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about him

俳優・勝地涼くんのこと。

『四つの嘘』(2)-3(注・ネタバレしてます)

2012-09-08 03:16:22 | 四つの嘘
〈第三回〉

・治療中医師の間から「ボクサーって安城英児のことだったんだ」という声があがる。結構有名なのか英児。アパートの質素さからしてまだまだ駆け出しかと思ってたんですが、28歳ならそれなりにキャリアもあるんだろうし、ボクシング好きの間ではそれなりに名が通ってる(一般には知られてない)という感じでしょうか。

・CT、MRとも異常なし。ICUは必要ないが一応様子を見ようとネリは指示。ロビーで待っていた詩文に痙攣後の一過性意識障害と微笑み、朝には意識回復すると思うと説明する。しかし写真見ながら説明するから来てと続けるのへ、詩文は聞いてもわからないからいい、それより英児に会えないのと切り出す。
普通ならわからなくとも大人しく説明を受けるだろうところをストレートに断って、自分にとって重要なポイントをずばりと要求する。相手が一般の医師でなく旧知のネリだというのもあるでしょうが、こうした詩文の態度は一貫していて小気味よいほどです。

・ネリは詩文の要求を容れて上の階へと先導する。「有名なボクサーなんだってね。原とはどんな関係?」「男」。いや本当にストレートです。
しかし連絡先は詩文でいいのかという質問に、連絡はいいけどお金がないから入院費は払えないと話したところから「本当にお金ないんだもん。娘大学に行かせるお金もないの」と詩文らしからぬ愚痴がポロリと出る。いや、当初から貧乏なことを一切隠さずネリや満希子に堂々おごってもらってる詩文ですから、むしろ“らしい”というべきか。
全然お金が回ってこないという泣き言に「別の幸せが原んとこには回ってきてるからよ」とネリは乾いた口調で答え、詩文もちょっと黙って考えこんでますが、別の幸せ=恋愛の方もこの後間もなく英児がボクサーとして再起不能になったことでガタガタになっていきます。

・病室で鼻にチューブを入れられて眠る英児。今日は自分は泊まりだから意識が戻ったら電話してあげるとネリは言い、ありがと、お願いしますと頭を下げて詩文は帰っていく。
それに先立って詩文は英児の鼻をちょっとつつき子供みたいと笑ってますが、確かに乱暴な態度や表情が消えると本来の顔立ちの幼い部分が前面に出てきて可愛いんですよね。同時に大人の詩文が若い英児を子供扱いで翻弄している二人の関係を象徴してる台詞でもあります。

・美波の手帳を読む満希子は唇とか欲望とかいう言葉に興味深々でまた妄想モードに入ってしまう。ほとんど思春期の中学生並みの反応ですが、刺激のない日々を送っているとこうも恋愛面で子供返りしてしまうものなんですねえ。
そこへ息子の明がやってきて「おれやっぱり上野一高受けるから」と切り出す。偏差値の高い高校らしく、パパも喜ぶわと満希子も良い反応を返すが「だから家庭教師頼んでもいい ?」と問われると、ダメダメダメ家庭教師は絶対にダメと大反対を始める。今まさに美波と元は彼女の弟の家庭教師だった圭史の不倫妄想にはまってたところでしたからね。

・ネリは福山に、意識戻ったときに英児が不穏状態になる恐れがあるから鎮静剤用意しといてと指示する。相手がボクサーだけに暴れたらやばいと福山ビビり気味。この彼がよく後にネリを追って英児の家の中まで侵入するなんて無茶をやったもんだ(留守と知っていたとはいえ)。

・そして意識が戻ったら教えてと言っておきながら、ネリは自ら英児の部屋へ向かう。これは友人の恋人だから特別気にかけているというより、あの詩文の男ということで格別の興味が働いてるという方が正解でしょう(英児の寝顔を見て「男ねえ」とつぶやくあたりに顕著です)。
満希子ほど下世話丸出しではないものの、実のところネリの恋愛経験値は愛のないまま見合い結婚した(それまでに付き合った男はいなかったぽい)満希子よりさらに低いわけで、詩文の外れたボタンにいささか妄想を喚起されてしまったのは無理もない。ネリにとって英児は初対面から性的存在として立ち現れてきたわけですね。

・帰宅した詩文に、カップ麺を食べてた冬子は今日は帰れないって言ってたのにと意外そうな顔。ちょっと疲れてたから他の人に代わってもらったと詩文は答えてますが、どんな用事で帰れないことにしてたんだろう。
冬子の表現からすると夜勤のバイトやってることにでもしてたのか。もともと英児の家に泊まる気だったんだろうし。それとも英児が倒れたりしなければ、家族のためにちゃんとその日のうちに帰ろうと思ってたのか。案外全部本当のこと(恋人が倒れて救急車で運んだので今夜は付き添わないといけない)を話してたりして。英児のことも恋人の存在自体は知ってますしね。

・さっき河野良子って人から電話があったと冬子は告げる。あなたが冬子ちゃんていうからそうだっていったら今度お食事でもしましょうかって言われたのだと。
第一回で圭史は冬子のことを自分の娘と思えないと言ってたと発言した、当然自分も孫などと思ってないというニュアンスだった河野母ですが、いざ声を聞いたら情が湧いたものか。後に冬子の礼儀正しさを褒めていたから、電話での受け答えが気に入ったのかもしれません。そもそも圭史も夫もない今となっては冬子が唯一の身内になるわけですからね。

・ババアに甘い顔したらお金くれるかな、とふざけた感じで言う冬子を「やめなさいそんな」と存外きつめの口調で叱る詩文。だってうちは貧乏なんだからくれるところからもらったらいいじゃんと冬子が反論すると、詩文は歩いてきて冬子の目の前に立ち「貧乏なこの家がいやなら出ていってもいいのよ。恵成女子大の附属高校なんかやめて定時制でも通って働きながら自由に生きたっていいのよ」とさらに詰める。
この場面に限らず、基本他人と話すときシリアスな局面でも随所に笑顔や首をかしげるような仕草を挟む詩文が冬子にだけは笑顔もなく、反論を許さない鋭い舌鋒でがんがん追いつめるような口のきき方をする。
冬子は「子供に当たるなんてサイッテー」と言ってますが(そういう面もゼロじゃなかったでしょうが)、詩文なりに冬子には母としてしっかり悪いことは悪いと教えなくてはいけないという使命感を持ってるんでしょう。自分も河野母から大金を引き出そうとしてるくせに冬子がお小遣いをせびるのを良しとしないのは、「甘い顔」をする――しかるべき権利(その実言いがかりに近いような権利ではあっても)に基づいて堂々と要求するのでなく、相手の情につけこんでお金を引き出そうとする行為を卑しいと考えてるゆえなのだと思います。

・満希子の推定通り、明の志望校を聞いた武は喜び、家庭教師を頼むことにも積極的。しかし満希子は、他人が出入りするのはどうかしら。男子大学生だった場合は?年頃の娘だっているんだし、と不安要素を並べ立て、「そういうことしか考えられないの?友達がバンクーバーで死んでから頭の中がスケベになってるでしょ」と夫に突っ込まれると「河野さんは美波の弟の家庭教師だったのよ」「家庭教師が悲劇のはじまりだったんだから」と言い出す始末。
武は「大事なのは明のやる気だ。バンクーバーに行ってから少しおかしいよママ」と全く相手にしませんが、よもやその家庭教師と満希子の方がどうかなってしまうとは思いもかけなかったでしょう。あれだけ妄想好きの満希子も自分自身がどうかなるとはこの時点では全く、想像さえしてないし。

・ネリは病院のパソコンで満希子からのメールを読む。一応「お忙しいところすみません」と断ってあるもののその内容は、美波の夫から遺品の手帳を渡された、そこには河野さんとの秘密がびっしり書いてあってぞっとしたというもの。
ここまでは事実の列記だからまだしもですが、もし私が美波だったら河野さんと再会しても深い関係にはならなかったと思います、死んだ美波を責める気はありませんが自分の生き方ももう一度真剣に考えなければと思いました、と自分語りが続くに至っては(苦笑)。ネリもあっさりとメールを削除しちゃってます。まさに“どうでもいいよ”としか言いようがない。そもそもこの時点では不倫してるわけでもない満希子が、なぜ自分の生き方を真剣に見つめなおさなきゃならないんだか。

・ネリはちょうど通りかかった年配の女医(婦人科らしい)をつかまえて、最近ホットフラッシュみたいのくるんだけど女性ホルモン落ちてるのかなと質問する。要は更年期障害ぽい症状が出てるということ。
後で女医が口にするようにセックスの頻度と更年期障害には特に因果関係はないらしいですが、若さを決定的に失いつつある、女でなくなっていくような自分にネリが焦る心理的必然性を与えるエピソードです。

・英児の意識が戻ったとネリに連絡が入る。福山から「暴れてません。一安心ですね」と報告を受け、大勢いると暴れるかもしれないからと一人で英児の病室へ向かう。この台詞なんか言い訳がましい感があります。逆にもし暴れたとき女一人じゃ手に負えないだろうに(実際そうなった)。要は詩文の男と一対一で会いたかったというのがネリの本音じゃなかったか。

・ベッドで目を開いて口をもぞもぞ動かす英児。呆然とした口調で「勝ったんだよなおれ」と呟いたのを皮切りに、脳内での勝ち試合の経過を実況し始める。「ガッツポーズしただろお前に」(英児は頭を打った影響でネリと詩文の区別がつかなくなってる)とかやたら具体的なストーリーはどこから湧いた妄想なんだろう。
ネリはすっかり呆れ顔ですが、所詮は妄想だけにどこか実感に乏しいのか「勝ったんだよなおれは」と最後には目を見開きちょっと不安そうになる英児に「そうよ。あなたは勝ったわ」と優しく告げてやる。
この“自信満々かと思いきやふいに不安そうな表情を見せる”というのはなかなかに母性本能に訴えかけてくるものがある。勝地くんがよく言う“モテる秘訣はギャップ”というやつでしょうか。端整かつ幼さの残る顔立ちの英児-勝地くんだからなおさら効き目があります。

・英児がいきなり起き上がってネリをベッドに押し倒す。ネリは抵抗しナースコールを押すが英児はネリを組み敷いたまま「暴れろよ。いつもみたいにキャーキャーわめけよ」とちょっと残酷そうな笑顔で言って強引にキスする。日頃どんなプレイしてるんだとツッコみたくなる台詞ですが、ネリ的にはそれどころじゃないか。
ここでふいに顔を離した英児は目を見開いて硬直するネリを訝しげに見て、「誰だおまえ」とネリをベッドから払い落とす。あれだけ間近で顔見てても詩文と区別つかなかったくせにキスしたら詩文じゃないと分かるとは、どれだけ身体で語りあう関係なんだ。

・何とか気持ちの動揺を静めたネリは詩文に電話し、英児の意識が戻ったことを告げる。詩文も安堵して、後で英児の着替えを持っていくと言うが、ネリが「安城さんもうボクシングはムリだと思うのよ」と続けると笑顔が固まる。
ネリいわく、ボクサーが脳に器質的な損傷を受けた場合は頭部に軽い傷をうけただけでも脳障害を起こす危険がある、そういう選手は強制的に引退になるはずだ、と。詩文はしばし言葉をなくしたものの、ややあって「ボクサーじゃなかったら英児じゃないわ」と答える。聞いたその場でもう引導を渡すような思いきりのよい台詞を口にしながら微笑と真顔の中間の表情を浮かべているのが、詩文の何とも複雑な心境を伝えてきます。

・私服でボクシングジムを訪れるネリ。「べっぴんさんだね。英児もこんなべっぴんな先生に診てもらって幸せもんです」と当初は軽口を叩いていた会長も事情をきいて、「英児ももう28ですからね。そろそろ潮時ですわ」と穏やかなあきらめの声で告げる。内心主治医がわざわざ訪ねてくるくらいだから相当状況が悪いと察してたんでしょうね。
病状は自分から離していいかというネリに会長は、英児が退院してから自分が話す、幾度となく選手に引退勧告をしてきたがこればっかりはタイミングが難しいと言い。告知の難しさを身をもって知ってるネリも笑顔で承知する。入院費についても、英児は弱かったけど人気はありましたからそれなりに稼がせてもらったし、と快諾。「それにあいつにかけてる保険もあるし。それであいつに贅沢させてやってください。これがあいつの人生最後の贅沢ですわ」。
一連の会長の台詞はほぼ原作通りなのですが、「乾いた冷たさ」と評された原作に比べずっと温かみと英児への思いやりを感じさせるのは役者さんの人間性でしょうか。しかしこの台詞を聞く限り、英児の人気はやはり顔がいいせいだけだったのか、今後の人生にはまるで期待されてないのか、という感があります・・・。

・病室で英児が食事取っているところへネリが入っていく。「いかがですか主治医の灰谷です」とことさら元気に、初対面のごとき挨拶。昨日のことはとりあえずなかったことにしとこうというネリの姿勢が見えます。
昨日何があってここに運ばれたか覚えてますかというネリの質問に、試合に勝ったと状況を話し出す英児。この時点でまだ正気じゃないのがわかりますね。ちょうどそのとき詩文が入ってくる。元気そうでよかったと微笑む詩文を英児は怪訝そうに見て、ネリに向かって「誰 ?」と尋ねる。
三人の間にしばし沈黙が落ちる。これは詩文にとってはショックすぎる展開。ネリがあなたを昨日病院に運んでくれたのはこの人よと説明しても、名前を聞いても思い出せない様子の英児を、呆然たる思いと悲しみが入り混ざった顔で表情で見つめる詩文が切ないです。大丈夫よ、
今はまだ痙攣後の影響で記憶が混乱してるけどそのうち思い出せますからね、ネリは英児の顔をのぞきこむようにいう。記憶の混乱を不安がる患者をなだめる体裁をとってますが、むしろ詩文の方にこそ言ってるんでしょうね。詩文と互いに顔を見つめあいながら、ちょっと子供のような拠り所のない表情をする英児もまた切ないです。

