〈第二回〉
・美波が死んだというのに「ぜんぜん負けてない」と納得しあってる詩文とネリの反応にまた怒り出した満希子は「こんな幸せな死に方なかなかないよ」「じゃあ聞くけどさブッキ幸せ?」というネリの質問に幸せ、充実してると答える。そして美波が死んだのに何も感じないの、となおも怒る。
23年だか25年だか会ってない昔の知り合いが死んだ程度のことならこういう反応で当然だと思いますが。呆れ気味のネリと詩文は帰ろうかと言い合う。
ネリがおごるというのを満希子がそういうわけにいかないと言い出したため、じゃあ3000円ずつとネリが提案。第一回で詩文の困窮ぶりを見ているので、詩文は余計なこと言うなと思ってるだろうなーと思ったら、あっさりあたしお金ないのと素直に申告。「原はいいのあたしが誘ったんだから」と言うネリに詩文もごちそうさまと遠慮なく払ってもらう。変に見栄張って損するより自分にとって必要と思われることはストレートに要求する、そんな詩文の割り切り方が表れた場面です。
対照的にメンツを大事にするタイプの満希子は面白くなさそうな顔。お金がないからってこの話の流れで自分だけおごってもらおうなんて図々しいという思いと、だったら自分もおごってもらっとけばよかったという損した気分が半々ってとこでしょう。
・帰り道、ネリの携帯に病院からの呼び出しが。クモ膜下出血の患者が運ばれてくるからとのこと。タクシーを止めて病院に向かおうとするネリは飲んだって若いのより腕がいいのよ、じゃあねと別れを告げて去っていく。
見送って「かっこいいー」という詩文の反応に飲んでるのにいいのかと満希子は案じるが、「気が付かなかったの?ネリが飲んでたのウーロン茶よ」。詩文の方がよく人を見ている、というより満希子が見てなさすぎというか。ネリはシラフであんな喧嘩をやらかしたわけだ。
・詩文と満希子は並んで歩き出す。美波の娘はどうしてるだろうと母親視点で心配する満希子に「かわいそーって言葉が好きねえ」と詩文は揶揄するように言う。
詩文が匂わせてる通り、“可哀想”という言葉には相手を憐れむことで自分が高みに立とうとする心理が感じられる。ネリに幸せかと聞かれた満希子は幸せ、充実してると答えたけれど、平穏無事という意味で幸せではあってもそれゆえに退屈している、つまり充実とは対極の状態にあるといえる。
本当に充実してる人間は彼女のように他人の人生にやたら首を突っ込んだりはしない(する必要も時間もない)。他人を憐れむことは相対的に自分の幸せを実感することになり、しばし日々の退屈を癒すことができる。きっとシングルマザーの詩文も片親の冬子もそうした人たちの「可哀想」の声にうんざりさせられることしばしばだったんでしょうね。
・夜の新宿。途中で足を止め街頭スクリーンのニュース映像を見る二人。美波のニュースが流れる一方で「あれ、河野の名前どっかに消えちゃった」というミステリーが。「不倫がばれちゃったかしらー」と軽い口調で満希子は言う。
つまり圭史と美波が同じ船に乗っていたことから二人が不倫関係だったと世間に知られる不名誉を怖れた外務省が、圭史の名を隠しにかかったと言いたいようですが、単に同じ船で死んだ、ともに日本人というだけで彼らの関係を世間も外務省も疑うものだろうか。元夫婦とでもいうのならともかく、二人が20年以上前に短期間交際してたことなど記録に残ってるはずもないし。
むしろ本来ロンドンにいるはずの圭史がなぜかバンクーバーにいたという職場放棄が問題になった可能性が高いのでは。
・満希子の携帯が鳴り、見ればゆかりから父弟と焼肉を食べにいくというメール。携帯を閉じるとすでに詩文の姿は消えている。一言の断りもなく勝手に帰ってしまうあたりがマイペースな詩文らしいというか。
・詩文は踏み切り脇の階段を上がり英児のアパートへ。勝手に中に入ってそのへんを片付けてると、英児が服を脱ぎ捨てサウナスーツを着込んで台所に座り込む。息があがり苦しげな様子。
「あと何百グラム ?」「500オーバー」。詩文は荒い息をする英児の前に座り「もうちょっとじゃない。頑張ってね~」と軽い口調で髪の毛をなでまわす。抱きしめてくる英児を一緒に我慢する約束でしょ、といなしながら自分からも英児の首に手を回している。
我慢したほうがあとで素敵なのに、とか言いつつほとんど誘惑してるとか思えないです。ああそうか、より我慢したほうがより素敵だからあえて誘惑してみてるのか・・・。
・英児がいきなり詩文をつき放す。「その気がないんだったらくんなよ!今大事なときなんだから」。確かにここで500グラム減量しそこなえば一大事なわけで、快楽を追う詩文のゲームに付き合ってられないと感じるのは当然。・・・のはずですが「大事なときなんだから」はちょっと優しめの声になり、わかったと立ち上がった詩文がバッグを持って出ていこうとすると前をふさいで、「ごめん」と詫びる。
このとき言い方はぶっきらぼうですが真剣な、ちょっと困ったような幼い顔をしてて、結局詩文に頭上がらないんだなーというのが見て取れます。
・「あたしから離れたら破滅するから」と怖いことを言う詩文に「別れた夫みたいに?」とちょっと皮肉っぽい笑う英児。英児にしては毒のある台詞ですが、詩文は「そう」とにっこり微笑んで動じない。
この二人の関係は完全に年上の詩文が手綱を握っていて、英児も時に乱暴な口をきいても詩文に翻弄されることをむしろ望んでいるように見えます。一種マゾヒスティックな快感があるんじゃないのかな。
・「今度の試合、来てくれ」という英児に「見たくないわ」と笑顔のままにべもなく返す詩文。かまわず英児はリングサイドのチケットを渡す。「お金ないのに。考えとく」と詩文は答えますが、まさか英児も自分から来いと言っておいてチケット代請求なんてしないだろうに。
英児の綺麗な顔が傷つくのを嫌がる詩文が試合を見ようとしないのは今に始まったことではないのに、あえて今度の試合は見て欲しいと英児が言い出したのは、単純にここで勝てば日本チャンプに挑戦できる(彼にとってチャンスと言うべき)試合だからか。それとも圭史の話を自分から出した直後なので圭史へのやきもちから詩文に側に居て欲しい思いが募ったのか。あるいはこれが(日本で)最後の試合になるという虫の知らせめいたものがあったのでしょうか。
・上機嫌で帰ってきた子供たちの姿に、一人で食事してる満希子はおかんむり。もともと夕飯時に勝手に留守した満希子が悪いんじゃないか。
武と二人きりになってから「美波やっぱりだめだったわ」「例の船に美波も乗ってたのよ」と声ひそめつつ報告する満希子ですが、その声には微妙に楽しんでる響きが。「男と一緒にか。うわーやるもんだね君の友達も」と答える武の方もなんか楽しげです。不謹慎な夫婦だ。
・満希子がバンクーバーにお悔やみに行こうかなというと、武は積極的に賛成し満希子がいなくても別に大丈夫などと言うのだが、こんな言い方されたらまずむくれそうな満希子が意外にも反論しない。それだけお悔やみに名を借りたバンクーバー旅行計画に夢中なんでしょうね。
・美波の香典は一万円くらいが妥当かという武に満希子は五万くらいじゃないかと答える。後に大森に貢ぎまくり、さらに700万の損害を取り戻そうとしなかった時もそうですが、昔から金に不自由したことがないと思われる満希子は全体に金に鷹揚な傾向があるように思います。
元夫の死に際して1万円の香典しか出さず、投げ返されれば大人しく持ち帰った詩文とは実に対照的。
・原家の食卓。バンクーバー船舶事故のニュースに圭史の名前が出なくなったことについて、圭史くんが死んだというのは間違いなのかねと父親が聞いてくる。後の展開を思うと、この頃はまだずいぶんまともな判断力があったんだなあとしみじみします。
外務省が情報操作してるんじゃという詩文の言葉に、娘は「なんか事件ぽい感じ」、なんか悪いことでもしてたのかなと楽しげに言う。しかし後で部屋で一人父のことをネット検索するときは打って変わって真面目な顔。
