何にもなかったことにしたいの」と涙声で続ける。
「何バカなこと言ってんのよ。あの大森にブッキ何されたかわかってんの?。お金だって700万も取られてんのよ。なかったことになんてできないわよ。あたしだって、」と怒った声で言う詩文に「お願い。子供たちは何にも知らないの。パパに女の人がいることは知ってるけど、そのうえあたしまで・・・そんなの子供たちが可哀想すぎる。ゆかりや明が」と懇願して満希子は鼻をすする。武に女がいるのをバラした(子供たちの前で当たり前に口にした)のは満希子じゃないか。満希子の予定通り事が進んでいればどのみち翌日には“母が男のもとに走った”ことは子供たちの知るところとなっていただろうに。自分の不名誉を隠蔽するために子供たちをだしに使ってるのは明らかですが、その思惑をわかってはいても詩文も母親として子供のことを出されると強く言い切れないでしょうね。

・ネリも呆れた顔で「あたしも訴えた方がいいと思うけどな。隠せないでしょもう」と意外に優しい口調で説得するように言うが、それでも満希子は首をいやいやと振って、「帰りたーい。寿町のあの家にしか、あたしの居場所はないのー」と泣き崩れる。子供たちには必要とされてないとか夫と一つ屋根の下にはいたくないとかさんざん言ってたのに、いまさらあの家が自分の居場所だというのだからどれだけ調子がいいのか。

・ネリは「700万も、諦めるには大きすぎる」と言いますが、彼女たちの知らないことながら満希子は700万以外にも家の財産の4分の1(西尾仏具店はキャッシュで5000万は持ってるといってたので1200万くらい?)を持ち出してたはず。
詩文が305号室に乗り込んだときテーブルの上になかったので大森たちがしまいこんだ、当然そのまま持って逃げたと考えられます。あれこそ700万以上にごまかせないだろうに。「いらない。なんにもいらないから」と満希子は首を振りますが、この時点で彼女も財産4分の1の方は忘れそうな感じです。

・「あたしは絶対に、許さないから」と怒りもあらわな詩文は、「・・・ごめんなさい」と素直な満希子の声にちょっと意外そうに顔を見る。「原に助けてもらって、原をまきこんで、でも・・・でも・・・」「何にもなかったことにしたいの。一っ生のお願い!」泣きじゃくりながら叫ぶように言う。
詩文は唇をひきむすんだまま顔を伏せ、しかし目はしっかり開いて内心の怒りに堪えている風情。ネリももはや何も言わず黙っている。そして詩文は「わかったわよー」「じゃあ、何事もなかったような顔して帰るのね」とついに折れる。どう考えても詩文の主張に利があるだけにネリが驚いています。泣く子と地頭には勝てないというか、こういう押し問答は結局ゴネ得に終わるというか。

・「完っ璧にしらばっくれんのよ」と世渡り術を伝授する詩文に満希子はうなずく。「だけど、しらばっくれんの難しくない?700万の事、旦那さんだって気づくでしょ」というネリの言葉に詩文は「・・・お金のことは・・・ダンナの女のことでむしゃくしゃしてたから株に手を出したって言えばいいわ」とすごい提案を。「株?」とネリは呆れたように言いますが、「隠すなら徹底的に隠すの。できる?」ときつい口調で言う詩文に満希子は決意の表情でうなずく。
確かに家内安全のためには中途半端が一番いけない。事の起こりとなった武の浮気沙汰も愛人宛てのメールを間違って妻に送信するという武のうっかりミスから起こったことだった。あれさえなければさすがに家族を捨てて大森に走る選択はなかなか出来かねたでしょうから。長期にわたってボロを出さず隠し切るには相当な注意深さが必要になると思いますが、自己保身の塊みたいな満希子は案外得意分野かも。

・病室から出てきた詩文に表で待っていた刑事たちが反応。詩文はこれからが戦いだという覚悟を定めてるような面持ちでゆっくりそちらに顔をむける。そしてつかつかと刑事の前に歩み出ると無言で右手を差し伸べる。「この爪の間に大森の皮膚が入ってます。大森をつかまえてDNA鑑定してください。私が、強姦されそうになったときに抵抗して引っかいた傷が大森の左頬にあるはずです」。
ネリに「事情聴取は適当にかわすわ。早とちりで110番したっていうし。訴える気はないって言えば、それまでよ」と説明していたので、満希子の懇願をいれて自分が怒られる覚悟で警察をごまかすつもりかと思ってましたが、やはり詩文はすんなり泣き寝入りはしなかったか。それでも「私が」のところを強調することで満希子には類が及ばないようにしているのがさすがの気遣いです。

・飲み屋のカウンター席の角に並んで座る武と君子。並んでといっても角の位置なので距離が近いような遠いような微妙な感じ。別れた(別れる予定の)カップルの距離感を象徴してるようでもあります。

・「そうだ忘れないうちに」と武は鍵を財布から取り出し彼女の前に置く。「今度のマンションからは、海が見えるのよ」と鍵を手に取りつつ笑いを含んだ声で君子は言う。マンション引っ越すことにしたんですね。確かにあんな騒ぎになってしまったらご近所の手前住みづらいですからね。武は君子に合鍵を返し、君子は武との思い出の染み付いたマンションを離れる。絵に描いたような綺麗な幕引きです。「じゃあ、まだ片付けがあるから。ごちそうさま」と君子が多くを語らず微笑んで席を立つ動作にも彼のことを綺麗に割り切った(割り切ろうとしてる)颯爽感があります。別れ際、最後の最後に「もし奥さんより先にあたしと出会ってたら結婚してた?」と尋ねる一抹の未練気と、本当か嘘か「もちろんだよ」と即答する武の優しさもこの別れのシーンを美しいものにしています。・・・なのにまさかあんなオチがつくとはなあ。
ところで途中、君子が席を立ったところで武は意を決したように何かを尋ねようとして「いや・・・いいや」と言葉を飲み込んでますが、これは手切れ金200万のことを質したかったのでは。君子の態度や経済力からしてやっぱり受け取ったようには思えなかったんでしょうね。とすれば満希子の言葉は嘘とわかったうえで、もとは自分が悪いことだからと黙って飲み込むことにしたということか。

・なんと詩文の家で布団に寝てる満希子。詩文はその隣に自分の布団を敷いている。「トイレ行きたい」という満希子にそこよというと「こわいー」と甘えた声。トイレが屋外にあるというならともかく、どれだけ子供なんですか。満希子のわがままぶりに詩文が口とがらせながら部屋から出て行くときも「どこいくのー?」「ひとりにしないでよ~」と泣きそうな声出してるし。
少しして戻ってきた詩文は「これ。冬子のだけど」と枕元に何かを置く。これ何なのかよく見えなかったんですが「まーなんだか可愛くて恥ずかしいー」という満希子の華やいだ声からすると何かファンシーグッズ的なものでしょうか。トイレに行くのも怖がる満希子の心を慰めるために取ってきてくれたわけですね。詩文もつくづく親切、というかもはや大きな子供と思って接してるのかも。
「あんなに帰りたかった寿町の家なんで帰んないのよー」「だってえ、今うちに帰ったら動揺して、全部しゃべっちゃいそうだもん」「明日は帰んなさいよ」なんて会話も大人と子供のよう。「大学生の彼がいたんだから(可愛くても)いいんじゃないの」とちょっと意地悪言うあたりは、わがままにつき合わされてるせめてもの意趣返しみたいなもんですね。

・急にいたずらっぽい笑顔になって「ねえ、なにか話して。全然違うこと」とせがむ満希子。後輩たちに食事をおごりながら面白い話を強要するネリみたいな台詞。詩文は宙を見つめて少し考えるが「ああ、結婚するわ」と唐突に言う。「誰が」「あたし」「うそ!」 ここで満希子が飛び起きる。俄然関心を持った様子。「穏やかな暮らしってものを一度してみよっかなって思って」と気のないような調子で詩文は言う。
河野母にも結婚の動機を「穏やかな暮らし」と語っていましたが、澤田個人に対する愛情をうかがわせるような発言は本人に対しても他人に対してもこれまで一切してないんですよね。詩文の気のなさそうな調子からすると、照れてるとかでなく本当に愛情はないみたいに思えます。父を老人ホームまで送ってくれたことなんかに関する“好意”はあるんだろうし、穏やかな暮らしを営むにはなまじ激しい(英児に対してのような)執着などない方がいいと思ってるんじゃないですかね。

・「退屈しそうで心配なんだけど」という詩文に「大丈夫よ~。頼もしい旦那さまに守られてたほうが結局女にとっては一番幸せだもん。退屈なくらいでちょうどいいのよ」と先輩的笑顔に。まさに今度の件で思い知らされたってとこですね。
よそに女がいる、子供たちからも軽く扱われてる感のある武が「頼もしい旦那さま」に当たるかは疑問ですが、浮気しようとも家業はきちんとこなし夫として父としての役割も放棄することはなかったわけですから(男に走って店の金を持ち出し家事を放り出した満希子とはまさに正反対)、家庭人としては信用に足る男でしょうしね。自分が恋敗れた直後だけに詩文の結婚話が内心不愉快なんじゃないかと思ったら「よかったわねえ、おめでとう」と本気で祝福しているようなのも、大森との恋の顛末を通して自分の本当の幸せが何かに気づいたがゆえなのでしょう。

・翌朝。西尾仏具店の前でじっと立っている武。満希子の帰りを待っているのか、その表情は沈んでいる。ふと後ろを振り向くとちょうど満希子が歩いてきたところ。虚脱した表情でゆっくり歩み寄る満希子を武はじっと見つめ、無言の満希子に決然と歩み寄り、しっかり目を見て「朝飯頼むよ。腹へった」。それだけ言って中に入ってしまう。
満希子の外泊理由を自分の浮気に対する怒りからだと思ってるだろう武ですが、あえてここで平身低頭詫びるのでなく(それはもうやったし)、ごく自然に、受け入れこれまで通りの生活を続けてゆきたい意志を示してみせる。何もなかったことにしたい、寿町の家に帰りたいと泣いた満希子にとっては、何事もなかったようにしてくれることが一番嬉しいのでは。泣きそうな顔でしばしそこに佇む姿にそんな心情が表れているように思えます。

・詩文が本棚を掃除しているところへ澤田がやってくる。おはようと声をかけてくるのへ詩文も今電話しようと思ってたの、と今までになく柔らかな答え。打ち解けた笑顔といい、彼と生きてくと決めたのがその態度の変容に表れています。「今夜は仕事を休もうと思ってるので、一緒に夕飯食べません?」と詩文から誘うのも。しかも手料理作るようだし。
なのに「はあ・・」となぜか気の乗らないような、申し訳なさそうな顔の澤田。さすがに男の顔色に敏感な詩文はすぐに澤田の態度がおかしいのに気付いてますね。もしかするとこの時点でもう後の展開をある程度予測してたかも。

・原家の居間。「すみません。先日のプロポーズ取り消させてください」。絞りだすような声で、しかし要点はきっぱり告げる澤田に、さすがに目を見開く詩文。取り乱したりしないのはさすがですが。「本当に申し訳ありません」と澤田は土下座し、「この何日かあなたを毎日見ていて気付いてしまったんです。あなたは誰かの妻に納まるような女性じゃないんだって」。何をいまさら、という感じはあります。毎日見てなくたってラブホで仕事してる話をさらっと話してきたあたりですぐわかりそうなものですが。「ラブホテルで働いていることも堂々と話すあなたの強さにぼくは惹かれました。ぼくは今でも心からすばらしいと思っています」「しかし、あなたには、穏やかな暮らしとか、世間の常識とか、ルールとか、何かを守り育てることとか夫とか妻とか子とかそういうものはまったく似合わないと思うんです」。
澤田が一方的に長台詞しゃべる間、詩文は口ぽかんとあけたり目をきょときょとさせたり、総じてあっけに取られた顔をしてます。人は変わるものだと言った彼の言葉にいくらか動かされて、その穏やかな暮らしをしてみようかという気になった矢先なのに、ずらずら言葉を並べて詩文はこういう人間だと一方的に決めつけてるわけですから。まあ確かに詩文に穏やかな暮らしが似合うかといえば似合うないとは思いますけども。結果的に詩文は澤田に背中を押された形で、これまで通りの自分らしく生きる方向に覚悟を定めることになります。

・「そういう人と結婚生活をやっていく自信がなくなってしまって・・」とうつむく澤田。話を聞くうちに次第に呆然たる表情からうっすら諦めの笑顔に変わりつつあった詩文はもはやすっぱりと悟った表情になり「そうですか・・」と薄く微笑む。
「自分から言い出しておいてほんっとうにすみません。この通りです」とまた頭を下げた澤田は「バカな男だとお思いでしょうが、もし、もし、詩文さんがよければですが、これから友人として付き合っていただけないでしょうか」とえらく虫のいい事を言い出す。友人としてお付き合いということは肉体関係はなしということですか。一度寝てみて精気吸われすぎて怖気づいたんでしょうか?実際無意識に感じつつも詩文に惹かれているゆえに気付かないふりしてきた不安―こんな奔放な女とやっていけるだろうかという思い―があの朝をきっかけに一気に湧き上がってきた結果がこのプロポーズ破棄に繋がったんじゃないでしょうか。、

・「友達は・・・要りません」と間をおかず即答する詩文。詩文くらい異性の友達というポジションが似合わない女も少ないだろうに。いつもの笑顔になってちょっと見上げるように「先生と、結婚するのもいいかなーと思ってたんですけど・・・」と唇を結んだ笑顔に一瞬なってから「残念でした」とまた歯を見せたいい笑顔になる詩文。
満希子ほど残酷な形じゃないですが、やはり思い描いていた幸せをあっさり不意にされながら動揺をあらわにせず相手を責めもしない詩文は実に大人でいい女だと思います。澤田の「ぼくも無念です」って返事はなんのことやらですが。

・そこに「あなたの目は節穴ですか」と聞きなれた声が。厳しい顔でのれんくぐって入ってきたのは河野母。挨拶もなくいきなり家の方まで入ってきてしまう。訪ねてきたらちょうど取り込み中で声かけるにかけられないまま、会話全部聞いてしまったというところでしょう。
閉める閉めるといいながら詩文堂がなかなか閉店にならないのは、英児が部屋に鍵かけないおかげで詩文もネリも福山も入り放題だったのと同様、外の人間が入ってきやすいシチュエーションを作るためのような気がしてきました。

・河野母は二人の間に、澤田とひざ突き合わすように座って「先生・・・先生お子さんいらっしゃいますか」と尋ね、いないと聞くと、そう、やっぱりねと納得した様子で、「この人はね、倒れかけた本屋守りながら17年間、女手ひとつで娘を育ててきたんです。立派に!」 諄々と説くようにな口調で、「立派に!」のところは強い口調で言い切る。冬子はしつけがいい、優しいとつねづね言っている河野母の言葉だけに説得力があります。
「親とか子とかそういうものから遠いところにいる人間だなんてとんでもありません!」 しばし間を置いて詩文を見てから「この人は、本物の母です」。詩文に少し微笑みすら見せながら言う母に、何より詩文が驚いた顔。あの河野母が詩文をこんな風に見ていたとは。ボケた父を冬子が連れ出したときの対応、冬子が熱を出したときの看病の仕方などで、よくよく見直したのでしょうね。

・「それは・・・そうかもしれませんが・・・ぼくとはご縁がなかったという・・・」 ぐずぐず言い訳する澤田に業を煮やしたように「ああもう」と母は話さえぎり、「詩文さん、こんな人、あなたの方から捨てちゃいなさい」と小気味よく宣言。詩文は戸惑いつつこくこくとうなずく。
「何なんですかだいたい自分から言い出しておいて」となおも責める母に辟易したのか、失礼しますと澤田はほうほうの体で席を立つ。玄関前で足を止めて振り返り未練ありげに見るものの、母に睨まれて深々一礼して去ってゆく。ここにきて澤田株が大暴落です。煮え切らない感じの態度がなんともしまらない。先の武と君子の「別れ」の方がずっと決まってましたね。

・「しっつれいな男ねー!よかったわよあんな人のところへ行かなくて。塩まきなさい塩!」 詩文本人よりよほど怒りに燃えてる河野母。詩文は「あの、ありがとう、ございました」とまだ戸惑った様子ながらも礼を述べる。母もちょっと戸惑ったように固まってから苦笑する。自分でもあの詩文のためにこんなにむきになってるのが不思議な気になってきたんでしょうね。

・そうそうあのね、冬子ちゃんに試しに公開模試受けさせてみたらすごく成績よかったのよー、と話題を変える母に詩文もちょっと笑って、圭史さんの子供ですからと返事。しばし笑いあってから「河野さんはそれを伝えるためにわざわざ来てくださったんですか」。母は決まり悪げに目をそらして「実はね、あのあなたが話す前にあたし冬子ちゃんにいっちゃったの結婚のこと」。さすがに口開けっぱなしになる詩文に「だってこんなことになると思ってなかったんですもの」とちょっと言い訳モード。
そこへ暖簾くぐって満面の笑顔の冬子が「サップライーズ!」と言いながら豪華花束とケーキの箱を持って入ってくる。さらに後ろから「サンラーイズ」とお父さんも。「サプライズよおじいちゃん」といわれて「サプラーイズ」と詩文に挨拶しなおす。確かに詩文父の登場はケーキより花束よりサプライズですね。前回のことがあるから今度はちゃんと何時ごろにどうやって施設まで送るかまでちゃんと計画立ててあるんでしょう。それを察してるのか今度は詩文も父を連れ出したといってとがめたりはしてません。
お父さんまで出てくるといかにもオールスターキャスト、最終回という感じがします。ナレーター(美波)も最後の最後に登場しますしね。

・「ママ。結婚おめでと」と笑顔の冬子を見つつ「こういうわけなの」と困り顔の河野母。詩文に花束を渡す冬子の表情に翳りはなく、本当に母親の幸せを素直に喜んでる様子です。
詩文が再婚してしまえばこの家もまず処分されるわけで冬子が帰る場所はもう河野家しかなくなってしまうわけですが、今の冬子はそれをちゃんと承知して覚悟を定めてるように思えます。前に詩文に叱られたことで自分はもう河野家の人間なのだと完全に腹をくくったんでしょうね。一つ成長した冬子の笑顔が眩しいです。

・祖父の隣に座った冬子はまだ事情を知らされてないだけに「ケーキ食べようよおばあちゃま」と明るく声をかけ、「そうね、ちょっと事情はあるけど、せっかくのケーキだから」と河野母も詩文をうながす。冬子がジャーンジャンジャジャーンと歌いながら箱の蓋を取るとホールのショートケーキに「ハッピーウェディング」と英語で書いてある。わざわざ特注した気遣いが仇になった格好です・・・。
しかし「じゃあ、再出発、ということで」と詩文は一応笑顔で母に言い母も「そう!再出発!」とそれに乗っかる。しかし普段の詩文なら「せっかくのケーキだから」いう台詞を彼女の方から切り出しそうなもの。実は結構ショックが大きいのかもしれません。あとで片付けの時にもケーキの「ハッピーウェディング」の文字をわざわざ指でぬぐって消してましたし。でも自分の指をちょっと暗い表情で見つめた後ひょいと口につっこんでなめているので、そこで気分をリセットしたものと思われます。