・病院の食堂にて。ネリと詩文は「心配しなくてもそのうち思い出すから」「ボクサーだったことも忘れてるの?」「それは覚えてるみたい。試合のことは細かく覚えてるわ」といった会話を交わしつつ席に座る。あれを細かく覚えてるといえるのやら。
「復帰できないならそれも忘れてしまえばいいのに」「ボクサーとしての英児が必要だったのよ」とあくまでもボクサー英児に拘る詩文に、あんたみたいに本ばっか読んでた文学少女とボクサーってどんな接点があるの、とネリは尋ねる。詩文の答えは「殴りあうしか能がないのがいい」。
基本的に英児との関係に知的刺激も実のある会話さえ求めていないのが端的に表れた台詞です。だからといって単純な肉欲だけじゃないのも少し後で説明されますが。

・あいつの頭の中もこんな風にどろどろになっちゃったのかなと言いながらコーヒーゼリーをかきまわす詩文。何気ないシーンですが何だか怖いものを感じさせます。
すでに父の痴呆が次第に進んでいくのを目の当たりにしている詩文にとって、恋人の精神まで崩壊してしまったというのは人一倍ショックだったはず。英児の場合一過性で済んだからよかったですが。

・なぜボクサーじゃなきゃいけないのかというネリに「英児がお世話になってるから本当のこというわ」と詩文は珍しく長台詞で思いを語る。
ボクサーってね試合の前にすごい減量するの、減量が始まると私は英児に会わないようにする、一緒に禁欲するの、計量が終わったら思い切り抱き合える。次の日が試合で買っても負けてもすべてから解放されてオスとしての欲望が爆裂する、といった内容を笑顔で話す。
「爆裂」という表現が激しいというか生々しいというか。ネリが笑顔で聞きながらもちょっと目を伏せたりしてるのはさすがに刺激が強すぎるからですかね。ここまでの内容だと、見事に性欲のためだけにボクサーを求めてるかごとくに聞こえるので、それが引っ掛かってるのもあるのかも。

・「そんな英児と抱き合ってると、こんなあたしでも命が息づいてるような気になってくるのよ。もう死んでるはずなのに息だけしてるようなあたしでも、英児とからみあってると生きてるんだなあって思えてくるの」。
これもほぼ原作通りの台詞ですが、ドラマの詩文は原作よりも明るさ・バイタリティの強さを感じさせるので、「死んでるはずなのに息だけしてる」という表現がいささか意外でした。
しかし詩文はいつから、なぜ、「死んで」しまったのか。原作のイメージだと物心ついた頃から、つまりはほぼ人生の最初から、という感じに思えますが、ドラマではどうなのか。少女時代から退廃的な雰囲気を漂わせた子ではありましたが、回想の中の結婚式やプロポーズシーンでの笑顔など見ていると、圭史と別れたことが少なからず影響してるようにも思えます。

・聞きながらネリは英児に押し倒されたときのことを思い出している。「セックスってそんなにいいもんなんだ」「そんな言葉はぴんとこないわ。命がこすれあうような切実な感じなの」。
英児との関係に高尚な精神的交流などは求めていないが、ある意味での精神性、生きている実感を与えてくれることを求めている。一種哲学的な欲求のあり方は文学少女らしいといえるかも。

・だから「英児でもボクサーの英児でなきゃ」ダメだという詩文の考えをひとまず得心したネリは、原の気持ちはわかったけど主治医としてはまた会いにきてあげてほしい、記憶を取り戻すには詩文が必要だと話す。それに対して詩文は直接答えず、世の中の地位とかお金とか全部否定して生きてきたけどそうやってネリが地位と人生かける仕事持ってるのみるとなーんかやってられない気分だと冗談ぽく言う。
「世の中」の多くの人間はこれら地位やお金や名誉や家庭に執着することの中に生きがいを見出しているわけで、それらを否定して生きてきた詩文が自分を空っぽのように感じるのは無理からぬところ。
ただ詩文は「家族」だけは決して軽んじていない。目下彼女は父や娘のことで心をさんざん悩ませていますが、それゆえに彼らを何とか守ろうとする気持ちが詩文にたくましい生命力を与えているように思えます。そしてお腹すいちゃったからランチご馳走してとちゃっかり要求するあたりはいつもの詩文で少しほっとしました。

・家庭教師センターで息子の偏差値の良さを褒められ気持ちよくなった満希子は、景気良く家庭教師候補を東大生に絞る。しかし候補者の履歴についてる写真をじっと見て、彼なら明日からでもうかがえますよという好条件にも関わらず、ずいぶん二枚目ね、男子学生ならもっともっさりしてる方がと注文をつける。
容姿についての要望は入力できないと担当者は困ったように言いますが、実際に満希子のような要望を(満希子と同じ理由で)出す親は結構多いんじゃないでしょうか。だからこそ容姿(が優れてること)が不利にならないように、容姿についての注文は聞けないという体制になってるんじゃあ。

・土砂降りの中初めて家庭教師(大森)が西尾家を訪れる。初日から迷惑かけて本当にすみませんと恐縮する大森を見て「こりゃあシャワー浴びないとだめだなあ」という夫に満希子は困った様子。結局、大丈夫だと遠慮する大森を風邪引くからと夫が強引にシャワーに引っ張っていく。
少ししてから満希子がタオルを持って洗面所に行くのですが、ドキドキしながらすりガラス越しに風呂に目をやる。案の定というか、娘がどうよりまず自分が意識しちゃってるんじゃないか。シャワー浴びさせる話になったとき困った顔してたのも着替え用意したりが面倒だからじゃなくて、よその男、しかも二枚目が我が家で全裸になることへの抵抗感からでしょうね。
着替えこちらにおいておきますからと大きく声をかけるのは「今は出てこないでね」というサインであり、当然の気遣いなんですが、脱いだ服をしばし見つめたあと浮わついた足取りで洗面所から出て、はーっとため息つくあたりはなあ。息子くらいの年だってのに。

・明を呼びつつ満希子が二階へ上がったのと入れ違いにゆかりが帰宅。バッグを置いて洗面所に入りコンタクトを外して?いると、ちょうど風呂の戸が開いて大森が出てくる。振り向いて目を剥くゆかり。大森もタオルを股間に当てた状態で「あっ !失礼。」と声をあげる。
シャワー浴びる話になった時から、こうなるんじゃないかなと思ってた展開に見事落とし込んでくれました(笑)。ただうっかり鉢合わせるのは満希子だろうと思ってたらゆかりの方だったか・・・と思ったところにちょうど満希子まで入ってきてこの光景に目を剥くことに。特に大森の裸を凝視してます。わざわざ視線を一回下に向けた後にまた見てしまうとか何てあからさまな。
さすがの大森も狙って鉢合わせたわけじゃないんでしょうけど、両者の反応を見て母親の方が与しやすい、よりムッツリスケベだと踏んだ可能性はありそうです。

・電話で河野母に呼び出されたとおぼしき詩文は「冬子ちゃんを河野家の養子にいただきたいの」と上品な笑顔で切り出されて驚く。以前詩文の留守中に電話で冬子と話し、冬子を気に入ったらしい件は聞いていたものの、いきなりここまで気持ちが盛り上がるとは想定外だったことでしょう。
圭史の血を引くのは冬子ちゃんだけなのよ、学校帰りに一回だけ会ったがお行儀もいいしちゃんと育ってると思ったという河野母に「冬子はあたしによく似ているので河野の家には馴染まないと思います」と意味深な笑顔で詩文は告げる。さすがに学校で魔性よばわりされてることまでは口にしませんが、要はそのへんを匂わせてるわけですね。養育費問題に続く元義理の母子の第二ラウンドです。

・ひるまず、圭史のDNAも入ってるんですよと反論した河野母は、あたしの血のほうが濃いと思いますという詩文発言に一瞬引きつったもののすぐに立て直し、河野の家に入れば大学だって安心して進学できる、あたしが死んだあとは資産(マンション)もみんな冬子ちゃんのものになる、と冬子の利点を強調。
「必死になって養育費とるよりいい話だと思わないこと?」といやらしい笑顔で言う河野母に詩文はとっさに言い返せない。ややあって、あの子はあたしにとってもたった一人の子供です、と反撃するものの、そう言わず冬子ちゃんと相談してみて、頭を冷やして考えればあなたにとっても冬子ちゃんにとってもあたしにとってもいい提案だとわかるはずだと今度は河野母も動じない。
「お断りします」と笑顔で言うものの今回は完全に詩文が不利。冬子の幸せ、経済的に苦労をさせないことを考えるなら確かにそれが一番だと詩文自身も思わざるを得ない状況だからですね。英児はおかしくなるし、父親はもとよりおかしいし、詩文の精神的重圧は増す一方です。

・詩文が帰ると父が店番しながらうたたねしている。「あれー、また永眠の予行演習をしてしまったー」と気の抜けた声で笑う父に詩文は力ない笑いを返す。
この父親、今後さらに状態が悪くなる一方だろう父親を抱えて赤字を増やすばかりの店も抱えていることを思い、河野母の提案が改めて重くのしかかってるんでしょう。養女にするという方法を提案してきた以上、冬子を原家に置いたまま養育費だけ出してくれる可能性はもう潰えたようなもんですし。

・詩文は二階から下りてきた冬子の腕をつかんで居間へ連れてゆき、「河野さんに会ったことどうして黙ってたの」と詰問。「養子になんか絶対やらないからね」「これ以上ママを苦しめないで」とこないだ以上に強く言い募る詩文に、冬子は「あたしママを苦しめたっけ?あっちの家でいっぱいおこづかいもらってママとおじいちゃんに貢いであげようと思ったんだけどな」と言う。
こないだそういうことを言うなと言われたばかりの内容を、皮肉っぽい喧嘩売るような口調であえて口にしたのは、自分は男に会いに行ったり好き放題やってるように見える詩文が、冬子的には何でもないようなことに妙に神経質に干渉してくることへの年頃の少女らしい反発でしょうね。

・そんな冬子を詩文はひっぱたく。冬子は愕然とした表情。まあ冬子にしてみれば軽くいなした感じで本気で喧嘩売ったわけではなかったのだろうから、詩文がこんなに怒るとは思ってもなかったんでしょう。「親をなめるんじゃないの」という詩文の言葉に、頬押さえたまま泣きそうな顔になりバッグ持って家を飛び出すところに冬子のショックのほどがうかがえます。
詩文は詩文で冬子が飛び出していったことへのショックを隠せない様子。無表情に近いポーカーフェイスやにっこり笑顔で感情を隠すのが上手い詩文がこんなにむきになるのは冬子に対してだけ。後に大森にレイプされかけたときでさえこんなに動揺していなかった。冬子が詩文の一番の泣き所なんですね。

・英児の病室。ベッドの横に座るネリはいつボクサーになろうと思ったかと質問。小学校3、4年くらい、オヤジがアリの大ファンでさんざんビデオを見せられたとアリを知らないネリに勢いこんで説明してくれる。
人を殴る商売に抵抗はなかったのという質問に英児は「ボクシングは商売じゃねえ。芸術だ」「リングの上でも人を殴ってるって感じじゃないんだ。観客にパフォーマンスを見せてるっていうか。どれだけ綺麗に相手を倒すかって」と熱っぽく真剣な顔で語る。
この「ボクシングは芸術」論は原作・脚本の大石静さんがお父さんやボクシング好きの男友達からさんざん聞かされた言葉だそう。大石さん自身もかつては英児と会う以前の詩文やネリのように“ボクシングは野蛮なスポーツ”と思っていたのが実際の試合を見にいったことで見解を改めたとのこと。英児のマウスピースが詩文の席に飛んでくるシーンも大石さん自身の観戦体験に基づいてるそうです(大石静『ニッポンの横顔』所収の「夢の舞台―後楽園ホール」中の記述)。

・英児の話をじっと噛みしめて、「あなたは誇り高い人ね。哲学があるわ」と評したネリに英児はちょっととまどったように「おれはボクシングを野蛮なスポーツだというやつを許さねえだけだよ」と答える。こんな褒め方されたのは初めてだったんでしょうね。しかし英児の話し方からは確かにボクシングへの情熱と彼一流の美学が存分に伝わってきます。

・ところで試合の前の日、計量が終わった後のことをまだ思い出せない?と本題に入るネリに、英児は眉を寄せてちょっと考える。その表情から思い出せてないのは明白ですが、ネリは、脳外科としてはもう直すところはない、精神科とも相談したけど記憶がもどるまで普通に生活したほうがいいという見解から退院を言い渡す。
ただし週に一度私の外来を受けにきてほしいと付け加えるネリに、英児は「先生とおれ、この病院で初めて会ったんだっけ」「なんか前から知ってるような気がするんだけどなあ」と言い出す。英児の台詞でなかったら口説き文句かと思ってしまいそうです。
恋人の詩文のことは思い出せないのに、他人のネリには妙な近しさを感じている。これは意識が戻ってすぐの時にネリを詩文と混同したせいで、本来詩文に対して持ってる親近感がネリに転化されてるんじゃないでしょうか。「なんでこんな親切なんだよ。・・・本当は前から知り合いなんだろ?」と言ったときのやや熱のこもった視線にもそれが表れてるような。

・一人カラオケする冬子。「天城越え」を手振りつきで熱唱。ゆかりのバイト先の「私の彼は左きき」といい、何でやたらと懐メロが多いんだろう。しかし家を飛び出して行く先がカラオケ、しかも一人でというあたり、冬子は魔性魔性言われるイメージほど遊んでないですね。