いかにも現代っ子らしく、常に軽いノリで顔も知らない父親のことなどどうでもいいという態度を取っている冬子ですが、それは多分に詩文を気遣ってのポーズもあるんでしょうね。
・夜の病院。手術着のまま一人廊下を歩くネリは、怪しい気配を感じるのかときどき後ろを振り返りついには走り出す。福山が今日は帰ると聞いて「じゃあ私のこと家まで送って。お願い」とキュートに微笑んでお願いする。そんなネリの態度に同じく研修医の坂元は何色気出してんだ的なちょっと呆れた顔をしてます。
後輩や部下の立場から見ると、上司特権で仕事以外でもあれこれ指図してくる、そのくせ拗ねたり甘えたりするような態度でいかにも自分は女として魅力的だから男が言うことを聞くと思ってる(ように見える)ネリは結構むかつく存在なんでしょうね。福山は無表情に「はあ。いいですけど」と返事。
ネリが去った後に、彼らの後ろを足早に通り抜けた看護婦(宮部)がカルテ?で福山の頭を殴っていく。明らかに焼きもちを焼いたっぽい態度、それを行動で示すところから、二人が恋仲らしいことをうかがわせます。この時点では上司命令にいやいや付き合わされてるようにしか見えない福山に、それでも怒るのだから大分嫉妬ぶかい性格と思われます。
・マンション入口で帰ろうとする福山を、「押し倒したりしないから」中まできてくれと引き止めるネリ。手紙のことまでは病院関係者には言いづらいとしても最近つけられてる気がして怖い、くらいの説明はしてもいいだろうに。欲求不満からくる自意識過剰、とか勘ぐられたくなかったのか。
・玄関で電気をつけてそろそろと部屋の中へ入るネリ。「早く入ってよ」と福山を促しつつ彼を一階で待たせて二階の様子を見に行く。ここで冷徹な福山の顔が意味ありげにアップになる。
思えばここで人もあろうに福山に送ってもらったために、部屋の間取りから何から知られてしまうことになった。知らないこととはいえ思い切り墓穴を掘ってしまいましたね。
・階段途中で足を止めたネリはもういいわと言ったものの、福山が一礼して出て行こうとすると彼を引き止め「泊まってく?」などと言い出す。まあちょっとたちの悪い冗談なんでしょうが声が微妙に本気っぽい。それだけ不安だったのかもですが、美人独身女医だけに微妙な発言ではあります。
福山は苦笑浮かべて「いや・・・それは」となんの面白味もない答えを返しますが、この時点ではまだネリに惚れてはいなかったんでしょうね。一方でこれ幸いと上がりこんでネリを暴行するとかそういう形で恨みを晴らすつもりもない。エリートだけに自分が犯人とはバレない、自分が傷つかないようなやり方しか取らないんでしょうね。
・旅行会社のカウンター。飛行場からはバスだと係に聞いた満希子は「一人でバス乗ったりはできないわあー」と甘えるような喋り方をする。海外一人旅ですから不安なのはわかりますが、それを人前でそのままさらけ出す、しかも甘えるような口ぶりなのが満希子の精神的幼さを示しているような。
係の人はまるでペースを崩さず、料金はかかるが現地の旅行会社に出迎えを頼む方法もあると提案しますが、すると「え、料金かかるんですか?」という反応。体面のためにはどんとお金かける一方で細かいところ(身の安全に関わる問題なのに)でケチるあたりが、いかにも主婦感覚ですね。
・店番する詩文。そこへ河野母来店。黒い日傘を差しているのは、白い日傘愛用の詩文とのコントラストでしょうか。
最初俯いた姿勢で気づかなかった詩文は「もしもし」と声をかけられ、「河野さん」と驚く。かつての義母を名字にさんづけというのも不思議な感じですが、確かに今さら「お義母さん」とも呼びにくいし・・・。この呼びかけに二人の複雑な関係性が象徴されてるともいえます。
・河野母は、養育費のことを弁護士に聞いたところ、親が死んだら扶養の義務は消滅するそうですよ、と上品ににっこり笑う。
この人の(詩文に対する)にっこりはファイティングポーズにも等しい。話の内容的にも完全に詩文をやっつけに来てますしね。それを「そのことでわざわざ ?」と、くだらないこととでも言いたげな台詞で受ける詩文も大人しくやられそうもないですが。
・河野母は「これは私の気持ち」と白い封筒を差し出す。続けて今後二度と河野の家に近づかない、無心はしない旨を記載した念書を出して「ここにすぐ署名捺印してちょうだい」と迫る。穏やかな態度ではありますが、先の台詞といい念書といい、すでに弁護士が介入してるんだからもはや詩文に勝ち目はないとあからさまに突きつけてきてます。
封筒の中身がいくらなのかはわかりませんが、厚さからしてそれなりにまとまった額を(義務もないのに)くれるというだけましというもの。もちろん詩文にそう思わせてすんなり念書に判押させるための戦略なんですけども。
・しかし詩文は動じず、540万と申し上げたのは間違いだったんです、私の計算違いで720万円でした、なんてことをあっさり言ってのける。完全な勝ち戦を想定してた河野母は顔引きつらせる。詩文が一気に形勢を挽回した感じです。養育費を要求できるだけの根拠は何もないのに、法的なことなどお構いなしにとにかく要求するという、まあ現状詩文が取れる戦術はこれしかないですね。
想定シナリオを崩された河野母は明らかに動揺して、ですからもう扶養の義務はないんです、慰謝料もらいたいのはこっちの方、あなたのせいで女性不信になって再婚できなかった、入省したときはあの子が一番期待されていたのに、今度の事件だってもうまるで外務省の恥みたいに扱われてるんです、とほとんど愚痴を並べるごとくになってしまったので、とりあえず心理面では優位に立てたわけですから。
しかし美波とのことはまるで知らないらしい河野母は、何が理由で圭史の事故死が「外務省の恥」扱いされてると思ってるんでしょう。やはり勝手に任地を遠く離れたことが問題だというふうに知らされてるんでしょうか。
・困惑顔で河野母の繰言を聞いていた詩文は癖のある笑顔で「でも圭史さんお幸せだったと思いますよ」と話を転換する。「え ?」「好きな女と死んだんですから」。困惑する河野母に仕事をさぼって好きな女に会いに行ってたんだと説明。
息子を亡くしたばかりの母親に対しずいぶん残酷な言葉ではありますが、詩文にしてみれば冬子の将来と詩文堂の今後がかかった戦いなわけで、敵に情をかけてる場合じゃないですからね。以降の、いい加減なこと言わないで→相手の女性の遺体も発見されたようだからご確認してみてはいかがでしょうか→あなたがなんでそんなこと知ってんの→圭史さんの娘の母だからです、という応酬もまさに丁々発止といったところです。
そして「これ(封筒)はいただいておくので残りを早めにお願いします。720万いただけたら念書にサインでも捺印でもします」と詩文はあくまで720万円を要求。540万払う法的義務はないと言われたそばからそれを上回る額を平然と要求する強心臓は見事の一言です。
・あまりのことに後ろに倒れそうなポーズをした河野母は疲れ気味に出ていこうとする。事実上撤退というところですね。まあ冷静さを取り戻しさえすれば、法的には完全に母が有利なんですが。
ところがそこへちょうど詩文の父が入ってきて、「これはこれは河野さん」と挨拶したところまではよかったものの(よく顔を覚えていたものです。二十年近く会ってなかったでしょうに)、唐突に圭史くんと詩文はもうだめなんでしょうかね、といろんな意味で凄い問いを投げかけてくる。
河野母は唖然として父親の顔を見、詩文を振り返る。再び父を見ると平然と微笑んでいる。そこではーっと得心の息を吐いた母は詩文に近寄り声をひそめて「ぼけちゃったの?」と尋ねる。
詩文父の奇行が痴呆に基づくことを得心したのみならず、ただならぬ詩文の金へのこだわり、必死さの理由(父が店を支えられなくなった&介護が必要なために大金がいる)をも得心したんでしょうね。
・詩文はにっこりと「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と答え、一瞬同情を覚えた(たぶん)だけにそれを無視された格好の河野母は詩文を睨んで店を出て行く。