・居間のテーブルを片づける詩文に台所で洗い物する河野母が「どうぞお気遣いなくってあなたは言うだろうけど、どうするのこれから」と尋ねてくる。「さあー?」と詩文は頼りない返事ですが、「・・・そうね、さっきまで結婚する気でいたんですものね。わからないわよね」と河野母も同調してみせる。「しょせん真っ当な人とは縁がないみたいです」と詩文は苦笑し、母もちょっと笑いながら「そうね、あの先生もあなたと結婚しなくてよかったのかも」「圭史みたいな人この世にもう一人できたら可哀想じゃない」と言う。前半はともかく後半はひどい言い方ですがその口調に毒はない。
「・・・そうですよねえー」「私も、そう思います」と詩文も同意。母は手を止め詩文を見て「珍しく意見があいましたね」。詩文も母を見て「そうですね。最初で最後かもしれませんけどね」。詩文の方は口調に軽く毒があるような。河野母が軽く睨むように見るのも可愛げないと思ってるんですかね。やっぱり完全に和解はしない、でもちゃんと認め合う部分もある、というのがこの二人にはいいバランスのようです。

・例の焼肉屋でまた研修医たちにおごるネリ。「だまってないでなんか面白いこと言いなさいよ」と呼びかけるのも相変わらず。それに対し隣の席の福山が笑顔で「坂元と宮部いま付き合ってます」と爽やかに報告。「おしゃべり!」と宮部が抗議の声あげる。「坂元先生になったの」と驚くようなあきれたような顔でのぞきこんでくるネリに宮部はテレ笑いしてちょっとうなずく。今までの険が取れた印象があるのは、福山と別れたことでネリに嫉妬心が働かなくなったからでしょう。
しかしよくあっさり別れて次の男にいったなあ。福山はどんな別れ方をしたんだか。「先生の言いつけ通り宮部とは別れました」とさわやかな笑顔で堂々ネリに宣言してる様子からだと「灰谷先生に別れろって言われたからおまえとは別れる」とストレートに宣告してる姿が浮かんできてしまうんですが。
・あらためて他に面白い話はないのかと言うネリに井上が「先生、お手本みせてくださいよ」と拗ねたような口調でいう。ネリはいたずらっぽい笑みで皆を手招き、トングをマイクのように握って、「来年の三月までで病院をやめます私」と笑顔で言い切る。まず福山が驚き顔でネリをみる。他の医師たちも表情が固まる。ネリは皆の顔を眺め渡して「面白くないか」。確かにこれは面白がるどころではない。

・宮部の「何でやめちゃうんですか」という質問に「偉くなるのに興味がなくなったの」と返答するネリ。「手術もやれるだけやったしこれ以上上手になるとも思えないから、これから先は予防医学にスイッチしようと思う」。福山は「脳ドックですか」と問い、ネリも「そう。開業しようかなって」と笑顔でトングを福山に向ける。
面白かった?と勢いこんだ口調でネリは言いますが、みんなシンとしてる。ダメかと呟くネリ。本気で笑い取れると思ってたりしたんでしょうか。

・朝?仏具店の店先を掃き掃除する詩文を武が「原さん原さん、ちょっと」と呼ぶ。店の端の目立たない場所へ移動して「あのさ。満希子昨日朝帰りだったんだけど。なんか聞いてない?」とこっそり切り出す。「・・・うちに泊まったんですよー」と詩文はさりげない笑顔で答え「彼女言ってないんですかー?」と自然な形でフォロー。
「そんならいいんだけど」。ほっと肩おとす武に詩文は軽く笑い、「一晩中泣いてましたよ。パパが許せないーって」「一生トラウマになりますね、あの女のこと」と武の内心をさぐるような笑顔をする。ちゃんと武が悪者になるような―満希子に責めが行かずに済むような―表現にしているのが詩文の優しさですね。
「君子とは別れたから」ほんとですかあー?と思い切り意地の悪い笑顔になる詩文に「ほんとだよ、原さんに怪我までさせて満希子まであんなになっちゃったらやっぱりさ」「先代からあの店と満希子を任された身だから」と大真面目な調子で答える。このへん武がなんだかちょっと格好いいです。

・武は詩文に向き直って「だけど、ぼくの洗濯物もさわろうとしなかった満希子が、原さんのところから戻ったら突然しおらしくなっちゃって気味悪いんだよ」「なんか言ってくれたの?」詩文はちょっと意表つかれたような顔をしたもののごまかし笑いしつつ「あたしは別に、でも一晩外泊して心配かけたら気がすんだんじゃないんですか」と上手にフォロー。
自分がいい子になろうとせず、なおかつ多くを語らずあくまで推論として満希子の気持ちを述べることで、後で矛盾が出る可能性を最小限にしようとしてる。さすがの機転です。武もあっさり「そういうことか」と納得した笑顔になる。「よかったですねー、やさしくなってー」と含むところありそうな笑顔を詩文は浮かべますが、男なんて単純だと思ってるのかもしれません。さしもの彼女もまんまと武に騙されてる(本当は君子と別れてなかった)が後々視聴者には示されるわけですが。

・台所で調理中の満希子。ゆかりがテーブルにお箸を並べてくれるのにお礼を言い、ちょうど入ってきた武にも「パパ、ゆかりがお手伝いしてくれてるの」と報告する。小学生でもあるまいに普段は箸を並べるだけのこともしてなかったのか。
それにしてもママみたいにはなりたくないと言ってたゆかりが急に軟化したのは何か理由があるのだろうか。なまじ反発するより適当に機嫌とって家事をちゃんとやってもらった方が住み心地がよいと割り切ったんですかね。

・ゆかりのことを、これから花嫁修行しないとねーとお皿並べながら言う満希子に「花嫁修業って」とあきれた顔をする明。まだ高校生、それも今時の娘に大学や就職より先に花嫁修業の心配するってのも妙なものです。なまじ口をはさんだために「明は西尾仏具店を継ぐんだから。いいかげんなお嬢さんじゃママ許さないからねー」と矛先が明に向かいますが、そこで明は「おれさあ、決めてる女いるから」と中学生とも思えない発言を。満希子は目をむいて「誰なの ?どういうお嬢さん ?」と夫と息子のいるリビングへ小走りにやってくる。
この「明の彼女」については直後に大森逮捕のニュースが報道されたことでうやむやになってしまい謎のままなのですが、何かの伏線なのか。明が大森逮捕に異様にショックを受けていたこと、大森にかなり懐いてる様子だったこと、一時のやたらやさぐれた言動(今は普通に見えますが「おれさあ、決めてる女いるから」という口のきき方などは最初の頃に比べて少し荒んだ匂いがある)などを考え合わせると、明の想い人というのは大森の紹介で知り合った相手で上手いこと小遣いを貢がされていた、大森逮捕のニュースで自分が弄ばれてたことに気がついた、とか(やさぐれた態度は大森やその女の影響)だったんですかね。

・ちょうどリビングのテレビから「逮捕されたのは大森基容疑者を中心とした現役大学生四人です。大森容疑者らは架空のベンチャー企業を偽り(中略)犯行を行い多額の金を騙し取った疑いです」というニュースが流れ、一家4人それぞれに驚きの表情でテレビに見入る。
しかし詐欺のほうしか表沙汰になってないのか。詩文はレイプ未遂で訴えたはずなのに。「警視庁はさらに余罪を追求しています」というからそのうち明るみに出る可能性はあるんでしょうけど。

・最初の驚きが冷めた後、ゆかりは「そんな驚くこともないんじゃない?あたしは最初からもりりんってあやしいなーって思ってたよ」と言い出す。驚いて「ほんとかよ」という武に「初めてうちに来た日、テーブルの下であたしの足触ったりしたし」。
この台詞に満希子は隣のゆかりの顔をじっと見る。特別な感情は表に出していませんが娘にもコナかけてたと知って嫉妬を感じたんでしょうか?でも初めてあった日にもう足触りにくるって確かにその時点で好青年ではない。それで引っ掛かるのはゆかりのいうように「もてない女の子」、男慣れないタイプかなとは思います。

・「・・・なんにも、されてないだろうな」「お金取られたりも、してないか?」と心配そうな武に「なめないでよね。もりりんみたいなタイプにだまされるのはもてない女の子だけだから」。後半部分を強調した言い方に満希子の顔がこわばる。こんなことを言いつつ、ゆかりは自分から大森呼び出して告白したりしたことを黙ってる、というより積極的に嘘ついてるわけで、そのへんの見栄っ張りさは結局母親似なのかという気もします。
ついでに「わたしは男の子に不自由してないしー、お金にも不自由してないしー」と気のなさそうな調子で口にする少し前に一瞬満希子に目をやってますが、これは大森と満希子の関係に気づいてることを匂わせたものでしょうか?少なくとも大森が家庭教師になって以来、満希子がネイルアートするようになったり妙に浮き浮きしてたりしたのは思春期の少女の勘で気付いてたでしょう。
二人で密かにデートを重ね、果ては一緒に暮らそうとしたことまでは、振られた立場上プライドも邪魔して想像が及ばなかったと思いますが。満希子が、それこそマダムが韓流スターに騒ぐような感覚で大森に入れあげてる程度に解釈してたんじゃ。

・「いいかげんにメイドのバイトも卒業してくれよ」とゆかりの背中に声かける武。やはり武もあまりメイドバイトよく思ってはないんですね。しかしもともと満希子が家庭に絶望した直接のきっかけは夫の浮気よりゆかりのバイトの方だったはず。そちらは一向解決してないにもかかわらず、満希子は先日の騒ぎは全て忘れたかのように何も言わなくなっている。もはや自分はこの家以外の居場所がないと思い知った満希子は平凡でも平穏な暮らしを保つためには都合の悪いことは見て見ない振りをするのが一番という境地に達したのでは。
以前は近視眼なりに子供を正しい方向に導かなくてはという思いはあったものを今は自己保身第一に成り下がってしまった。ゆかりも満希子の内心はどうあれ表立って説教されたりしないならそれでいいと割り切って、表面だけはお手伝いもするいい子を演じることにした。さっきからの一連の会話がいかにも嘘っぽい、うさんくささを感じさせるのは西尾家の全員が幸せ家族を演じてるがゆえなんでしょうね。

・大森逮捕に虚脱状態の明にハッパをかけた武は、満希子の肩にがしっと手を置いて「ママも、自分が選んできた家庭教師だからって責任感じることないからな」と優しい言葉をかける。ちょっと微笑んでこくこくうなずく満希子。
たまたまいいタイミングで逮捕されてくれなかったら、満希子は大森の家庭教師をどうやって断るつもりだったのか。さすがに大森ももう顔出さないでしょうが来ない理由をどう説明するつもりだったんだろう。

・夜、部屋の鏡台の前で暗い表情でうつむいてる満希子。ドアの向こうで「ママ。ちょっといいか」と武のシリアスな声が。そっと入ってきた武はいいにくそうに「あの、さ、おとといのことは原さんにきいたよ」と切り出す。はっと硬直する満希子に「・・・すまなかった。もう泣かないでくれ、君子とは別れたから」と説明するが、満希子はちゃんと話きいてるのかどうか「原に聞いたの・・・。そのこと」と呟くように言う。大森とのことをバラされたのかという疑惑が頭を渦巻いていて、夫の浮気問題の帰結は大して気にしてない模様です。

・「原さんちで一晩中泣いてたんだってな」と言われて驚いた顔の満希子。「しかし、大森先生には驚いたよ。・・・一流の大学にいける頭があって韓流スターみたいな顔しててなんで犯罪者にならないとならないんだ?」 その台詞から自分と大森の関係はまるで知らないと察した満希子は「ああー」とほっとした笑顔でうなずく。
しかし武がベッドに腰かけながら「実はさ。会社の金が700万足りないんだ」と切り出すとまたも硬直。「通帳も見当たらない。もりりんなんかに騙されないってしらばっくれてたけど、ゆかりしか考えられないだろ」「ぼくらの仲がぎくしゃくしててゆかりも気持ちの行き所がなかったんじゃないか。・・・目が行き届かなかったなあ。だけどあの年ごろはむつかしいし」。
満希子の心配をよそに武の疑いが向いているのはゆかりの方だった。ゆかりの名誉のため真相を言うべきか言わざるべきか迷う風の満希子。さすがに娘にあらぬ疑いがかかるのをそのままにするほど満希子も外道じゃないだろう、このさい正直に告白するのか、と思ってたら「ぼくらとゆかりで話し合って、一刻も早く警察に届けたほうがいいと思うんだ」と言われ「警察?」と満希子は血相かえて振り返り、ややあって「パパ・・・ごめんなさい」と横向いて頭を下げる。
こないだ事件担当の刑事に会ってる、状況柄身元も知られてるはずとあってはもはや逃げ切れないと完全に覚悟を決めたものか。逆に言えば隠せると思う限りは娘に濡れ衣着せたまま黙ってた可能性もあるわけだ。どれだけひどい女か。

・いきなり謝られて戸惑う武に「その700万・・・・・(長い間がある)原に貸しちゃったの」なんだってー!詩文が描いたシナリオどおりに株に使ったとさえ言わずどこまでも自己保身、しかも恩人の詩文に押し付けるとは。これは意表をつかれました。もし詩文にバレてもごめん許して一生のお願いとかいうんだろうなー(あとで本当に言ってた)。
「ええ!?」と目をむく武。ここで家の台所で何か飲んでる詩文の姿が挿入される。西尾家でこんな濡れ衣着せられてるとは思いもよらないんだろうなあ(笑)。

・「だあって、原ってほんとに貧乏なんだもん。お父さんの施設のお金のこととかいろいろ困ってるっていうし」「真っ青な顔して、・・・パパの女に包丁で刺されたりしてるから西尾家としては、断れないじゃない?」 これはなかなか上手く辻褄をあわせたもの。しかも「断れないじゃない?」のところはいかにも大上段にふりかぶる言い方でパパのせいを強調して、文句が出ないようにしています。
「そうだったのかー。だったら早くいってくれよなー」と見事に武も引っかかってしまう。武はふざけて満希子を軽く突き飛ばし、よろけた満希子は「だってパパと冷戦状態だったから言い出せなかったんだもーん」と右手で強く武の体を突き武はちょっとよろける。さっきまでの緊迫ムードから一気に夫婦漫才みたいになってるのは、武の方はゆかりが騙されてなかったことに、満希子の方は大森とのことがバレずに済んだことに安堵したがゆえでしょう。

・「・・・まあ原さんには迷惑かけちゃったしなあ。でも、あの人に貸したんじゃ帰ってこないなあ」「本人は借地権が売れたら返すって言ってるけど、ムリかもねー」。武のほうから「返ってこない」と話を振ってくれたのをいいことにうまく乗っかる満希子。無言で歯をむき唇を引きしめる満希子の顔には、もうこの路線で押し通すんだという決意が見えます。一応心の中で詩文に謝ってはいるんでしょうけどねえ。・・・もう大森が全部自供して700万の行方もバレてしまえ。


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『四つの嘘』(2)-8-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:35:13 | 四つの嘘
・満希子と大森はお洒落なブティックで、二人の服を大人買い。もちろん払うのは満希子。時計のときはこんな高いもの受け取れないと遠慮して見せた大森もここでは素直にお金出してもらってるようです。
もし大森が詐欺師じゃなくて満希子を本気で愛する純な学生だったとしても、こんな貢ぎ方してたら相手を堕落させてしまうと思うんですが。相手が自立心の強い気概のある人間ならかえって反発するだろうし。

・夜、高層マンションのキッチンで料理する満希子。大森結構リッチな部屋に住んでるなあと思ったんですが、実はウィークリーマンションだとあとでネリの指摘により発覚。満希子は「ウィークリーでもなんでも、そこが彼とあたしの家なの」と即座に反論してましたが、この時点ではウィークリーと気付いてたんでしょうか。まあウィークリーに住んでる学生は(東大生も)普通にいますし、ウィークリー住まいだから怪しいとは言い切れませんが。

・満希子の手料理で食事をし、フラフープのテレビゲーム(Wii?)に興じて楽しく過ごした満希子は「泊まってっちゃおっかなー」といたずらっぽいようなゆるいような声で口にしますが、「泊まったら、僕我慢できないよ?」とさらっと笑いにじませた口調で言う大森の言葉にやや緊張の面持ちで顔を向ける。もとが堅物だけに一線を越えることに対する抵抗感はいまだ捨てきれない様子です。ラブホの中まで入りながら逃げられた経験のある大森もそこはよくわかっていて、「言ったでしょ、この前は性急だったって。満希子さんのことはもっと大事にしないといけないと思うんだ」と満希子に優しい顔を向ける。
満希子みたいてタイプはなかなか手を出さないくらいの方が誠意があるとか思って信用を深めそうだし、肉体関係を結ばなくても金を引き出すには問題なさそうだし、ということでこの余裕ある態度なんでしょうね。大森の言葉に満希子はほっとしたような、ちょっとがっかりしたようでもある笑顔を返しているので、やはりしばらく焦らすくらいの方が完全に落とすには効果的なようですね。

・西尾家食卓。豪華な手料理が並んだ大森のマンションと対照的にファーストフードの食べかすと汚れた皿がテーブルとシンクに散乱。一人テーブルに武が頬杖をついていると明が入ってきて「どうなってるんだよこの家。塾から帰ってきてもめしもねえのかよ」と足元のごみを蹴飛ばして歩きながら荒れた口をきく。親の金で勉強してご飯を(普段は)用意してもらいながら何をこんなえらそうなんだか。
それにしてもちょっと満希子が留守しただけでこんなに家の中がごみだらけになるものなのか。満希子が泊まりがけでバンクーバーに行ったときは問題なくやってたようなのに。この晩はゆかりもいないとはいえ、武だって洗い物くらいできるはず(前に満希子と竹内まりやデュエットしながらお皿拭いてた)。西尾家の家庭崩壊を視聴者に印象づけるため、いささか汚れっぷりを誇張して描いてみたものでしょう。
このありさまを前に、日頃一人で家事全般を引き受け、家庭としての体裁を維持してくれてた満希子に多少なりとも感謝しようとは誰もしてないらしいのも(主婦の役割を放棄してることへのいらだちはあっても)なかなかひどい話ではあります。