・ネリは詩文に英児の退院を知らせ「退院の日は迎えにきてやってよ」というが、「父の具合が悪くて店開けられないわ」と苦笑気味に詩文は断る。もし英児がボクサーのままだったらそれでも詩文は迎えに行かないといっただろうか。
「原の顔見たら思い出すこともあると思うんだけどな」というネリの言葉に「娘一人養えないのにこのうえ病気の男なんて抱えられないわ」と答えるあたり、英児が再起不能でなければ、少なくとも頭の状態がまともなら迎えにいったのかも。しかし家庭の状況がここまで切迫してきた以上、ケガのことがなくても英児との関係は続けられなかった可能性もありますね(高額ではなくとも詩文が貢いでるようなものだし)。
「娘一人養えない」という台詞は、先にまたお金がらみで娘と喧嘩した後だけに切ない。詩文自身、河野母の提案を受け入れるしかないことが内心分かってる、白旗を掲げたに等しい台詞ですから。

・電話を切ったあと心細そうな顔をしながら、詩文は寝ている父を襖をすかしてしばらく見つめる。
その後布団をしいていると冬子が帰ってくるが声もかけずそのまま二階へ上がってしまう。その気配に気づいたらしい詩文は声もかけてくれない娘に泣きそうな顔になりながら嗚咽しかけのため息を吐き、鼻をすすりながらシーツを広げる。
詩文が泣きそうになるなどこの場面くらいでは。冬子とのことが全てではないにせよ、娘に嫌われるのが詩文には一番堪えるのがわかります。

・久々に自宅アパートに戻ってきた英児は、窓際に腰掛けている詩文を発見する。迎えに行かないといいつつ家で待ってるあたり何だかんだいっても完全に英児を切り捨てることができないんですね。このあたりの情の深さも詩文が男を惹き付ける要素になってるのでは。
しかし英児は詩文を見ながら無言で彼女の前を通り過ぎる。何者か思い出せなくても前に病院に来た女だくらいはわかってるだろうに。「本当に覚えてないのね」と言った後の詩文の日差しを浴びた横顔のアングルがとても美しく、それだけに哀しい。詩文はもはや何も語らず、バッグからマウスピースを取り出して英児の左手に乗せると「元気でね」と部屋を出て行く。
詩文に英児を支える余裕はなく、それ以前に英児が詩文の存在を受け入れていない。必然的な別れを最大限の美しさで幕を引いたというところでしょうか。

・英児は軽くマウスピース握ったまま詩文を見送るが、次第に試合の様子を思い起こしサイド席で見ていた詩文の姿も浮かんでくる。「一緒にあの世まで行く?」という会話も。
パンチをもらって倒れマウスピースが飛んだこと、その瞬間詩文が英児と叫んだこと。本来の記憶が一気に甦ってくる。ネリの言った通り、詩文の顔を見るのが一番の療法だったわけですね。この場合マウスピースが引き金になっているので、むしろボクシングが彼の本来の記憶を呼び覚ましたというべきか。英児は「フミ」と呟くと詩文の後を追ってゆきます。

・英児は線路沿いを歩く詩文に走って追いつき、前に回り込む。「何で帰んだよ、何で病院きてくんなかったんだよ、掃除して待ってたんじゃねえのかよ」と詩文の手を引いて引き返す。すぐに事態を察した詩文は「思い出さなくてもよかったのに」と気のなさそうな返事をする。
これは英児が言うような気取っての発言ではなく、ネリに話したようにボクサーに戻れないならボクサーとしての過去を思い出す必要もない、自分とももう終わりなんだから自分のことも思い出す必要はないという意味の発言でしょう。

・次は日本タイトルマッチだと言う英児に「英児はもうボクサーじゃないよ」と実にストレートに詩文は告げる。その後に「だからもう終わりなの」と付け加えますが、これはボクサーとして終わりというだけでなく自分とも終わりというニュアンスをこめた言い方ですね。
呆然と立ちすくみ細かく目を泳がせた英児は「そんなこと・・・聞いてねえよ」と動揺もあらわに走り去りますが、その後ネリの元に押しかけたことからしても「そんなこと」とは単純に“ボクシングができなくなったこと”ですね。まだ詩文との関係にまで気の回る状態じゃない。英児にとっても詩文以上にまずボクシングが大事なのだとうかがわせる場面です。

・西尾家の食卓。大森も一緒に夕飯を食べてみんなで何か笑いあってる。裸を見た見られたの騒ぎがしこりを残してる気配は全くない。
ごはんをよそってやる満希子に大森が意味ありげにちょっと微笑むと、テーブルの下でスリッパの足を伸ばして満希子の足をちょっとなでる。ゆかりと満希子の両方がちょっと顔ひきつらせる。大森もちょっと顔こわばらせたもののゆかりと満希子が彼を見ると何も知らぬげな顔でご飯食べてる。
これに対し満希子は横目で大森をちらちら見ながら右足を前にそろそろ出す(こっそり足をなで返そうとする)という大胆な真似に出る。上体まで不自然に動いちゃっててあからさまに怪しいんですが。
「足踏むなよママ」と夫につっこまれ、間違ったのに気づいてげんなりしてますが、大森が満希子を獲物に定めたのはこの場だったんじゃないですかね。顔こわばらせただけのゆかりより脈がありそうだし、多少年はいってても美人ですしね。

・夜道を一人帰途につくネリ。誰かつけてる気配を感じるらしく時々後ろ振り返り、ついには走り出したもののこけてしまう。すると目の前に英児が立っている。
英児と気づいてネリは安堵の表情を見せますが、少し前のシーンで後をつけてた足は他の男のものっぽかった。英児とは別口でネリをつけていた男がいるということで、それが脅迫状の相手とイコールなのかなぜネリが狙われているのか、視聴者の興味と恐怖を誘います。

・「ボクシングできねえのか」という英児の言葉に「誰に聞いたの」と問い返しつつネリはあまり動揺していない声。会長から勝手に英児に教えないように頼まれてたのに、詩文に口止めしなかったのはネリの落ち度かと思ってましたが、大して動じてないところからしてわざと口止めしなかったようにも思えてきました。
「答えろよ!」と乱暴に迫る英児にも落ち着いた態度で「本当よ」と答えてますし。目を見開いたまま固まる英児の姿に彼のショックの程がまざまざと感じ取れます。

・普通の生活をするのは問題ない、でも頭に軽い傷を受けても命にかかわる、だからボクシングは無理だと説明するネリに、「死んだっていいんだよ。おれは、死んでもボクサーでいてえんだ!」と詰め寄る。
ここから、あなたに生きててほしい人だっているはずよ、いねえよ、いるわよと痴話喧嘩のような展開に。ネリがちょっと泣きそうな真剣な表情で「詩文だって」と言いかけるのは、“自分が”英児に生きていてほしいとは言えない、言うことに抵抗がある分を詩文に仮託したのでしょうね。そんなネリの感情を敏感に感じとったものか、いきなり英児がキスしてくる。
ネリは呆然としますが、唇放した英児もちょっと呆然とした顔でネリを見つめ、「先生とおれ、初めてじゃねえな」と戸惑ったように言う。初めてでないのは確かですが、英児のこういう勘は実に動物的ですね。ネリが英児に惹かれている自分を自覚した、英児の方にもネリを特別視する感情がはっきり生まれたターニングポイント的シーンです。

・そのまま見詰め合う二人を物陰から見つめる誰かの手が映る。やはりネリをつけてた男は別にいたか。ネリに歪んだ執着を持っているらしい相手が他の男とのラブシーンを見てしまったことでどう出るのか。おそらくはここでの嫉妬が契機となって、ネリの家が空き巣に荒らされる騒ぎに繋がっていきます。

・夜道を食パンの袋を手に歩く詩文は、ふと川にかかる橋の欄干 ?の下部に足をかけ伸び上がって下を見つめる。「うそ、死にたいの?あなたみたいな女でも?」と美波のナレーションが入るのにちょっと焦りますが、次の瞬間悠然と食パンかじってるだけの詩文の姿が映る。
娘との喧嘩に傷ついても恋人と本格的に別離しても、それでも決して死のうなどとはしない旺盛な生命力。詩文は何かと物を食べているシーンが多いですが、ここでも食パンをかじるという行為(それも袋から直接)でその生命力が端的に示されています。

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『四つの嘘』(2)-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-08 03:09:33 | 四つの嘘
〈第二回〉

・美波が死んだというのに「ぜんぜん負けてない」と納得しあってる詩文とネリの反応にまた怒り出した満希子は「こんな幸せな死に方なかなかないよ」「じゃあ聞くけどさブッキ幸せ?」というネリの質問に幸せ、充実してると答える。そして美波が死んだのに何も感じないの、となおも怒る。
23年だか25年だか会ってない昔の知り合いが死んだ程度のことならこういう反応で当然だと思いますが。呆れ気味のネリと詩文は帰ろうかと言い合う。
ネリがおごるというのを満希子がそういうわけにいかないと言い出したため、じゃあ3000円ずつとネリが提案。第一回で詩文の困窮ぶりを見ているので、詩文は余計なこと言うなと思ってるだろうなーと思ったら、あっさりあたしお金ないのと素直に申告。「原はいいのあたしが誘ったんだから」と言うネリに詩文もごちそうさまと遠慮なく払ってもらう。変に見栄張って損するより自分にとって必要と思われることはストレートに要求する、そんな詩文の割り切り方が表れた場面です。
対照的にメンツを大事にするタイプの満希子は面白くなさそうな顔。お金がないからってこの話の流れで自分だけおごってもらおうなんて図々しいという思いと、だったら自分もおごってもらっとけばよかったという損した気分が半々ってとこでしょう。

・帰り道、ネリの携帯に病院からの呼び出しが。クモ膜下出血の患者が運ばれてくるからとのこと。タクシーを止めて病院に向かおうとするネリは飲んだって若いのより腕がいいのよ、じゃあねと別れを告げて去っていく。
見送って「かっこいいー」という詩文の反応に飲んでるのにいいのかと満希子は案じるが、「気が付かなかったの?ネリが飲んでたのウーロン茶よ」。詩文の方がよく人を見ている、というより満希子が見てなさすぎというか。ネリはシラフであんな喧嘩をやらかしたわけだ。

・詩文と満希子は並んで歩き出す。美波の娘はどうしてるだろうと母親視点で心配する満希子に「かわいそーって言葉が好きねえ」と詩文は揶揄するように言う。
詩文が匂わせてる通り、“可哀想”という言葉には相手を憐れむことで自分が高みに立とうとする心理が感じられる。ネリに幸せかと聞かれた満希子は幸せ、充実してると答えたけれど、平穏無事という意味で幸せではあってもそれゆえに退屈している、つまり充実とは対極の状態にあるといえる。
本当に充実してる人間は彼女のように他人の人生にやたら首を突っ込んだりはしない(する必要も時間もない)。他人を憐れむことは相対的に自分の幸せを実感することになり、しばし日々の退屈を癒すことができる。きっとシングルマザーの詩文も片親の冬子もそうした人たちの「可哀想」の声にうんざりさせられることしばしばだったんでしょうね。

・夜の新宿。途中で足を止め街頭スクリーンのニュース映像を見る二人。美波のニュースが流れる一方で「あれ、河野の名前どっかに消えちゃった」というミステリーが。「不倫がばれちゃったかしらー」と軽い口調で満希子は言う。
つまり圭史と美波が同じ船に乗っていたことから二人が不倫関係だったと世間に知られる不名誉を怖れた外務省が、圭史の名を隠しにかかったと言いたいようですが、単に同じ船で死んだ、ともに日本人というだけで彼らの関係を世間も外務省も疑うものだろうか。元夫婦とでもいうのならともかく、二人が20年以上前に短期間交際してたことなど記録に残ってるはずもないし。
むしろ本来ロンドンにいるはずの圭史がなぜかバンクーバーにいたという職場放棄が問題になった可能性が高いのでは。

・満希子の携帯が鳴り、見ればゆかりから父弟と焼肉を食べにいくというメール。携帯を閉じるとすでに詩文の姿は消えている。一言の断りもなく勝手に帰ってしまうあたりがマイペースな詩文らしいというか。

・詩文は踏み切り脇の階段を上がり英児のアパートへ。勝手に中に入ってそのへんを片付けてると、英児が服を脱ぎ捨てサウナスーツを着込んで台所に座り込む。息があがり苦しげな様子。
「あと何百グラム ?」「500オーバー」。詩文は荒い息をする英児の前に座り「もうちょっとじゃない。頑張ってね~」と軽い口調で髪の毛をなでまわす。抱きしめてくる英児を一緒に我慢する約束でしょ、といなしながら自分からも英児の首に手を回している。
我慢したほうがあとで素敵なのに、とか言いつつほとんど誘惑してるとか思えないです。ああそうか、より我慢したほうがより素敵だからあえて誘惑してみてるのか・・・。

・英児がいきなり詩文をつき放す。「その気がないんだったらくんなよ!今大事なときなんだから」。確かにここで500グラム減量しそこなえば一大事なわけで、快楽を追う詩文のゲームに付き合ってられないと感じるのは当然。・・・のはずですが「大事なときなんだから」はちょっと優しめの声になり、わかったと立ち上がった詩文がバッグを持って出ていこうとすると前をふさいで、「ごめん」と詫びる。
このとき言い方はぶっきらぼうですが真剣な、ちょっと困ったような幼い顔をしてて、結局詩文に頭上がらないんだなーというのが見て取れます。

・「あたしから離れたら破滅するから」と怖いことを言う詩文に「別れた夫みたいに?」とちょっと皮肉っぽい笑う英児。英児にしては毒のある台詞ですが、詩文は「そう」とにっこり微笑んで動じない。
この二人の関係は完全に年上の詩文が手綱を握っていて、英児も時に乱暴な口をきいても詩文に翻弄されることをむしろ望んでいるように見えます。一種マゾヒスティックな快感があるんじゃないのかな。