詩文はもともと性格的に他人に同情されることをよしとしない。だから河野母に対してもお金がないから助けてほしいと「哀願」するのでなく、冬子の実父の遺族として養育費を出す義務があると居丈高に「要求」する姿勢を貫いている。ゆえに周囲から同情を集めずにいない父の痴呆のことに触れられたくないし、本来知られたくもなかったはず。
それだけに父が家に入ってきたとき、それまで心理的に優位に立っていた詩文が明らかに動揺を見せていて、河野母が巻き返すならここが絶好の機会だったんですが、詩文はすぐ体勢を立て直し「父のことはご心配なく」と、きっぱり笑顔で拒絶してつけ込まれる隙を断った。
かくてこの場は一応は詩文の勝利というべきでしょうか。ただ最終的には両者の対決は冬子の養女問題によって、どちらの勝利ともつかない形に決着するのですが。
・福山が坂元と院内電話で会話。ネリに誘われた話をさらっとバラして(そりゃバラしたくもなる)「迷惑だよな」と福山。「福山は灰谷先生に嫌われてると思ったのに」「嫌われてんの ?僕が ?」「まあ誘われたんなら愛されてんだろ」といった他愛もない会話を、二つの部屋をカメラが横すべりに行き来しながら追ってゆく。
このとき、何かに脅えてるようでもあった、医療ミスだったら面白いな、いつも偉そうな顔してるくせにと福山。ここで「医療ミス」を口にしてるのは、ネリの医療ミスを責めるような内容の脅迫状をさんざん送りつけてるのが彼であることの伏線ですね。
・そこへネリが「二人とも来なさい」と声をかけ、彼らを引き連れて病棟へ行く。ネリは研修医たちをバックに病室で患者の容態を見るが、患者の老人はネリの指を握って「きれいですね先生は」などと言い出す。実際美人の女医さんや看護婦さんにはこの手のセクハラは日常茶飯事なんでしょうね。いや美男の男性医師でも・・・。
しかし、独身貫いてるのは忘れられない方でもいらっしゃるんですか、先生に私のお嫁さんになってもらえないかと思ってるんです、とまで言われるケースはさすがに稀・・・でもないのかな。笑顔で受け流してるネリはさすがの落ち着きです。
・私の忘れられない人は女性なんです、男性には興味ないんです、とにっこり逃げるネリ。福山たちはネリの裁き方に感動したと口々に言いますが、実際あの患者を黙らせるにはあれがベストの解答でしょうね。
しかし急に立ち止まったかと思うと意味ありげに笑いまた歩き出すネリの行動に、坂元は福山の服を引っ張って「あれってほんとか?」と気遣わしげな口調に。ネリはなぜわざわざ疑惑起こさせるような態度をとったんだか。これまたたちの悪い冗談、なのか?
ドラマでは省かれてますが、原作ではネリが詩文に同性愛的感情を抱いていたことが示唆されています(キスシーンまである)。英児と男女の関係になったりしてるので基本的にはノーマルなんでしょうが、ネリが英児に惹かれたのは彼が詩文の男である―詩文と同じ男を共有したい気分があった―ことが幾分影響してることは否めないでしょう。
・ネリにメールで自分が友人代表としてお別れしてくる旨伝えて、満希子は一人空港へ。親友のお悔やみに行くというのにちょっとわくわくしてる感じなのは、まあ普段一人で遠出する機会もないのだろうから無理もないところか。
一人でバスに乗ることを心配してたわりに、街並みに見入って携帯で写真とってみたり、乗客の黒人男性によろけたところを抱きとめられ、バス降りるときには荷物も降ろしてもらって「気をつけてお嬢ちゃん」と日本語で見送られたりとすっかりいい気分を満喫してます。
先の展開に向けて、家庭の主婦の枠を一時離れた満希子がどんどん開放的になってゆく姿を示してるようでもあります。
・メモを見ながら戸倉家へたどり着いた満希子を美波の夫が出迎える。「西尾ですこのたびは・・・」と神妙な声で挨拶を受け、さらに上の階から「おばさん」と娘の彩が駆け下りてくると満希子に抱きついて嗚咽する。さすがに満希子も浮わついた気分がふっとんだのでは。
この彩の態度からすると、満希子は美波の夫はともかく娘とは親しく交流してたみたいですね。
・奥から西尾さんと年配女性(美波の母親)が声をかける。今朝もう荼毘にふしたと聞いて「え ?もうお骨になっちゃったんですか?」と驚く満希子。
この後しばらく日本とアメリカでの葬儀の様式の違いや、娘や義理の両親にも美波の遺体を見せなかった美波夫の不自然な態度について説明がされるのは原作も一緒ですが、原作よりは幾分ソフトになっています。
そして深刻度が低い分満希子の下世話な好奇心が発揮されている(笑)。寝付けないからって美波の部屋のクローゼットを勝手に開けて服の写真とったりアルバムを開いたりするってどうなのよ。
・娘のゆかりに電話で留守中の家の様子を尋ねる満希子。下世話な好奇心に走りながらも家族のことをこまめに気にしてるのは根っからの主婦らしい。一つには彩を見てるうちに同世代のわが娘のことが気になったというのもあるのかも。
ゆかりは明の分のお弁当も自分が作って持たせたと報告。一応の家事はこなせるみたいですね。
しかしそんないかにも家庭的なしっかり者の娘らしい発言をしながら、原宿らしき街を歩くゆかりのファッションは頭に大きな黒いリボンをつけたもろメイド系。続けて地下ステージ的なところで踊るメイド服の女の子たちの姿が描かれますが、客のオタク男子の歓声を浴びながら先頭で踊ってるのは他ならぬゆかり。
親に内緒のバイトなのは明らかですが、これって非行になるのだろうか?水商売とも言い切れないしなあ・・・。
・翌日、一人花を手にフェリーに乗る満希子。手にはマロングラッセらしい箱も。
満希子は高校時代の美波のことを思い返す。セーラー服で草地に横になる美波を満希子が顔にかけてた上着?をはがして起こすと「河野さんと昨日もキスしちゃった」とテレくさげに告白する。ブッキには恋愛関係の相談事はできないからと詩文に相談をもちかけた(結果圭史を奪われるはめになった)というから満希子には圭史との付き合いの具体的なことは何も話してなかったのかと思いきや、結構喋ってますね。
「やらしい」と満希子が顔そむけると美波は「ブッキは恋をしたことないからわかんないのよ」と上着を顔に押し当ててまた寝転ぶと幸せそうにふふふと笑いつづける。満希子は憮然たる面持ち。この頃は本当に潔癖だったんですね。
今も表面は潔癖そうに振る舞ってはいますがその実妄想まみれなのは、若かりし頃の反動のようにも思えてきます。
・フェリーの上に並んで立つ大人の美波と圭史のビジョンを脳裏に描きつつ、満希子は花とマロングラッセ一個を海に投げ、「美波の好きだったマロングラッセよ。私も食べるね」と涙声で言いながら一個食べて手を合わせる。このへんのセンチメンタリズムは、少女がそのまま大人になったみたいな感じです。
・空港を荷物引いて歩く満希子を西尾さんと呼び止めたのは美波の夫である戸倉。二人はラウンジに移動するが、そこで「美波には男がいたようなんです」と切り出されて満希子は驚く。美波と圭史の不倫に関してはすでに知ってるわけですから、夫がそれに気付いてたことに対して、またその事実を何を思ってか自分に告白してきたことに対して驚いてるわけですね。
「西尾さんはご存知だったんじゃないんですか」と無表情に探りいれるようなことを言ってきた戸倉に、顔の前で手を振っていいえという満希子。戸倉の問いは美波から話を聞かされてたんじゃないかというニュアンスぽいので、何も聞いてない(自分で気付いた)という点ではこれはまんざら嘘ではないですね。
・満希子の言葉を信じたのかどうか、美波と一緒になってから心の中に他の男がいるんじゃないかという気がしてた、娘が生まれて僕と生きていこうとしてもどこかうつろで、と内心を吐露し始める戸倉。
それは違いますよ戸倉さん、と満希子は否定しますが、違うという根拠は何かと聞かれたらどう答えるつもりだったんでしょう。戸倉がそこを突っ込まないでくれたからよかったものの。