・詩文が一人テレビを見ながら食事してると河野母から電話が掛かってくる。また冬子がらみだろうなと思ってると「冬子ちゃんが、冬子ちゃんが大変なの」と電話口で叫ぶ。今度は何やらかした。
このとき河野母は「すぐタクシーできて!」とわざわざ交通手段まで指図してますが、そういっとかないと貧乏かつ呑気な詩文は電車でゆっくり来るにちがいないとか思ってるんでしょうね。実際詩文は戸惑ったような顔してるものの焦ってる様子はないですし。ちゃんと言われた通りタクシーで乗りつけてはいますが、わざわざタクシーでといった以上、料金は河野母持ちだと確信してるからでしょうね。

・今度の大変の中身は冬子が熱を出して薬を飲ませても熱が下がらないことだった。「あの子よく高熱だすんですよ」「そんな呑気な、ほっといたら死んじゃいますよ」。救急車呼ぶべきかと焦る河野母とそんな大げさなことじゃないと思うんですけどと言う詩文の温度差は、冬子無断外泊のときと同じパターンですね。
部屋で苦しげに寝てる冬子を見舞った詩文は「クーラーのあたりすぎじゃないの?」とまるで心配してなさそうな口調。それでも「杏仁豆腐作ってあげるね」と優しく言い、ロックアイスを入れたビニールを冬子の足元や脇に入れて体を冷やしてやる。熱がある時は体温めるほうがいいんじゃないのと河野母は言ったものの、そういう考え方もありますけど冷やすのもいいんです。あの子はこれでいつも治ってましたからと詩文がいうともう反論しない。「これでいつも治って」たという言葉に冬子を産み育ててきた母親ならではの経験値、時間の積み重ねを感じたからですね。
さらに台所で杏仁豆腐を作る詩文に「熱があるときいつもこれ食べさせてたの?」と尋ね、「はい、冬はくず湯、夏は杏仁豆腐。喉ごしがいいですから」と答えが返ってきたのに、密かに見直したような顔をしてます。喉ごしのよいものという配慮、それもコンビニなどで買ってくるのでなく手作りというところに、娘を放ったらかしにしてると思ってた詩文が案外細やかに子供に手をかけていたのがわかったからですね。

・調理を続けつつ詩文は「結婚、しようかと思うんです」と真顔で切り出す。「えっ」と河野母は驚く。「あなたが ?だ、誰と?」「この前、ご紹介した、歯医者さんと」。驚きはしたものの相手が澤田と知って「あーあー、あの方。そう」「良さそうな方だったわね。見た目もいいし」と河野母も反対するつもりはなさそう。年齢的釣りあいも社会的地位も条件は上々ですからね。これが英児とかだったらさぞ顔しかめたことでしょうが。

・「冬子ちゃんには話したの ?」「いえ、まだです。でも河野さんと冬子には賛成していただかないと、この話は決められないと、思ってました」。きっぱりした笑顔で詩文は言う。戸籍上は冬子はもう娘ではないし一緒に住んでもないので絶対許可を得ないといけないことはないでしょうが、ここは母子の情として娘の許しをもらいたいと考えて当然の局面ですね。
しかし冬子だけでなく河野母にも賛成してもらわないと決められないと思ってたというのは少し意外ではあります。これは冬子の養母としてというより元夫の母親としてということでしょうか。かつて圭史と別れ、河野母いわくそのために再婚する気にもなれないほどの傷を彼の心に残した詩文が再婚することを圭史の母として許せるか、という。河野母ははっきり許すとは言いませんが、詩文の言葉に打ち解けた笑顔になって「案外真っ当なこと考えるのね」と軽くツッコんでるくらいなので、この話を不愉快とは思っていない、実質認めているのがわかります。
「年のせいかだんだんと」と詩文は答えますが、確かにもっと若い頃だったら河野母にも認めてほしいとか、そもそも穏やかな暮らしをしてみたいとさえ思わなかったことでしょう。時が流れ角が取れて、いつのまにかあの河野母ともこうして和やかに話ができるようになっている。年齢を重ねることに焦りを感じていた(求人の幅の狭さを思い知らされたりもした)詩文ですが、年を取るのも悪いことばかりじゃない、そんな風にも思えてきてるんじゃないでしょうか。

・西尾家の朝。食卓に散らかったごみをかたっぱしからごみ袋に入れている満希子。結局大森宅に泊まったんでしょうか。夜のうちに帰ってたら、いかに遅かろうと疲れてようと、主婦たるものその場で大雑把な片付けくらいはやらずにいられないと思うので。

・そんな時大森から携帯に電話が。いそいそと台所に走り(周りに誰もいないようなのになぜ?)電話に出る。「すぐ会えないかな」「助けてほしいんだ」となんだか緊迫した声。「助けてほしい」の台詞についに本性出してくるかと思った視聴者も多かったんじゃないですかね。どうもここまでの話が上手すぎましたから。

・喫茶店?で会う満希子と大森。「700万ないと大変なことになるんだ」とすがるような目つきの大森。さすがに目をむき「700万 ?」と体を乗り出す満希子。何でも仲間とやってるベンチャー企業がピンチだそう。「今すぐ700万ないと会社をつぶさなきゃいけないんだ」「融資の金を佐藤が持って逃げちゃって。それでシステム会社への支払いもできなくって」と言う大森に、「それじゃ警察行かないと」と満希子は言いますが、大森は首を振り「警察より先にお金なんだ、今700万あれば会社も持ちこたえられるから」と700万円即時調達にこだわる。
傍目には怪しさ満点ですが、「どうしよう、どうしたらいいんだ」と泣きそうな声で口元押さえてみたり視線さまよわせたりする大森をしばらく見ていた満希子は、やがて口元を結んで「わかった、700万でいいのね」と切り出す。やっぱりまんまと乗せられちゃったか。
本当に満希子が好きなら彼女から金を引き出すなんてみっともないこと、(最終的にはそうするしか仕方なくても)もっと躊躇しそうなものだろう、と思ってたら、「こんなみっともないこと頼めるの満希子さんしかいないんだ」と好きだからこそ頼めるという方向性にしっかりフォローを入れてきた。さすがに抜かりがない。「700万ないと大変」というだけではっきり自分の方から「700万貸してくれ」と切り出さず満希子の方から言わせたあたりも実に巧妙。あとになって返せといわれても「貸してとは一言も言ってない、くれたお金じゃないの?」と開き直れますからね(後でお金受け取るシーンでは明日借用書を作るといってますがそれも本当に作るんだかどうか)。

・いったん家に帰り、通帳と印鑑を持ち出した満希子は、紙袋を抱えて急ぎ足でビル街の階段を下り、下で待ってた大森に封筒を渡す。「ありがとう」「間に合う ?」「これからすぐシステムの方に渡す。借用書は明日作るから」「いいのよそんなの」といったやりとりの後に、大森は「この問題が片付いたら一緒に暮らそう」と真顔で言う。さすがに固まる満希子。
こないだは家族を傷つけないようにうんぬん言ってたはずなのに、と思ってたら「西尾家には迷惑かけないって言ったけど、もうムリだよ、こんなに深くかかわりあってしまったし」と、これまた視聴者のツッコミに応えるようなフォローを入れてきた。満希子は彼の目を見たまま小さく何度もうなずく。さすがに700万も持ち出したとあっては、もう恋愛“ごっこ”の範疇にはいられない。家族か彼かを選択する覚悟をしなくてはならない。今大森に言われるまではただ煽られるままに焦ってただけでそこまでの覚悟はなかったんでしょうけど、700万渡してしまった自分自身の行為によって背中を押された格好ですね。
しかし「会社も一緒にやっていこう、ぼくと満希子さんならできるよ」と大森は耳に心地よいことをいいますが、佐藤以外のメンバーはどうするんだよ。ちゃんと話を聞けば穴だらけなのわかるはずなんですけどねえ。

・詩文堂のカウンターで本を読んでた詩文は、満希子からの電話で「ブッキです。私離婚することにしたから」といきなり切り出される。「えっ!?」 さすがの詩文も本気で驚いた様子。「好きな人がいるの。原も知ってる人」。目をぐるっとさまよわせあきれた風情の詩文。
相手が大森なのはもうわかりきってるでしょうが、ついこの間自分は決して他の男によろめいたりしないとさんざん主張していた満希子が「好きな人がいるの」。どんな急展開のもと自身の不倫を公開する気になったのか、気にならないわけないですね。

・以前と同じレストランでネリも含め三人で会う。「うちの商売のこともあるから離婚には時間かかるかもしれないけど。とりあえず一緒に暮らそうっていうから」「彼のマンションで。御茶ノ水から本郷に抜けるところにあるでしょ。シティプラザって」「ウイークリーでもなんでも、そこが彼とあたしの家なの」。満希子の話に詩文は疑惑の目を向けている。
「シテイプラザの305」と話の流れで部屋番まで教える満希子に「305でどうやって食べていくの」とネリも冷ややかな調子。満希子は少しむっとした顔で「彼が卒業するまではあたしの蓄えでやってくわ。私も彼の会社で働くし」「会社よ。ベンチャー。あたしも700万出資したし」。700万と聞いて詩文が目をむく。まあ誰だって怪しいと思いますよねこんな話。しかし「あたしの蓄えでやってくわ」って、大森の経済力・経営能力を結局信用してないんじゃあ。

・「ちょっと大丈夫なの700万も出しちゃって」というネリに「だってうちキャッシュで5000万あるし、仏壇だってひとつ何百万もするものがいくつもあるし」と満希子はいう。それは店の財産だろう。他の男と一緒になろうという女がそれを当てにしようというのが図々しいです。
しかし満希子は自分名義の貯金てのは全くないんですかね。いかに社会で働いた経験がないとはいっても、亡き両親が彼女名義でお金残してくれたりしてないのか。

・「そういうことじゃなくてあたしたちが心配してるのは」、と言い聞かせるように語るネリ。「あたしたち」と詩文も数に入れてるのは確認するまでもなく詩文でも誰でも心配・不信に思って当然の話だからでしょう。百歩譲って詐欺じゃないとしてもベンチャー、IT企業なんていかにも軽薄に時流に乗っかっちゃいましたみたいな会社(しかも学生が経営者)の将来性なんて危ういもの。とっとと倒産して700万円は無駄になる可能性が大と考えるのが自然ですね。
しかし満希子はネリの言葉をさえぎり「わかってるわよー。夫には女がいるんだし、子供たちだってあたしを必要としてないんだから。あの家と商売の権利手渡したら何にも問題ないでしょ」と全く別のことを答える。ネリたちが問題にしてるのは満希子が出て行ったあとの西尾家の状態ではなく、家族を捨てて怪しげな男について行こうとしてる満希子の先行きのほうだというのに。
話の通じなさにもはや言葉なくした感じで二人はしばし黙ってしまいますが、思うにこの満希子の問題のはきちがえっぷりは「あたしを必要としてない」と言いつつ、内心では自分がいなければ西尾家は立ち行かないと思っているからなのでは。だからこそネリたちも西尾家のことが心配になるんだと解釈してるんじゃないですかね。

・グラスを置いた詩文は「いつ出したの700万」「今日」「出資してくれって言われたの ?」。詩文の問いに無言であいまいにうなずいてみせる満希子。「振込先は?」「手渡した」「あのさ受け取りとかその領収書とかは」「明日借用書書くって」。ふーんと疑いの目もあらわな詩文。出資といいながら借用書では話がおかしいですからね。そのへん満希子は気付いてないんでしょうか。さすがにその700万がなかったら今日倒産していたとはみっともなくて言えなかったんでしょうけど、「穴埋めに貸した」を「出資」と偽ったあとをちゃんと言い繕えてない。満希子の社会経験のなさがもろに露呈してる感じです。
とはいえほとんど尋問のような詩文の質問に満希子は文句つけるでもなく一つ一つ答えている。心の底ではやはり満希子も大森の話に不審感を拭えずにいて、その不安が問われるままに結構突っ込んだ内情まで語る行為として表れてるように思えます。もともと満希子は「自分ひとりじゃ抱えきれない」と詩文やネリにやたらべらべらいろんなこと、普通なら秘密にしておこうとするようなことまで喋りまくる傾向があった。この満希子のおしゃべり癖こそは大森最大の誤算だったんじゃないかと思います。彼女が700万渡したことのみならずウィークリーの部屋番まで友人にバラしたせいで、最終的には逮捕されるに至るんですから。

・肩すくめて「もう行かなきゃ」という詩文。振り返らずさっさと出て行く彼女を見送った満希子はひそひそ声で「面白くなさそうな顔してた原」「私が幸せなのが気に食わないのよ。美波のときだってそれで河野さんに手え出したんだもの」などという。だったら詩文に連絡しなきゃいいのに。しかも前にも大森がらみで相談があると呼び出そうとした経験があるのに。
まあおそらくは満希子の無意識が危険を感じていて、詩文なら有効な助言・行動を取ってくれるような予感があるゆえに、自分でも不思議に思いつつ連絡を取ってしまうということなんじゃ。実際単身305号室に乗り込むという詩文の驚くべき行動力がなかったらどんなことになってたかわかりませんからね。

・話すうちにはっと息のんで「彼にも手出すかも」と詩文が去ったほうを振り返る満希子。あきれ顔のネリは「高校時代と今はちがうわよ」とたしなめるが「わからないわよ原は病気だもん」と一言。いくら詩文が手を出そうとしても大森が受け付けなければそれまでなんですが、大森も存外信用ないですね。

・呆れかえってるネリに満希子は「ネリは恋をしたことがないからわかんないのよ」と暴言を。「恋をしたことがない」と何を根拠に行ってるんだか。そもそも何を勝ち誇ってるんだかなあ。さすがにネリむっとしたような表情で「若い男との恋か・・・・」と呟く。そして自身の呟きをきっかけに英児との出会いからのことを思い返す。こうやって英児の行動と言葉があらためて紹介されると大森と比べて男らしさが際立ちますねえ。
英児の記憶につい涙ぐんで口押さえるネリに満希子は「どうしたの」と驚く。ナプキン?を口にあてまだ涙声のネリは「あたしはずっと仕事だけだったから。でもブッキの気持ちわかるよ」と満希子を見て親身な声で言う。自分も年下の男と恋をしたとは言わないんですね。
満希子とは対照的に詩文もネリも恋愛に限らす自身のことをべらべらしゃべったりはしない。とくにネリにとって英児とのことは終わって間もない、自分の中で整理がついてないうえ大切な記憶でもあるから、満希子への対抗意識みたいな形で軽々しく口にしたくないんでしょうね。

・「たとえ失敗しても、お金損しても、好きなように生きたもの勝ちだよね」としゃくりあげながらネリは言い、本式に泣き出してしまう。きっかけはなんだかアレですが、やっと英児と別れた辛さを素直に涙に変えられたのはネリにはいい機会だったのかも。
最初はもらい泣きしかけてた満希子が「失敗しないから、わたし」と睨むようなじとっとした目になってるのは、ネリが「お金損しても」と700万円は無駄になる前提で話してるからでしょう。そして詩文とちがってネリが結局は満希子の恋を応援するような姿勢になったのは、将来性は危ういにしても積極的に満希子からお金を搾取しようとしてる詐欺師とまでは思ってないからですね。

・ウイークリーマンションの305号室。チャイムの音に大森がドアを開けるとぽつんと詩文が立っている。戸惑ったような大森に「700万、返してもらいにきたわ」と詩文は無表情に言い放つ。
ふっと笑って「何のことですか?」という大森に「言ったはずよ。嘘とほんとの見分けもつかないような人を、傷つけないでって」と静かな怒りを感じさせる口調で詩文は言う。しかし一人で乗り込むとはさすがに大胆すぎます。相手は男だし悪いやつだと分かっているのに。実際あとでかなり危ない目に会うことになります。

・大森は部屋の中をちらっと見てからドアを大きく開けて「まあ入ってください」とキザな立ち方で言う。このあたりでそろそろ視聴者に対しては地金を出してきてる感じです。部屋の中をいったん見たのも中に誰かいる、満希子が詩文より早くたどりついてるはずはないので、おそらくは悪い仲間が潜んでるんじゃないかと思わせます。

・大股にためらいなく部屋へ入っていく詩文。扉を自分で開けて中へ通ると、大森は後ろ手にその扉を閉める。詩文の退路を断つような動き。さっそく危険な空気が漂っています。「ここに住んでるって嘘でしょ」「こんなものですよ男の部屋なんて」「だますなら心の体力のある若い子にしてよ。ブッキは最初からお金目当てだって知ったら生きてられないわよ」。後半少しかすれる声に詩文の激しい怒りが感じられる。
しかし「最初からお金目当てだって知った」あとも満希子はしゃあしゃあと生きのびて普通に家庭生活に戻っていった。面倒な部分は一切詩文に押しつけて。ここは詩文も満希子の「心の体力」、おばさんの図太さをいささか甘く見積もった感があります。詩文は家族こそ最後まで守ろうとしたものの、世間的な体面や地位や名誉や、そういうものには捉われることなくこれまで生きてきた。だから捨てられないものが多い人間の、それらにしがみつく力の強さを実感をもって想像できないのかもしれません。

・詩文の言葉に大森は真顔で「西尾さんとは、本気です」と言う。この期に及んでまだ満希子を騙してはいないと主張する大森の姿に、ひょっとして本当なのかな?と一瞬引っ掛かりそうになってしまった(苦笑)。さすがに詩文はそんな芝居はひっかからず「・・・なめんじゃないわよ大人を!」と一喝。
この時チャイムが鳴り、大森がドアのレンズから見ると満希子が立っている。思い込みの激しい満希子のことだから下手したら二人が密会して一気に修羅場かもと想像してたら、大森は変に隠しだてしようとせずすぐにドアを大きく開いて、「満希子さんの友達がきていいがかりつけるんだよ」と詩文がここにいること、無効が勝手に押しかけてきたのであって自分にやましい点は何もないことをごく短い言葉でさくっと釈明してのけた。しかも親にチクる子供のような口調で理不尽にいじめられてる感まで出してみせるという。やっぱり性質悪いですね。
とはいえ「いいがかり」の内容についてはさすがにはっきり言わなかった(詩文は自分が満希子をお金目当てで騙してると主張してる、なんて言ったらせっかく自分を信用してる満希子の心に疑いの種を蒔くことになる)ために、満希子は自分のいいように(もともと不安がってた内容そのままに)解釈して大騒ぎすることになるんですが。

・玄関に立った満希子は「原・・・」と呆然と呟き、詩文は無表情に見返してから顔そらす。満希子は怒りの形相で乗り込み目の前に立って、「この人は、むかし友達の彼氏を横取りした恐ろしい女なの。だまされないで」と詩文を見据えたまま大森に説明する。大森は横の満希子を見る。「人のものが盗みたいだけなのよこの人は。あなたのことが好きなわけじゃないの。男の人から見たらいい女かもしれないけど、お願いだからだまされないで」。
大森は詩文に言いがかりをつけられたと訴えたのに、言いがかりの内容が何なのか尋ねるかわりに、詩文が大森を誘惑した前提で「騙されないで」とくりかえしている。要は自分の思うことを一方的に押し付けてるだけで、大森を好きだといいながら彼の気持ちの強さを信じてもなければ、彼の話をちゃんと聞いてさえいない。おばちゃんにはありがちな傾向とはいえ・・・他人の言葉を理解できない、コミュニケーションが成り立たないという点ですごく孤独な人なのかも。家庭で孤立した格好になったのも満希子が夫や子供の思いを無視してる自覚もないままに無視しまくった結果だったし。

