読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

読むと熊本へ出かけたくなる漫画『今日どこさん行くと?』

2020-05-04 17:13:00 | 旅のお噂


『今日どこさん行くと?』(全3巻)
鹿子木灯著、KADOKAWA/メディアファクトリー(MFCキューンシリーズ)、2018年〜2020年


ふだんはほとんど漫画を読まないわたしにしては珍しく、今回は漫画を取り上げることにいたします。

美人で可愛らしい上に仕事もバリバリこなしていて、社内での憧れを一身に集めている女性上司・上司(かみつかさ)さん。その部下である戸部下くんに、ある日唐突に上司さんからドライブへのお誘いが。憧れである上司さんからのお誘いに、ドキドキしながらお付き合いする戸部下くんだったが、急カーブの坂道に差しかかったとき、上司さんの様子が一変する。なんと上司さんは、車で急カーブの坂道をグイグイ攻めることに喜びを感じる性格の持ち主だったのだ!こうして、上司さんと戸部下くんは休日のたびごとに、熊本のさまざまな場所へと連れ立ってお出かけしていくのであった・・・。
本作『今日どこさん行くと?』は、熊本出身・在住の漫画家、鹿子木灯(ともり)さんが、熊本ドライブを楽しむ主人公ふたりをコメディタッチで描いた〝ご当地漫画〟です。今年1月に刊行された第3巻で完結いたしましたが、Twitter上で広まった「今日D」という略称とともに、今でもファンからの根強い支持を得ております。
わたしがこの作品を知るキッカケになったのも、まさにTwitterでした。フォローしている熊本のタクシー会社「熊本タクシー」さんの公式アカウントが、しきりにこの作品のことを話題にしていて、熊本が舞台ということもあって興味を持ち、読んでみようかなと思った次第です(本作と熊本タクシーさんはコラボも行っていて、本作の何ヶ所かに熊本タクシーさんの車両が登場するほか、『今日D』のキャラと熊本の名所を組み合わせたカレンダーを、熊本タクシーさんが出したりもしています)。

本作の一番の魅力は、上司さんと戸部下くんのドライブの行き先として、さまざまな熊本の名所が登場していることです。熊本のシンボルである熊本城、キンシコウやユキヒョウなどの珍しい動物もいる熊本市動植物園、西南戦争の激戦地である田原坂、宮崎県北部を流れる五ヶ瀬川の上流でもある蘇陽峡、風光明媚な天草とそこにかかる橋・・・。読んでいると、描かれているスポットに出かけてみたい気分になってきます。
なかには、熊本在住者でなければ知らないであろう、けっこうコアなスポットも取り上げられています。そのひとつが、熊本市の北部にあるという「フードパル熊本」という食品工業団地。作中のキャプションを借りれば、「工場見学や食事、イベント、ショッピング」を楽しむことができる「食とふれあう食のテーマパークとして親しまれている」そうで、「5月、11月のバラは必見‼︎」ともあります。わたしもこの作品で初めて知ったのですが、なかなか楽しそうなスポットですねえ。
熊本と接する県へ遠征する回もあります。福岡県の甘木山の回と、大分県の湯平温泉の回です。わたしは今年2月下旬に湯平温泉へ出かけたのですが、そのとき泊まった旅館である「つるや隠宅」さんが、本作でも上司さんの宿泊先として登場していて、なんだか嬉しいものがございました(詳しいことは当ブログのこちらの記事を。→ 別府→湯平湯けむり紀行(その3) 初上陸!湯平温泉の情緒あふれる雰囲気に魅了

そしてもうひとつの魅力なのが、登場人物のセリフがほぼすべて、ネイティブな熊本ことばであること(「〜弁」という言い方はイマイチ好きではないので、「熊本弁」ではなく「熊本ことば」と記します)。「こぎゃん」(こんな)とか「〜だけん」といった、熊本ことばの響きが大好きなわたしとしては、そこもすごく嬉しいポイントでした。狭い道で車同士がすれ違うことを意味する「離合」(りごう)なるコトバが出てくるところにも、なんだかニンマリいたしました(このコトバ、わが宮崎でも割とよく使われるもので・・・)。
はじめのうちは「休日たいぎゃ(すごく)暇」だからという理由で、ドライブの相手に指名された戸部下くんと上司さんとの関係が、お出かけを重ねるごとに少しずつ変化していく・・・という恋愛要素もあるにはあるのですが、あくまでもメインとなる要素は熊本ドライブというところも、わたしには安心して読めました(恋愛要素メインであったなら、そういうのがニガテなわたしはこっぱずかしくて読めなかったかも・・・)。