・ここで戸倉はビニールに入った手帳を出し、遺品のバッグの中にあった、この中に何もかも書いてある、この事故で死んだ人の中に美波の男がいると思うとまで言い切ったうえで、この手帳を持って帰っていただけませんかと切り出す。
万一彩が見たらと思うと恐ろしいし自分も辛い、捨ててしまおうとも思ったがこの中には僕の知らない美波の人生が息づいてる、だから親友だった満希子の手元に置いて欲しいと頭を下げてくる。
これはまた・・・確かに持っているのは怖いけど捨てるに捨てられないとなったら、“信頼できる誰かに預ける”くらいしか選択肢はない気がしますし、となれば妻の親友というのは順当な相手なんですが、正直ハイエナにエサを投げ与えてやったようなもんだよなー。
・詩文が店で電卓を叩いていると満希子が尋ねてくる。ちょっとお時間いただける?という満希子に今仕事中なんだけどと文句を言いながらも結局一緒に喫茶店 ?へと出向く。タイミング的にバンクーバーの話なのはわかりきってるので、さすがに詩文も興味があったんでしょう。
満希子もネリでなくまず詩文に話を持ち込んだのは、詩文が圭史の元妻で美波から圭史を奪った経緯があり、ネリよりずっと彼らに縁が深いからかと思います。
しかし「あの時、君を選ばなかったことが間違いだったと言って、あの人は泣いた」なんて文章を詩文に見せるというのはさすがに残酷なのでは。これは満希子らしい無神経さの表れなのか、それとも美波の親友として積極的に詩文に復讐する意図があってのことなのか。美波が幸せだったことが私にもわかったわとかちょっと嬉しそうに満希子が言うのも、どちらにも取れますね。
・美波の部屋や服の写真見せて「着るものまで変わったのよ河野さん好みに!」とまたはしゃぎ気味の満希子にふーんと気のない返事をする詩文。ここまでくるとただの出歯亀趣味ですからね。
このDDとかDMLとか何のことだと思う?と手帳中の謎の記号について聞いてきた満希子に、詩文はDDはダーリンとデート、DMLはダーリンとメイクラブじゃないかとあっさり読み解いてみせる。何だかこんな暗号を使う美波も、それを二人して覗き込み謎解きしてみせる二人も、女子高生に戻ったかのようなノリです。
・詩文の携帯が鳴り、英児からのメールが表示される。内容は「計量パス」のみ。実に短いものの詩文にしてみれば一番聞きたかった一言ですね。
かくて詩文は「あーあ、あたしも男と会いたくなっちゃった」と携帯をしまって立ち上がる。「男いるの?」と尋ねる満希子を「コーヒーごちそうさま」と軽くはぐらかしてさっさと外へ出てしまう。
本来現実の恋に忙しい詩文は、相手が元夫とはいえ他人の恋愛沙汰など基本的には関心が働かない。退屈を紛らわすように妄想にひたるしかない満希子とのコントラストが鮮やかな場面です。
・さっそく英児のところへ直行するかと思いきや、詩文はまず家へ向かい、河野母にもらった封筒から一万円抜く。詩文が勝ち取った金に等しいとはいえ、冬子の養育費名目のお金を自分の恋愛沙汰にあっさり使い込むのは・・・。
減量後のステーキ肉以外でも、日頃から詩文が買い物して英児の食事を作ってる形跡があるので、詩文堂の貧乏は詩文が英児に貢いでる影響も多少あるのでは。
・そのころ満希子は夫に美波の恋愛沙汰をしっかりこっそり打ち明ける。「誰にも言わないでくれって言われたんだろ」「パパだけよ」「本当に僕だけにしときなさいよ」なんて会話してますが、とっくに詩文にバラし済みではないですか。やはり戸倉氏は信用すべき相手を間違った。
美波は幸せだったかもしれないけどやっぱり不倫はよくない、旦那さんはこれからずっと傷抱えて生きてかなきゃいけないという満希子に、案外さっぱりしてるかもしれないぞ、旦那だって何してるかわからないし、などと案外シリアス顔で応じる武。
これは武自身が「何かしてる」ことの伏線でしょう。こんなこと言ってる満希子の方もその後結局は不倫に走るわけですし。
・肉屋で100グラム2300円の上肉224グラムを景気良く1万円で買う詩文。そのまま英児の家へ行き料理していると、英児が後ろから抱きしめてくる。それもいきなりエプロン脱がせにかかる性急さ。
詩文は普通の声で「今日は最高級のステーキよ」と大人の余裕を見せたと思ったら「もう死にたいって思うくらいいい気持ちにして」と結局そのまま料理は中断して向こうの部屋で行為に及ぶ。顔だけは守ってよ、明日勝ったら思いっきりいかせてやるよ、あの世までいく ?、といった睦言を交わしあい、やがて彼らの声も音もすぐ外を走る電車の音に紛れていく。
満希子が夢想し、のちに大森と体験するお洒落な恋愛(ごっこ)とは対極の、60年代70年代的泥臭さ・生活臭にまみれた“愛”の形。しかし半ば以上想像でしか描かれない美波のケースを除けば、ネリと英児の場合も詩文と澤田の場合も、彼らが結ばれるのは狭い畳の部屋ばかり。お洒落でスマートな恋愛など虚構にすぎない、泥臭い、生の身体のぶつかり合いにこそ真実があるというメッセージがそこに篭められている気がします。
・英児の試合。詩文は人のまばらなリングサイドで冷静に観戦している。気が乗らない顔をしてたものの結局詩文は試合を見に来た。付き合ってる男の本気の頼みをむげにしたりはしない、そのあたりが詩文のいい女たる所以でしょう。
・当初は完全に英児優勢に見えたものの相手は殴らせながら耐え切リ、次のラウンドではその相手のパンチが英児の顔面に入り、その一発で英児はマットに沈む。
あれだけ殴られながら耐え切った相手選手に比べずいぶん脆い印象ですが、それは原作でははっきり書かれてる英児のパンチの軽さ(相手に与えるダメージが少ない)と、ここまでの試合展開と“ボクサーにしては綺麗な顔”が示すように英児が殴られることに慣れていない、パンチをかわすのは得意でもいざパンチが入ってしまったときの耐久力が低いゆえでしょう。詩文がよく口にする「顔だけは守ってよ」が仇になってる部分もあるのかも。
・必死に立とうとする英児。まわりの英児コールの中詩文はじっと動かない。ついに英児は立ち上がったもののまた倒れ、そのままテンカウント。そこで初めて詩文は立ち上がる。
すぐに立ち上がらず声援も送らなかったのは、英児は自力で立つはず、まだ戦えるはずと信じていたからこそですね。全てが終わってからようやくアクションを起こした詩文の、無表情のようでいて悲しげな顔がそれを示しています。
・英児のアパート。詩文は横になっている英児の側によりそうように座って顔をタオルで冷やしてやっている。「あたしのために守ったのね、顔」「クロス受けてからはおぼえてない。負けたのかおれは」「・・・やっぱり試合はいや。もうこれからは行かないわ」。
少ない言葉を交わしたあと、英児は詩文の腕を引っ張り布団に倒して、上にかぶさり服をはだけようとする。「ムリよ今日は」とさすがに詩文がたしなめるものの「なにいってんだよ、死にたいくらいいい気持ちにしてやるぜ」と早口に言いながら英児はボタンをはずしていく。
この時の落ち着きない口調、早口っぷりに英児の性急さ、我慢できないという感情が溢れてて、なんかドキドキしてしまいました。詩文も無理しないほうがいいよ、と言いつつ抵抗はしない。そして英児は乱暴に唇を重ねてくるが、そのまま身体が横に倒れ目を見開いたまま全身を痙攣させはじめる。
これは怖い。顔面にパンチくらってノックアウトされて数時間だけに、明らかにヤバいのがわかります。英児の名を呼びながら身体を揺すり続ける詩文の動揺も全く無理ないところ。
・救急車がネリの病院へ。呼吸器をつけ意識ない状態の英児が運びこまれる。詩文も付き添いで一緒に病院内に。医師たちの手で英児が手術室へ運ばれたあと、一人残ったネリは詩文と無言で見つめあう。
ネリの視線は詩文の服の胸ボタンが一つ外れているのを捉えている。こんな時間に、家族以外の男の付き添いで病院に飛び込んできた時点で二人の関係はすでに察せられてるでしょうが、行為の最中に倒れたことを示唆する生々しい証拠を前に、相手が友人だけに複雑な気分でしょうね。