・さすがに詩文は「だまされてるのは、ブッキなのよ!」と言って満希子を見つめますが、満希子は「お願い」とバッグを床におろして「この人を奪わないで」と大森の腕にすがる。さらには「私の最後の恋を横取りしないで!」と涙まじりの声で叫ぶ満希子を放心したように見つめる詩文。全く話が通じない。これじゃあ助けようにも助けられない、という愕然たる思いが詩文の表情から伝わってきます。そんな詩文の思いなど考えもせずに「なんでもするから、私から大森先生をとらないで」満希子はかきくどく。
大森は眉根寄せて悲しげな表情でうつむき加減にしている。目下彼は満希子に、詩文に誘惑され浮気しかかったかのごとく「言いがかり」をつけられてるわけですが、それについて何も釈明せず黙っているのは、はっきり言って何言っても無駄だから、満希子の思い込みに(幸い自分を責める方向には向いてないので)適当に話をあわせといた方がいいという判断ですね。

・「原が邪魔さえしなかったら、あたしきっと幸せになれる。」「なってみせるから邪魔しないで、一生のお願いだから、お願い、原」と頭を下げる満希子。しばらく無表情に見降ろしていた詩文はついに力なく「わかったわ」と答える。詩文が足早に出て行ったあと、大森と満希子はどちらからともなく硬く抱き合う。二人の幸せを乱す悪魔をついに追い払って結束を高めた、とでもいうような光景です。
「離婚届をうちにおいてきたわ」と満希子はバッグから封筒を取り出し現金の束2つをテーブルの上におく。「これが西尾家のたくわえの四分の一。二人の子と夫にあとの四分の三は残してきたけど」。自分で稼いだお金でもないのにこの図々しさには唖然とします。4人家族だから一人四分の一ずつという計算なんでしょうが。
「このお金で、あなたの会社を立て直して。一から出直しましょう。二人で」。真剣な目で聞いていた大森は満希子を抱き寄せ、二人は濃厚なキス。そのまま床に押し倒す。満希子はうっとりと目を閉じてなされるがまま。さすがにここまでくれば満希子も拒否モードには入りませんでしたね。詩文の存在がかえって完全に迷いを押し流したというか。

・うっとりしたまま目を開けた満希子は、はっと息を呑み目を見開く。なんと大森の学友三人、金持って逃げたはずの佐藤までがにやにやしながら満希子を見下ろしている。やはり大森がくわせ者だったことがついに確定した瞬間です。しかしこのタイミングで三人が出てきたってことは、もう最初っから輪姦にいくつもりだったわけですか。
頼む前から家の財産の4分の1持ってくるような満希子なんだから、しばらくは大森と二人でママゴトのように暮らしながら金を吸い上げてく方向でもよかったんでは。とくに大森は今までのように自分個人に貢がせたほうが大金を独り占めできるはずなのに。そうはさせじと仲間たちが早めに参入してきちゃったんですかね。あるいは完全に満希子を手にいれたうえは、もうあんな女と一日たりとも恋人の振りなんかしたくないという大森の意向があったのか。

・いきなりBGMがテンポの速いものに変わり一気にサスペンスムードに。一度足早にマンションを出た詩文はまた足早に引き返してくる。今満希子の身に迫りつつある危機を敏感に察知したものか。あれだけ親切心をむげにされ一方的に言われたにもかかわらず、まだ満希子を助けようとする詩文の女気には驚きます。
ためらわず305号室のチャイムを押し、部屋の中に乗り込むもののリビングのドアを開けても誰もいない。寝室の中も無人。唖然として「ブッキ・・・」と詩文は呟く。詩文はすぐに引き返したわけですから入れ違いに出て行った可能性はかなり低いですからね。

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『四つの嘘』(2)-8-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:18:46 | 四つの嘘
〈第八回〉

・左腕の怪我のことを大森に聞かれて、刺されたの包丁で、とっても痛かったと答える詩文。英児も澤田も何も触れなかった詩文の包帯について心配そうに口にするあたり、やはり如才ないですね。
とはいえ「刺された」と言ってるのにさほど驚いた様子でもなく、「それは、なんでまた」と淡々とした口調で重ねて聞く姿は、内心はどうでもいいと思ってるんだろうなという感じがしないでもない。

・詩文はそれには答えず、このへんの本屋って昔の三分の一も残ってないのよとさらりと話題を変える。そこから詩文の家も本屋だという話に発展し、「来てみる?」と正面向いたままの笑顔で詩文は誘う。といっても手を繋ぐでもなくただ並んで歩いてるだけなので、特別な関係ではないらしい。今から落とすという気配もないし、やはり前回ラストの怪しげな雰囲気はただのミスリードだった模様。道で偶然出会って何となく一緒に歩いてたってだけなんですかね。

・詩文堂。少しの間本や家庭教師の仕事についての世間話をしたあと、カウンターでしばし見つめ合う二人。戸惑ったような顔の大森に「やっぱりうそつきね」と詩文は笑顔のままだけどちょっと投げやりな調子で言う。
大森はちょっと笑って「ぼく、うそつきですか?」と問いかける。詩文のちょっとぎょっとするような発言に対する大森の反応は常に人の良いお坊ちゃんならかくもあろうという感じで、決してボロを出さないのはその若さを思うと見事なものというか先が恐ろしいというか。

・そして詩文は「じゃあひとつお願い」ときょとんと真顔になる大森に「ほんとと嘘の見分けもつかない人を、傷つけないで」と真剣な顔で言う。「なんのことですか?」と相変わらずボロを出さない大森に詩文は訳知りな笑顔を作ってみせる。
この発言からすると、詩文はこの言葉を言いたいがために大森と二人になり、ここまで連れても来たらしい。大森に手もなく騙されてしまってる満希子を守るために。あれだけ身勝手でさんざん迷惑掛けられ通しの満希子に対してよくそんな親切心を発揮できるものだと感心してしまいます。しかしこんな詐欺師に家の所在地を知らせてしまっていいんですかね。あとで単身大森の部屋に乗り込む場面といい、ちょっと無防備すぎる気がするんですが。

・紙袋を膝に乗せて街中のベンチ?に座っている満希子。携帯が鳴り、急いで携帯開けると大森からのメール。「講義終わった。今どこ?」。詩文といたと言わないあたり、やはりうそつきですね。

・顔をあわせるなり「この間は、すみませんでした」といきなり頭を90度近く下げる大森。「いいの、私こそ」「僕が、性急でした。反省してます」。ここでぐっと真剣な男っぽい表情になって「もう満希子さんを、困らせたりしませんから」。満希子は軽く俯いたまま唇の端を心もち上げた、笑顔まで行かない微妙な表情に。
「よかった、もう会ってくれないかと思った」とはにかんだような嬉しそうな笑顔を見せる大森に笑顔で首を振ると、ちょっと早いけどと言いながら紙袋をぐっと差し出して大森の胸に押しつける。「お誕生日おめでとう」と言われて驚いたような顔の大森。もともと誕生日を口実に(本当にその日が誕生日なのかあやしいもの)満希子を呼び出し、こないだの失点を取り戻しつつさらに関係を詰めようと算段してたら、満希子の方からその前に呼び出してきたうえ、もう誕生日プレゼントまで用意済みという性急さ。これはかなり熱が上がってるぞしめしめとか思ってそうです。

・洒落たレストランで時計をつけてみる大森。「すてき、よく似合うわ」と喜ぶ満希子にこんな高いものを、受け取れませんと遠慮がちに言う。
しかし満希子は「もう大人なんだから身に着けるものは一流のものでないと」「これから私がスタイリストになってあげる」などと笑顔で告げる。家の金を全部つぎ込むつもりだろうか。自分で稼いだわけでもないのになあ。

・「いや?」と笑顔のまま聞かれた大森は少し慌てたように「いえ、これから先のことを考えていたんです」と真面目な顔で。西尾家の平和を乱すようなことはしちゃいけないから、と言う大森の言葉に満希子は顔を曇らせる。
これは家庭の平和を乱すことを怖れてるというより、すでに平和が失われてしまったことを思い起こして悲しい気持ちになったのでしょう。まあ引き金を引いたのは満希子なわけですが。大森の台詞に夫が君子の存在を隠していたのも西尾家の平和を乱すまいとしたから、家族を大事に思ったゆえだったんだと考えたりもしてなさそうです。

・「これからも、ときどきこうして会いたい」と時計した左手で満希子の右手を握る大森。「先のことはわからないけど、いけるところまでいこう。いいだろ?」と真剣な顔と声。随所で敬語を省いてきますね。「いけるところまで・・?」と呆然としたような顔で繰り返す満希子。そこへ「ブッキ、あなたもわかったでしょう?不倫がいいとか悪いとかいうことではないの。やむなき思いというものが人にはあるのです」と美波のナレーション。
手を握ったままの二人の姿が画面ごと左に傾いていく。「だけどいくところまでいくって、どこにいくんでしょう」と美波の声が重なるあたりで画面は完全に逆さまに。二人の関係の不安定さを暗示するような演出。「それは天国?地獄?ちょっと心配」という箇所でほぼ一回転して元に戻りますが、これも最終的には巡り巡って(満希子が)元の鞘に収まることを示唆しているのかも。

・一人詩文堂のカウンターで文庫本を読んでる詩文。何とか言いながら店なかなか閉めませんね。どうせ客もろくに来ないのだし、完全に閉店してしまえば詩文もフルタイムで働けるし(西尾仏具店は週3回だけなので他の日は別の仕事するとか)、借地権も売って小さなアパートに移るとかすればもっと生活が楽になるでしょうに。冬子の養育費の問題は解決しても、施設にいる父にはお金が掛かり続けているわけですし。
ひょっとして澤田と結婚すれば彼のお金で店が続けられるという目論見があるから閉店を引き伸ばしてるんでょうか。

・澤田来訪。店の中を覗くようにしてから扉を性急に開けて「お邪魔します」と入ってくる。詩文も少し驚いてますが、男物の下着のことで気まずくなったきりだったし、あれで終わりと思ってたんでしょうか。
澤田はカウンターに足早に近づき「11時の患者のキャンセルが出たので。もう一度ちゃんと話し合いたいと思って、来ました」と決心を感じさせる声で言う。服もちゃんとしたスーツ姿。かなり真剣な話し合いを澤田が望んでる、こないだの経緯からいってショックは受けたもののやはり詩文を諦められず折れてきたんじゃないかと見当がつきます。

・だから、あの、と澤田が何か言いかけているのに、詩文は何も言わず奥へ入ってしまう。顔あげて詩文がいないのに気付いた澤田は「あれ ?」とちょっと間抜けな声に。すると奥から「どうぞ~、お茶入れます」と気のない感じの詩文の声が聞こえる。
相変わらず詩文は澤田に好意をもってるのか持ってないのか判然としない。澤田も詩文の内心を読めないままいいように振り回されてる感じです。

・中へ通り居間のちゃぶ台前に正座する澤田。「先日は失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」と軽く頭下げる。「あれからいろいろ考えたんですが、あなたは独身なんだから男性がいてもおかしくないし、それにあの洗濯物をみて勝手にショックを受けてしまったのは僕の勝手で、あなたを責めるようなことではないと遅まきながら認識しました」。
きっぱりした言い方にこの人の生真面目さが出ています。その分押して自分にそう言い聞かせてるようにも聞こえちゃいますが。この長台詞の間、詩文は何を言い出す気なんだろうみたいな表情で、顔を伏せ気味にときどき澤田の顔をうかがいながら耳を傾けている。そして澤田の台詞に対する返事は「はあ」。目を左右に小刻みにさ迷わせてるあたりもいかにも困惑してる感じです。いまだにあの下着について釈明しませんしね。

・前置きを終えて「つまり、あなたとやっぱり付き合いたいのです」。詩文にぐっと向き直って力強く宣言。詩文は無表情で絶句。「あの洗濯物の持ち主との関係を清算していただけないでしょうか」「そしてこの店を閉めラブホテルの仕事もやめてこの僕の妻になってくれませんか」。
澤田は一息に力強く言い切りますが、詩文はさほど驚いた顔でもなく、むしろ何言ってんだくらいの表情で目をちょっとパチパチさせている。澤田の方は一世一代の告白だったんでしょうが詩文の反応はどうにも薄い。まあさして間をおかずプロボーズを受ける気持ちになってるので決して嫌がってるわけではなく、“詩文に男がいると誤解してショック”から一足飛びに(誤解したままなのにもかかわらず)プロポーズしてきたことに呆気に取られすぎてるだけなんでしょう。
英児は言葉で多くを語るタイプでまるでなかったから、他人と自分自身を納得させるのに多くの言葉を費やす澤田流に免疫がなくなってたんじゃないですかね(圭史は基本澤田タイプだったろうと思います。学歴が高いほど理に走りがちというか)。少し後で「・・・何も、しないの?」と澤田に聞くのも“身体で語ろうとはしない”ことへの当惑の表れなのでは。

・「返事は今でなくて結構です。とはいってもあんまり若くありませんので早ければ早いほうがありがたいですが」「それでもし OKということになれば、すぐにでも籍を入れたいと思っています」。ほぼ一方的に語りきった澤田は今もってぽかんとしてる詩文の様子にさすがに少し不安になったか「なんか質問はありますか?」と尋ねる。このへんいかにもお医者が患者に対するごとくでちょっと微笑ましいです。

・そして詩文の質問内容は「・・・それだけ?」。「はい・・・私のお願いはそれだけです」「・・・何も、しないの?」 少し間があってから澤田は少し身を乗り出すように「・・・いいんですか」と期待する感じの声に。こないだ洗濯機の前で抱きつこうとしたくらいで結構むっつりスケベではあるんですよねこの人。
すると詩文はいたずらな笑顔になって「うそ」。澤田はがっかりしたような顔で詩文を見る。けれど詩文が微笑んで「結婚のことは、考えておきます」と言うと澤田も笑顔になって「そうですかー」と安堵したように笑って席を立つ。詩文的には素直に自分を欲しがってくれる男の方が扱いなれてるし、正直な分信用できる気になるんでしょうね。澤田がその気になりかけたら笑顔を見せ、いつものペースを取り戻したのはそういうことだと思います。澤田を見送ったあとの詩文が何か考え込んでるようながらどこか楽しげなのも、澤田のバカ正直ぽい態度に総体としては好感を持った証拠でしょう。

・大学の門を入ったところ。並んで歩きながら「ここがぼくの大学」と大森は満希子に紹介。向こうから歩いてきた男子学生たちが声をかけてきたのに大森も手をあげて応じる。「親戚のおばさんてことにしといて」という満希子に素直にうなずくがちょっと不敵な笑顔。
まずは満希子に一緒にベンチャーをやっている仲間だといって左から順に男たちを紹介。ついで「西尾満希子さん。僕の彼女だ」と不敵な笑顔で宣言するのに満希子が笑顔固まったままの顔で大森のほう見る。驚きすぎてすぐに表情が切り替わらないというか。表情からして恋人だと言う気だろうなーと思ったら案の定でした。そもそも不倫相手を大学に連れてくるとは大胆な。まあ年上の恋人ってだけで人妻とまでは言ってないわけですが、二人の年齢差に男たちもさすがに声を失う。
大森は動じず「僕ら IT企業のポータルサイトの開発をやってるんだ」と満希子に説明。「へえ~みんな東大生じゃないの ?それで会社やってるの?」と品よく驚いた感じの(よそゆきな)声を出す満希子。はいとさわやかに同意する三人に「すごいわねえ~」と素直に感心する。実際アメリカあたりじゃ大学生でベンチャー企業やってる人間は珍しくないし、日本でも近年は少しずつ学生ベンチャーが増えてきている。まして東大生なら確かにありそうな感じではある。まさにそこを突いた詐欺だったわけですが。

・ネリに左手を診察してもらった詩文が治療室を出ると外に福山が立っている。一礼して通り過ぎようとする詩文におずおずと「灰谷先生は?」と尋ねてくる。「中にいますけど」「そうですか」とごく大人しい会話があって詩文はそのまま立ち去る。
入れ違いにちょうどドアが開いて出てきたネリに「ちょっとお時間いただけないでしょうか」と焦り気味の声で迫る福山。「話の続きがまだあるんですけど」「聞きたくないわ」「そこをなんとか」「もういいわ、わたしを恨んで嫌がらせしたってことでしょ」。廊下の真ん中なのに普通の声の大きさで喋るネリ。別段誰かに聞かせよう、それによって福山を牽制しようという意図があるわけじゃないんでしょうけど、話が耳に入ったか詩文がちらっと振り返ってます。
詩文は先日左手怪我した直後に診療した研修医だと覚えてるでしょうか。ネリから彼が何をやらかしたかは(そもそも脅迫状に始まる嫌がらせの数々の存在自体)聞いてないんでしょうが、詩文のことだから会話の断片、二人の雰囲気だけでも何か不穏なものを察していそう。そのわりに足は止めないんですけど。

・事務室で札束を勘定してた武は手を止めて顔をこわばらせる。その後居間?で伝票をチェックして頭を押さえる。明らかに満希子が勝手に持ち出した分のお金が足りない件ですね。
そんな父にダイニングで座っているゆかりが「ママと離婚したら?」と唐突に切り出す。「何言ってんだ」と慌てる武に「・・・あたしさ、芸能プロダクションからデビューする気ないかって言われてるんだ」「歌手になったらパパと明くらい食べさせてあげられるよ?」 ゆかりのこの発言からすると、離婚した場合出て行くことになるのはもともと婿養子の武の方、それが当然の帰結だと娘にも思われてるわけですね。
婿養子とはいえ仏具店の経営を支えてきたのはあくまで武なんだろうし、西尾家の5000万だかの蓄えも満希子の親から受け継いだものばかりでなく多くは武の働きにより生み出されたものでしょう。離婚となれば浮気した弱みがある分満希子に慰謝料を払うことにはなるでしょうが、西尾仏具店の権利や財産について何の主張もできないもんですかね?
ともあれゆかりは離婚の結果武が無一文で追い出されることになったとしても、このリッチな家と母親より自分が稼いででも父親の方を取るつもりでいる。父がよそに女を作ってることは満希子の暴露で知ってるはずなのに、そのことは一切責めようとせず完全に父親の味方についている。父が好きだからというより、バイトの職種が気に入らないからと自分の人間性まで頭ごなしに完全否定した満希子への反感によるものでしょうが。
自称「家族のためだけに生きてきた」満希子の方が、愛人のいる武より子供たちに疎まれている――自業自得とはいえいささか悲しい事実ではあります。一方愛人からも娘からも“自分が養ってあげる”と言ってもらえる武は(生活能力にあまり期待されてない点で情けなくもあるものの)結構な幸せ者なんでは。