本作で感慨深いのは、4年前の熊本地震から復興していく熊本の姿が、さりげない形で描かれているところです(本作の雑誌連載も、熊本地震のあとから始まっています)。
熊本城の回では、天守閣に修復のためのやぐらが組まれ、小天守の石垣が外されて宙に浮き上がっていた頃の城の姿が描かれています。現在ではかなり修復が進んでいるようですが、熊本城がそのような状態になっていた時期が間違いなくあったということを、あらためて思い起こさせてくれました。
復興が進んでいることを実感させる場所として登場するのが、熊本市動植物園。被害が大きかったために部分的にしか中に入ることができず、動物を見るには園の外からゾウやキリンを覗くほかなかった時期と、めでたく全面再開を果たして内側から動物たちを見ることができるようになった時期を、それぞれ別の回で対比するかのような形で描いています。このあたり、地震から立ち直っていく熊本の同時進行ドキュメントの側面もあるように思いました。
そして最終回の舞台となるのは、地震で大きな被害を受けた南阿蘇村。復興へと向かう阿蘇の風景と、さらに関係が深まっていきそうな(?)上司さんと戸部下くんの将来とが重なって、さわやかな余韻を残してくれました。

熊本地震以来、わたしは自分にできるささやかな熊本へのエールとして、年1回の熊本訪問を続けてきました。本来なら、この5月の連休に出かける予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延とそれによるパニック状況のもとでは出かけるのは難しいと判断し、いったんキャンセルして秋に延期することになってしまいました。大いに楽しみにしていただけにすごく腹立たしく、悔しい思いがしております。
ですが、熊本は別に逃げはいたしませんし、熊本の美味しいものも素敵な人たちも、ずっと変わらずに存在してくれることでしょうから、秋にはこの腹立ちと悔しさをキッチリと晴らすつもりです。
その日が来るまでは、本作をときおり開いて、熊本への想いを持ち続けておこうと思っております。

映画への多様な興味を掻き立ててくれる『死ぬまでに観たい映画1001本 第四版』

2020-05-01 23:48:00 | 映画のお噂


『死ぬまでに観たい映画1001本 第四版』
スティーヴン・ジェイ・シュナイダー総編集、野間けい子翻訳、ネコ・パブリッシング、2020年


地球から打ち上げられた砲弾型のロケットが、人間の顔をしている月の片目に突き刺さるというシーンで知られている、ジョルジュ・メリエス監督によるSF映画の原点『月世界旅行』(1902年)から、白人至上主義団体KKKのメンバーとなった黒人警察官の実話を扱った、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(2018年)まで。映画の歴史を彩ってきた膨大な数の作品の中から厳選された、「死ねまでに観ておきたい」必見の名作・傑作・問題作1001本を、9ヵ国76人の映画評論家・研究家から寄せられた文章で紹介していく映画ガイドです。
960ページという分厚さ、そのうえオールカラー印刷の大部な本ということで、定価も本体4800円と少々値が張るのですが、パラパラと拾い読みするだけでもまことに愉しく、紹介されている映画をいろいろ観てみたいという気にさせてくれます。

『駅馬車』や『風と共に去りぬ』(いずれも1939年)『市民ケーン』(1941年)『天井桟敷の人々』(1945年)『第三の男』(1949年)『ローマの休日』(1953年)『十二人の怒れる男』(1957年)『サイコ』(1960年)『アラビアのロレンス』(1962年)『2001年宇宙の旅』(1968年)『ゴッドファーザー』(1972年)など、多くの映画通から傑作と認められて、さまざまなベスト映画リストの常連ともなっている名作群。『エクソシスト』(1973年)や『JAWS/ジョーズ』(1975年)『スター・ウォーズ』(1977年)『E.T.』(1982年)『ゴーストバスターズ』(1984年)『トップガン』(1986年)『ダイ・ハード』(1988年)『タイタニック』(1997年)など、映画通以外の人たちをも巻き込んで社会現象ともなった大ヒット作・・・。
そういった、映画の歴史を語る上で欠かせないような作品が多く選ばれているのはもちろんなのですが、いわゆる「名作」という括りからはこぼれ落ちてしまうような作品も、各ジャンルから数多くピックアップされています。
『禁断の惑星』や『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』(いずれも1956年)『縮みゆく人間』(1957年)といった、50年代のB級SF映画。『悪魔のいけにえ』(1974年)や『ゾンビ』(1978年)『死霊のはらわた』(1982年)といったスプラッタ(血しぶき)ホラー。『ブレージングサドル』(1974年)や『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年)『裸の銃(ガン)を持つ男』(1988年)といったコメディもの。『白雪姫』(1937年)や『トイ・ストーリー』シリーズ(1995年〜)などの新旧のディズニー・
アニメも、映画史に輝く〝金看板〟である名作群と肩を並べて取り上げられているのは嬉しいところであります。〝観察映画〟を標榜するフレデリック・ワイズマン監督の『高校』(1968年)や、ナチスによるユダヤ人大量虐殺を多くの関係者による証言から浮き彫りにした約9時間の大長篇『SHOAH ショア』(1985年)といったドキュメンタリー映画にも、しっかりと目配りがされております。