・「今度の試合、来てくれ」という英児に「見たくないわ」と笑顔のままにべもなく返す詩文。かまわず英児はリングサイドのチケットを渡す。「お金ないのに。考えとく」と詩文は答えますが、まさか英児も自分から来いと言っておいてチケット代請求なんてしないだろうに。
英児の綺麗な顔が傷つくのを嫌がる詩文が試合を見ようとしないのは今に始まったことではないのに、あえて今度の試合は見て欲しいと英児が言い出したのは、単純にここで勝てば日本チャンプに挑戦できる(彼にとってチャンスと言うべき)試合だからか。それとも圭史の話を自分から出した直後なので圭史へのやきもちから詩文に側に居て欲しい思いが募ったのか。あるいはこれが(日本で)最後の試合になるという虫の知らせめいたものがあったのでしょうか。

・上機嫌で帰ってきた子供たちの姿に、一人で食事してる満希子はおかんむり。もともと夕飯時に勝手に留守した満希子が悪いんじゃないか。
武と二人きりになってから「美波やっぱりだめだったわ」「例の船に美波も乗ってたのよ」と声ひそめつつ報告する満希子ですが、その声には微妙に楽しんでる響きが。「男と一緒にか。うわーやるもんだね君の友達も」と答える武の方もなんか楽しげです。不謹慎な夫婦だ。

・満希子がバンクーバーにお悔やみに行こうかなというと、武は積極的に賛成し満希子がいなくても別に大丈夫などと言うのだが、こんな言い方されたらまずむくれそうな満希子が意外にも反論しない。それだけお悔やみに名を借りたバンクーバー旅行計画に夢中なんでしょうね。

・美波の香典は一万円くらいが妥当かという武に満希子は五万くらいじゃないかと答える。後に大森に貢ぎまくり、さらに700万の損害を取り戻そうとしなかった時もそうですが、昔から金に不自由したことがないと思われる満希子は全体に金に鷹揚な傾向があるように思います。
元夫の死に際して1万円の香典しか出さず、投げ返されれば大人しく持ち帰った詩文とは実に対照的。

・原家の食卓。バンクーバー船舶事故のニュースに圭史の名前が出なくなったことについて、圭史くんが死んだというのは間違いなのかねと父親が聞いてくる。後の展開を思うと、この頃はまだずいぶんまともな判断力があったんだなあとしみじみします。
外務省が情報操作してるんじゃという詩文の言葉に、娘は「なんか事件ぽい感じ」、なんか悪いことでもしてたのかなと楽しげに言う。しかし後で部屋で一人父のことをネット検索するときは打って変わって真面目な顔。
いかにも現代っ子らしく、常に軽いノリで顔も知らない父親のことなどどうでもいいという態度を取っている冬子ですが、それは多分に詩文を気遣ってのポーズもあるんでしょうね。

・夜の病院。手術着のまま一人廊下を歩くネリは、怪しい気配を感じるのかときどき後ろを振り返りついには走り出す。福山が今日は帰ると聞いて「じゃあ私のこと家まで送って。お願い」とキュートに微笑んでお願いする。そんなネリの態度に同じく研修医の坂元は何色気出してんだ的なちょっと呆れた顔をしてます。
後輩や部下の立場から見ると、上司特権で仕事以外でもあれこれ指図してくる、そのくせ拗ねたり甘えたりするような態度でいかにも自分は女として魅力的だから男が言うことを聞くと思ってる(ように見える)ネリは結構むかつく存在なんでしょうね。福山は無表情に「はあ。いいですけど」と返事。
ネリが去った後に、彼らの後ろを足早に通り抜けた看護婦(宮部)がカルテ?で福山の頭を殴っていく。明らかに焼きもちを焼いたっぽい態度、それを行動で示すところから、二人が恋仲らしいことをうかがわせます。この時点では上司命令にいやいや付き合わされてるようにしか見えない福山に、それでも怒るのだから大分嫉妬ぶかい性格と思われます。

・マンション入口で帰ろうとする福山を、「押し倒したりしないから」中まできてくれと引き止めるネリ。手紙のことまでは病院関係者には言いづらいとしても最近つけられてる気がして怖い、くらいの説明はしてもいいだろうに。欲求不満からくる自意識過剰、とか勘ぐられたくなかったのか。

・玄関で電気をつけてそろそろと部屋の中へ入るネリ。「早く入ってよ」と福山を促しつつ彼を一階で待たせて二階の様子を見に行く。ここで冷徹な福山の顔が意味ありげにアップになる。
思えばここで人もあろうに福山に送ってもらったために、部屋の間取りから何から知られてしまうことになった。知らないこととはいえ思い切り墓穴を掘ってしまいましたね。

・階段途中で足を止めたネリはもういいわと言ったものの、福山が一礼して出て行こうとすると彼を引き止め「泊まってく?」などと言い出す。まあちょっとたちの悪い冗談なんでしょうが声が微妙に本気っぽい。それだけ不安だったのかもですが、美人独身女医だけに微妙な発言ではあります。
福山は苦笑浮かべて「いや・・・それは」となんの面白味もない答えを返しますが、この時点ではまだネリに惚れてはいなかったんでしょうね。一方でこれ幸いと上がりこんでネリを暴行するとかそういう形で恨みを晴らすつもりもない。エリートだけに自分が犯人とはバレない、自分が傷つかないようなやり方しか取らないんでしょうね。

・旅行会社のカウンター。飛行場からはバスだと係に聞いた満希子は「一人でバス乗ったりはできないわあー」と甘えるような喋り方をする。海外一人旅ですから不安なのはわかりますが、それを人前でそのままさらけ出す、しかも甘えるような口ぶりなのが満希子の精神的幼さを示しているような。
係の人はまるでペースを崩さず、料金はかかるが現地の旅行会社に出迎えを頼む方法もあると提案しますが、すると「え、料金かかるんですか?」という反応。体面のためにはどんとお金かける一方で細かいところ(身の安全に関わる問題なのに)でケチるあたりが、いかにも主婦感覚ですね。

・店番する詩文。そこへ河野母来店。黒い日傘を差しているのは、白い日傘愛用の詩文とのコントラストでしょうか。
最初俯いた姿勢で気づかなかった詩文は「もしもし」と声をかけられ、「河野さん」と驚く。かつての義母を名字にさんづけというのも不思議な感じですが、確かに今さら「お義母さん」とも呼びにくいし・・・。この呼びかけに二人の複雑な関係性が象徴されてるともいえます。

・河野母は、養育費のことを弁護士に聞いたところ、親が死んだら扶養の義務は消滅するそうですよ、と上品ににっこり笑う。
この人の(詩文に対する)にっこりはファイティングポーズにも等しい。話の内容的にも完全に詩文をやっつけに来てますしね。それを「そのことでわざわざ ?」と、くだらないこととでも言いたげな台詞で受ける詩文も大人しくやられそうもないですが。

・河野母は「これは私の気持ち」と白い封筒を差し出す。続けて今後二度と河野の家に近づかない、無心はしない旨を記載した念書を出して「ここにすぐ署名捺印してちょうだい」と迫る。穏やかな態度ではありますが、先の台詞といい念書といい、すでに弁護士が介入してるんだからもはや詩文に勝ち目はないとあからさまに突きつけてきてます。
封筒の中身がいくらなのかはわかりませんが、厚さからしてそれなりにまとまった額を(義務もないのに)くれるというだけましというもの。もちろん詩文にそう思わせてすんなり念書に判押させるための戦略なんですけども。

・しかし詩文は動じず、540万と申し上げたのは間違いだったんです、私の計算違いで720万円でした、なんてことをあっさり言ってのける。完全な勝ち戦を想定してた河野母は顔引きつらせる。詩文が一気に形勢を挽回した感じです。養育費を要求できるだけの根拠は何もないのに、法的なことなどお構いなしにとにかく要求するという、まあ現状詩文が取れる戦術はこれしかないですね。
想定シナリオを崩された河野母は明らかに動揺して、ですからもう扶養の義務はないんです、慰謝料もらいたいのはこっちの方、あなたのせいで女性不信になって再婚できなかった、入省したときはあの子が一番期待されていたのに、今度の事件だってもうまるで外務省の恥みたいに扱われてるんです、とほとんど愚痴を並べるごとくになってしまったので、とりあえず心理面では優位に立てたわけですから。
しかし美波とのことはまるで知らないらしい河野母は、何が理由で圭史の事故死が「外務省の恥」扱いされてると思ってるんでしょう。やはり勝手に任地を遠く離れたことが問題だというふうに知らされてるんでしょうか。

・困惑顔で河野母の繰言を聞いていた詩文は癖のある笑顔で「でも圭史さんお幸せだったと思いますよ」と話を転換する。「え ?」「好きな女と死んだんですから」。困惑する河野母に仕事をさぼって好きな女に会いに行ってたんだと説明。
息子を亡くしたばかりの母親に対しずいぶん残酷な言葉ではありますが、詩文にしてみれば冬子の将来と詩文堂の今後がかかった戦いなわけで、敵に情をかけてる場合じゃないですからね。以降の、いい加減なこと言わないで→相手の女性の遺体も発見されたようだからご確認してみてはいかがでしょうか→あなたがなんでそんなこと知ってんの→圭史さんの娘の母だからです、という応酬もまさに丁々発止といったところです。
そして「これ(封筒)はいただいておくので残りを早めにお願いします。720万いただけたら念書にサインでも捺印でもします」と詩文はあくまで720万円を要求。540万払う法的義務はないと言われたそばからそれを上回る額を平然と要求する強心臓は見事の一言です。

・あまりのことに後ろに倒れそうなポーズをした河野母は疲れ気味に出ていこうとする。事実上撤退というところですね。まあ冷静さを取り戻しさえすれば、法的には完全に母が有利なんですが。
ところがそこへちょうど詩文の父が入ってきて、「これはこれは河野さん」と挨拶したところまではよかったものの(よく顔を覚えていたものです。二十年近く会ってなかったでしょうに)、唐突に圭史くんと詩文はもうだめなんでしょうかね、といろんな意味で凄い問いを投げかけてくる。
河野母は唖然として父親の顔を見、詩文を振り返る。再び父を見ると平然と微笑んでいる。そこではーっと得心の息を吐いた母は詩文に近寄り声をひそめて「ぼけちゃったの?」と尋ねる。
詩文父の奇行が痴呆に基づくことを得心したのみならず、ただならぬ詩文の金へのこだわり、必死さの理由(父が店を支えられなくなった&介護が必要なために大金がいる)をも得心したんでしょうね。

・詩文はにっこりと「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と答え、一瞬同情を覚えた(たぶん)だけにそれを無視された格好の河野母は詩文を睨んで店を出て行く。
詩文はもともと性格的に他人に同情されることをよしとしない。だから河野母に対してもお金がないから助けてほしいと「哀願」するのでなく、冬子の実父の遺族として養育費を出す義務があると居丈高に「要求」する姿勢を貫いている。ゆえに周囲から同情を集めずにいない父の痴呆のことに触れられたくないし、本来知られたくもなかったはず。
それだけに父が家に入ってきたとき、それまで心理的に優位に立っていた詩文が明らかに動揺を見せていて、河野母が巻き返すならここが絶好の機会だったんですが、詩文はすぐ体勢を立て直し「父のことはご心配なく」と、きっぱり笑顔で拒絶してつけ込まれる隙を断った。
かくてこの場は一応は詩文の勝利というべきでしょうか。ただ最終的には両者の対決は冬子の養女問題によって、どちらの勝利ともつかない形に決着するのですが。

・福山が坂元と院内電話で会話。ネリに誘われた話をさらっとバラして(そりゃバラしたくもなる)「迷惑だよな」と福山。「福山は灰谷先生に嫌われてると思ったのに」「嫌われてんの ?僕が ?」「まあ誘われたんなら愛されてんだろ」といった他愛もない会話を、二つの部屋をカメラが横すべりに行き来しながら追ってゆく。
このとき、何かに脅えてるようでもあった、医療ミスだったら面白いな、いつも偉そうな顔してるくせにと福山。ここで「医療ミス」を口にしてるのは、ネリの医療ミスを責めるような内容の脅迫状をさんざん送りつけてるのが彼であることの伏線ですね。

・そこへネリが「二人とも来なさい」と声をかけ、彼らを引き連れて病棟へ行く。ネリは研修医たちをバックに病室で患者の容態を見るが、患者の老人はネリの指を握って「きれいですね先生は」などと言い出す。実際美人の女医さんや看護婦さんにはこの手のセクハラは日常茶飯事なんでしょうね。いや美男の男性医師でも・・・。
しかし、独身貫いてるのは忘れられない方でもいらっしゃるんですか、先生に私のお嫁さんになってもらえないかと思ってるんです、とまで言われるケースはさすがに稀・・・でもないのかな。笑顔で受け流してるネリはさすがの落ち着きです。

・私の忘れられない人は女性なんです、男性には興味ないんです、とにっこり逃げるネリ。福山たちはネリの裁き方に感動したと口々に言いますが、実際あの患者を黙らせるにはあれがベストの解答でしょうね。
しかし急に立ち止まったかと思うと意味ありげに笑いまた歩き出すネリの行動に、坂元は福山の服を引っ張って「あれってほんとか?」と気遣わしげな口調に。ネリはなぜわざわざ疑惑起こさせるような態度をとったんだか。これまたたちの悪い冗談、なのか?
ドラマでは省かれてますが、原作ではネリが詩文に同性愛的感情を抱いていたことが示唆されています(キスシーンまである)。英児と男女の関係になったりしてるので基本的にはノーマルなんでしょうが、ネリが英児に惹かれたのは彼が詩文の男である―詩文と同じ男を共有したい気分があった―ことが幾分影響してることは否めないでしょう。

