・「あの花を捨ててちょうだい」。
最初は単に、花はお花の名前に通じるので見たくない、ということかと思ったんですが、「美しいものは見たくないの」と続くので、本当に人生真っ暗闇な気分になっているのでしょうね。
気位の高いひかるにふさわしい絶望の表現だと思います。
・伝衛門にお花と所帯を持つ気があるかと聞かれて、「生意気を言うようですが、お花と二人きりで話しをさせて下さい」という猛。
当初の自失から覚めた後も崇子先生の時のように自分はやってないと言い立てないのに、目の前でブラウスをひきちぎった崇子先生と違いお花が自分を陥れようとしてるとは思えない(理由もない)のを考慮して、いきなり騒ぎ立てずにまずはお花に事情を確認しようという猛の冷静さと思いやりがうかがえます。
・涙ぐみつつ猛への想いを切々と語るお花。お花役石井春花さんの名演技が光ります。
そんなお花を見る猛にも今までにない同情の色がある。でもあくまで同情どまりであって愛情にはならない。
ひかるを想う時の切ない表情との違いがはっきりしていて、その表現力はさすがだと思います。
・「そんなに私がきらいですか」とお花に問われて、「そんなことはない」と言った否定の言葉を発せずにただ顔を背ける猛。
嫌いとは言わないまでも全く眼中にないことを言外に表明している。
情にほだされて多少なりとも相手に愛情を抱くということができない(一緒に暮らす、あるいは暮らそうとするまではできても)、どこまでもひかるしか愛せないあたりは、第三部に至っても変わりませんでしたね。
・お花を抱いていないとあくまでも主張する猛。
文彦があれだけお膳立てして、猛が酔った勢いでお花と関係を結んだと信じるよう仕向けたというのに、猛は泥酔中の自分の行動にさえ一切の疑念を抱かない。
このへんの自信はちょっとすごいかも。
・いきなり手拭いを持って文彦のもとへ向かい、「あんたが仕組んだんだな」と詰め寄る猛。「あんた」呼びにすでに激しい憤りが感じられます。
対する文彦の「おれは知らないよ~」の言い方も実に憎憎しい。知らないと言いつつ暗に猛の言葉を認めてる態度は、最初から猛を怒らせるのも殴られるのも(猛を悪者に仕立てるために)覚悟していたのが分かります。
・文彦は一切を暴露してやると猛を脅迫。どう考えても事が表沙汰になれば文彦もただではすまないだろうに、「恥をかくのはお花だぜ」とはひどい。
猛が自分を慕う女を、自分は惚れてなくても晒し物にはできないと踏んでの悪辣なやり口。18そこらで驚くべき下衆っぷりです。あの旦那様の息子だってのに。
・姉さんかぶり?で猛の部屋を掃除し、訪ねてきたひかるに藁座布団を勧めるお花。
もうすっかり奥さんのようです。
・「申し訳ありません」と真っ先に頭を下げるお花に「やめてそんなことしないで」というひかる。
猛を奪ってしまって申し訳ありません、という詫びはひかるに恋の敗者であることを突きつける行為であり、ひかるとしてはより惨めにならざるを得ないからですね。
そして実はお花もそれを承知であえて詫びてみせたのでは。言うなれば勝利宣言。
お互い相手を気遣う風を見せながら、その実密かな火花が二人の間に散っています。
・ちょうど部屋にやってきた猛は目を伏せてひかるに会釈する。
そのよそよそしい態度も、もう猛が自分のものではないと思い知らされるようにひかるには感じられたことでしょう。
・「お花を幸せにしてあげてね」と思い出の貝を猛に手渡すひかる。
これまで猛に執着するあまり猛本人も周囲もさんざん振り回してきたひかるが、意外にも見事な身の引き方を見せる。
逆に普段はひかるの我が儘をなだめる側の猛が、ここで俄かにキレて貝を床に叩きつけて砕いてしまう。