日本では未公開の作品もいくつか取り上げられているのですが、その中で気になるのが『MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS』(1985年)。製作総指揮のフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスなどのアメリカ人スタッフと、緒形拳さんをはじめとする日本人キャストにより製作された、日米合作による三島由紀夫の伝記映画です。日本でも公開される予定でしたが、三島の遺族からのクレームによりお蔵入りとなったとされる、いわくつきの作品でもあります。機会があれば一度観てみたいなあ。
なかには、観る人によって激しく評価が分かれそうな〝問題作〟もピックアップされています。本物のフリークスたちを登場させたことで、長らく上映禁止とされていた『怪物團(フリークス)』(1932年)。ショッキングな映像の数々(やらせも含む)を見世物感覚で綴った〝モンド映画〟のはしりとなった『世界残酷物語』(1962年)。〝地上でもっとも破廉恥な人間〟を目指して戦う連中を描いた「映画史上最悪」のお下劣映画『ピンク・フラミンゴ』(1972年)。マルキ・ド・サドの小説をもとに、性的倒錯と残酷行為の狂乱ぶりを描いたパゾリーニ監督の遺作『ピエル・パオロ・パゾリーニ/ソドムの市』(1975年)・・・。いずれも内容紹介を読むだけでも、万人向けとは言いがたい作品ではありますが、そのような作品にもあえてスポットを当てる姿勢は見事であります。

本書は欧米圏の作品だけでなく、中国や香港、台湾、韓国、ベトナム、インド、アフガニスタンといったアジア圏からも、多くの作品をピックアップしております。もちろん、われらが日本の映画も。
黒澤明監督の『羅生門』(1950年)や『七人の侍』(1954年)、小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)や『浮草』(1959年)、溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)や『山椒大夫』(1954年)、市川崑監督の『ビルマの竪琴』(1956年)や『東京オリンピック』(1965年)・・・。そういった往年の巨匠たちの作品だけでなく、北野武監督の『HANA–BI』(1997年)や三池崇史監督の『オーディション』(1999年)のような現役第一線で活躍中の監督による作品もありますし、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)や高畑勲監督の『火垂るの墓』(1988年)、大友克洋監督の『AKIRA』(1988年)といったアニメーション作品まで幅広く選ばれております。伊丹十三監督の作品からは、『お葬式』でも『マルサの女』でもなく、ラーメン屋を舞台にした異色作『タンポポ』(1986年)をチョイスしているところにも、こだわりが感じられていいなあと思いましたね。

映画のあらすじや見どころ、製作にまつわるエピソードを1ページから半ページの長さで盛り込んだ作品レビューは、簡潔でありながら読み応えもあって、それぞれの映画を観てみたいという気持ちにさせてくれます。
さらには、その映画に関する2〜4行程度のトリビアもあって、これが「へぇ〜」の連続でなかなか面白かったりいたします。たとえば、コッポラ監督の傑作にして問題作『地獄の黙示録』(1979年)の項では、「一部のシーンではヘリコプターの音をシンセサイザーでつくり、音楽に溶け込ませた」とあります。
そして、『地獄の黙示録』のある意味〝地獄〟のような舞台裏を記録したドキュメンタリー『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』(1991年)の項には、「フランシス・フォード・コッポラはこの映画での自身の描かれ方が気に入らず、当初DVDの発売を嫌がっていた」とあって、ああ巨匠コッポラもやっぱり人の子なんだなあと、妙に和んだ気持ちになったのでありました。

本書の編者である映画研究家のスティーヴン・ジェイ・シュナイダー氏は「はじめに」の冒頭で本書について、「単に名画を選び出して紹介するのではなく、読者を刺激して映画への興味をかきたてることをめざしている」と述べています。たしかに、幅広いジャンルと国から選び出された多様なラインナップと、簡潔にして読み応えのある作品紹介は、しばらく眠っていた映画への興味を、あらためて掻き立ててくれました。
そしてシュナイダー氏は、このように鼓舞します。

「本書で紹介されている作品を見ていこうと努力するなら、間違いなく幸福な映画ファンとして死を迎えられるだろう。たくさん見れば見るほど、人生は豊かになる」
「時計の針は止まることはない。さっそく読み始め、そして映画を見続けよう!」

このところずーっと、日本中が、そして世界中が新型コロナウイルスをめぐるパニックや「自粛」の嵐に包まれてしまい、さまざまな形で影響も広がっております。テレビをはじめとするメディアはコロナがらみのニュースを煽り気味に伝えるばかりで、毎日のようにそれに晒されていると不安と苛立ちが募り、気持ちも疲弊して荒んでいくばかりであります。
こういう時だからこそ、優れた内容の書物を読んだり、面白くてよくできた映画を観たりすることが必要なんだと思います。パニックやヒステリーの中でも失ってはならない、人間として大切な豊かな感情と感性、そして生きる力を持ち続けるためにも。
本書に鼓舞されたわたしは、大型連休に出かけるはずだった旅行をキャンセルして浮いたお金で、映画のDVDやBlu-rayのソフトをたっぷりと買い漁りました。本書で紹介されていた中から久しぶりに観てみたくなった作品が中心ですが、まだ観ていなかった作品も一部加えました。・・・少々、ジャンルが偏り気味なのはご愛敬、ということで(笑)。


さあて、連休はコロナのことなんぞどこかへ追っ払って、たっぷりと映画の世界に浸るぞ〜〜!