・美波が死んだというのに「ぜんぜん負けてない」と納得しあってる詩文とネリの反応にまた怒り出した満希子は「こんな幸せな死に方なかなかないよ」「じゃあ聞くけどさブッキ幸せ?」というネリの質問に幸せ、充実してると答える。そして美波が死んだのに何も感じないの、となおも怒る。
23年だか25年だか会ってない昔の知り合いが死んだ程度のことならこういう反応で当然だと思いますが。呆れ気味のネリと詩文は帰ろうかと言い合う。
ネリがおごるというのを満希子がそういうわけにいかないと言い出したため、じゃあ3000円ずつとネリが提案。第一回で詩文の困窮ぶりを見ているので、詩文は余計なこと言うなと思ってるだろうなーと思ったら、あっさりあたしお金ないのと素直に申告。「原はいいのあたしが誘ったんだから」と言うネリに詩文もごちそうさまと遠慮なく払ってもらう。変に見栄張って損するより自分にとって必要と思われることはストレートに要求する、そんな詩文の割り切り方が表れた場面です。
対照的にメンツを大事にするタイプの満希子は面白くなさそうな顔。お金がないからってこの話の流れで自分だけおごってもらおうなんて図々しいという思いと、だったら自分もおごってもらっとけばよかったという損した気分が半々ってとこでしょう。
・帰り道、ネリの携帯に病院からの呼び出しが。クモ膜下出血の患者が運ばれてくるからとのこと。タクシーを止めて病院に向かおうとするネリは飲んだって若いのより腕がいいのよ、じゃあねと別れを告げて去っていく。
見送って「かっこいいー」という詩文の反応に飲んでるのにいいのかと満希子は案じるが、「気が付かなかったの?ネリが飲んでたのウーロン茶よ」。詩文の方がよく人を見ている、というより満希子が見てなさすぎというか。ネリはシラフであんな喧嘩をやらかしたわけだ。
・詩文と満希子は並んで歩き出す。美波の娘はどうしてるだろうと母親視点で心配する満希子に「かわいそーって言葉が好きねえ」と詩文は揶揄するように言う。
詩文が匂わせてる通り、“可哀想”という言葉には相手を憐れむことで自分が高みに立とうとする心理が感じられる。ネリに幸せかと聞かれた満希子は幸せ、充実してると答えたけれど、平穏無事という意味で幸せではあってもそれゆえに退屈している、つまり充実とは対極の状態にあるといえる。
本当に充実してる人間は彼女のように他人の人生にやたら首を突っ込んだりはしない(する必要も時間もない)。他人を憐れむことは相対的に自分の幸せを実感することになり、しばし日々の退屈を癒すことができる。きっとシングルマザーの詩文も片親の冬子もそうした人たちの「可哀想」の声にうんざりさせられることしばしばだったんでしょうね。
・夜の新宿。途中で足を止め街頭スクリーンのニュース映像を見る二人。美波のニュースが流れる一方で「あれ、河野の名前どっかに消えちゃった」というミステリーが。「不倫がばれちゃったかしらー」と軽い口調で満希子は言う。
つまり圭史と美波が同じ船に乗っていたことから二人が不倫関係だったと世間に知られる不名誉を怖れた外務省が、圭史の名を隠しにかかったと言いたいようですが、単に同じ船で死んだ、ともに日本人というだけで彼らの関係を世間も外務省も疑うものだろうか。元夫婦とでもいうのならともかく、二人が20年以上前に短期間交際してたことなど記録に残ってるはずもないし。
むしろ本来ロンドンにいるはずの圭史がなぜかバンクーバーにいたという職場放棄が問題になった可能性が高いのでは。
・満希子の携帯が鳴り、見ればゆかりから父弟と焼肉を食べにいくというメール。携帯を閉じるとすでに詩文の姿は消えている。一言の断りもなく勝手に帰ってしまうあたりがマイペースな詩文らしいというか。
・詩文は踏み切り脇の階段を上がり英児のアパートへ。勝手に中に入ってそのへんを片付けてると、英児が服を脱ぎ捨てサウナスーツを着込んで台所に座り込む。息があがり苦しげな様子。
「あと何百グラム ?」「500オーバー」。詩文は荒い息をする英児の前に座り「もうちょっとじゃない。頑張ってね~」と軽い口調で髪の毛をなでまわす。抱きしめてくる英児を一緒に我慢する約束でしょ、といなしながら自分からも英児の首に手を回している。
我慢したほうがあとで素敵なのに、とか言いつつほとんど誘惑してるとか思えないです。ああそうか、より我慢したほうがより素敵だからあえて誘惑してみてるのか・・・。
・英児がいきなり詩文をつき放す。「その気がないんだったらくんなよ!今大事なときなんだから」。確かにここで500グラム減量しそこなえば一大事なわけで、快楽を追う詩文のゲームに付き合ってられないと感じるのは当然。・・・のはずですが「大事なときなんだから」はちょっと優しめの声になり、わかったと立ち上がった詩文がバッグを持って出ていこうとすると前をふさいで、「ごめん」と詫びる。
このとき言い方はぶっきらぼうですが真剣な、ちょっと困ったような幼い顔をしてて、結局詩文に頭上がらないんだなーというのが見て取れます。
・「あたしから離れたら破滅するから」と怖いことを言う詩文に「別れた夫みたいに?」とちょっと皮肉っぽい笑う英児。英児にしては毒のある台詞ですが、詩文は「そう」とにっこり微笑んで動じない。
この二人の関係は完全に年上の詩文が手綱を握っていて、英児も時に乱暴な口をきいても詩文に翻弄されることをむしろ望んでいるように見えます。一種マゾヒスティックな快感があるんじゃないのかな。
・「今度の試合、来てくれ」という英児に「見たくないわ」と笑顔のままにべもなく返す詩文。かまわず英児はリングサイドのチケットを渡す。「お金ないのに。考えとく」と詩文は答えますが、まさか英児も自分から来いと言っておいてチケット代請求なんてしないだろうに。
英児の綺麗な顔が傷つくのを嫌がる詩文が試合を見ようとしないのは今に始まったことではないのに、あえて今度の試合は見て欲しいと英児が言い出したのは、単純にここで勝てば日本チャンプに挑戦できる(彼にとってチャンスと言うべき)試合だからか。それとも圭史の話を自分から出した直後なので圭史へのやきもちから詩文に側に居て欲しい思いが募ったのか。あるいはこれが(日本で)最後の試合になるという虫の知らせめいたものがあったのでしょうか。
・上機嫌で帰ってきた子供たちの姿に、一人で食事してる満希子はおかんむり。もともと夕飯時に勝手に留守した満希子が悪いんじゃないか。
武と二人きりになってから「美波やっぱりだめだったわ」「例の船に美波も乗ってたのよ」と声ひそめつつ報告する満希子ですが、その声には微妙に楽しんでる響きが。「男と一緒にか。うわーやるもんだね君の友達も」と答える武の方もなんか楽しげです。不謹慎な夫婦だ。
・満希子がバンクーバーにお悔やみに行こうかなというと、武は積極的に賛成し満希子がいなくても別に大丈夫などと言うのだが、こんな言い方されたらまずむくれそうな満希子が意外にも反論しない。それだけお悔やみに名を借りたバンクーバー旅行計画に夢中なんでしょうね。
・美波の香典は一万円くらいが妥当かという武に満希子は五万くらいじゃないかと答える。後に大森に貢ぎまくり、さらに700万の損害を取り戻そうとしなかった時もそうですが、昔から金に不自由したことがないと思われる満希子は全体に金に鷹揚な傾向があるように思います。
元夫の死に際して1万円の香典しか出さず、投げ返されれば大人しく持ち帰った詩文とは実に対照的。
・原家の食卓。バンクーバー船舶事故のニュースに圭史の名前が出なくなったことについて、圭史くんが死んだというのは間違いなのかねと父親が聞いてくる。後の展開を思うと、この頃はまだずいぶんまともな判断力があったんだなあとしみじみします。
外務省が情報操作してるんじゃという詩文の言葉に、娘は「なんか事件ぽい感じ」、なんか悪いことでもしてたのかなと楽しげに言う。しかし後で部屋で一人父のことをネット検索するときは打って変わって真面目な顔。