・「普通に大学行ったってその先どうしていいかわかんないし。だったらこのままデビューしちゃおっかなーって」。軽い調子の声と笑顔で言うゆかりを「そんなに甘い世界じゃないだろ芸能界って」と武は苦笑気味にたしなめたものの、「自分でお金稼げないとママみたいになっちゃうもん」と少し子供っぽい表情で口にするゆかりに言葉を失う。
そもそもゆかりがメイドのバイトを始めた動機も、おそらくは歌・踊りや接客が好きだったというより給料がよかったというのが一番にあり、自分でお金を稼ぐことを重要視する根底にはただの小遣い欲しさのみならず、自分でお金を稼いでない、それゆえ視野も狭く、夫や子供に精神的にどっぷり依存している(家族のために生きるとはつまりそういうこと)母親への軽蔑の念があるのでは。満希子は「ゆかりがなんでそんなことになったのか」と言いましたが、“ダメな母親を軽蔑してるから”がファイナルアンサーだと思います。

・立ち上がって手に持った鉢を使いながら「私の彼は左きき」を歌い踊ってみせるゆかり。それに対して上からやってきた明が「うるせえ」と乱暴にゆかりに言う。「かりかりするなよ。おまえのほうがうるさいよ」とたしなめる武をすごい目つきで睨みつけ、思わず武はたじろぐ。明は洗いかごに伏せてあったカップを床に叩きつけて出て行く。ゆかりは「なあにあれ?」と怒りあきれた顔。
ゆかりは父の浮気には無反応でしたが明の方はまだ中学生、微妙な時期だけに許せない気持ちになってるんでしょうか(こういうのは通常女の子の方がより反発するもんですが)。あるいは息子は娘よりも母親べったりになりがちなので(家庭教師つけてほしいと頼むあたりまでは普通に仲良さそうだった)、満希子がおかしくなったのは父親と姉のせいだと思って二人に反発してるんでしょうか(明が投げたカップを武が無言で拾いあげてる表情には自分のせいだと思ってる節が感じられます)。おそらく明自身も自分の心理がよくわからないままにいらだっているんじゃないでしょうか。

・自室のベッドの上で手帳の今日の欄に「行けるところまで行こうと、あの人は行った」などと書きつける満希子。ちょっと丸文字なのが女学生っぽい。手帳に書くとこといい文章の感じといい、いかにも美波の真似してる感があります。満希子の恋がどうも“恋愛ごっこ”ぽく見えるのはこういうとろ。恋への憧れをそのままなぞってる感じというか。手帳を見返すときのうっとりした表情も美波の手帳を見て妄想に浸ってたときと変わらないし(“ごっこ”だからこそ、二人の将来を本気で思い悩んだり家族に申し訳なくて顔も見られなかったり、という部分が希薄なのでしょう)。
普通なら相手のあることだからそうそう思い描く通りのロマンティック展開にはなってくれないんですが、大森が満希子の恋愛願望を満たすように演技を重ねてくれてるおかげでいい夢見させてもらってますね。

・満希子の部屋の外にそっと近付く誰かの足。「もしもし、金庫から、お金出しましたか?」とやたら丁寧にドア越しに尋ねるのは武。どれだけ立場弱くなってるんだ。「お金が200万ほど足りないんだけど」と続ける武に、満希子は手帳を閉じてドアのそばまで行くとドア越しに「あなたの愛人に、手切れ金として200万渡しました」「受け取りましたよお、あっさりと」と顔色一つ変えず言い放つ。愕然とする武に「男よりお金がいいみたいでした」と意地の悪いイントネーションで追い打ちをかけ、つんとドアから離れる。
武はしばしドアの前に呆然と佇み、やがて壁に体もたせるようにしながら去っていく。武のショックの理由は、自分が武を養うとまで言った君子があっさり金を受け取ったことなのか、満希子か勝手に金を持ち出したとわかっても愛人のことを盾に取られたら何も文句を言えない、今後とも逆らえないだろう自分の立場を思い知らされたことなのか。

・夜、帰宅したネリが玄関のドアを閉めようとすると男物の靴がいきなり割り込んで扉が閉まるのを防ぐ。案の定福山。話を聞いてくださいと勢いこむ福山に目をむいたネりは、中へ逃げながら携帯を取り出し110と押した画面を見せたうえで帰らないと警察にかけると脅す。行動の素早さ的確さは空き巣事件に鍛えられただけあります。
「変なことしたらボタン押すから!」と叫ぶと「じゃあここで」と福山は大人しく玄関先に膝をついて座りこみ、メガネを外す。この人ここぞの時は必ずメガネ外すんですが何の意図なんでしょう。

・「好きです!灰谷先生」。搾り出すように、しかしはっきり言い切る福山。ネリは驚いた顔を見せず、何言ってんだ的表情で福山を睨んだまま。「先生は脳外科医としてもすごいし、女性としても超魅力的です」。超なんて俗っぽい言い方が福山らしくなくて、かえって彼の必死さを伝えています。素直に玄関先にさっと座り込んだところといい、なんかユーモラスというかちょっと可愛げさえ感じさせます。
一方、「あたしを恨んでんでしょ?」と少し体を縦に揺らしながら勇気ふりしぼる感じで言葉を押し出すネリも、そのために声のトーンがなんか子供っぽくなっててこれまた可愛い印象です。

・「嫌いだ嫌いだ大っ嫌いだって思って先生のこと見てるうちに・・・気が付いたら好きになってました」。ちょっと泣きそうな顔で告げる福山。何だそりゃ。「何いってんのよー」とネリが突っ込むのも無理もない。福山自身「自分でも変だと思うんですが」と前置きして「でも好きだという気持ちは本当です」と告げる。
一見無茶苦茶なようですが、嫌いだと思い続けるということは絶えず相手を意識してるということで、結果嫌いが好きに置き換わるというのはありえそうな気がします。原作でもネリの医大時代のエピソードとしてこれに似た話(彼女に痴漢行為を働いたとおぼしき上級生をずっと睨みつけているうちに、いつのまにか好きになってしまった)が登場しています。

・「救急処置室の前で髪の毛をアップにするときの手つき」。以下ネリの魅力的なポイントを並べ立てる福山。ちょっと変わってるんじゃというポイントが多いですが、とりあえず本気で好き感は非常に伝わってきます。「ぼくを叱るときの眉間のしわ」というときなどちょっとマゾ的な喜びが顔にも声にも表れてますし。しかし魅力ポイントをあげるたびにネリは微妙に顔をひきつらせる。本人的には微妙であろう部分ばっかり褒めてますからね。
ついに「バカにしないでよ」と怒ると「バカになんかしてません。・・・人生とはそういう不条理なものだと夏目漱石もいっています」。ここでいきなり漱石が出るか。何か、だんだんどこか抜けた感じの福山が憎めなくなってきました。

・「あなたナースの宮部さんと付き合ってるんでしょ」とのネリの言葉に、初めて福山が困ったようにちょっと目を伏せる。ネリにこれだけ好きっぷりをアピールしても他に女がいるんじゃ説得力がさっぱりですからね。「・・・あれは、なぜそうなったのかわかりませんが・・・先生がやめろとおっしゃるならやめます」。言い訳を述べるうちにふっきれてきたのか、後半はネリを正面から見て力強く言い切る。「決めました。宮部とはきっっぱり別れます」。まさに「きっっぱり」くらいな響きの完全なる断言口調。
まあもともと福山の方は大して宮部を好きそうには見えない、おそらく宮部の方が東都大首席卒業で将来有望だし見た目も結構いいしといった理由で猛アタックかけてなしくずし的に付き合うことになったんだろうなとは思ってたので、宮部に未練ゼロでも全然意外ではありませんが。
すっかり別れる気満々になってしまった福山に「やめろなんていってないわよ」とネリは困惑し「別れないで」とお願いまでしてしまう。宮部と別れたら本格的に自分の方にアプローチしてくるに決まってますからね。このへんちょっとコントみたいで可笑しいです。仮にも空き巣犯人と一対一で対決してる場面なのに、英児の家での初対決時の緊迫感は全然ないもんなあ。

・「どうしたらお詫びできるんでしょうか」と力強く言いつつも俯く福山を見て、携帯を閉じて靴箱の上に置き、靴を脱ぐネリ。そういえば土足のままでしたね。しばらく福山の様子を見ていて、さすがにもう危険性はないだろうと警戒を解いたのが一連の動作でわかります。

・「簡単におわびできることじゃないわよ」と呆れたような口調で言うネリ。「院長に犯人は僕だと話します」という福山に「そんなことしたらクビになるわよあなた」とずんずん近寄りながら本気で心配してるような声音で言う。ひとまず警戒を解いたことで、いつも病院で話してるときのような上司らしい、指導者的スタンスに切り替わったのが如実に表れています。
言葉を失いうつむく福山を見下ろして「よく考えてから物言いなさい。秀才なんでしょ」と叱る口調もいつものネリそのものですし。「先生を好きになってから、頭がちょっと・・・」と上目使いに見る福山を「人のせいにしない!」と叱り飛ばし、それに福山が素直に「はい」と答えて俯くのも、すっかりネリ主導になっていてユーモラス。

・「あなたが職を失って私が教授選に復活できたらいいけど、なにがあってももうあたしには目がないわ」「何でですか」「そういう社会だから」。そんなこともわからないのかという顔で福山を見下ろしながら、ネリは「腕のある男の医者ならあんなメールくらいじゃつぶれなかったと思うわ」「でも女はだめ。わたしは女だからあなたの復讐に負けたのよ」と溜息まじりの声で説明する。
説明されないとピンとこないのは福山がバカ(学校秀才ではあっても、社会での身の処し方や他人の感情を読むことにおいてはバカ)だからではなく、男というだけで社会的に有利であるゆえに、女が必然的に背負わされるハンデを実感できないからですね。「すみません」と俯いたままの福山に「そういう社会の中でえらくなってもねってこのごろ思うのよ」と穏やかな声でネリは言う。諭すような調子ではありますが、これまで福山にも院内の誰にも語ってこなかったろう愚痴めいた本音の言葉、自分の弱い部分をちらりと見せています。「許したわけじゃないけどもういいって言ってんの」とネリは福山を追い返しますが、彼に弱音を吐いて見せたことがある意味許しのようなものだと思います。

・ネリからもういいから帰れと言われた福山は「先生!」といきなり前のめりに体起こしてくる。ネリは悲鳴上げて後ろへ飛びすさって倒れる。さすがにストーカー野郎相手に油断しすぎたか。そのまま這って後ろへ逃げかけると、福山は「帰ります」と何事もなかったかのようにメガネをかけ直しカバンを持って立ち上がる。そして「好きだって言えて、ほっとしました」と裏返り気味の声で告げる。この状態でほっとしたって。さらに「本当に先生のことが好きです。一生ついてゆきたいと思っています」と熱のこもった声で宣言し、「お邪魔しました」と礼儀正しく頭を下げて出ていく。
なんというかこの人テンションの上がり下がり(「先生!」→「帰ります」)が常識的感覚とずれてて、無駄に他人を驚かすんですよね。「ほっとし」てしまうところもずれてるし。まあいろいろと変な奴なのは間違いないですがいわゆる悪人ではない。その方が逆に性質悪いって気もしますが。ともあれ福山が去ったあと安堵の声?とともに弾かれたように立ち上がり玄関に走って鍵をかけたネリには、警戒する気持ちは残ってるものの少しときめいてるような雰囲気がないでもない。英児にはあんな熱烈に(熱烈じゃなくても)愛を語られたことなんてないですからね。

・翌日?まだ薄暗いうちにネリは英児のアパートへ。和室に小走りに入ると万年床は片付けられ荷物もなくなってる。遠からず別れ(彼が旅立つ形での)の日が来るのは予期してたでしょうからネリはそう驚きはしないものの辛そうに部屋を見回す。すると壁にネリあてのメモが。
「灰谷先生へ。お世話になりました。先生は先生らしく生きてください。おれはおれらしく生きるから。さようなら。英児」。飾りのない短い文章がいかにも英児らしい。言葉つきが敬語なのも先生呼びも最後まで二人か恋人にはなりえなかった象徴のようで寂しいものがあります。でもこれは英児なりの精一杯のネリへの誠意と感謝を示したものに違いないでしょう。

・その頃、英児はバッグを肩にかけて大型バスに乗り込む。携帯が鳴りネリの名前が表示されるが、椅子に体を沈めた英児はしばらく画面を見つめたあと、鳴るに任せてそのまま放置する。英児の部屋の窓辺に座ってコールし続けるネリと電話に出ることも切ることもせず窓枠に頬杖ついたままの英児をかわるがわるカメラが映す。
電話に出るでもなく切るでもないどっちつかずの態度は優柔不断とも思えますが、電話に出る=彼女を受け入れることはできない(英児にとってはメモを書き残した時点で全てが終わっている)とわかったうえで、電話を切る=完全な拒絶もしなかったのは、今の彼がネリに示すことのできる最大限の優しさなのだと思います。この時の、遠く夢見るような無表情に近い表情を浮かべた英児の横顔が本当に綺麗です。そして英児はついに鳴り続ける携帯を手に取って何かしら操作する。彼がネリにどう対するのか、ちょっとドキドキする場面です。

・洗い物を山ほど抱えてラブホテルの事務室に戻ってきた詩文は、携帯が鳴ってるのに気付く。見れば「パナマに発つ。落ち着いたら住所を連絡する。来る気になったら来て欲しい」という英児からのメールが。先のシーンで英児が携帯を取り上げたのはネリの電話に出るため(あるいは切るため)ではなく、詩文にメールするためだったとここでわかります。
ネリからの必死のラブコールを受けながら、それに応えるかわりに詩文にメールする。ネリの知らないことながら、英児がネリではなく詩文を選んだことをこのうえない鮮やかさで示している。とはいえ電話で話すのでなく一方的に気持ちを伝えるメールにしたあたりは、詩文堂で「生きるのよ」と言われた時点でもう詩文とは終わったものと覚悟している、それでもまだ諦めきれずに相手の反応・選択に委ねる形で最後の悪あがきをしたのだと感じさせます(「来る気になったら来て欲しい」というのも相手の選択に全面的に委ねる表現)。もしかして英児にこの「悪あがき」を決意させたのは、繰り返し電話を鳴らし続けるネリの執着の強さだったんでしょうか。

・詩文はしばらくそのメールを見つめ、ホテルの帰り道にも心で英児の名を呼びながら、笑顔のようなぼんやりしてるような表情で歩く。脳裏に浮かぶのは英児に髪を洗ってもらっている光景(こんな洗面台があの英児のアパートにあったのか。アングルと光の当てかたで美容院並みの綺麗さに見えてるだけですかね)。意外にも優しい手つき。こうしてみると髪を洗ってもらうという行為には、何となくエロティックなものがありますね。英児の表情がとても穏やかで綺麗だからなおさら。他にも英児に頭なでてもらったり、水槽に詩文がえさやったり。奪い合うことしかできない関係だったと詩文は言ってましたが、こんな優しい思い出もちゃんとあったんですね。
今までは英児との思い出といえばリングにたって戦う英児の姿や二人激しく抱き合う姿ばかり思い出してきた詩文が、英児が命がけでボクサーに復帰すべく旅立った直後に、こんな優しい思い出ばかりを思い浮かべている。彼女の心が澤田に言われた穏やかな暮らしに傾いている証であり、詩文の中で英児との日々が綺麗な過去にもはや変わってゆきつつあることを示しているようでもあります。

・クラクションの音に詩文が足を止めると「おはよう」と澤田が車から声をかける。気の抜けた声で詩文もおはようと返す。「迎えに来ようと思ったんだけど寝坊しちゃって」という澤田にちょっと微笑んで「今日も暑くなりそうねー」と目を細め空を見る。それから澤田に視線を合わすと、彼は真剣な目で詩文を見つめている。詩文も無言で彼を見つめる。
ただ見つめあうだけ、その前の会話は「寝坊しちゃって」「今日も暑くなりそうね」という色気のない内容ながら、二人の間に決定的な何かがこれから起こることを予感させます。英児がネリの電話を取らず詩文にメールしたのと同様、英児に改めてパナマに来てほしいと誘われた直後に澤田と寝たことは、英児を捨て澤田を取ろうという詩文の決心を感じさせます

・詩文の家の和室。布団も敷かず畳の上で抱き合う詩文と澤田。黒いセクシー下着で上になる詩文。縁側の軒先にいくつも吊るされた風鈴がちりんちりんと音を立てる様子が、二人の色事の間に何度も挿入される。
さまざまな風鈴の色や形、音色には和の情緒が満ちていて、こんなベッドシーンの演出もあるんだと唸らされました。最後を晴れ渡る青空で締めるのも日本の夏の風情があって美しい。

・服を着て並んで横たわる二人(詩文は上は下着)。「あー一日分のエネルギー使っちゃった感じだなー」と虚脱した声を出す澤田に「体力ないのね、先生」と無表情な声でキツい事を言う詩文。相手は中年(数歳上くらい?)なのだから、英児みたいな20代の肉体派と比べては気の毒というものです。しかし詩文も夜勤明けなのにまあ元気なこと。

・そこへ表の戸が開く音がしてネリが来訪。状況がアレだけに「どーしよー」とだるそうに声を出しながらも、詩文はあーとうめきながら体を起こし服を着て応対に出る。そこまで早い時間じゃないはずなのに、ネリが開口一番「ごめん起こしちゃった ?」と聞いているのは、いかにも眠そうな、もしくは寝乱れた感じだったんでしょうね。

・「英児がいないの。居場所知らない?」 知らないと詩文が答えるとネリは天を仰いでため息をつく。外国に行ってボクサーとして出直そうかなって言ったことがあったけどそんなことしたら死んじゃう、本気なら止めなきゃと詩文の顔を見て真剣な顔でネリは言いますが、「止めようもないじゃない。どこ行ったかわからないなら」と詩文は薄く笑う。実際には詩文は英児がパナマに行くことを知っているし、具体的な住所も遠からず知らされてくるはずなのにそれをネリに告げようとはしない。
ネリには言わなかった行き先を詩文には教え一緒に来てほしいと願いさえした、その事実を知らせることがネリを傷つけるのを危惧したのが一つ、英児の言う通り英児とネリは生きる世界が違うのだからこれを機会にそれぞれの道を進むべき、そのためにネリがパナマに飛んで英児の夢を妨げたり自分のキャリアに傷をつけたりしてはいけないと思ったのがもう一つの理由かと思います。
自分がパナマに誘われたことはおくびにも出さず、「男が死んでもやりたいことがあるっていうんならもう止められないよ」「どんなに心配したって英児の人生は英児のものだもの」「遠くから祈るのも、愛情だったりしない?」とどこまでも綺麗な言葉でネリの恋が美しい形で終われるように仕向ける――一見好き勝手に生きてるようで(だからこそ?)詩文は意外なほど優しいんですよね。