・ネリにメールで自分が友人代表としてお別れしてくる旨伝えて、満希子は一人空港へ。親友のお悔やみに行くというのにちょっとわくわくしてる感じなのは、まあ普段一人で遠出する機会もないのだろうから無理もないところか。
一人でバスに乗ることを心配してたわりに、街並みに見入って携帯で写真とってみたり、乗客の黒人男性によろけたところを抱きとめられ、バス降りるときには荷物も降ろしてもらって「気をつけてお嬢ちゃん」と日本語で見送られたりとすっかりいい気分を満喫してます。
先の展開に向けて、家庭の主婦の枠を一時離れた満希子がどんどん開放的になってゆく姿を示してるようでもあります。

・メモを見ながら戸倉家へたどり着いた満希子を美波の夫が出迎える。「西尾ですこのたびは・・・」と神妙な声で挨拶を受け、さらに上の階から「おばさん」と娘の彩が駆け下りてくると満希子に抱きついて嗚咽する。さすがに満希子も浮わついた気分がふっとんだのでは。
この彩の態度からすると、満希子は美波の夫はともかく娘とは親しく交流してたみたいですね。

・奥から西尾さんと年配女性(美波の母親)が声をかける。今朝もう荼毘にふしたと聞いて「え ?もうお骨になっちゃったんですか?」と驚く満希子。
この後しばらく日本とアメリカでの葬儀の様式の違いや、娘や義理の両親にも美波の遺体を見せなかった美波夫の不自然な態度について説明がされるのは原作も一緒ですが、原作よりは幾分ソフトになっています。
そして深刻度が低い分満希子の下世話な好奇心が発揮されている(笑)。寝付けないからって美波の部屋のクローゼットを勝手に開けて服の写真とったりアルバムを開いたりするってどうなのよ。

・娘のゆかりに電話で留守中の家の様子を尋ねる満希子。下世話な好奇心に走りながらも家族のことをこまめに気にしてるのは根っからの主婦らしい。一つには彩を見てるうちに同世代のわが娘のことが気になったというのもあるのかも。
ゆかりは明の分のお弁当も自分が作って持たせたと報告。一応の家事はこなせるみたいですね。
しかしそんないかにも家庭的なしっかり者の娘らしい発言をしながら、原宿らしき街を歩くゆかりのファッションは頭に大きな黒いリボンをつけたもろメイド系。続けて地下ステージ的なところで踊るメイド服の女の子たちの姿が描かれますが、客のオタク男子の歓声を浴びながら先頭で踊ってるのは他ならぬゆかり。
親に内緒のバイトなのは明らかですが、これって非行になるのだろうか?水商売とも言い切れないしなあ・・・。

・翌日、一人花を手にフェリーに乗る満希子。手にはマロングラッセらしい箱も。
満希子は高校時代の美波のことを思い返す。セーラー服で草地に横になる美波を満希子が顔にかけてた上着?をはがして起こすと「河野さんと昨日もキスしちゃった」とテレくさげに告白する。ブッキには恋愛関係の相談事はできないからと詩文に相談をもちかけた(結果圭史を奪われるはめになった)というから満希子には圭史との付き合いの具体的なことは何も話してなかったのかと思いきや、結構喋ってますね。
「やらしい」と満希子が顔そむけると美波は「ブッキは恋をしたことないからわかんないのよ」と上着を顔に押し当ててまた寝転ぶと幸せそうにふふふと笑いつづける。満希子は憮然たる面持ち。この頃は本当に潔癖だったんですね。
今も表面は潔癖そうに振る舞ってはいますがその実妄想まみれなのは、若かりし頃の反動のようにも思えてきます。

・フェリーの上に並んで立つ大人の美波と圭史のビジョンを脳裏に描きつつ、満希子は花とマロングラッセ一個を海に投げ、「美波の好きだったマロングラッセよ。私も食べるね」と涙声で言いながら一個食べて手を合わせる。このへんのセンチメンタリズムは、少女がそのまま大人になったみたいな感じです。

・空港を荷物引いて歩く満希子を西尾さんと呼び止めたのは美波の夫である戸倉。二人はラウンジに移動するが、そこで「美波には男がいたようなんです」と切り出されて満希子は驚く。美波と圭史の不倫に関してはすでに知ってるわけですから、夫がそれに気付いてたことに対して、またその事実を何を思ってか自分に告白してきたことに対して驚いてるわけですね。
「西尾さんはご存知だったんじゃないんですか」と無表情に探りいれるようなことを言ってきた戸倉に、顔の前で手を振っていいえという満希子。戸倉の問いは美波から話を聞かされてたんじゃないかというニュアンスぽいので、何も聞いてない(自分で気付いた)という点ではこれはまんざら嘘ではないですね。

・満希子の言葉を信じたのかどうか、美波と一緒になってから心の中に他の男がいるんじゃないかという気がしてた、娘が生まれて僕と生きていこうとしてもどこかうつろで、と内心を吐露し始める戸倉。
それは違いますよ戸倉さん、と満希子は否定しますが、違うという根拠は何かと聞かれたらどう答えるつもりだったんでしょう。戸倉がそこを突っ込まないでくれたからよかったものの。

・ここで戸倉はビニールに入った手帳を出し、遺品のバッグの中にあった、この中に何もかも書いてある、この事故で死んだ人の中に美波の男がいると思うとまで言い切ったうえで、この手帳を持って帰っていただけませんかと切り出す。
万一彩が見たらと思うと恐ろしいし自分も辛い、捨ててしまおうとも思ったがこの中には僕の知らない美波の人生が息づいてる、だから親友だった満希子の手元に置いて欲しいと頭を下げてくる。
これはまた・・・確かに持っているのは怖いけど捨てるに捨てられないとなったら、“信頼できる誰かに預ける”くらいしか選択肢はない気がしますし、となれば妻の親友というのは順当な相手なんですが、正直ハイエナにエサを投げ与えてやったようなもんだよなー。

・詩文が店で電卓を叩いていると満希子が尋ねてくる。ちょっとお時間いただける?という満希子に今仕事中なんだけどと文句を言いながらも結局一緒に喫茶店 ?へと出向く。タイミング的にバンクーバーの話なのはわかりきってるので、さすがに詩文も興味があったんでしょう。
満希子もネリでなくまず詩文に話を持ち込んだのは、詩文が圭史の元妻で美波から圭史を奪った経緯があり、ネリよりずっと彼らに縁が深いからかと思います。
しかし「あの時、君を選ばなかったことが間違いだったと言って、あの人は泣いた」なんて文章を詩文に見せるというのはさすがに残酷なのでは。これは満希子らしい無神経さの表れなのか、それとも美波の親友として積極的に詩文に復讐する意図があってのことなのか。美波が幸せだったことが私にもわかったわとかちょっと嬉しそうに満希子が言うのも、どちらにも取れますね。

・美波の部屋や服の写真見せて「着るものまで変わったのよ河野さん好みに!」とまたはしゃぎ気味の満希子にふーんと気のない返事をする詩文。ここまでくるとただの出歯亀趣味ですからね。
このDDとかDMLとか何のことだと思う?と手帳中の謎の記号について聞いてきた満希子に、詩文はDDはダーリンとデート、DMLはダーリンとメイクラブじゃないかとあっさり読み解いてみせる。何だかこんな暗号を使う美波も、それを二人して覗き込み謎解きしてみせる二人も、女子高生に戻ったかのようなノリです。

・詩文の携帯が鳴り、英児からのメールが表示される。内容は「計量パス」のみ。実に短いものの詩文にしてみれば一番聞きたかった一言ですね。
かくて詩文は「あーあ、あたしも男と会いたくなっちゃった」と携帯をしまって立ち上がる。「男いるの?」と尋ねる満希子を「コーヒーごちそうさま」と軽くはぐらかしてさっさと外へ出てしまう。
本来現実の恋に忙しい詩文は、相手が元夫とはいえ他人の恋愛沙汰など基本的には関心が働かない。退屈を紛らわすように妄想にひたるしかない満希子とのコントラストが鮮やかな場面です。

・さっそく英児のところへ直行するかと思いきや、詩文はまず家へ向かい、河野母にもらった封筒から一万円抜く。詩文が勝ち取った金に等しいとはいえ、冬子の養育費名目のお金を自分の恋愛沙汰にあっさり使い込むのは・・・。
減量後のステーキ肉以外でも、日頃から詩文が買い物して英児の食事を作ってる形跡があるので、詩文堂の貧乏は詩文が英児に貢いでる影響も多少あるのでは。

・そのころ満希子は夫に美波の恋愛沙汰をしっかりこっそり打ち明ける。「誰にも言わないでくれって言われたんだろ」「パパだけよ」「本当に僕だけにしときなさいよ」なんて会話してますが、とっくに詩文にバラし済みではないですか。やはり戸倉氏は信用すべき相手を間違った。
美波は幸せだったかもしれないけどやっぱり不倫はよくない、旦那さんはこれからずっと傷抱えて生きてかなきゃいけないという満希子に、案外さっぱりしてるかもしれないぞ、旦那だって何してるかわからないし、などと案外シリアス顔で応じる武。
これは武自身が「何かしてる」ことの伏線でしょう。こんなこと言ってる満希子の方もその後結局は不倫に走るわけですし。

・肉屋で100グラム2300円の上肉224グラムを景気良く1万円で買う詩文。そのまま英児の家へ行き料理していると、英児が後ろから抱きしめてくる。それもいきなりエプロン脱がせにかかる性急さ。
詩文は普通の声で「今日は最高級のステーキよ」と大人の余裕を見せたと思ったら「もう死にたいって思うくらいいい気持ちにして」と結局そのまま料理は中断して向こうの部屋で行為に及ぶ。顔だけは守ってよ、明日勝ったら思いっきりいかせてやるよ、あの世までいく ?、といった睦言を交わしあい、やがて彼らの声も音もすぐ外を走る電車の音に紛れていく。
満希子が夢想し、のちに大森と体験するお洒落な恋愛(ごっこ)とは対極の、60年代70年代的泥臭さ・生活臭にまみれた“愛”の形。しかし半ば以上想像でしか描かれない美波のケースを除けば、ネリと英児の場合も詩文と澤田の場合も、彼らが結ばれるのは狭い畳の部屋ばかり。お洒落でスマートな恋愛など虚構にすぎない、泥臭い、生の身体のぶつかり合いにこそ真実があるというメッセージがそこに篭められている気がします。

・英児の試合。詩文は人のまばらなリングサイドで冷静に観戦している。気が乗らない顔をしてたものの結局詩文は試合を見に来た。付き合ってる男の本気の頼みをむげにしたりはしない、そのあたりが詩文のいい女たる所以でしょう。

・当初は完全に英児優勢に見えたものの相手は殴らせながら耐え切リ、次のラウンドではその相手のパンチが英児の顔面に入り、その一発で英児はマットに沈む。
あれだけ殴られながら耐え切った相手選手に比べずいぶん脆い印象ですが、それは原作でははっきり書かれてる英児のパンチの軽さ(相手に与えるダメージが少ない)と、ここまでの試合展開と“ボクサーにしては綺麗な顔”が示すように英児が殴られることに慣れていない、パンチをかわすのは得意でもいざパンチが入ってしまったときの耐久力が低いゆえでしょう。詩文がよく口にする「顔だけは守ってよ」が仇になってる部分もあるのかも。

・必死に立とうとする英児。まわりの英児コールの中詩文はじっと動かない。ついに英児は立ち上がったもののまた倒れ、そのままテンカウント。そこで初めて詩文は立ち上がる。
すぐに立ち上がらず声援も送らなかったのは、英児は自力で立つはず、まだ戦えるはずと信じていたからこそですね。全てが終わってからようやくアクションを起こした詩文の、無表情のようでいて悲しげな顔がそれを示しています。

・英児のアパート。詩文は横になっている英児の側によりそうように座って顔をタオルで冷やしてやっている。「あたしのために守ったのね、顔」「クロス受けてからはおぼえてない。負けたのかおれは」「・・・やっぱり試合はいや。もうこれからは行かないわ」。
少ない言葉を交わしたあと、英児は詩文の腕を引っ張り布団に倒して、上にかぶさり服をはだけようとする。「ムリよ今日は」とさすがに詩文がたしなめるものの「なにいってんだよ、死にたいくらいいい気持ちにしてやるぜ」と早口に言いながら英児はボタンをはずしていく。
この時の落ち着きない口調、早口っぷりに英児の性急さ、我慢できないという感情が溢れてて、なんかドキドキしてしまいました。詩文も無理しないほうがいいよ、と言いつつ抵抗はしない。そして英児は乱暴に唇を重ねてくるが、そのまま身体が横に倒れ目を見開いたまま全身を痙攣させはじめる。
これは怖い。顔面にパンチくらってノックアウトされて数時間だけに、明らかにヤバいのがわかります。英児の名を呼びながら身体を揺すり続ける詩文の動揺も全く無理ないところ。

・救急車がネリの病院へ。呼吸器をつけ意識ない状態の英児が運びこまれる。詩文も付き添いで一緒に病院内に。医師たちの手で英児が手術室へ運ばれたあと、一人残ったネリは詩文と無言で見つめあう。
ネリの視線は詩文の服の胸ボタンが一つ外れているのを捉えている。こんな時間に、家族以外の男の付き添いで病院に飛び込んできた時点で二人の関係はすでに察せられてるでしょうが、行為の最中に倒れたことを示唆する生々しい証拠を前に、相手が友人だけに複雑な気分でしょうね。

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『四つの嘘』(2)-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-08 03:00:20 | 四つの嘘
〈第一回〉

・「右手に灯台が見えるときは幸せだけど、左手に見えるときはこのまま船が沈めばいいのにって、思うわ」。美波の過激な発言の中に、船が行って戻れば二人は離れなければならない、訳ありのカップルであることが示されています。