いかにも現代っ子らしく、常に軽いノリで顔も知らない父親のことなどどうでもいいという態度を取っている冬子ですが、それは多分に詩文を気遣ってのポーズもあるんでしょうね。
・夜の病院。手術着のまま一人廊下を歩くネリは、怪しい気配を感じるのかときどき後ろを振り返りついには走り出す。福山が今日は帰ると聞いて「じゃあ私のこと家まで送って。お願い」とキュートに微笑んでお願いする。そんなネリの態度に同じく研修医の坂元は何色気出してんだ的なちょっと呆れた顔をしてます。
後輩や部下の立場から見ると、上司特権で仕事以外でもあれこれ指図してくる、そのくせ拗ねたり甘えたりするような態度でいかにも自分は女として魅力的だから男が言うことを聞くと思ってる(ように見える)ネリは結構むかつく存在なんでしょうね。福山は無表情に「はあ。いいですけど」と返事。
ネリが去った後に、彼らの後ろを足早に通り抜けた看護婦(宮部)がカルテ?で福山の頭を殴っていく。明らかに焼きもちを焼いたっぽい態度、それを行動で示すところから、二人が恋仲らしいことをうかがわせます。この時点では上司命令にいやいや付き合わされてるようにしか見えない福山に、それでも怒るのだから大分嫉妬ぶかい性格と思われます。
・マンション入口で帰ろうとする福山を、「押し倒したりしないから」中まできてくれと引き止めるネリ。手紙のことまでは病院関係者には言いづらいとしても最近つけられてる気がして怖い、くらいの説明はしてもいいだろうに。欲求不満からくる自意識過剰、とか勘ぐられたくなかったのか。
・玄関で電気をつけてそろそろと部屋の中へ入るネリ。「早く入ってよ」と福山を促しつつ彼を一階で待たせて二階の様子を見に行く。ここで冷徹な福山の顔が意味ありげにアップになる。
思えばここで人もあろうに福山に送ってもらったために、部屋の間取りから何から知られてしまうことになった。知らないこととはいえ思い切り墓穴を掘ってしまいましたね。
・階段途中で足を止めたネリはもういいわと言ったものの、福山が一礼して出て行こうとすると彼を引き止め「泊まってく?」などと言い出す。まあちょっとたちの悪い冗談なんでしょうが声が微妙に本気っぽい。それだけ不安だったのかもですが、美人独身女医だけに微妙な発言ではあります。
福山は苦笑浮かべて「いや・・・それは」となんの面白味もない答えを返しますが、この時点ではまだネリに惚れてはいなかったんでしょうね。一方でこれ幸いと上がりこんでネリを暴行するとかそういう形で恨みを晴らすつもりもない。エリートだけに自分が犯人とはバレない、自分が傷つかないようなやり方しか取らないんでしょうね。
・旅行会社のカウンター。飛行場からはバスだと係に聞いた満希子は「一人でバス乗ったりはできないわあー」と甘えるような喋り方をする。海外一人旅ですから不安なのはわかりますが、それを人前でそのままさらけ出す、しかも甘えるような口ぶりなのが満希子の精神的幼さを示しているような。
係の人はまるでペースを崩さず、料金はかかるが現地の旅行会社に出迎えを頼む方法もあると提案しますが、すると「え、料金かかるんですか?」という反応。体面のためにはどんとお金かける一方で細かいところ(身の安全に関わる問題なのに)でケチるあたりが、いかにも主婦感覚ですね。
・店番する詩文。そこへ河野母来店。黒い日傘を差しているのは、白い日傘愛用の詩文とのコントラストでしょうか。
最初俯いた姿勢で気づかなかった詩文は「もしもし」と声をかけられ、「河野さん」と驚く。かつての義母を名字にさんづけというのも不思議な感じですが、確かに今さら「お義母さん」とも呼びにくいし・・・。この呼びかけに二人の複雑な関係性が象徴されてるともいえます。
・河野母は、養育費のことを弁護士に聞いたところ、親が死んだら扶養の義務は消滅するそうですよ、と上品ににっこり笑う。
この人の(詩文に対する)にっこりはファイティングポーズにも等しい。話の内容的にも完全に詩文をやっつけに来てますしね。それを「そのことでわざわざ ?」と、くだらないこととでも言いたげな台詞で受ける詩文も大人しくやられそうもないですが。
・河野母は「これは私の気持ち」と白い封筒を差し出す。続けて今後二度と河野の家に近づかない、無心はしない旨を記載した念書を出して「ここにすぐ署名捺印してちょうだい」と迫る。穏やかな態度ではありますが、先の台詞といい念書といい、すでに弁護士が介入してるんだからもはや詩文に勝ち目はないとあからさまに突きつけてきてます。
封筒の中身がいくらなのかはわかりませんが、厚さからしてそれなりにまとまった額を(義務もないのに)くれるというだけましというもの。もちろん詩文にそう思わせてすんなり念書に判押させるための戦略なんですけども。
・しかし詩文は動じず、540万と申し上げたのは間違いだったんです、私の計算違いで720万円でした、なんてことをあっさり言ってのける。完全な勝ち戦を想定してた河野母は顔引きつらせる。詩文が一気に形勢を挽回した感じです。養育費を要求できるだけの根拠は何もないのに、法的なことなどお構いなしにとにかく要求するという、まあ現状詩文が取れる戦術はこれしかないですね。
想定シナリオを崩された河野母は明らかに動揺して、ですからもう扶養の義務はないんです、慰謝料もらいたいのはこっちの方、あなたのせいで女性不信になって再婚できなかった、入省したときはあの子が一番期待されていたのに、今度の事件だってもうまるで外務省の恥みたいに扱われてるんです、とほとんど愚痴を並べるごとくになってしまったので、とりあえず心理面では優位に立てたわけですから。
しかし美波とのことはまるで知らないらしい河野母は、何が理由で圭史の事故死が「外務省の恥」扱いされてると思ってるんでしょう。やはり勝手に任地を遠く離れたことが問題だというふうに知らされてるんでしょうか。
・困惑顔で河野母の繰言を聞いていた詩文は癖のある笑顔で「でも圭史さんお幸せだったと思いますよ」と話を転換する。「え ?」「好きな女と死んだんですから」。困惑する河野母に仕事をさぼって好きな女に会いに行ってたんだと説明。
息子を亡くしたばかりの母親に対しずいぶん残酷な言葉ではありますが、詩文にしてみれば冬子の将来と詩文堂の今後がかかった戦いなわけで、敵に情をかけてる場合じゃないですからね。以降の、いい加減なこと言わないで→相手の女性の遺体も発見されたようだからご確認してみてはいかがでしょうか→あなたがなんでそんなこと知ってんの→圭史さんの娘の母だからです、という応酬もまさに丁々発止といったところです。
そして「これ(封筒)はいただいておくので残りを早めにお願いします。720万いただけたら念書にサインでも捺印でもします」と詩文はあくまで720万円を要求。540万払う法的義務はないと言われたそばからそれを上回る額を平然と要求する強心臓は見事の一言です。
・あまりのことに後ろに倒れそうなポーズをした河野母は疲れ気味に出ていこうとする。事実上撤退というところですね。まあ冷静さを取り戻しさえすれば、法的には完全に母が有利なんですが。
ところがそこへちょうど詩文の父が入ってきて、「これはこれは河野さん」と挨拶したところまではよかったものの(よく顔を覚えていたものです。二十年近く会ってなかったでしょうに)、唐突に圭史くんと詩文はもうだめなんでしょうかね、といろんな意味で凄い問いを投げかけてくる。
河野母は唖然として父親の顔を見、詩文を振り返る。再び父を見ると平然と微笑んでいる。そこではーっと得心の息を吐いた母は詩文に近寄り声をひそめて「ぼけちゃったの?」と尋ねる。
詩文父の奇行が痴呆に基づくことを得心したのみならず、ただならぬ詩文の金へのこだわり、必死さの理由(父が店を支えられなくなった&介護が必要なために大金がいる)をも得心したんでしょうね。
・詩文はにっこりと「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と答え、一瞬同情を覚えた(たぶん)だけにそれを無視された格好の河野母は詩文を睨んで店を出て行く。