・ネリが帰ったあと、再び横たわったままの澤田の横に寝転ぶ詩文。寝転んだまま話を聞いていた澤田は「友達 ?みんな元気だなあー。君も、君の友達も。」と虚脱したような声で言う。「そうねー、41にもなって男のことでじたばたしてるの、あんまりいないかも」「じたばた、してるんですか。詩文さんも」「先生と一緒になったらじたばたしないで暮らせるんでしょ?」 横になったまま上目使いで澤田を見る詩文にはいくぶん甘えるような色が。澤田が「ええ」と微笑むと詩文も破顔する。
まだ正式にプロポーズに返事してないものの、この時点で詩文は完全に澤田との結婚を決めてますね。ネリが来たのを機会に起きるのでなくもう一度彼の隣りに横になるのは一緒にゆったりした時間を過ごしたい気持ちがあるからでしょうし、それ以外でも表情のいちいちが彼を全面的に受け入れてる感じです。
一方の澤田は詩文の問いに「ええ」と答えてはいるものの、「元気だなー」という言い方にも、もう少し前の「あー一日分のエネルギー使っちゃった感じだなー」にも、この女のバイタリティにはついていけないかもという不安を感じてる気配がうっすら表れていて、二人の将来にちょっと暗雲の兆しが。

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『四つの嘘』(2)-7-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:15:51 | 四つの嘘
・焼肉屋。にぎやかに盛り上がるネリグループ。しかし宮部は右隣の福山の袖引っ張って「帰ろうよ」と不満げな声。ネリ中心の集まりなのが気に入らないのか。福山はもうすぐ会計するからとなだめ「またあのケーキ買ってってやるからさ」なんて言ってみせたりする。意外にちゃんと付き合っている感じの発言。宮部がほぼ一方的に引っ付いてる関係なのかと思ってました。

・あまり元気ない表情のネリは「浜田山ロール?あれ飽きた」という宮部の声にふと反応する。正面のネリが看護婦のほう上目遣いに見る。福山が会計のために立ったときにネリが「今浜田山ロールの話してた?」「彼よく買ってきてくれるの?」と宮部に尋ねると「最近飽きるほど」とほんとにうんざりした声で返事をする。
ネリが浜田山ロールに反応したのは英児のアパートが浜田山の駅近くにある、馴染みの地名が出たからですね。ネリは「ふーん」と笑顔でうなづいたものの何か感づくところがあったらしく表情が険しくなる。福山が最近浜田山にしょっちゅう行ってるということは英児の家の近くまで来てるということ。ネリは英児のアパートそばでは特につけられてる気配を感じたことなかったようですが、英児とのツーショット写真もたくさん撮られてるので犯人がアパート近辺をうろついてたのは明白。福山への疑いが胸にきざしてきたわけですね。

・励ます会がお開きになったあとネリは英児のアパートへ。「おれといても、先生は幸せになれねえよ」という英児の言葉がよみがえりドアを開けるのを一瞬躊躇し、やはり開けようとしたところで後ろから「いくな」と緊迫したと同時に微妙に切なげな声とともに左肩をつかまれる。「帰ろう、先生」。
手を振り払うようにばっと振り返ったネリは福山の姿を認める。「福山くん。あなただったのね」。さほど驚いた様子がないのにやはり大方彼が犯人と察していたのがわかります。バックに電車の通過音がしているのが緊迫感を高めています。しかし福山はあのまま宮部と一緒に帰ったんじゃなかったんですね。宮部の「帰ろうよ」は今夜は一緒に過ごしそうな雰囲気だったんですが。

・恐怖のゆえかちょっと泣きそうな顔になりながら部屋の中に入ったネリは。「英児、英児」と切羽詰まった様子で呼ぶが返事はない。「さっき出ていきましたよ」と福山に言われてはっと振り返るネリ。
福山の方が先に来ていて、英児が留守にするのも見届けたうえでネリの前に姿をあらわしたわけだ。ボクサーを相手にするんじゃ分が悪すぎですからね。それだけ計画的行動であり、もはや正体を隠すことをやめた福山がネリをどうするつもりなのか恐ろしくなってきます。

・「なんであんなことしたの。あたしに何の恨みがあるのよ!」と叫ぶネリに「先生が僕を認めないからだ。東都医大で6年間主席を貫いた僕に、先生はみんなの前で恥をかかせた」。いかにもこれまで随所で示したきた福山のキャラらしい幼児的変質者的動機です。声が微妙にヒステリックに震えてるのも彼の精神的ヤバさを表しています。

・「だから教授選に出られないようにしたの?」「先生が悪いんです」「え?」「ボクサーなんかと付き合うから」。意味がわからない様子のネリに向かって「医者がこんなところに泊まっちゃいけない!」と叫ぶなり玄関先の物をいきなり払い落とす。「先生はこの部屋に寝起きするような人種ではありません」。
何だか少し風向きがおかしくなってきました。医者がボクサーと付き合うのが許せない、医者であるネリがボクサーとつきあったりすると医者全体の価値が下がるとでもいうんでしょうか?まあこれ後から思えば同じ医者である自分と付き合え、ネリが好きだという意味だったんでしょうけど。

・一歩一歩近づいてくる福山に「出てって」と言うネリ。右手を伸ばして「一緒に帰りましょう?」と言い、体を堅くするネリに悲しげな表情の濃くなる福山。逃げ場のない部屋の中で一対一、相手はほとんど変質者だけにどう考えてもネリが不利。
しかしネリが福山の肩越しに視線をやって「英児 ?」と声にすると、福山は振り向きそのまま急ぎ足に逃げていってしまう。この直後本当に英児が帰ってきますが、ネリの位置からそれが見えたとは思えないので、これは福山を追い払うためのとっさの機転だったのでは。福山がすぐ逃げ出さなくてもはっと振り向いた瞬間にそのへんの物で殴りつけるとかつきとばして自分が外に逃げるとかの選択肢が広がりますから。英児とのボクシングトレーニングの中で培われたテクニックなのかもしれませんね。
それにしてもここまで追いつめながらあっさり逃げ出す福山のヘタレっぷり。やっぱり英児とやりあうのは怖いのか。腕っ節で絶対勝てないとわかっているからボクサーみたいな肉体派が嫌いなのかも。英児が入院したときも意識の戻った英児が暴れるかもと脅えてましたからね。

・部屋から逃げた福山はちょうど階段を上ってくる英児とすれ違う。いぶかしげに福山を振り向くがさほど気にとめずそのまま歩く英児。部屋に入り何かただならぬ気配を感じたか、ガラス戸越しに居間を覗き、部屋中央にネリがくず折れるところを見る。
英児はまたいぶかしげな顔になったものの、すぐに飛び込んで介抱しようとはしない。ネリが単に(先日自分が拒絶したことで)精神的ショックから部屋に来て泣いてるとでも思ったんでしょうか。今擦れ違った男が例の空き巣+脅迫状の犯人で、たった今この部屋の中で襲われかけてたなんてさすがに気付けないでしょうし。

・日中横断歩道を渡る詩文。少し歩いたところ (詩文堂?)で立っている英児を見て驚く。英児は静かに「話があるんだ」。昨日の夜から待っていたと聞いて言葉をなくす詩文。一晩待ち続けるとはよほどの用事であり、それだけ詩文に執着がある証拠ですから。
しかし昨日の夜というのはネリが英児の部屋で襲われかけた夜のことでしょうか。とするともしかして英児はあのままネリに声をかけずまた家を出てそのまま詩文のところへ来たのかも?だとすれば英児がネリでなく詩文を選んだことがこのうえなくはっきり示された行為だと言えます。

・詩文堂の中。「おれとパナマに行ってくれ!」といきなり切り出した英児に驚きの顔でゆっくり振り向く詩文。「もう一度リングに立つ。」「死ぬわよ?」「やるだけやれば死んでもいい」。しばし沈黙が落ちる。この場合「死」は比喩的な意味ではなく文字通りの命がけなわけですから。
「おれと一緒に滅びてもいいっていっただろ」「ボクサーのおれならいいんだろ?おれは死ぬまでボクサーでいる。だから、おれと一緒にパナマに行ってくれ」。自分を生かそうとする、ともに生きようとするネリよりも一緒に死んでくれる詩文を選ぶ。死と隣り合わせの道を走ることが自分にとっては生きることになるのだと覚悟を定めきった英児は、無駄を殺ぎ落とした一種凄絶な美しさを帯びています。

・「英児と一緒に仲良く滅んでいきたかった。・・・ちょっと前まではね」「でも、今は少し違うの」「リングに上がるのは華やかかもしれないし、刺激的で生きてるって感じがするのわかるわ。でも・・・人生はそれだけじゃないのよ。地道な生活の中にもきっと素敵なことはあるわ」。詩文とも思えないまともな台詞、と思ったら英児もまた「フミらしくねえな」と少しとがった声を出す。
詩文の考えを変えさせたのは何か。考えられるのは詩文に穏やかな暮らしを勧めた澤田の言葉と父や澤田としばしドライブを楽しんだ「穏やかな」時間。澤田が言ったように人間は変化するもの。ここ最近の自分の周囲、父や冬子、満希子やネリの状況の変わりっぷりを見てもそれはわかる。そして詩文自身が多くのプレッシャーを背負わされる中で穏やかさを求める気持ちを感じ始めている。ならば自分と似ている英児だって変われる余地はあるんじゃないか。若いからこそがむしゃらに夢にしがみついてしまう一面、若いからこそ柔軟に変化を受け入れ新しい人生を始めることもできる。そういう意味をこめて「英児は死ぬには若すぎる」と続けたんじゃないでしょうか。

・「灰谷先生が悲しむわ」という詩文に「灰谷先生はいい人だ。だけど、おれとは合わねえ」「先生はおれが珍しかっただけだ。医学部の教授になるような人だぜ、違いすぎる。何話していいかわかんねえよ」と英児はいう。違いすぎる、というあたり期せずして福山と英児の見解は一致してますね。
ネリがダメなら一緒に成長できるような若い女の子と人生考え直しなさいよとあくまで拒絶を貫く詩文を「フミじゃないとだめなんだ」と強引に抱きしめさらにキスするが、唇を放した英児は詩文の激さない冷たい表情に何も言えなくなる。そして詩文は「生きるのよ・・・」とかすれる声で小さくいってから上目使いに英児じっと見る。一緒に滅んでくれる女を求めて詩文のもとに来た英児にとっては、これが最大の拒絶の言葉ですね。
失意のままに一人歩道を歩き去る英児の後ろ姿をカメラは追う。そして途中で足を止めて下(川 ?)を物思わしげに見る憂いに満ちた横顔がアップに。この時の顔が何ともいえず哀しく美しい。この表情一つだけでも勝地くんを英児役に起用した甲斐があるというものです。

・一人部屋にたたずみ、英児との思い出、ボクシングの試合や台所で抱き合ったことなどを思い返す詩文。何かをぐっとこらえてるような表情になったと思ったら、泣き出すかわりにぐーっと伸びをしてそのまま部屋の畳にひっくり返る。こうやって視聴者の予想を外す、妙にあっけらかんと振る舞うところが詩文のしぶとさですね。

・外から帰ってくるなり足早に店の事務室に入る満希子。金庫から札束を無造作に取り出しバッグに入れて何も言わず足早に出ていく。従業員の男があわてて立ちあがり引き止めたそうな顔をするが相手が奥様だけに何も言えず。
この人も西尾夫婦の空気がおかしいことには気がついているでしょう。その結果やけを起こしたらしい奥さんが勝手に店の金を持ち出している――従業員としては店の将来を危ぶみたくなるような状況ですね。なんだか自慢の「三代続いた老舗」を満希子が一人で潰しそうな勢いなんですが。

・先には高さのあまりためらった高級時計を購入する満希子。プレゼントなんできれいに包んでといって例の札束をばんと出す。「・・・これで」。決意の目で店員を見る。大きな買い物をするという意味の決意だけでなく、家庭を(気持ちのうえで)捨てて大森を取るという決意も篭められています。

・プレゼントの紙袋を持っていそいそと道を早足でゆく満希子は笑顔で携帯を取り出す。「少し早いけど、お誕生日のプレゼントを渡したいの。今から会えないかしら?」と大森にメール送る。空に向けて「送信!」と一声。ずいぶん元気じゃん。
夫の浮気騒ぎのあった夜に浴室で大森のメールにデレてたように、夫と子供の身勝手に傷つけられた悲劇のヒロインという顔をしてたかと思うと、大森がらみだとあっという間に元気になるんですよねえ。ヒロインになれれば何でもいいのかな。詩文とは別の意味で満希子もしぶとい女です。

・道でメールを読んだ大森はすぐ携帯をポケットにしまい踵返して走る。そして道の端に日傘差して立ってる女性の後ろ姿に「すみません」と声をかける。振り向いたのは詩文。ここで振り向く動作にあわせて回る日傘をやけに大げさにカメラが捉える。そして詩文が悪女の笑みで「メール、満希子から?」と尋ねると、大森も肯定するようなちょっと癖のある笑顔を見せて「行きましょうか」という。
満希子に返信を送ろうともしないその様子といい、大森のあとについて歩く詩文が彼の左腕に右手をからませてニヤリと笑うところといい、いかにも二人の間に何かありそうな雰囲気をこれでもかと演出しています。
詩文は英児を振ったと思ったら嘘つきよばわりにしてた大森ともうできてしまったのか。大森はあれだけ満希子に接近しておきながら詩文の魔性にあっさり靡いてしまったのか。あまりに出来てるムードが濃厚すぎてかえってミスリードなんじゃないかとの疑いをも視聴者に抱かせながら次回へと引っ張ります。

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『四つの嘘』(2)-7-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:04:51 | 四つの嘘
〈第七回〉

・君子の部屋のリビング。ずっと泣き通しの満希子はしゃくりあげながら「いつからなの」。聞き取れなったのか何も答えない武たちに詩文が「・・・いつからなのって聞いてるんじゃないですか?」と通訳。
泣き崩れる満希子の言葉を「彼女が、どういう人かって」「そんなに長い長いことあたしを裏切ってたのかって」と次々通訳してくれる詩文に「なんでわかるの?」と武が尋ねると「こういうときに本妻さんがいうことってだいたい決まってますから」と詩文は薄く微笑んで言う。
満希子がいきなり顔をあげて「あやまりなさいよ。笑ってないで。二人ともあやまりなさい!」と叫ぶ。ちゃんと喋れるんじゃないか。そもそも詩文しか笑ってないような気がしますが。

・僕が悪い、と座ったままきっぱり頭深く下げる武。満希子は君子を睨み、君子はちょっと視線そらしながら「あたしは・・・悪いことをしたと思っていません」と無表情に言う。武は驚いて君子を横目に見つめ、さしもの詩文も驚いた顔。愛人という立場からも満希子の逆上ぶりをなだめる意味からも、武のようにとにかく謝りまくるのがこういう場合の定石でしょうから。
この後もまるで反省の色なく「武さんを好きになる気持ちは止められませんでした」「経済的には自立していますのでお金の迷惑はかけていませんし」とまったくの棒読み口調と無表情で話し続けるところは一種迫力があって怖いようでもあります。

・「開きなおらないでよ。あなたはこの人が結婚してるのを承知で近づいてきたんでしょ」と逆上する満希子に「やめなさいキミちゃん!いや、満希子」と思わず名前を間違えてしまう武。満希子は一瞬口をあんぐりと開けて、ひどい・・・ひどい・・・と怒りに震えながら隣の詩文の左肩にすがる。詩文もさすがにあきれ顔。
「ごめん気が動転してるもんだから。ごめん満希子」と武は懸命に謝りますが、これは絶対まちがえちゃいけない局面ですね。浮気発覚の原因が武が愛人あてのメールを間違えて満希子に送信したことだと詩文が知ったら、さらに呆れかえるでしょうね。

・「私も一度結婚に失敗してるのでもうだれとも結婚したいとは思っていません」と言いながらも、武と別れると約束するどころか「・・・何もいりませんからときどき武さんと過ごすことを許していただけませんでしょうか」と当然のように言う君子。
あのダンナのどこがそんなにいいんだか正直理解に苦しみます。これほど腹の座った女にしてみれば、おろおろと妻に謝ってばかりの武など実につまらない男に思えてきそうなもんですが。

・「あんた・・・なんなのこの人」とあっけに取られた満希子はついに「原、なんとかいってよ」と詩文に助勢を頼みますが、詩文はしばらく黙ってから「みんなで仲良くすれば ?それもひとつの選択肢じゃないの?」「一夫一婦制っていうのも正直無理あると思うのよ」と言い出す。まあ詩文ならそういうでしょうね。
しかし満希子はなお激昂して「原って魔性の愛人体質だからこの人の味方するのよ」とヒステリックに叫ぶ。無理に呼び出して面倒事に付き合わせたあげく、自分が望んだように振る舞ってくれないとこの発言。わがままにも程があるというもの。さすがに武が「失礼じゃないか一緒に来てくれた方に」と(立場も忘れて)たしなめています。特に武は詩文を雇うと決めたときに満希子がさんざん詩文を女の敵、世の中の害毒のように罵るのを聞いてますから、あれだけ悪し様に言った相手を旦那の浮気調査などという込み入った話に引っ張り出した満希子の裏表の激しさに唖然としたことでしょう。

・さすがに頭にきたのか「じゃあ聞くけど、本妻のブッキだって誰かに心が揺れるときだってあるんじゃないの?」と突っ込む詩文。「ありません!」「ほんとう?」「ありません失礼な」「だれにもお?」。最後は甘え口調でちょっと意地悪く。それでも「ありません!」ときっぱり満希子ははねつける。
これ案外空っとぼけてるのではなくて今は本気でそんな気持ちになってるのかも。自分に都合悪いことはそのつど忘れられる体質というか。ここで詩文が電車とラブホで大森とのアバンチュールを目撃したことをバラしてたらどう反応したんだろうか。

・難しい手術を終えた直後のネリは院長にねぎらいの言葉をかけられるが、その後「いろいろ考えたんだがねえ、もう少しうちの病院で働いてくれないか」と切り出される。「教授選をやめろということですか」とネリは少しとがった声になり「院長はあんな噂お信じになるんですか」と冷ややかに言う。「信じる信じないではない、これはもうスキャンダルだよ!」と院長もきつい声になって「この人はうちの患者だったそうだね」と、ネリと英児を隠し撮りした写真(複数)を見せて強く突っ込んでくる。
「・・・普通の恋愛です」とネリは釈明するものの、先に根も葉もない噂、心当たりなどないと言い切ってしまってるだけにどうにも分が悪い。「医大の教授になるには品格が必要なんだよ!」と言い捨てて出て行く院長を結局は静かな無念の表情で見送ることに。まずはタレコミメール、間をおいてから証拠写真、という犯人のやり口が実に巧妙です。最初から写真出されてればネリも保身のため嘘をつこうとはしなかったでしょうから。