・上の台詞から間もなく船は本当に衝突事故に遭遇。船は傾き、繋いだ二人の手が離れて美波だけが海に投げ出される。この時点では彼女一人が死んだ(男は助かった)のかと思いました。

・平凡ながらもそこそこ裕福そうな家庭の主婦に納まっている美波の高校時代の同級生・満希子。
椅子の上に落としたウインナーを一度は(おそらくは子供の)弁当箱に拾って入れたものの、やはり取り出して自分の口に入れてにんまり微笑む。この一連の動作に「床に落ちたわけじゃないし、まあいっか」→「でもやっぱり子供にヘンなもの食べさせるのはちょっとね。自分の分なら構わないけど」という気持ちの変遷、そこに表れた子供への愛情+それを口実に自分がつまみ食いしたかったというちゃっかりした考えまでが集約されている。
平凡な主婦というポジションにがっつりはまり込んでる満希子の性格を短いシーンでわかりやすく見せています。

・ここで23年前の女子高生時代の満希子が美波の語りで紹介される。学年一番の成績で学校一の美人で生徒会長で、と絵に描いたような完璧人間ぶり。「起立」の号令をかける凛とした表情にも彼女の自信のほどが漲っています。
お弁当のおかずをつまみ食いする主婦満希子の姿を見た直後なのでその落差がより印象づけられる。満希子の名札の姓が23年後の姓と同じことから、旦那の方が婿入りしたのだろうことがこの時点でわかるようになっています。

・そんな堂々たる満希子を斜め後ろの席から見つめる女子高生美波。肩の上で二本に結わえた髪型のせいもあって、不美人ではないけどもっさりした垢抜けない感じ。満希子のことを「みんなの羨望の的でした」と美波のモノローグは言うが、美波自身が満希子に並々ならぬ羨望と嫉妬さえ覚えていたのがその面白くなさそうな表情に窺えます。
この後二人が仲良しだった、というか美波が満希子の子分的存在だったことが明かされますが、美波の満希子に向ける感情は決してプラスのものばかりじゃなかった。むしろマイナスの感情が大きかったことが、美波が一時詩文に急接近する背景になったわけですね。

・階段を降りてくるなり弁当箱をかっさらうようにしてバタバタと登校してゆく子供二人に、牛乳くらい飲んでいけ、挨拶くらいしろと怒鳴る満希子。その一方でちょうど階段を降りてきた夫・武のことはまるで無視。「挨拶しないのー?」と不満げにつぶやく武。
子供のことは口うるさいほどに構いたがるくせに夫には無関心な妻、ごはんやお弁当を作ってくれる母の気遣いにまるで無頓着で無愛想な子供たち、妻に(おそらくは子供にも)軽視されることに不満を抱く夫、とおよそ仲良し家族とは言えない西尾家の様子。
といっても家庭崩壊してるわけでもないごく一般的な家庭の姿ですね。満希子は子供たちに怒鳴りつつも声の調子も言葉の選び方もなんかユーモラスだし、消しの不満の漏らし方にも深刻さは感じられない。むしろちょっとしたコントのようでさえあります。
ただ将来はニュースキャスターを目指してたはずの満希子は意気揚揚とした高校時代から比べると、セレブな主婦というならともかくずいぶん平凡な、そこそこのレベルに落ち着いちゃったなあ、という感はあります。美波の語りも言外にそう言ってますね。

・急いで一階の店を走り抜けながら、店番?の男性には「いってきます」と挨拶する子供たち。決して挨拶の出来ない子たちではない、親には素直になりにくいだけで今時の子としては礼儀正しい部類なのがこのワンシーンでわかります。
旦那さんの言う通り「二人とも上出来」。さらに西尾家が仏具店を経営してるのもここで示されています。

・夫がおならしたのではないかとあらぬ疑いで責める満希子。「空耳かしら。最近いろんな音が聞こえるのよ。・・・おかしい」。
特に深刻そうな口ぶりではないですが、年齢による体の変化(衰え)を満希子が自覚する場面がさりげなく入れられていて、後々彼女が若い男に言い寄られて(自分が女としてまだ魅力的なのか改めて考え自信を失いつつあっただけに)くらっとくることへの伏線になっている。旦那はいい人だけどただそれだけの人というナレーションも、満希子がアバンチュールに憧れてしまう下地になってますね。

・テレビのニュースでバンクーバーの船舶事故とそこで「河野圭史」が亡くなったと聞いてはっとする満希子。おそらくはこの男性が美波の相手の男だったろうこと、美波と高校のクラスメートだった満希子が彼の名を知ってるからには、彼と美波の付き合いは高校時代に遡るらしいことが匂わされている。

・病院の廊下をストレッチャーで運ばれる怪我人の映像に続けて、病院の廊下を白衣で颯爽と歩く美人の女医・灰谷ネリが紹介される。バレッタを口にくわえて手早く髪をまとめようとする仕草に、彼女が飾り気のない、バリバリ働いている男勝りの女なのが示されています。

・23年前の女子高生ネリの姿。一人で勉強ばかりしていたという美波による紹介をバックに、机で一人昼食中にも参考書を広げているところが映される。クラスに一人くらいいそうな、好んで周囲から孤立している偏屈なタイプを思わせます。耳栓までしてるところに周りに対する拒絶の意志がはっきり表れている。
当時彼女が何を目指してたかは言及されてませんが、女医といういわゆるエリートポジションなら勉強した甲斐があったというか、当時の彼女からイメージされる通りの大人になった感じです。先の満希子とのコントラストが効いています。

・手術室の電話が鳴り、助手の女性が不機嫌もあらわに「先生は手が放せません」と応対する。それに対し電話の向こうの満希子はむっとするでもなく穏やかに応答。例のニュースに驚いて同窓生のネリに電話したんでしょうが、美波はほとんど口を聞いたこともなかったというネリの現在の連絡先をちゃんと知ってるあたり、さすがに元優等生だけに顔が広いのかなーと感じました(別に当時から仲が良かったわけでなく、最近偶然からちょっと近しくなったことがあとで種明かしされましたが)。
しかし普通なら勤務中だろう時間に自分の都合で電話してしまうあたり、満希子の無頓着さを感じます。助手の無礼な応対に腹を立てるでもなかったのも寛容というより鈍感さゆえだった(助手はまさにそうした鈍感さにむかついてつっけんどんな態度になった)んじゃ。まあ女医さんだと夜勤も休日出勤もあるだろうから、いつ連絡するのが適切かわからない、というのはありますね。・・・メールにすりゃいいんじゃん。

・今度は住所録を取り出し、ちょうど問題の地・バンクーバーに住んでいる美波に電話をする満希子。美波の現在の名字は戸倉。名字が高校時代と変わってることから彼女が既婚者であること、そして船上での連れの男性が「河野圭史」ならば二人は不倫の関係の可能性が高いのがここでわかります。
思えば満希子は婿養子をとり、ネリは未婚、詩文もバツイチと、この物語の核となる女性4人は美波を除いて旧姓のまんまなんですね。

・バンクーバーの戸倉家。電話に出たのは美波の夫。美波は最近ダンス教室に通うようになり今は留守にしてる、という説明にもう視聴者は全員、習い事を口実に不倫してるのだと察したことでしょう。

・満希子のリクエストで父に代わり電話に出た娘の彩。父に呼ばれたときの「はい」という返事といい、電話での丁寧な応対ぶりといい、これまた実に優等生な子です。
そして「もうそっちは夜でしょ」との満希子発言に驚く。真昼のように外が明るいのだが?確かに見返したらバンクーバーに舞台が移ったところで現地時間午後7時半と出ている。なのにこの明るさ。白夜ですか?

・「お帰りになったら電話いただけるように伝えてくださる?」という満希子。電話して相手が留守ならごく当たり前の台詞ではありますが、この場合国際電話になってしまうわけで、折り返しじゃなくてこちらからかけ直すべきなんじゃないかなあ。
もうすぐ帰るだろうと言ってるんだから1時間後とか、あんまり遅い時間じゃ悪いから明日にするとか。このへんも満希子の無頓着さの表れのような。

・電話を切った満希子は何かを勘ぐってるような表情をしている。美波と河野の関係を知っているだけに、二人が同じバンクーバーにいること、美波が習い事のためにしばしば家を空けてるらしいことを結び付けて二人の不倫関係をうすうす想像してるのでしょう。まあこの段階では想像というより妄想に近いんじゃないかと思いますが。刺激に飢えてる人間が知り合いの事故死からさらにゴシップの匂いを嗅ぎ付けて喜んでいるような。
この後も満希子の言動は友人を心配し悼んでいるというより、暇な人間がうってつけの娯楽を見つけて夢中になっているようにしか見えません。23年前の満希子だったら、きっとこういう人間を軽蔑してたんじゃないかという気がします。
・線路沿いにある英児のアパート。いかにも安そうな、下手したらお風呂もなさそうな作りが英児のキャラと立場にはちょうどマッチしています。

・窓から差し込む光の中、俊敏な動作で起き上がる英児と、まだ両腕を伸ばした弛緩したポーズで横たわっている詩文。二人の運動能力のみならず若さの違いも何気なく表現されている。

・詩文登場のところで高校時代の映像が入る。これ見よがしに難しい本ばかり読んでいて好んでクラスから孤立していた彼女を「なぜか男の人はみんなこの女が好きで」。本に事寄せて話し掛けながらさりげなく手に触ってくる男性教師を蠱惑的な笑顔で見上げる。こりゃ同性には嫌われますね。特に昔気質のお堅い女子高みたいだし。
逆に男にとってはスキンシップにも嫌な顔せず笑顔さえ向ける詩文は大いに都合のいい存在。ただあそこまでモテまくるのはそればかりではない、天然のフェロモン出しまくってるんでしょうけど。

・英児の部屋のテレビで「圭史」の事故死を知る詩文。ここで彼と詩文が元夫婦だったという意外な事実が明かされる。そして現在の男である(のは描写からまず確実な)英児に躊躇せずそれを告げる詩文のさばけた性格と二人の関係性が、そのやり取りの中に示されてもいる。ついでに「シアトルってどこ?」の英児の無教養さ(この場合それは無教養→ワイルドに繋がるむしろプラス要素)もわかります。

・「16年も前だもの。関係ないわ」と笑う詩文とそんな彼女を再び布団に押し倒す英児。おいおい。元夫の死がかえって媚薬になってしまう詩文。確かに天性の悪女かも。その無言の誘いに当たり前に応じてしまう英児も英児なわけですが。

・かつて詩文に「圭史」を奪われた美波は、詩文と別れた彼と結果的に共に死ねた、恋の勝負に最終的に勝ったことを心で誇ってみせる。それを示すかのように遺体もうっすらと微笑んでいる。
ただ美波の期待するように詩文が敗北感を覚えるかははなはだ疑問。結婚中に略奪されたのならわかりますが、美波の存在とは無関係に別れたわけなんだから、“自分のお下がりに食いついた女”という感想になりそうな。まあ心情的に引っ掛かりゼロとまではならないでしょうけど。
それ以上に美波は不倫デート中に事故死したのだから、二人の関係が夫と子供にバレる心配が第一に来るのが普通な気がするのだが。“真実の愛の成就”の前には些末な問題ということでしょうか・・・?。「ごめんなさいね 誰よりも幸せになってしまって うふふふ」だもんなあ。

・カレンダーを見て「明日から減量か・・・」と呟いた詩文は、英児が減量するなら自分も禁欲する、だから当分会えないと宣言する。禁欲=会えないになるところに、二人の結びつきがきわめて肉体性の強いものだということがわかる。
そして「来たっていいぜ」「我慢、できるのかよ」と挑発的に言い放つ英児の言葉つきからすれば、よりセックスに執着が強いのは詩文の方らしいです。

・「英児が減量している間はあたしも禁欲するの。それがあたしたちのルールよ。」この台詞からして二人の間のルールを作ったのはおそらくは詩文。年上で、姉さんぶりたがる一面のある詩文のほうがイニシアティブを握っているのがうかがえます。
加えて恋人が苦しい思いをしているときに一人楽をしようとは思わない、苦しみを多少なりとも共有したいと考える詩文は結構ないい女なんじゃないかと思いました。それも深刻にならずにおどけたようにキュートな口調と表情で告げる――彼女が男性を惹きつけてやまないのも無理ありません。

・遠からず試合に望む英児に対して「顔は傷つけないでよね。あたしは英児の顔が好きなんだから」。殴り合いが仕事のプロボクサーを相手にこの要求は無茶な。でもこのはっきりしたところもかえって魅力的だと思えてしまう。
そして「顔が好き」の台詞には、「そりゃそうだよねえ、こんな美男子ならねえ」と思い切り納得してしまいました(笑)。

・詩文の“お願い”には何も答えず「死んだ人、娘の父親だろ」と真顔で尋ねる英児。詩文がバツイチともともと知ってはいても元夫の存在に無関心でいられないらしい。元夫の死にあまりに恬淡としている詩文の態度に道徳的見地から幾分苛立ってようにも見えます。
冗談で「英児みたいなの」呼ばわりされてむっとした顔で押し黙るところとか、そういうすぐ顔に出る単純さや妙にモラリストな部分―すれてなさを詩文は可愛く思ってるんじゃないかな。

・詩文が一人電車に乗っているころ、英児はボクシングジムでスパーリング中。前髪を半ば上げたやや大人びたヘアスタイルが、かえって童顔を際立たせているような。・・・顔は傷つけないでね、と私まで言いたくなります(笑)。

・日傘を差して街を歩く詩文。傘も服も白が基調となっている。対して、数秒挿入される西尾家の食卓で一人座る満希子はエプロンの柄やつまんで口に入れたトマト、調味料のフタや背景の観葉植物?など要所要所に入る赤い色が印象的。このへんコントラストを考えてやってるんでしょうね。