もはやお花と一緒になる覚悟を固めていたのでしょうが、ひかるにあっさり身を引かれると「その程度の気持ちだったのか!?」と責めたくなったのでしょう。
お花と結婚すると決めても変わらずひかるを想うがゆえの葛藤がこの乱暴な行動に露で、見ていて痛々しいです。
・「お花、俺のことが好きか」と尋ね、「大好きです」と答えたお花を無言で抱きしめる猛。
お花の名誉を守るために真相を表沙汰にしないというだけではなく、彼女と結婚すると決めたのには、お花の言うようにひかるへの恋は叶うことはまず考えられないだけに、報われぬ想いに疲れたのも大きかったのでしょう。
自分が苦しい恋をしているからこそ、自分に片思いしているお花の苦しさも理解できる。
彼のお花への同情とひかるへの愛の間での葛藤が、お花を抱きしめるときの苦しげな横顔に表れていました。
・伝衛門にお花と結婚する意志を伝えた猛は、祝いの宴の席を設けようと言う伝衛門の言葉に「まだ半人前だから」と断りを入れ、伝衛門も「そうか」とあっさり話を切る。
猛とひかるの絆をたびたび思い知らされてきた伝衛門には、今回の結婚ははずみでお花とできてしまった責任を取るためのもの、と了解されてたんじゃないでしょうか。絹も「猛は男として責任を取ったのです」と言っていたし。
そして猛が「いつかきっと三枝家のためにいままでのご恩を返したいと思っています」と続けるのは、所帯を持って一人立ちするにあたり「今までお世話になりました」とひとまずの礼を述べたということなんでしょうが、猛がお花と結婚する=ひかると結ばれないことで、文彦の立場が安泰(と文彦は思っている)になり、ひかるとの恋が絹をはじめとする周囲に迷惑をかけることもなくなる、その意味でこの結婚自体が三枝家への恩返しになりうるというニュアンスもあったのでは。
しかし伝衛門からも絹からも「責任を取るために」いやいや結婚するんだと思われてるお花が可哀想。
・ひかるのバイオリンをじっと聴いている猛を後ろに立つお花が見つめている。猛の表情にはひかるへの思慕が明らかに滲んでいる。
お花の位置からは猛の表情は読み取れないかもしれませんが、状況と佇まいだけでも、お花は猛の感情を正確に察知しているんじゃないかと思います。
・「そして二人の夏に終わりがやってきました」というナレーション。
第二部がたかだかひと夏の出来事だったことに驚く。そういえばずっと夏服だったっけ。
ひと夏のちにレイプ未遂二回(うち一回は冤罪)と夜這い一回(冤罪)が起こったうえ、最後には結婚問題まで・・・。忙しいな三枝家。
・文彦に文学を学ぶために2年の猶予を与える伝衛門。
文学を続けるために猛を陥れた(猛が所帯を持つことと文彦のモラトリアム続行の因果関係はもひとつよくわからんが)文彦にしてみれば願ったりの展開。
しかし伝衛門は三枝家の跡取りが文学の道で(第三部からすると小説家として)成功するのはOKなんでしょうか。
・猛の背中に傷跡があることを明かしてお花を抱いたのは猛じゃないと喝破するひかる。
「私をかばって出来た傷」とわざわざ言い添えるところに、猛が一番大事に思ってるのは自分だと顕示したい心境が見えます。
しかし「醜い」傷って言い方はひどくないか(笑)。お花の言う「綺麗な背中」への反論だからそういう表現になるんだろうけど。
・お花をなじりながらひかるも落涙する。興奮のあまりなのか、それとも自分のせいで一気に恋の勝利者から転落したお花への同情と済まなさからか。
結果的にひかるは、お花の名誉を守るために黙って結婚しようとした猛の心を無にしたとも言えますね。
・自分を抱いたのは文彦だと告白したお花を、下女たちが「バカバカバカ!」と責める。
これは文彦坊ちゃんを差すような発言をしたことに対してか、兄の情事を14歳の少女の前でバラしたことにか。