・再び君子宅。「離婚は絶対にしませんから」と満希子は断言し、「この人が身一つであなたのところに走ったとしても、西尾の家を離れたらこの人は仕事も失うんです」「実家のお寺はお兄さんが継いでますから帰るところもないし」。武が満希子をじろっと見ますが、婿養子の弱い立場につけこむような言い方への反感が現れています。
普段は夫を立てるような顔をしていても何かのときにはこうやって家付き娘であることを振りかざすのは今に始まったことじゃないんでしょう。自分では仏壇屋の業務などろくろくやってないんだろうし、本当に武がいなくなったら後を満希子が切り盛りできるとはとても思えませんが。正直この妻と長く一緒に暮らしてたら、そりゃガス抜きに浮気の一つや二つしたくなるだろうと思わざるをえません。
言い募る満希子を詩文が横目で見るのは、詩文も満希子の言い草に反感を感じてるからでしょうね。「帰るところもないし」の後に「そしたらあなたお寿司も食べられませんよ」とさも重大事のように付け加えるあたりはなんかユーモラスですが。

・武が離婚して失職しても「あたしが養います」とさらっという君子に満希子も武まで少し驚いた顔。君子の職業はスタイリストで、雑誌のファッションページをいくつか持ってるそう。詩文は「へーえ」と感心したようなどうでもいいような声で応じてますが、満希子にとっては皆が憧れるような横文字商売で若くして複数の連載をも確保してる“できる女”となれば、自分は外で働いたことがない、個人の経済力はない女だけに穏やかではいられない。「あなたはゆかりや明と別れられるの?」と子供の方に話をスライドさせるのは、経済力に絡む話は自分に不利と見たからでしょうね。

・「あのー、あたし、そろそろ仕事行かないといけないんで」。一礼する詩文に「すみませんとんでもないことになって」と頭下げようとする武。立ちかける詩文に満希子が「逃げないで!」と膝押さえる。「逃げる」ってなんだ。詩文は何も悪いことしちゃいないだろうに。あげく「どうしてみんなそんなに勝手なの!」「あたしはまだこの人に聞きたいことがあるの、だから原はここにいて」。詩文の都合というものはまるで考えてない。勝手なのはどっちなんだという話です。
詩文もさすがにいらだった声で「ご主人が彼女のことをブッキに隠してたってことは、ブッキのことも大事だってことじゃないの!?」と満希子を責める。これは一面の真実だと思います。満希子自身だって夫や子供たちのことも大事だから大森とのことを(まだ不倫じゃないと満希子は言うでしょうが)隠してるわけなんですし。

・さらに「他の女に夫の目が向くってことは妻にも責任があると思うわよ」と詩文に言われ、第一回で久々に再会した時に詩文が言った言葉を思い出したらしい満希子は、詩文が美波から圭史を奪ったことについて「美波が魅力がなくなったからだって原は言ったけど、あのときの美波とあたしは違うわよ、あたしはこの人の妻なんだから」と断言する。
正妻である以上自分は法的にも認められた存在であり、夫の違背行為を責める正当な権利があるという主張ですが、これは相当情けない発言ではある。法や権利を盾に取って自身の立場をアピールするということは、逆にいえば自分個人の中身―人間として女としての魅力では勝負できないと認めたことになるわけですから。夫の浮気に際してこういうこと自信満々に言い放つ女性は多そうですけどね。
法的権利を主張することで戸籍上の妻の座は守れるかもしれませんがそれは夫の心を取り戻すことには繋がらない。ただ夫婦という形式が保たれるに過ぎない。詩文が去り際に「妻の座よりも大事なものがあるはずよ」と言ったのも、心が通わないまま形ばかりの夫婦であることの空しさを指摘し、満希子がすべきは法律にのっとって夫を責め立てることではなく、愛人に目が向かなくなるくらい夫を惹き付けるような魅力的な女になることだ、という意味ですね。

・これらのやりとりを受けて、これまで無表情だった君子は、にわかに冷ややかな目で武に「美波って誰?」と問い掛ける。何も言わず目を伏せる武。「だあれ?」と癖のある微笑みでもう一度聞いても「いいんだよ、それは」と武は答えない。美波の話は君子にはまったく関係ないうえ、うかつに説明を始めると満希子と詩文の対立を激化させそうですからね。
しかし君子は武を睨み、いきなり立ち上がり台所へ行ったと思ったら、突然包丁かざして声をあげて武に襲いかかる。勢いあまってソファに突っ込むも振り返りざま「美波ってだれよー!」。思いがけない展開に全員絶句。このあとは鬼女の形相で包丁を振り回す君子と彼女から逃げ回る三人とのドタバタがしばし続く一種のコメディ展開に。廊下まで阿鼻叫喚の声が響き渡るオチなどは完全にギャグですね。君子がここまで人形のごとき無表情かつ抑揚のない声だったのは、この激昂シーンとのコントラストのためだったんですねえ。
しかし表面はクールを保てること経済力があることなどの違いはあれど、人の話の聞かなさ、激昂して包丁を持ち出す極端な行動、嫉妬深さなどにおいて君子は満希子とよく似ている。武が満希子にキミちゃんと呼びかけてしまったりメールを送り間違えたりとしばしば二人を混同するのも実はそれゆえなのでは。妻で満たされないからこその愛人の存在だろうに、妻と同じタイプの女を選んでしまうとは。結局は満希子を愛している証拠のようにも思えます。

・ネリの病院の救急診察室で左手の怪我を治療してもらう詩文。結局この浮気騒ぎに直接関係ない詩文だけが怪我を負うという理不尽な結末に。さすがにいくばくかの責任を感じるのか満希子もそばについてますが。血のついたたくさんのガーゼを見ながら自分も痛そうな顔してます。
直接手当てに当たってるのは福山ですが、「じゃあまず局部麻酔からはじめましょうか」と言って「縫わないなら必要ないんじゃないの」と宮部に指摘され「そうか」とあっさり認めたり、詩文の手を取って無感情な声で「どうしよう」と言ったり。こんな医者いやだ。いかに研修医とはいえこの程度の怪我の手当ても満足にできないものなんでしょうか。宮部の指摘の声が恋人に対するには妙にとがってるのも、福山の不甲斐なさにいらっときてるゆえでは。

・福山の体たらくに満希子がいらだった声で「あの!灰谷先生はまだなんでしょうか」とヒステリックに言う。しばし無言で満希子を見つめた福山は、その間握られたままの手を引っ込めようとした詩文が「痛っ」と声をあげても平気な顔。はいはいと言いながらピンセットか何か取ろうとするのへ宮部が「だからまず消毒しないと」と言うと「だまれ」と怒鳴りつける。
患者が苦痛に無反応なうえ患者の前で看護婦を怒鳴るなど、患者をまるきり無視した一連の行動は医者として以前に人間として情緒的に欠陥があるとしか思えない態度。詩文が驚いて福山の顔を見直したのも「何この人ちょっとおかしいんじゃないの」というニュアンスでしょう。福山がネリに陰湿な嫌がらせを繰り返したストーカーであることの伏線ですね。

・救急室奥のアコーディオンカーテンがさっと開いて厳しい顔のネリが現れる。満希子が「ネリ!」と救われたような声を出しますが、これは視聴者も同じ気持ちだったでしょう。
足早にやってきたネリは無言で福山を突き飛ばし治療を代わる。「なんでブッキの旦那の相手に原が傷つけられんのよ」と怒っているネリは突き飛ばした福山へのフォローは何もなし。この福山に対する乱暴な態度は台詞通り詩文の理不尽な怪我に怒っていたからか、福山のお粗末すぎる治療経過を知っていたからでしょうか。

・治療完了後の病院廊下。あの女傷害で訴えてやると息巻く満希子にいやよめんどくさいと言う詩文。ネリは壁に背中もたせて二人の会話を聞いている。満希子は「あの女を牢屋に入れてお願いよ」と詩文の膝を揺すり、詩文が「いいってば」と言うと今度はネリの隣に行って「じゃあネリが言ってよ、刺された傷だっていったら警察が動くでしょ」。
傷害事件を盾に取って夫を奪われた復讐を行おうとしてるのがあまりにも明白。当事者の詩文の都合はまるで考えてない。本来無関係の彼女を満希子が強引に引っ張り込んだために詩文は怪我するはめになったんだろうに、どれだけ迷惑かけたら気がすむのか。このへんの身勝手さは見事に一貫していてここまでくるとすがすがしいほどです。
このときはやたらと警察を介入させたがった満希子が少し後には自己保身のために、大森にレイプされかけた詩文に警察には言わないでと懇願することになるのだから皮肉なものです。しかし今回の事件を警察沙汰にすれば必然的に夫の浮気が世間、少なくとも子供たちにはバレてしまうと思うんですがそれは構わないんだろうか。

・「もうすぐ教授のネリが証言してくれたら」という満希子発言から、教授選出馬がなくなった話へ移行。なんで?なんでなんでと聞きたてる満希子にネリは苦笑いしてスキャンダルと一言。詩文は不思議そうな顔をしてますが英児のことと察したか。
話している三人を福山が物陰から見ている。物陰から見つめる構図といい冷たい目つきといい、彼が例のストーカーだと匂わせています。

・「変な噂が立っちゃって」というネリにちょっと間があってから満希子が口を寄せて「医療ミスしちゃったとか?」。詩文はあっさり「男でしょ」。その言葉にうそ!と驚いた顔でネリを見る満希子。ネリは苦笑いして視線を向こうにそらす。「ほんとなの?」「いやーん、もう、あたし考えられない」と頭抱える満希子。
ここで満希子が妙に動揺してるのは仕事一筋で色恋には無縁と思っていたネリにも男がいて、「魔性」の詩文も含め同い年の二人が男とよろしくやってるのに、大森を拒絶する格好になった自分だけが損したような気分になったからじゃないですかね。

・左手に包帯巻いた詩文は急いでラブホの裏口から「すみませーん」と中に飛び込む。いいよいいよどうせ暇だからと責める様子なく座ったままぶどうを食べてるおばちゃん。こういう人が相方だと仕事やりやすいですね。
あれどうしたのよあんた、と包帯に目をとめるおばちゃんに「ああ、だいじょうぶです」と詩文は詳しく説明しない。良くも悪くも言い訳しない詩文の性格がここでも表れています。
ちょうど202号室が「清掃待」の表示に変わり、「じゃ、あたし一人で行ってきます」とさくさく作業着に着替える詩文をナレーションが「あの世から見ていると案外筋が通っているのです」と珍しく褒める。「満希子よりずーっと大人だし他人にも親切だし、でもやっぱり私は嫌いですけどね」。
美波は死者特権?で上から目線で物言ってますが、詩文よりずーっと子供だと自ら評価する満希子のさらに子分と見なされてた自分のちっぽけさには想像が至らないのだろうか。

・西尾夫婦は揃って帰宅。武は二階に向かって声をかけるが返事が返ってこないので諦めてリビングへ。本当は今満希子と二人きりになりたくないんでしょうけどね。満希子をちらっとみて「腹へったなー」といってみるが案の定背中向けたまま返事をしない。
いきなり満希子が立ち上がりキッチンの包丁入れを開けるのに武はビビって立ち上がりソファの方へ逃げるが、満希子は塩を取り出しただけだった。そして浴室へ行き、けがらわしいといいながらお風呂のお湯に塩入れる。夫にかけるんじゃなくて自分が入るお風呂の方を清めるんですね。

・お風呂につかり体を洗う満希子は携帯が外で鳴ってるのに気付き、ドアから手だけ出してタオルの中から携帯さぐりあてる。浴槽に漬かったままメールを見ると「大森さん」という名前が何件も並んでいる。開くと「会って僕の話を聞いて下さい」とある。満希子は「私も会いたい。聞いて欲しいことがいっぱいあるわ。でも、会ったら罰が当たりそう」とメールする。
すぐに返信がきて「21日は僕の誕生日です。また二人だけで会ってください」とある。美術館デート、先日のキスなど思い返す満希子。胸がいっぱいという顔で携帯閉じる満希子。携帯もったまま体がずるずるお湯に沈んでいく。夫の浮気に激発したのと同じ晩に自分はちゃっかり男と逢引の約束をして幸せな顔してるってどうなのよ。

・明け方、ラブホの裏口を出た詩文は、少し離れたところに止まってた白い車から澤田が降りてきて「おはよう」と声をかけてきたのにびっくり。いつから待ってたんだか。
そのままレストランへ行き二人はモーニング。「いつも帰ったらバタンキューなんで朝食なんて久しぶり。おーいしいー」と楽しげな詩文。「昼間の仕事もあるんでしたっけ」「えらいなあ」「たくましくて潔い。格好いいよ」とやたら褒めてくれる澤田にちょっと小首かしげながら笑ってみせる詩文。その後「だけど、そろそろほっとしてもいいんじゃないのかな」「穏やかな暮らしも、いいものですよ」と澤田は静かな笑顔で切り出す。「・・・それは、先生が穏やかな暮らしを与えてくださるということですか?」「ええ」。穏やかな、暮らし、と呟いた詩文は「いい響きねー。でも、退屈しちゃうかも」などとデザートを食べながらまぜっかえす。
その反応にちょっと不安そうになりながらも澤田は「人は日々変化していくものです。だからあなたも自分がこうだと決めつけないほうがいいんじゃないですか」とすかさず反撃。ですねーと遠い目で小さな声で詩文は呟き、一瞬だが暗い表情になる。これまでなら“穏やかな暮らし”などまさに退屈の一言で切り捨ててこられたんでしょうが、このところの怒涛のような家庭内外の事件にさすがの詩文も心身とも疲れている。41歳でこれといった資格も持たない自分の社会的値打ちの低さも思い知らされた。退屈でも穏やかな、安定した生活に憧れが生じてもおかしくない。ましてそれが手の届くところに向こうから転がりこんできたとあっては。澤田の言葉に遠い目小さな声でしか反応できない詩文はまだまだ遠い世界のようにしか認識できてないようですが。

・詩文堂。カーテンを開けて澤田をどうぞと招き入れたところへ、半開きにしていた扉ががらがらと開いて「詩文さん!」と緊張した声で河野母が呼ぶ。小走りに入ってきて「冬子ちゃんが帰ってこないのよ」と泣きそうな焦った声で告げる。「え?」「ゆうべこっちにこなかった?」「ゆうべは・・・仕事だったので」。
夜の仕事と聞いたからか男連れなのに気付いたか河野母は険しい顔になるが、「父がお世話になってた澤田歯科の院長先生です」と澤田を紹介すると社会的地位のある人とわかったからか少しだけ表情がやわらぐ。その後は居間に移動して冬子の話になるが、「前にもこういうことあったの冬子ちゃん?」「さあー?」「さあってあなた」と二人の温度差が著しい。夜間に冬子が家にいたかいないか詩文が把握してないのは彼女自身がちょくちょく家を空けてた(英児のところに泊まったりしてた)からですね。
「すみませんしつけが悪くて。でももう17才だし頭は回る子なんで無茶なことはしないと思います」という詩文の台詞は普通に聞くと親として無責任、信頼してるような顔してその実子供に無関心な証拠のように聞こえますが、たびたび冬子には親として毅然たる態度をとっている詩文の姿を見てきているので、ちゃんと冬子の性格を理解したうえでの判断なんだろうと思えます。しかし無断外泊しても気にとめない気付きもしない母のもとから、一晩無断で家を空けたと大騒ぎする河野家へ移ったのだから、いいかげん冬子が窮屈になってくるのは無理ないところですね。

・「やっぱり警察電話したほうがいいんじゃないかしら」「大丈夫だと思うんですけど」なんて言い合ってるところへ、扉がガラガラ開いてなんと詩文父がひょこひょこ入ってくる。立ち上がってびっくりする三人に構わず、詩文父は裸足のまま縁側から庭に出る。ついで冬子が入ってくる。冬子いわく「昨日、どうしてもおじいちゃんに会いたくなっちゃって」訪ねていき、「お茶の水の家に帰りたい帰りたいっていう」から連れてきてしまったそう。
事情をきいて「何だ、そう言ってくれればいいのに。死ぬほど心配しちゃったわ」と河野母はあっさり納得してくれるが、「おばあちゃまならなんでも許してもらえると思ってるんでしょ。いいかげんにしなさいよ」と詩文は真顔で咎める。河野母は「もういいわよ詩文さん、渋谷で遊んでたとかっていうんじゃないんだから」「そう、おじいちゃまのことが心配になったの。優しいのね冬子ちゃんは」とまるで甘々ですが詩文は「連れて帰ってどうしようと思ったの」と厳しく追及。「一晩くらい帰れたらおじいちゃんも嬉しいかなって」という弁明にも「一晩だれが面倒みるの」とさらに追い打ち。河野母は「あのー、一晩くらいだったらうちにでも」と笑顔でとりなすが「徘徊しますよ」と言われて表情が固まってしまう。
「面倒見られるなら老人保健施設におじいちゃん預けたりしないわよ」「考えに考えてあなたを河野家に養子に出しおじいちゃんを施設にあずけたの。あなたの気まぐれとはちがうのよ」「おじいちゃんだってこっちの家のこと思い出したらまたあっちの生活が辛くなるって思わない ?それぐらい考えられないの冬ちゃんは」と最後は少し叫ぶように叱る詩文に最初はふてくされた顔をしていた冬子も「ごめんなさい」と涙声で詫びる。これまでは詩文の説教のいちいちに拗ねたりふざけるような返事をしたりしてきた冬子ですが、ここでは存外素直に詩文の言葉を受け入れている。
思うに祖父を施設から連れ出してから原家につくまでに一晩かかってるのは、詩文父がそれこそ「徘徊」してしまう、勝手にあちこち動き回るので連れてくるのに非常に苦労した結果なのでは。頭の中身はアレでも身体はまだまだ健康で目を離したらどこへでも走っていってしまいかねないわけですから。無断外泊してしまったのも電話する余裕すらなかった、両手でしっかりつかまえてないとすぐいなくなってしまうからだったんじゃ(鷹揚な詩文のもとで育ったために何が何で連絡しないと、という意識が薄かったのもあるでしょう)。
かくして一晩祖父に手を焼いた冬子は初めて詩文の苦労を実感したのでは。そう考えるとこの一晩の無茶が冬子を成長させ、詩文との関係もより良好なものに変化させたということで結果的にはいい目に出たのかもしれません。