・古書店のガラス戸を開けて中へ入る詩文。美波のナレーションで本好きと説明されていた詩文なのでお客として訪ねてきたとも考えられますが、店のガラスに「詩文堂」と名前が入ってるので偶然の一致ではない、おそらく彼女の家なんだろうとわかります。店の名前にちなんで娘の名をつけたのかその逆だったのかは不明ですが(原作によると店の名前が先っぽい)。

・詩文が扉を開けるところで奥に座る年配の男性が電話で話す声が聞こえてくる。「月末にはなんとかいたしますので」という言葉に詩文の表情が曇る。
近年(番組本放映時もすでに)、街の古書店はチェーンの新古書店に押されて経営が苦しいとはよく聞くところ。さらに店主も年配で、声からして高齢というだけでなく覇気もなさそうとあれば、かつかつの状況なんでしょうね。
奔放に生きてるような詩文ですが、その実いろいろ悩みを抱えていそうです。まあ四十近くにもなればいろいろあるのが当然なんですが。特に当分英児に会えないとなればその間はそれらの悩みを直視する時間が増えるわけで・・・今後の詩文の多難さが予期されます。

・電話が終わったところで「ただいま」と挨拶する詩文に「お帰り冬子」と答える店主。え ?冬子って?と思ったら「詩文ですよ私は」とおどけたようにいう詩文の声に「ああそうか」とあっさり返事。声だけで判断したから、よく見えなかったから間違えたとかではないらしい。
慣れた風の詩文の対応からしても少しボケ気味なのかもという疑惑がわきあがってきます。だとしたらますます経営状態はやばいんじゃないかなあ。

・冬子がちゃんと学校にいっただろうかという話題の中で、冬子が詩文の娘で現在高校生ということ、あまり学校に行きたがらないこと、詩文はそのへん楽観視してるけど店主(詩文の父)は父親がいないことに原因があるのではと考えてるらしく、いまだに詩文に「圭史くん」との再縁を期待してることなどがわかってくる。
そんな父に詩文は圭史の死をあっさり告げて「だからお父さんの夢はもう叶えられないわ」とにっこり笑い「お腹すいたー」と気楽に言いながら奥へ入ってしまう。あまりに軽い詩文の反応ですが、別れて16年前経ってるとはいえさすがに軽すぎる感があるので、逆に無理して明るく振舞ってるようにも見えてきます。実際電子レンジで肉まんを暖める詩文の表情はいささか重いものがありました。
しかし詩文は冬子の世話をかなり父親に丸投げしてるぽいですが、その分外で働いてるとかなんでしょうか(店の手伝い程度なのが後で発覚)。今日はたまたま英児の所に泊まったからそうなっただけなのか。後者だと思春期の女の子的には母への反発から登校拒否気味になってもおかしくないですね。

・レンジの中の肉まんを見つめながら、その昔圭史からプロポーズされたときのことを思い出す詩文。やや性急な口調で結婚を迫る圭史に対して「どうしようっかなー ?」とのんびり気のあるようなないような返事をする詩文。昔からキャラ一貫してるなあこの人。
こういう恋愛に熱くならない、はぐらかすような態度が男を夢中にさせるんでしょうね。まさに小悪魔。

・圭史のことを思い起こしつつ肉まんを平らげた詩文は、一万円札を取り出し丁寧にしわを伸ばしてからどこかへ出かけていく。さっきと同じ白い傘白い服ですが、ひょっとして圭史の家(実家)にお悔やみに行く(一万円は香典)んでしょうか。
そのわりに服装が非常識な気もしますが、お通夜お葬式の席ではなし、訃報を知ってとり急ぎ駆けつけたということでこれでOKという判断か。お札のしわを伸ばしたあたり一応の配慮はしてるようでもありますし。しかし元妻の場合ってどれくらい包むのが順当なのやら。

・詩文回想中の教会での結婚式。さっきのプロポーズといい、なんだかんだ言っても思い出したくもない相手ではない、それなりに幸せな思い出は多々持ってるわけですね。花嫁姿の詩文、本当に嬉しそうな笑顔ですし。

・えらく大きい&モダンなつくりの豪邸のチャイムを鳴らす詩文。案の定圭史の実家。しかし離婚したとはいえ門前払いに近い対応に、二人が別れた時のごたごたが想像されます。
いきなりインターフォンを切られるのを恐れたか、お悔やみの言葉その他用件など普通は中に通ってから話すようなこともインターフォンでどんどん話す詩文は、自分は赤の他人でも「冬子は圭史さんの娘です。冬子のことでご相談がありまして」と相手のキツい態度も意に介さず続ける。詩文堂は経営危機、圭史はエリート外交官で実家も資産家・・・そうか、遺産目当てで来たのか・・・。

・詩文のことは気に入らない、かつその思惑は察していても孫の名を出されると弱かったか、圭史の母は詩文を中へ入れる。
仏壇に手を合わせた詩文は「お父さんもお亡くなりになってたんですか」と問いかけ、母親は背中を向けたまま「主人は最期まで圭史のことを心配しながら逝きました」と冷たい声で答える。詩文のせいで圭史が不幸になったと言外に責めてますね。
特に圭史はその後16年再婚しなかったというから詩文との結婚でそれだけ傷を負ったと両親が思ってたとしてもおかしくない・・・と思ったら直後に詩文のせいで女性不信になった、「外務省のキャリアは奥さんが良くないとダメなのに」と詩文とのことが出世にまで響いたとストレートに罵り泣き崩れてました。事故死まで詩文のせいにされてるし。実は亡くなった時女連れだった、しかも相手は人妻だったと知ったらこのお母さん驚くでしょうね(実際あとで驚いてた)。

・さんざん詩文を罵った圭史母ですが、お茶をすすって気持ちを落ち着かせると「時間がないわ。冬子のことで相談ってなんですか。手短に話してください」と向こうから切り出してくる。息子の死を深く嘆き詩文を恨んでもいるものの、感情に流されず物事をちゃんと仕切れる冷静さのある人物なのがわかります。
家の大きさや言動からしていわゆる「いい家」なんでしょうから、それを長年切り盛りしてきただけの知性や精神力は備えてるってことですね。

・しかしあまりにストレートに、しかもいつものしれっとした笑顔で、冬子には遺産相続の権利がある、離婚のときに大学卒業までは養育費月10万をもらう取り決めになっているから、今から大学卒業までの4年半分をまとめて先にもらえないかと要求を出してきた詩文に圭史母はまさに空いた口がふさがらないという表情に。
「相続の権利」のところでもう顔色変わってましたから、意外にも詩文がお金の話できたとは思ってなかったらしい。さすがに亡くなった直後にそんな非常識な真似は、とか思ってたのかも。
そして詩文は、圭史は冬子に愛情を感じてなかったなんて話を聞かされても一歩も引かず、ついには「恥を知れ!」とまで罵られても「お願いします」と冷静に頭を下げる。相手にどう思われようが傷つけようがかまわない、家族と自分自身を守るのだという詩文のしたたかな強さがうかがえます。

・総額540万を一度に払ってくれれば二度とここへはこないという詩文に、母親は「帰ってください」とついにお金を振り込む約束はしないまま香典まで文字通りたたき返す。詩文はそれでも負けずにポケットから取り出した紙を「口座番号です」とテーブルの上に置き、床に落ちた香典は拾ってバッグに入れて立ち去る。
香典を拾ったときに一瞬間があり、これも口座番号のメモと一緒に置いてくるかと迷ったものの結局持ち帰ることにした、プライドより目の前の小金を取らざるを得なかった詩文の辛さが浮かびあがってきます。ここでの女二人の勝負は総体としては詩文が一歩リードという感じですが(全額は無理でもいくばくかの金は得られると思われる)、詩文も無傷とはいかなかった。詩文の背中を見送る圭史母も詩文の必死さから原家の内情の苦しさは十二分に感じ取れたことでしょう。

・診察時間中のネリは看護婦から満希子の訪問を知らされ、急用らしいと聞いたにもかかわらず外来の診察が終わるまで待たせておくよう告げる。どうせ大した用でもないと思ってるのがわかります。以前処方した睡眠薬の話だろうと思ってたようだし。
実際、仕事が一段落し駆けつけたネリに、忙しいところごめんなさいでもなく「電話したのに出てくれないから来ちゃったー」と満希子が切り出した用件はバンクーバーの船舶事故で河野圭史が死んだ、美波との不倫疑惑があるというゴシップ話だった。河野圭史の名前さえ覚えてなかったネリにしてみればまさにどうでもいい話。
もしネリに多少利害関係が発生する話であったとしても、ネリのごく近しい身内が死んだんでもなければわざわざ仕事を邪魔してまで伝えることじゃない。しかも満希子の場合単に自分の推理、目のつけどころの鋭さを自慢したいだけだし・・・。どうにも満希子の言動にはいちいち突っ込まずにいられないイライラ感があります。ネリが「あなたみたいに暇じゃないの私は!」とストレートに怒ったのも、ネリがきっぱりした性格だからというだけでなく、満希子のように鈍感な相手にはこれくらいはっきり言わないとわからないからでしょう。
さすがに満希子もふてくされて(自分の態度を反省してではなく怒鳴られたことにすねてるだけ)即退散しましたが、きっとまた何かあれば平気な顔で押しかけてくるんでしょうねえ。

・若い後輩医師・研修医たちと居酒屋?で夕飯を食べるネリ。何か面白い話をしろとごねるネリに見るからに生真面目一方の研修医・福山は当惑というより不快そうな顔。
ネリがこうやって後輩医師たちに食事をおごるのはそう珍しくないようですが、本人は面倒見がいいつもりの行動だとしても、周囲からは独身年増女が立場を利用して若い男をはべらせてるみたいに見られてそうです。

・ネリの面白いこと言ってという要求に対して医師の一人から「灰谷先生ってバージンじゃないですよね」とすごい質問が飛ぶ。まわりも微妙な感じの反応(それって面白い話か?と突っ込まれている)だが「みんないつも言ってる」とその医師が続けるあたり、やはり男っ気のないネリはそれゆえかえって性的な話題の種にされてるらしい。
ネリは「0.5人くらいかなあ」と謎の答えを。数が「一人」に満たないあたり、暗にバージンだと言ってるわけですかね。

・こんな会話の中発言を求められた福山は「くだらないこと話すより食べてるほうが有意義でしょ」「ご不快なら帰りますよ」とにべもない言葉で空気を悪くする。そして本当にさっさと席を立つ。残った医師の一人が、福山は大学始まって以来の秀才だが教授にも平気で生意気な口をきくため嫌われて大学に残れなかったという話をするのをネリはさえぎり、「そんなやつのことどうでもいいから、お願い笑わせて」と胸の前で両手を組むぶりっこポーズ。
ここまでくどいと酔いのせいでも評判落としそうですね。いい年して男に甘えかかる、とか。ネリも酔ってるときは満希子とどっちこっちのうっとうしさかも。

・一人ややふらつく足でマンションへ帰ってきたネリ。いかにも高級マンション、もしくはホテルみたいな感じの部屋と調度で綺麗に片付いてますが(家には寝に帰るようなものだからそんなに散らからないってことでしょう)、なんとなく血の通わない雰囲気というか、ここに一人で住むネリの寂しさを感じさせます。
そして手紙の封を切ったネリは白い紙に大書された「貴女は殺人者」という文字に、小さく叫んで手紙を取り落とす。これは怖い。そこへさらに電話が。出るのをためらうネリですがやがて留守電に吹き込まれた声は満希子のものでほっと安堵。仕事中に訪問した失礼を一応詫びていたので多少は頭が冷えたものか。

・晩酌しながら野球中継を見る夫に、まだ連絡のない美波にもう一度電話をかけるべきかと尋ねた満希子は、向こうは旦那さんだっているんだからこっちで気を揉むことじゃないと言われて案外素直に納得する。
そこへちょうどやってきた息子は満希子の赤に近い鮮やかなピンクのバスローブを見て「げ、なにそのピンク。最低」とキツい言葉を。外国ではピンクは大人の色なのよと満希子は反論しますが、思春期の子供としては親の年甲斐もない格好は見てられない気分になって当然でしょう。夫や息子の反応を見るに普段はこれ着てないようなので、圭史と美波の不倫疑惑に刺激されて、女っぽく装いたくなったんでしょうねえ。

・満希子は妙にはしゃいだ様子で夫と子供たちに、自分にパパ以外に好きな人がいるって言ったらどうする?と聞いて回るがみな全く相手にせず。夫はまだしも子供にまで聞きますかこんなこと。親友と連絡がつかないのを案じるような顔しながら、とことんゴシップ的興味で面白がってるだけなのがあまりにあからさま。美波はともかく圭史は確実に死んでるってのに不謹慎な。
直後に娘のゆかりが弟の明にトイレの便座上げてないと文句言うのを受けて同じく明に説教してる(でも相手にされない)あたり、猥雑な日常から離れたロマンスに憧れるそばから日常にどっぷり漬かりきってるのが表れています。美波のナレーションじゃないですが、本当つまらない女に成長しちゃったものです。

・そのころの原家。冬子が「おじいちゃんボケてる。あたしのことを詩文だって」というのに、詩文も「このくらいで止まってくれたらいいんだけどねえ」と父のボケを否定しない。会話の感じからすれば親子仲は良さそうな感じ。冬子の面倒を父に任せきりみたいな発言から親子仲は冷えてるのかと思ってました。

・一人でカップめん作って食べる詩文に、普通は子供の分も作ってくれるもの、いいけどねうちは普通じゃないからという冬子。普通じゃない=母子家庭と取ったのか詩文は圭史の話を切り出す。
「冬ちゃんにお父さんのこと話したことなかったけど」「亡くなったのよ今朝」。最初は「いいよ別に」と気を遣ってか興味なさげにふるまった冬子もさすがにはっとした顔で振り向く。でも事故死したこと話しても「病気で死ぬよりいいんじゃないの」と淡白な反応を返す。
顔も名も知らない父に本当は興味あるけど母親に遠慮してるのか本当にどうでもいいのか。いかにも現代っ子らしいドライな雰囲気を持っている子だけに微妙なところ。