詩文はもともと性格的に他人に同情されることをよしとしない。だから河野母に対してもお金がないから助けてほしいと「哀願」するのでなく、冬子の実父の遺族として養育費を出す義務があると居丈高に「要求」する姿勢を貫いている。ゆえに周囲から同情を集めずにいない父の痴呆のことに触れられたくないし、本来知られたくもなかったはず。
それだけに父が家に入ってきたとき、それまで心理的に優位に立っていた詩文が明らかに動揺を見せていて、河野母が巻き返すならここが絶好の機会だったんですが、詩文はすぐ体勢を立て直し「父のことはご心配なく」と、きっぱり笑顔で拒絶してつけ込まれる隙を断った。
かくてこの場は一応は詩文の勝利というべきでしょうか。ただ最終的には両者の対決は冬子の養女問題によって、どちらの勝利ともつかない形に決着するのですが。
・福山が坂元と院内電話で会話。ネリに誘われた話をさらっとバラして(そりゃバラしたくもなる)「迷惑だよな」と福山。「福山は灰谷先生に嫌われてると思ったのに」「嫌われてんの ?僕が ?」「まあ誘われたんなら愛されてんだろ」といった他愛もない会話を、二つの部屋をカメラが横すべりに行き来しながら追ってゆく。
このとき、何かに脅えてるようでもあった、医療ミスだったら面白いな、いつも偉そうな顔してるくせにと福山。ここで「医療ミス」を口にしてるのは、ネリの医療ミスを責めるような内容の脅迫状をさんざん送りつけてるのが彼であることの伏線ですね。
・そこへネリが「二人とも来なさい」と声をかけ、彼らを引き連れて病棟へ行く。ネリは研修医たちをバックに病室で患者の容態を見るが、患者の老人はネリの指を握って「きれいですね先生は」などと言い出す。実際美人の女医さんや看護婦さんにはこの手のセクハラは日常茶飯事なんでしょうね。いや美男の男性医師でも・・・。
しかし、独身貫いてるのは忘れられない方でもいらっしゃるんですか、先生に私のお嫁さんになってもらえないかと思ってるんです、とまで言われるケースはさすがに稀・・・でもないのかな。笑顔で受け流してるネリはさすがの落ち着きです。
・私の忘れられない人は女性なんです、男性には興味ないんです、とにっこり逃げるネリ。福山たちはネリの裁き方に感動したと口々に言いますが、実際あの患者を黙らせるにはあれがベストの解答でしょうね。
しかし急に立ち止まったかと思うと意味ありげに笑いまた歩き出すネリの行動に、坂元は福山の服を引っ張って「あれってほんとか?」と気遣わしげな口調に。ネリはなぜわざわざ疑惑起こさせるような態度をとったんだか。これまたたちの悪い冗談、なのか?
ドラマでは省かれてますが、原作ではネリが詩文に同性愛的感情を抱いていたことが示唆されています(キスシーンまである)。英児と男女の関係になったりしてるので基本的にはノーマルなんでしょうが、ネリが英児に惹かれたのは彼が詩文の男である―詩文と同じ男を共有したい気分があった―ことが幾分影響してることは否めないでしょう。
・ネリにメールで自分が友人代表としてお別れしてくる旨伝えて、満希子は一人空港へ。親友のお悔やみに行くというのにちょっとわくわくしてる感じなのは、まあ普段一人で遠出する機会もないのだろうから無理もないところか。
一人でバスに乗ることを心配してたわりに、街並みに見入って携帯で写真とってみたり、乗客の黒人男性によろけたところを抱きとめられ、バス降りるときには荷物も降ろしてもらって「気をつけてお嬢ちゃん」と日本語で見送られたりとすっかりいい気分を満喫してます。
先の展開に向けて、家庭の主婦の枠を一時離れた満希子がどんどん開放的になってゆく姿を示してるようでもあります。
・メモを見ながら戸倉家へたどり着いた満希子を美波の夫が出迎える。「西尾ですこのたびは・・・」と神妙な声で挨拶を受け、さらに上の階から「おばさん」と娘の彩が駆け下りてくると満希子に抱きついて嗚咽する。さすがに満希子も浮わついた気分がふっとんだのでは。
この彩の態度からすると、満希子は美波の夫はともかく娘とは親しく交流してたみたいですね。
・奥から西尾さんと年配女性(美波の母親)が声をかける。今朝もう荼毘にふしたと聞いて「え ?もうお骨になっちゃったんですか?」と驚く満希子。
この後しばらく日本とアメリカでの葬儀の様式の違いや、娘や義理の両親にも美波の遺体を見せなかった美波夫の不自然な態度について説明がされるのは原作も一緒ですが、原作よりは幾分ソフトになっています。
そして深刻度が低い分満希子の下世話な好奇心が発揮されている(笑)。寝付けないからって美波の部屋のクローゼットを勝手に開けて服の写真とったりアルバムを開いたりするってどうなのよ。
・娘のゆかりに電話で留守中の家の様子を尋ねる満希子。下世話な好奇心に走りながらも家族のことをこまめに気にしてるのは根っからの主婦らしい。一つには彩を見てるうちに同世代のわが娘のことが気になったというのもあるのかも。
ゆかりは明の分のお弁当も自分が作って持たせたと報告。一応の家事はこなせるみたいですね。
しかしそんないかにも家庭的なしっかり者の娘らしい発言をしながら、原宿らしき街を歩くゆかりのファッションは頭に大きな黒いリボンをつけたもろメイド系。続けて地下ステージ的なところで踊るメイド服の女の子たちの姿が描かれますが、客のオタク男子の歓声を浴びながら先頭で踊ってるのは他ならぬゆかり。
親に内緒のバイトなのは明らかですが、これって非行になるのだろうか?水商売とも言い切れないしなあ・・・。
・翌日、一人花を手にフェリーに乗る満希子。手にはマロングラッセらしい箱も。
満希子は高校時代の美波のことを思い返す。セーラー服で草地に横になる美波を満希子が顔にかけてた上着?をはがして起こすと「河野さんと昨日もキスしちゃった」とテレくさげに告白する。ブッキには恋愛関係の相談事はできないからと詩文に相談をもちかけた(結果圭史を奪われるはめになった)というから満希子には圭史との付き合いの具体的なことは何も話してなかったのかと思いきや、結構喋ってますね。
「やらしい」と満希子が顔そむけると美波は「ブッキは恋をしたことないからわかんないのよ」と上着を顔に押し当ててまた寝転ぶと幸せそうにふふふと笑いつづける。満希子は憮然たる面持ち。この頃は本当に潔癖だったんですね。
今も表面は潔癖そうに振る舞ってはいますがその実妄想まみれなのは、若かりし頃の反動のようにも思えてきます。
・フェリーの上に並んで立つ大人の美波と圭史のビジョンを脳裏に描きつつ、満希子は花とマロングラッセ一個を海に投げ、「美波の好きだったマロングラッセよ。私も食べるね」と涙声で言いながら一個食べて手を合わせる。このへんのセンチメンタリズムは、少女がそのまま大人になったみたいな感じです。
・空港を荷物引いて歩く満希子を西尾さんと呼び止めたのは美波の夫である戸倉。二人はラウンジに移動するが、そこで「美波には男がいたようなんです」と切り出されて満希子は驚く。美波と圭史の不倫に関してはすでに知ってるわけですから、夫がそれに気付いてたことに対して、またその事実を何を思ってか自分に告白してきたことに対して驚いてるわけですね。
「西尾さんはご存知だったんじゃないんですか」と無表情に探りいれるようなことを言ってきた戸倉に、顔の前で手を振っていいえという満希子。戸倉の問いは美波から話を聞かされてたんじゃないかというニュアンスぽいので、何も聞いてない(自分で気付いた)という点ではこれはまんざら嘘ではないですね。
・満希子の言葉を信じたのかどうか、美波と一緒になってから心の中に他の男がいるんじゃないかという気がしてた、娘が生まれて僕と生きていこうとしてもどこかうつろで、と内心を吐露し始める戸倉。
それは違いますよ戸倉さん、と満希子は否定しますが、違うという根拠は何かと聞かれたらどう答えるつもりだったんでしょう。戸倉がそこを突っ込まないでくれたからよかったものの。