・いろんな思いを呑み込む顔で詩文は立ち上がり、植木に水やってる父にお父さん、と声かけて近寄る。これまで黙って聞き役に回っていた澤田が顔を出し、「お送りしますよ」と言う。そのために今日は休診にするという澤田の好意を当初遠慮したものの「じゃあ、お言葉に甘えて」と詩文も受けることにする。それだけ事の展開に疲弊しているのがその疲れた笑顔に明らかです。
「まあほんとにご親切に」と頭下げる河野母に澤田は「私の父も院長を私に譲ったとたん、今の原さんと同じようになってしまったんです」と語り、詩文は驚きと共感をこめた目でふりかえる。「親が崩壊していくのを見つめる悲しみは経験したものじゃないとわかりません」。そして父のほうに向き直って「原さん、これからドライブでも行きませんか」と明るく声をかける。最初は無反応で庭木に水をやり続けていた父も「途中の向島で言問団子でも食べながら」と食べ物で釣るとあっさり笑顔になる。
その気になったタイミングを逃さず澤田は詩文父の手を引いて部屋に引き上げ、詩文は冬子にタオルを持ってこさせて父の泥足をぬぐう。その間澤田は朝顔や車の話で父の気持ちをそらさず、足がきれいになったところで自分から車に向かおうとする父の手をとりながら「先に行ってます」と冬子に声をかけ詩文も笑顔むける。お互い痴呆症の父の世話に習熟してるだけにいいチームプレイです。
手際よく動く二人を冬子と河野母が言葉もなく見下ろしてるのも、詩文にカギ閉めてってと頼まれた冬子がはいと素直にうなずくのも、老人介護の大変さとそれをさくさくこなす二人のすごさを痛感したからでしょう。

・カーステレオで「君といつまでも」をかけ、あわせて歌いながらドライブする三人。詩文は運転する澤田に後部座席から団子とって渡してやる。その隣りに詩文父。行き先は老人ホームですが、皆それを一時忘れピクニック気分を精一杯楽しもうとしているように思えます。皆一生懸命に歌う中、ふと窓の外を眺めて何かを考える顔の詩文。
これまで澤田には比較的邪険に接してきた詩文ですが、彼もまた父の痴呆という辛く苦しい、気持ちの上でも哀しい現実を経験していたと知って初めて共感を覚え、詩文一人で父をホームまで連れて帰るのは大変だったところを澤田が車を出して負担を軽減してくれたうえ、ちょっとしたドライブ、父との思い出作りまでさせてくれたことに感謝の思いもあり、澤田の求愛を受け入れれば本当に楽になれる、穏やかな暮らしを味わえるんじゃないか――そんな気持ちが湧き上がりつつあるのだと思います。思えば澤田が一番格好よかったのはこの一連の場面ですね。

・英児のアパート。(仕事を)休もうかな、と弱気なことを言い出すネリ。「なーんて」と冗談ぽく付け加えるものの、教授選を降ろされた騒ぎが精神的に堪えているのは明らか。「ずっと英児と寝ていたいな」と食事をしながら斜め隣りの英児に視線を向ける。
「おれといても、先生は幸せになれねえよ」と英児はつれない答えですが目も口調も優しい。彼はネリが落ち込んでる理由―自分との関係がすっぱ抜かれたせいで教授になる話が潰れた―を知ってるんでしょうか。知ってるにせよ知らないにせよ、あれだけ仕事に誇りを持っていたネリがすっかりやる気を減退させてるのは感じ取っていて、だから拒絶するような台詞を言いつつも優しい態度なんでしょうね。

・英児の言葉を受けて「そんなことないよ、英児がちゃんと働いてあたしを食べさせてくれたらいいなって思うよ?」とネリは言うが、英児は「そんなの先生らしくねえよ」と背中向けたまま言い、部屋へ歩きながら「おれらしくもねえ」と続ける。
仕事への執着が薄れてるこのときのネリならば、英児がパナマに誘ったら一緒にいくと言っただろうか。ネリの台詞を聞くかぎりおそらくそれはありえない。ネリはあくまでも英児にボクサーへの執着を捨てて普通に真っ当に生きてほしいと望んでいる。英児の場合現役復帰はそのまま脳障害や下手すれば死にもつながりかねない至って危険な行為なわけですから。ネリがちゃんと働くとか食べさせるとか地に足のついた生活を象徴するようなフレーズを口にするのは、死に急ぐかのような彼を生に引き戻すための計算も働いてるのでは。
一方、英児がネリをパナマに誘うこともまずないでしょう。自分が真人間になれるよう“治療”しようとしてるネリが英児がボクサーに復帰するのを応援するわけがないし、それ以上にネリの職業意識の高さを知る英児は、ネリがその仕事を捨てて男に食わせてもらうガラじゃないことを確信している。もちろん自分が女を食わせる――守り幸せにするようなガラでないことも。自分はネリが望むようには生きられないし、ネリは自分が望むものを否定する・・・ネリと一緒に生きる、もしくは共に滅びる将来はない、そんな英児の思いが短い台詞の中に詰まっています。

・病院で英児とネリのツーショット写真数枚を手に取って眺める宮部。「おまえたち研修医で灰谷先生を励ます会でもやれよ」との声に宮部はじとっとした視線を投げる。その視線の中に励ましたりなんかしたくないというネリに対する反感がこもっている。井上と坂元が「お世話になってんだからさ」「よろこびますかねこんなときに」などと会話してるそばで福山は一人会話に加わらず携帯を見てる。
宮部は笑顔で立ち上がって「年は離れてるけど灰谷先生もこの人も独身なんだから別にいいんじゃないですか」と言いながら研修医たちのほうへ歩いてくる。この発言、それとなく福山の背中に向けて言ってますね。にわかに機嫌が良くなったのも、最近やたらとネリを気にするような態度をとっていた福山がネリを励ます計画に同調しない、無関心な様子を見せていたからでしょう。しかし盗撮タレ込み写真がこんな大っぴらに下っ端の医師や看護婦の間に出回ってていいんだろうか。

・福山が携帯を見ながらにやけ顔で「予約しましたよいつもの焼肉屋」と皆に声をかける。宮部の顔から笑顔が消える。ネリのことに関心なさげなのにホッとしてたら、関心ないどころか率先して励ます会をやろうとしてるのがわかったわけですから無理もない反応です。井上が「福山。おまえ、変わったな」と驚いたように言う。第一話の福山は他人に無関心、飲み会の席での下らない会話は時間のムダと言い切るようなやつでしたからね。
この言葉に福山はメガネをはずしながら「井上先生、ぼくはできるやつなんです。見損なわないでください」と微妙な笑顔を向ける。この台詞意味がとりにくいですが、頑固に自分流を貫くだけじゃない、経験から学習して好ましい方向に自分を変革していく力があることを「できるやつ」と評したものかと思います。しかしこうして口に出すといかにも幼児的な、むやみと自己評価の高い歪んだプライドを感じさせる台詞ではある。正体発覚(ストーカーが彼だったとバレる)にむけて福山の異常性を小出しに見せていってます。

・洗面所で洗濯物の山から夫のものは別にして床に投げる満希子。単に腹を立ててるのを通り越してもはや夫の下着に触るのもいやというばい菌扱い、コミュニケーションの断絶を感じさせる動作です。
そのころ一階の仏具店のほうでは、詩文がすみません遅れましたーと入っていくと、武が背中向けたまま難しい顔で固まっている。男性店員が詩文をジェスチャーで向こうへ連れ出すと「さっき奥さんが、原さんがきたらすぐに上に来てほしいって」言ってたことを伝える。夫婦喧嘩のせいで店の方まですっかりがたついてしまってます。事態を了解してなるほどという顔で深くうなずく詩文に男もうなずきファイテングポーズを取ってみせる。ドアのたてつけを直そうとしない横着な男ではありますが、妙に面白いというか憎めませんね。

・詩文が二階へ上がり満希子を捜していると、満希子は洗面所から出てきて紙袋を渡し、「これ、社長に渡しといて」と言う。詩文が中身を開けてみるとトランクスなど武の下着ばかり。「おんなじ洗濯機で洗うのやだから自分で洗ってって」。
少女のような潔癖さが窺える台詞ですが、わざわざ下着のデリバリーさせるために就業時間中の詩文を呼びつけたとは。夫の下着を洗うことを奥さんが拒否するとはときどき聞く話ですが、口も聞きたくないからって詩文にお使い役を頼むのはどうかと。詩文もいいかげん呆れ顔です。

・「許してあげればあ?それが本妻の貫禄じゃない?」「妻の座なんて意味ないって言ったじゃない、絶対に許さない!」。息巻く満希子はそれで武が女の方に行ってしまっても構わないという。「西尾仏具店は?」「あたしがやるわよ、あたしにだって力になってくれる人くらいいるんだから」「家庭教師の先生?」 ここではっと詩文の顔を見た満希子は、ばっと立ち上がると「手出さないでよ昔みたいに」。
この反応に詩文がすごく驚いた顔になる。あまりにもあっさり大森との関係を認めたからでしょう。もっとも口が滑ったというのが正解らしく、「違うわよ、原が家庭教師なんていうから昔のこと思い出しただけよー」と両手を無駄に振り回しながら慌てて訂正。「あたしが浮気するわけないじゃない」と言いながら妙にせかせかした動きで詩文の横を通り抜けて行く。今さら往生際の悪い。もともと詩文に何がしか彼のことを相談しようとしてたはずなんですが、それはどうなっちゃったんだか。

・紙袋を持ったまま家に帰ってきた詩文は、家の洗濯機を開ける。なんと押しつけられた武の下着を本人に渡すかわりに洗ってあげるつもりらしい。一家の大黒柱にそんなことさせたら可哀想とか、一応上司だしお世話になってるし、とかそんな気持ちからなんでしょう。
本当に詩文は気がいい。赤の他人の下着まで洗ってあげるのは行きすぎ、相手の生活に踏み込みすぎではありますけど。武が知ったら喜ぶかというとむしろ引きそうだし。

・洗剤を用意したところで携帯がなってるのに気付いた詩文は居間へ。緊張気味の声で「はい」と出ますが、相手が澤田とわかって「今日はほんとうにありがとうございました」と挨拶する。画面見てすぐわからなかったということは番号登録してないのか?澤田への扱い軽いですねえ。

・「今外なんだけど、入っていい?」 詩文が玄関の方に目をむけて「どうぞー」と言うとがらがら戸が開いて「おじゃまします」と澤田が入ってくる。態度が何気に気安げになっていて、朝の出来事が二人の距離を縮めている(少なくとも澤田はそう思っている)のがわかります。
「飯でも食ってから湯島まで送りますよ」とまた紳士なところを見せますが、要は食事に誘いに来たってことでしょうか。その後開けっ放しだった洗濯機の蓋を閉めようとする詩文に後ろから抱きつこうとしてる(ように見える)ので最初から下心ありだった?

・抱きつこうとしたはずみに澤田は紙袋を倒し、男物の下着ががさっとあふれたのにびっくり。詩文は呆然と言葉を失ってる澤田に「食事、またにします?」と醒めた表情で聞く。無言のまま深くうなずいた澤田はショックを懸命に飲み込んでる表情で「じゃ、また」と去っていく。
詩文はもともと言い訳をよしとしない女ですが今回は完全に事実無根の誤解なのに説明しないでいいんですかね。午前の出来事でずいぶん澤田を見直したようだったのにフォローしないのみならず妙に醒めた顔してたのは、ちゃんと事情を聞いてこない態度に失望したんでしょうか。あるいは抱きつかれかけたのに気付いてて不快だった?その後しばし複雑な表情で立ち尽くしていたので、惜しいと思う気持ちも多少あったのかもしれませんが。

・ブティックで22才の男の子向けだと言って店員に服を見繕ってもらう満希子。その後も「21日はぼくの誕生日です。また二人で会ってください」という言葉を反芻しながら、時計店に入ってあまりの高さに驚いたり他にもあちこち店物色したりして歩くうち、たまたま信号向こうの通りを歩くメイド服の女の子の一団に目が留まる。その中にゆかりの姿を見つけた満希子は仰天。またすごいタイミングで見つけちゃいましたね。

・店では賑やかにステージが始まり、入口まで行った満希子は踊るゆかりの姿見つけてくらっとして柱にもたれる。やめなさーい!と絶叫してゆかりを手招きするが音が大きくてゆかりはじめ誰も反応しない。もし聞こえてたらその方が騒ぎになりましたね。お互いのためにゆかりも客も気付かないままでよかったのかも。

・家のリビングで武が一人ビールを飲んでいると、悲鳴をあげながら満希子が飛び込んでくる。あわてて寝たふりする武をゆすって起こし、「パパ、パパ、ゆかりがゆかりが」と大騒ぎする。「こんな格好してこんなことして」とジェスチャーで示す(ゆかりの真似して踊ってみせる)が武は何のことやらさっぱりわからず。
ちょっとしたギャグシーンというか、この後どシリアスモードになるのでちょっと息抜けるシーンを先に入れた感じです。この件をきっかけに、娘のバイトをやめさせる目的で夫婦が結束→なし崩し的に和解、となるかと思ったんですが、そうはいきませんでしたね。

・この騒ぎに「あーもう、うっせえなあ」と二階から明が降りてきて反抗的な目で満希子をにらむ。受験勉強の邪魔をされてイラっとしたのかもですが、この子こんな反抗的な性格だったろうか。満希子が家空けるようになってから彼は一段とすさんでいきますが、まだ何も起きてないこの時点でもう荒れの徴候を見せてるんですよね。思春期の敏感さで両親が深刻な喧嘩状態にある、満希子が夫を徹底無視にかかってるのに気づいて心が痛んでるんでしょうか。

・そこへ「ただいまー」と制服で帰ってくるゆかり。「どこいってたんだ」と聞かれ「部活よ。あー疲れた」と答えるゆかりに「嘘をいいなさい!」「聞こえないのゆかり!」と怒鳴る母に無表情の横顔を向けるゆかり。
その後に「あたし?」と消え入りそうな声で尋ねてるので、満希子の怒りを無視しようとしたわけでなく、身に覚えがないため自分が怒られてるととっさに気付かなかったのでしょう。満希子の剣幕に大分ビビり気味です。

・「大切に育ててきたのに、ゆかりにこんな裏切られ方するなんて」という満希子の言葉に「何いってんの?」と理解不能のゆかり。顔覆ってしまった満希子の代わりに武が「あの、よくわかんないんだけど、ゆかりがこんなかっこして」とさっきの満希子を真似てみせ、これで理解したらしいゆかりはため息をつく。相変わらず意味わからないらしい明は疑惑の目で「なにやったの?」。「お小遣い稼ぎしただけよ」とゆかりは冷たい声で応じる。
まさか、と緊張した声の武に「売春 ?じゃないわよ」と強い口調で否定、「私は芸を売ってるの。パフォーマンスよ」ときっぱり言う。実際水商売ともいえないし(ウェイトレス+α程度)、裏切ったとまで言うような話じゃないですね。足をなめるように撮影してくる客とかいたりして色気を売ってる要素が皆無ではないですが、それは芸能人でも受付嬢でも満希子がかつて目指したニュースキャスターにだってそういう要素はあるわけで。ゆかりが売春じゃないと強い口調で否定したところを見ると、売春的行為には抵抗感を持ってるようですし。

・「あなたは高校生なのよ」という満希子にゆかりは反抗的な顔でつかつか歩みより「高校生がパフォーマンスして何が悪いの?それ見て喜んでくれる人がいてお金かせいで何がいけないの?」と言う。ネリや英児のように自分の仕事にしっかり誇りを持ってるというほどではなく、何も悪いことはしてないという開き直りに近い発言ですが、確かに悪いことしてるわけではない。
親が推奨するたぐいの仕事ではないでしょうが、そこは見解の相違ということで頭から悪いと決め付けず、冷静に娘と話しあうのが親としてしかるべき態度じゃないかと思うんですが、「あなたは三代続いた西尾家の娘ですよ」と良家の娘がやる仕事ではないと言わんばかりの頭ごなし。「なにそれ」とゆかりが呆れてますが、仏壇屋ってそんなにえらいのか。

・満希子は二階へ行こうとする明の腕をつかんで引き戻し「これは家族全員の問題です!」と宣言する。「成績がよくて生徒会長までやってるゆかりがなんでそんなことになったのかみんなで話しあいましょ」。一応話しあいとは言ってますが、ゆかりを堕落したと決めつけた言い方といい、それを皆で糾弾しようと言ってるに等しい提案内容といい、満希子の潔癖さと仕切りたがり気質が最悪の結果を生んでいます。
その暴言ぶりゆえに黙りこんでる皆に「なんとかいってよ」と満希子は怒鳴る。続けて「パパは他に女作ってママを裏切るし」「明は家庭教師までつけてあげてるのにろくに感謝もしないでママには口もきかないし」「そのうえゆかりまであんなことやって」と家族への不満をずらずら並べ始める。
すぐこうやって冷静さを失うからまともな話し合いができないのだし(君子の家に乗り込んだときもそうだった)、子供たちの前であっさり父親の浮気を口にするわ、その家庭教師と浮気しておきながら「家庭教師までつけてあげてる」と図々しい言い草だわ(満希子が費用払ってるわけじゃないし)、家族のために自分を犠牲にしてると主張するわりに、子供のためにこらえて夫と和解しようとかそういう視点がまるでないんですよね。ゆかりが「ママみたいにはなりたくない」と言うのもわかるというもの。

・一人ヒスったあげくに「もうこの家はおしまいだわ、ママ疲れた」と力なくソファに座り込む。夫の浮気はまあわかるとして反抗期の息子がちょっと口をきかないなんてのは通過儀礼みたいなものだし、あげくたかがメイドのバイトで「この家はおしまい」扱いというのもすごいです。
明、ゆかりの順に黙って部屋を出て行きますが、勝手に怒って勝手に人生に疲れている母親の姿に、話にならない付き合いきれないと思うのは当然ですね。いわば家を崩壊させてるのは他ならぬ満希子なんですが、本人にその自覚も反省も皆無ですからね。

・夫の背中に「ゆかりや明が生まれてからあなたたちのために生きたわ。自分のために生きた日なんて一日もなかった」と自嘲するように語りかける満希子。大森とデートしてる時間も自分のために生きてはいなかったと?子供たちにしてみれば、こちらが頼んだでもないのに過剰に世話焼いて家族のために尽くしている自分に酔ってるがごとき態度はかえって反感の対象にしかならない。
武は背中を向けたまま押し黙っていますが、子供たちのように部屋を出て行こうとしない。自分の浮気騒ぎで満希子狂乱の引き金を引いたことに責任を感じてるのもあるんでしょうが、話し合いの余地もない妻を彼だけは見捨てていない。正直浮気はしたものの、これだけ自分しか見えてないような女に長年付き合い妻として子供たちの母として立ててきた武は、満希子を愛してくれる唯一の貴重な存在なんじゃないでしょうか。

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