・関係ないって言ってもあなたの父親だった人だからこの際伝えておきたいこともあると詩文が言い、「捨てた人でも?」「捨てたわけじゃないの、上手くいかなかっただけよ」「ママは好きな人とは絶対に別れない。絶対にその人のこと手放さない」「あたしを犠牲にしたって」といった会話に。冬子は父と別れた後の母の恋愛遍歴を(程度はともかく)ちゃんと知ってるんですね。

・「あなたを犠牲にしてまで欲しいものはないわ」とすこしむきになった詩文は、圭史のエリートぶりを話す。そのDNAを受けついでることは誇りに思っていいというと「ママのDNAも受け継いでるよ。魔性のDNA」。冬子も詩文同様男をもてあそんだりしてるんでしょうか。美人ですしね。
圭史の葬式に出たいなら向こうのお母さんには話しとくといっても、どうせ姑にも嫌われてるんでしょ、頭下げなくていいよとさばさばした態度でそれとなく母を気遣ってもいる。「魔性は魔性同士仲良く生きていけばいいよ」「頼もしい娘だわ」。この二人の会話は母子というより友達同士のようでもある。
西尾家の息子が母の女の部分を見たがらないのと対照的に、詩文を女、性的存在として相対している。満希子のように男に相手にされてるでもないのに一人色気づいてる痛々しさと違い、詩文は本当に男にモテモテなので、ある意味男に騒がれる魅力的な母を自慢に思う気持ちもあるのかも。

・一人リビングで退屈しのぎにか雑誌を取り上げた満希子はバンクーバーを紹介したグラビアに見入る。買い物中偶然圭史と行き逢い彼を熱っぽく見つめる美波。気づいて見つめ返す圭史。カーテンの隙間から外を見つめつつ満希子はそんな妄想にふける。
さらに二人のデートの光景、ホテル?の部屋で抱き合う二人(ベッドシーンの寸前)まで想像して自分の胸を押さえ顔をほころばす。欲求不満の主婦の姿をこうも赤裸々に描き出す脚本の冷徹な冴えに驚きます。
我に返ったようにパジャマ ?のボタンの一番上をとめ、二階へ上がっていった満希子は胸ときめかしつつ寝室に入るが、いぎたなく眠る夫の姿に幻滅という表情で出て行く。こっちからアプローチかけるつもりだったんですかね。しかし行方不明中の親友と死んだばかりの男の情事を妄想して欲情するってのもひどい話です。

・ビル二階のボクシングジムで練習にはげむ英児を路上からガラス越しに見つめる詩文。減量期間が終わるまで会わないと決めてもこうしてこっそり姿だけは眺めにくる。魔性の女と言われますが一つ一つの恋には真剣なのかもしれません。むしろそうだからこそ独特の吸引力を発揮するのかも。

・携帯が鳴り、画面を見ると「恵成女子学校」の表示が。母校の番号なんか登録してるんだ?詩文は同窓会も一切出席しない、母校の現状にも興味ないタイプかと思ってたので意外でした。
これはあとで冬子が詩文の母校に現在通ってることが判明して納得しました。たしかに娘の通ってる学校なら登録必要ですね。

・病院のロビー。かけつけてきた詩文はソファに座る冬子にジャージの上下を着た男性が上着を脱いで冬子の肩に着せ掛けるところを目撃する。
冬子の隣りに松葉杖があったので、おそらく学校の体育ないし部活中に怪我をした、男性は顧問で彼女を病院まで連れてきた、娘の怪我を学校から知らされた詩文は病院へやってきた、という状況なのでしょう。てっきり美波の死についての連絡かと思ってました。

・男性は体育教師の浅野と名乗り、冬子は先生にしごかれて転んだのとすねるような甘えるような口調。二人の会話の様子、浅野が冬子の肩に触る様子に目を留める詩文。ちょっと意味深な雰囲気です。自称「魔性」の冬子だけに。さっきジャージ着せ掛けるシーンでもすでに出来てる感出してましたからね。
これで学校に戻るという浅野に詩文も挨拶。去ってゆく背中を見送る詩文に冬子はいたずらぽく笑って「エロ教師なんだあいつ。マラソンなんてやりたくないから転んでやったの」。悪女全開な言い草です。てっきり冬子の方も気があるかと思いきや浅野の片思いなんでしょうか?
「あの先生は冬ちゃんのこと好きなの?」「男の先生はみんなあたしのこと好きだよ」というのもこれまたすごい自信です。かつての詩文同様そのぶん女子からは嫌われてそうです。

・冬子が渋谷で映画見てから帰るという(男と一緒に行くのを見透かした言い方を詩文はしてましたが、実際デートだったのか?)ので別れたところに、ちょうど患者を運ぶ関係でネリが通りかかる。やはり彼女の病院だったか。
お互いしばし見詰め合ってから「ネリ ?」「原?」。後に英児もこの病院に運ばれてましたから、この近辺じゃ何かあったらまずこの病院なんですね。

・25年ぶりの再会を語りあう二人。今日もう終わりだからご飯でも食べないというネリに人付き合いがよくなったと詩文は驚いてみせる。25年も経てば変わるのよとネリは言うが、確かに後輩医師を引き連れて食事行ったりもしてるし、人付き合いはよさげ。むしろ一人の食事がやりきれないことがあるからこそ人付き合いがよくなったんじゃていですかね。

・荷物取りにロッカーへ向かうネリは満希子から電話が入ってると言われるが、学会でいないと言ってと無視。満希子より詩文優先なのは久しぶりに会った懐かしさからか詩文は満希子のようにうざくないからか。
詩文と会ってなければ変な手紙で怖い思いした後だし、満希子とでも話したかったかもしれませんが。

・ところが病院を出ると満希子がそこに立っている。当然「学会じゃないじゃない!」と怒る満希子に溜息をつくネリ。本当に満希子は暇だよなあ。かくて三人でバール?へ。
詩文も満希子も自分の母校に娘を通わせてると聞いてネリは驚く。しかも二人はクラスメートだそう。優等生で学校にもいい思い出がたくさんありそうな満希子はわかりますが、勝手がわかってるにせよ詩文が母校に娘をやったのは確かに意外。
経済的には圭史から養育費を貰ってるから名門私立でも大丈夫だったんでしょうが、こうやって元同級生の子供と鉢合わせる可能性もあるし当時の先生たちもまだ残ってたりして、詩文の悪評が「あの人の娘なんだって」と冬子にまで及ぶ可能性がある。覗き趣味の満希子なんてまさに母親連中に世間話ついでに詩文の噂をばらまいてそうです。

・じゃあ二人は25年ぶりじゃないんだというネリに「25年ぶりよ。あたし父母会とか行かないから」「ブッキみたいに悠悠自適の奥様じゃないもの。父母会なんていってられないわ」と詩文は答える。父母会ってそんなにお金かかりますかね。終わった後の食事会とか付き合うはめになると確かに懐が痛むでしょうけど。
これはお金の問題以上に母親たちの間で悪評立ってそうなのを警戒してじゃないかという気がします。数少ないお父さんたちが詩文になびいてしまって他の母親陣から敵視されるなんてことも起こりそうだし。

・ちなみに詩文は悠々自適の奥様じゃないと言いつつ、外で働いてるのではなく家の商売手伝ってるだけらしい。零細古本屋を父と二人で管理するより外で働いたほうがお金になると思うんですが。
ボケかけた父親を一人にしとくと危ない(父が店番だと万引きが多いなんて話もあったし)から?それにしては英児がらみなどで店番父親にまかせて家開けてることも多いんだよなあ・・・。

・満希子の娘は生徒会長だそう。子供たちも夫もまじめで上手くいってると何気に家族自慢、というか見栄を張る満希子。しかしブッキってニュースキャスターになりたいって言ってたわね、と過去の話を振られるとそれには触れられたくないのか、詩文の娘も魔性と呼ばれてると話をすりかえてしまう。
それなり裕福ではあってもごく平凡な主婦にすぎない現在の自分は、頭脳・美貌・人望を兼ね備え将来を期待されてた(自分でも期待してた)頃からみれば堕落してることを本人もわかってるからでしょう。

・高校時代の三人の回想。合唱コンクールの練習風景。指揮をする満希子は伴奏のピアノをとちった美波をきつく叱責。居丈高な怒りように呆れた顔のネリと詩文はその隙に練習から脱走する。
練習サボるやつは非国民って雰囲気だったのだとか。優等生の満希子一人がキレてるわけじゃないんですね。たかだかクラス対抗のコンクールなのに。いかにも世間知らずの女の子たちが狭い世界で些少な優劣を争ってるという感じです。
そんな学校内では一番の美人で優等生だった満希子も所詮はお山の大将だった、だからこそ大成しなかったのがこのちょっとしたエピソードによく表れています。

・ネリは「今日ブッキは何しにきたの」と満希子に尋ねるが、詩文は河野のことでしょと鋭い。満希子は最近河野さんと連絡取ってる?バンクーバーには美波が住んでるって知ってた?と例の推理を詩文にも得々と話し、そのうち二人が美波のこと心配しないと怒り出す。はては圭史と美波が高校の時付き合ってたのを詩文が横取りしたせいで二人は死ぬはめになったと言い出す始末。
現時点では美波はちょっと連絡が取れないって程度なんだし、25年会ってない元クラスメートの行方をいちいち心配しなきゃならない理由はない。特にネリなど美波とはほとんど接点がなく「ブッキの子分みたいだった子?」程度にしか覚えていないというのに。
心配してるといいつつゴシップ的興味で美波のことをつつきまわす(ほぼ無関係のネリの仕事まで邪魔しながら)満希子より、無関心に近い態度の詩文やネリのほうがずっと美波に対して失礼ではない気がします。

・「美波は河野のことあたしに相談してきたのよ」と詩文は語る。こういうことはブッキには話せないと言ってたという言葉に満希子はショックを受ける。後の話を見ると結構美波は満希子にも圭史とキスしたとかのろけまくってるんですが、そのつど満希子が潔癖さを剥き出しにした応答をしたために、“ブッキには話せない”となり、いかにも男慣れした詩文を話し相手に選ぶに至ったのでしょう。
しかし圭史のことを自慢したさで詩文と引き合わせたというのはいかにもまずかった。詩文の男に対する異様な吸引力を知らなかったわけないのに。圭史が自分を裏切るなどまさかありえない、彼はそれだけ誠実な人だし私に夢中なんだ、とか無邪気に信じてたんでしょうか。恋は盲目ってことですね。

・「そのうち河野があたしのこと好きになっちゃったの」と、圭史との馴れ初めから二人の仲が美波にバレたきっかけまでを語る詩文。「後はなりゆき」「仕方がないじゃない」という二人の関係が回想の形で具体的に描かれますが、美波に二人で買い物する姿を目撃された場面が“買い忘れたリンスを買いに戻ろうと振り向いたら美波が立っていた”と妙にディテールが細かい。
無言で走り去った美波が満希子の家にゆき「リンス」と言い残して倒れたというオチもふくめ、いかにも生活感の漂う、ここぞとばかりお洒落感を排除した情けない小事件にまとめあげています。
しかし美波が走り去ったとき、思わず後を追おうとした圭史を詩文が腕をつかんで引き止めるシーンがありますが、なりゆき、仕方ないで付き合ってたかのような言葉に反する激しさ。美波を追いかけようとしたことへの嫉妬心が一瞬ほとばしった感があります。プライドゆえか別れた夫にもともとさほどの執着はなかったのごとく振る舞ってますが、本当は詩文なりに強い愛情を持ってたんじゃないのかな。

・友達の彼なんだから拒めばよかった、そうすれば圭史と美波は結婚してただろうし圭史も事故で死なずにすんだ、冬子も父のない子にならずに済んだ、全ては詩文のせいだと満希子は責め立てる。
このくらいストレートかつ言いがかりが過ぎてるとかえって怒る気もしないのか詩文は笑っていたものの、ふられたほうにも魅力がなくなったという重大な責任があるという詩文を満希子が怒鳴ったのを皮切りに、ネリが満希子に怒り満希子は学会なんて嘘つきとネリに水を引っ掛け、あなたがみんなを不幸にしてるのよという満希子に今度は詩文が酒を引っ掛け、ついにはもみあっての喧嘩に発展してしまう。そばの席の人たちはいい迷惑です。
そこまでも満希子が一方的に詩文に突っかかってはいましたが、決定打になったのは「ふられたほうにも魅力がなくなったという重大な責任がある」という一言。これまさに真理だと思いますが、“寝取られる”側の女(実際に寝取られたことはなくても心理的立場的に寝取られる側に肩入れしてしまってる)にとっては痛い言葉。ましてそれを“寝取る”側の女に言われたわけですからね。

・その時ちょうど例の船舶事故の犠牲者として戸倉美波の名がニュースで読み上げられる。思わず争いを止めてテレビに見入る三人。詩文は「負けてなんかいないじゃん、あの人」。
満希子の勝手な想像―二人の不倫関係―が事実を言い当ててたことが結果的に立証されたわけですが、満希子が美波を可哀想がるのと対照的に、詩文は(ネリも)奪われた恋人をその後再び手に入れた美波を勝利者と見る。だからといってすでに圭史と別れてる詩文が負けたことにはなりませんけども。

・ラストに「みんなが苦しむさまをあの世から観賞させていただくわね」という美波によるナレーション。他二人はともかく学生時代からの親友ポジジョンだった満希子も「みんな」に含むわけですか。やはり本心では満希子のこと嫌いだったんですねえ。いろんな意味で無理もないですが。

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