あるいは嘘をついて猛と結婚しようとしたことに対してなのか。
・「お嬢さまは何もかもご存知です」というお花。しかし言われた猛の方が何もかもご存知じゃないので、意味わかったのだろうか。
正確には猛は文彦がお花を利用して自分をはめた事情を察してはいるが、「自分が事情を察してることをお花が知っている」とは思っていないはずなので、「何もかも」ってどの程度?という感じでしょう。
・明日ひかるが東京へ行くことを告げて、短い別れの挨拶とともに走り去るお花。
下女たちにも文彦と契ったことがバレてしまい、それにともなって猛と予定通り結婚するわけに行かなくなったからというだけでなく、お花自身が言うとおり、猛への想いの強さでひかるに負けたと感じたから潔く身を引くことにしたのでしょう。
しかしこの後お花はどこへ行ったのだろう。実家へ帰ってもまたいずれ売られてしまいそうだし。
・一人片頬を腫らして涙ぐんでる文彦。何ら状況説明はありませんが、事の真相が伝衛門にバレて殴られたのは明白ですね。
さすがに責任をとって文彦がお花と結婚するよう命じられるといった展開にはならなかったようですが。
旧作ではここのくだりで、文彦に責任を取るよう言わない両親をひかるが不公平だと責める場面があったんですが、そのエピソードはすっぱり切られてます。
尺の問題という以上に、伝衛門が狡く見えてしまうからでしょうね。
・ひかるの旅立ちを祝う宴の席。明らかに地元の名士と思われる人たちが参列していて、やはり地主のお嬢さまともなると違うよなあ。
・いきなり宴席に現れた猛は、ひかるに歩みより先に壊したのと同じ貝殻を差し出す。
ひかるが貝を返し猛がそれを割ることで一度は断ち切られようとした二人の絆を、再び(ひかるとの関係に引き気味だった)猛から繋ごうとしている。
すっかり薄汚れたなりに、彼が苦労して貝を探し出してきたのが反映されています。
しかし一使用人である猛の、いかにもお嬢さまと何かありげな行為は参列者の手前まずくないのかなあ。「どうかお気をつけて」という挨拶は一応使用人らしかったけれども。
・猛の名を呼ぶひかる。振り向く猛。二人の目に強い想いが輝いている。いよいよ参列者には二人がただならぬ仲だと思われたことでしょう。
そして宴席を放り出し(自分が主役だというのに)猛の手を取って走り去るに及んでは、ほとんどそのまま駆け落ちしかねない勢いです。
伝衛門はまだしも絹が思ったほど慌てずひかるを止めもしなかったのは意外。・・・多分驚きのあまりリアクションが遅れたんだと思いますが。
・「自分も仕事に打ち込みます。誰からも後ろ指を差されない立派な男になってみせます。それまで待っていてください。」
ひかるにつりあう男になるよう自分を磨くという宣言。先に「私と仕事とどっちが大事」なのかと猛をなじったひかるへの返答ともいえます。
自ら身を引いたお花に勇気づけられたのか、日頃主家への遠慮ゆえにひかるの想いをかわし続けた猛の口から、おそらくは初めて出た二人の将来を「誓う」言葉なんじゃないでしょうか。
・猛にゆっくり歩みより口づけるひかる。
二人の立ち位置が妙に距離があるなと思ってたんですが、このシーンのためでしたか。ラブシーンは常にひかるがリードしてるあたりがこの二人らしい。
この場面、一瞬ですが本当に二人の唇が触れているのに驚きます。
当時勝地くん15歳、藤原さん13歳。若い二人の役者魂を感じてしまいました。
・唇が離れたあと、微妙に視線をそらしつつも、結局はひかるを見つめてしまう猛。その面映げな表情が何とも初々しい。
ひかるの方も猛の顔を見ようとしては目を伏せてしまう仕草が愛おしい。何ともピュアな美しいキスシーン。
第二部のラストとしても最高の場面になっていたと思います。