・ここで戸倉はビニールに入った手帳を出し、遺品のバッグの中にあった、この中に何もかも書いてある、この事故で死んだ人の中に美波の男がいると思うとまで言い切ったうえで、この手帳を持って帰っていただけませんかと切り出す。
万一彩が見たらと思うと恐ろしいし自分も辛い、捨ててしまおうとも思ったがこの中には僕の知らない美波の人生が息づいてる、だから親友だった満希子の手元に置いて欲しいと頭を下げてくる。
これはまた・・・確かに持っているのは怖いけど捨てるに捨てられないとなったら、“信頼できる誰かに預ける”くらいしか選択肢はない気がしますし、となれば妻の親友というのは順当な相手なんですが、正直ハイエナにエサを投げ与えてやったようなもんだよなー。
・詩文が店で電卓を叩いていると満希子が尋ねてくる。ちょっとお時間いただける?という満希子に今仕事中なんだけどと文句を言いながらも結局一緒に喫茶店 ?へと出向く。タイミング的にバンクーバーの話なのはわかりきってるので、さすがに詩文も興味があったんでしょう。
満希子もネリでなくまず詩文に話を持ち込んだのは、詩文が圭史の元妻で美波から圭史を奪った経緯があり、ネリよりずっと彼らに縁が深いからかと思います。
しかし「あの時、君を選ばなかったことが間違いだったと言って、あの人は泣いた」なんて文章を詩文に見せるというのはさすがに残酷なのでは。これは満希子らしい無神経さの表れなのか、それとも美波の親友として積極的に詩文に復讐する意図があってのことなのか。美波が幸せだったことが私にもわかったわとかちょっと嬉しそうに満希子が言うのも、どちらにも取れますね。
・美波の部屋や服の写真見せて「着るものまで変わったのよ河野さん好みに!」とまたはしゃぎ気味の満希子にふーんと気のない返事をする詩文。ここまでくるとただの出歯亀趣味ですからね。
このDDとかDMLとか何のことだと思う?と手帳中の謎の記号について聞いてきた満希子に、詩文はDDはダーリンとデート、DMLはダーリンとメイクラブじゃないかとあっさり読み解いてみせる。何だかこんな暗号を使う美波も、それを二人して覗き込み謎解きしてみせる二人も、女子高生に戻ったかのようなノリです。
・詩文の携帯が鳴り、英児からのメールが表示される。内容は「計量パス」のみ。実に短いものの詩文にしてみれば一番聞きたかった一言ですね。
かくて詩文は「あーあ、あたしも男と会いたくなっちゃった」と携帯をしまって立ち上がる。「男いるの?」と尋ねる満希子を「コーヒーごちそうさま」と軽くはぐらかしてさっさと外へ出てしまう。
本来現実の恋に忙しい詩文は、相手が元夫とはいえ他人の恋愛沙汰など基本的には関心が働かない。退屈を紛らわすように妄想にひたるしかない満希子とのコントラストが鮮やかな場面です。
・さっそく英児のところへ直行するかと思いきや、詩文はまず家へ向かい、河野母にもらった封筒から一万円抜く。詩文が勝ち取った金に等しいとはいえ、冬子の養育費名目のお金を自分の恋愛沙汰にあっさり使い込むのは・・・。
減量後のステーキ肉以外でも、日頃から詩文が買い物して英児の食事を作ってる形跡があるので、詩文堂の貧乏は詩文が英児に貢いでる影響も多少あるのでは。
・そのころ満希子は夫に美波の恋愛沙汰をしっかりこっそり打ち明ける。「誰にも言わないでくれって言われたんだろ」「パパだけよ」「本当に僕だけにしときなさいよ」なんて会話してますが、とっくに詩文にバラし済みではないですか。やはり戸倉氏は信用すべき相手を間違った。
美波は幸せだったかもしれないけどやっぱり不倫はよくない、旦那さんはこれからずっと傷抱えて生きてかなきゃいけないという満希子に、案外さっぱりしてるかもしれないぞ、旦那だって何してるかわからないし、などと案外シリアス顔で応じる武。
これは武自身が「何かしてる」ことの伏線でしょう。こんなこと言ってる満希子の方もその後結局は不倫に走るわけですし。
・肉屋で100グラム2300円の上肉224グラムを景気良く1万円で買う詩文。そのまま英児の家へ行き料理していると、英児が後ろから抱きしめてくる。それもいきなりエプロン脱がせにかかる性急さ。
詩文は普通の声で「今日は最高級のステーキよ」と大人の余裕を見せたと思ったら「もう死にたいって思うくらいいい気持ちにして」と結局そのまま料理は中断して向こうの部屋で行為に及ぶ。顔だけは守ってよ、明日勝ったら思いっきりいかせてやるよ、あの世までいく ?、といった睦言を交わしあい、やがて彼らの声も音もすぐ外を走る電車の音に紛れていく。
満希子が夢想し、のちに大森と体験するお洒落な恋愛(ごっこ)とは対極の、60年代70年代的泥臭さ・生活臭にまみれた“愛”の形。しかし半ば以上想像でしか描かれない美波のケースを除けば、ネリと英児の場合も詩文と澤田の場合も、彼らが結ばれるのは狭い畳の部屋ばかり。お洒落でスマートな恋愛など虚構にすぎない、泥臭い、生の身体のぶつかり合いにこそ真実があるというメッセージがそこに篭められている気がします。
・英児の試合。詩文は人のまばらなリングサイドで冷静に観戦している。気が乗らない顔をしてたものの結局詩文は試合を見に来た。付き合ってる男の本気の頼みをむげにしたりはしない、そのあたりが詩文のいい女たる所以でしょう。
・当初は完全に英児優勢に見えたものの相手は殴らせながら耐え切リ、次のラウンドではその相手のパンチが英児の顔面に入り、その一発で英児はマットに沈む。
あれだけ殴られながら耐え切った相手選手に比べずいぶん脆い印象ですが、それは原作でははっきり書かれてる英児のパンチの軽さ(相手に与えるダメージが少ない)と、ここまでの試合展開と“ボクサーにしては綺麗な顔”が示すように英児が殴られることに慣れていない、パンチをかわすのは得意でもいざパンチが入ってしまったときの耐久力が低いゆえでしょう。詩文がよく口にする「顔だけは守ってよ」が仇になってる部分もあるのかも。
・必死に立とうとする英児。まわりの英児コールの中詩文はじっと動かない。ついに英児は立ち上がったもののまた倒れ、そのままテンカウント。そこで初めて詩文は立ち上がる。
すぐに立ち上がらず声援も送らなかったのは、英児は自力で立つはず、まだ戦えるはずと信じていたからこそですね。全てが終わってからようやくアクションを起こした詩文の、無表情のようでいて悲しげな顔がそれを示しています。
・英児のアパート。詩文は横になっている英児の側によりそうように座って顔をタオルで冷やしてやっている。「あたしのために守ったのね、顔」「クロス受けてからはおぼえてない。負けたのかおれは」「・・・やっぱり試合はいや。もうこれからは行かないわ」。
少ない言葉を交わしたあと、英児は詩文の腕を引っ張り布団に倒して、上にかぶさり服をはだけようとする。「ムリよ今日は」とさすがに詩文がたしなめるものの「なにいってんだよ、死にたいくらいいい気持ちにしてやるぜ」と早口に言いながら英児はボタンをはずしていく。
この時の落ち着きない口調、早口っぷりに英児の性急さ、我慢できないという感情が溢れてて、なんかドキドキしてしまいました。詩文も無理しないほうがいいよ、と言いつつ抵抗はしない。そして英児は乱暴に唇を重ねてくるが、そのまま身体が横に倒れ目を見開いたまま全身を痙攣させはじめる。
これは怖い。顔面にパンチくらってノックアウトされて数時間だけに、明らかにヤバいのがわかります。英児の名を呼びながら身体を揺すり続ける詩文の動揺も全く無理ないところ。
・救急車がネリの病院へ。呼吸器をつけ意識ない状態の英児が運びこまれる。詩文も付き添いで一緒に病院内に。医師たちの手で英児が手術室へ運ばれたあと、一人残ったネリは詩文と無言で見つめあう。
ネリの視線は詩文の服の胸ボタンが一つ外れているのを捉えている。こんな時間に、家族以外の男の付き添いで病院に飛び込んできた時点で二人の関係はすでに察せられてるでしょうが、行為の最中に倒れたことを示唆する生々しい証拠を前に、相手が友人だけに複雑な気分でしょうね。