ミコちゃんの徒然日記

日々の雑感など

下校の子

2007年06月29日 | Weblog
田の水辺覗き込みをり一年生

 昨日は梅雨の晴れ間とは言え

湿度が高く、うだるような一日だった。

今日は曇天で、風もよく吹くのでまだ凌ぎよい日だ。

揚句は昨日下校の一年生女児が、ベランダから見えた時の

句である。

田んぼの通りを一人で帰宅する幼い子が

足で石でも落としているように見える、何か

水の中に生き物が見えているのだろうか。

この辺では、よく兜エビがいるのだけれど、

しきりと田を覗き帰ろうとしない。

私の子供の頃の水辺は、ヤゴ、ゲンゴロウ、ミズスマシ

オタマジャクシ、メダカなどがそこらじゅうに見えていた。

俳句の鑑賞

2007年06月28日 | Weblog
 茅ヶ崎のI兄から素敵な紫陽花の写真が
26日送られて来たので、その内の1枚をアップした。
鎌倉の紫陽花寺に足を運ばれたそうだ。

一番撮りたいものに焦点を当てて、手ぶれの無い撮り方を
していて、見事バッチリである。
どれも綺麗・・I兄さん何時もお上手ですネ!


それと、こんな有難いコメントもありました。
「俳句は、凡人には理解しがたい字と表現があるのですねー。」

そうなんですよね、ミコちゃんも凡人の凡子ですよ~
5・7・5の17の文字で1行詩を創るため、
なにせ私には無理難題、なかなか詩にはなりません。
未だに初心者のミコちゃんですので
意味不明な句をいつも掲載しているようなものですよ~(苦笑)

「字」や「言葉」の方は俳句独特なものがありますが、
段々と知ってゆくようですね。
また、俳句は読み手の人によって、鑑賞の分かれる(理解のされ方)
文学だそうですよ。

道の辺の木槿は馬に食はれけり(芭蕉)

中学生の時にこの句に出会い、天下の芭蕉の句にしては
何と平凡な句だなと思ったミコちゃんでして、
その時は、全く鑑賞出来ませんでした。

今句を作るようになって、やっとこの句の良さ、素晴らしさが自分なりに
味わえるようになりました。その当時東北地方では大飢饉があったりして
垣根に木槿(アオイ科)を植えたりしたそうですが、
道端の木槿の花を馬が美味しそうに
食べているのを見た芭蕉は、早速句に詠んだのですね。
ミコちゃんには、田舎の1本道が見えて来ます、人家も厩も
点在している集落かもしれません。
木槿の花は白か藤色かも・・軟らかくて大きめで食べ易いのでは・・
初秋ののどかな田舎の雰囲気と、澄んだ秋晴れの下、
「奥の細道」お供の境地へと誘われます。


ついでに食べられるお花の種類を並べて見ます。

月下美人、インパチェンス、カーネーション、コスモス、ストック、ダイアンサス
デージー、ナスタチウム、バラ、パンジー、ビオラ、フクシャ、プリムラ
ペチュニア、紅花、ホウセンカ、ローズゼラニウム、ワスレナグサ、アオイ科の花
とキク科の花、ケナフの花等まだまだあるようです。

酢の物の菊の花を山形県で食べたことがありますが、
美味しかったです。
ケナフやナスタチウムも柔らかくてイケますよ。






半夏生

2007年06月26日 | Weblog
米砥ぎの掌の温もりや半夏生

 毎日お米を砥いでいると、よく分かるのだけど
ある時期からは、お水が気持ち良くて
お米を砥ぐことが楽しくなってくる、
そして米粒が掌に心地良いと思う。

丁度、7月1日か2日の頃、「半夏生」が野山に見られる頃
お百姓さんも、田植えが終ってほっとされているのだが
この季語があるものの、どうも分かりづらかった。

調べてみると、実は中国から伝えられた二十四節気を
さらに細分化したものに72候というものがあり、
1種の季節暦といえるもので、その中に「半夏生」もある。

その前の「芒種」は6月6日頃を言い、
穀物、つまり稲などを蒔く時期で、立夏は5月6日ごろ。

「半夏生」という植物は2種類あって
その内の1種類は花瓶に挿してあるのを見たことがある。
沙羅双樹の花を見に行った時にお寺で見た。

綺麗な白い花穂が垂れ下がり、葉が半分白くなっていた。
もう1種類は「烏柄杓」とも言って、毒にも薬にもなる植物である。

「半夏生」が来ると、この夏も半分近く来たなと思えることだろう。
そして、後半の夏はやり切れぬ暑さに悪戦苦闘するのである。





麻暖簾

2007年06月25日 | Weblog
大胆な柄も揺れます麻暖簾

友人の家の藍暖簾は、少し長めなので

開け放っても、奥の間が丸見えにならず

道路からもその涼しげな藍と白の

コントラストがそよいで見える。

友人のハイセンスに良い刺激を受けるミコちゃんなのだ。

シンプルでいいなぁ、大胆な組紐のような模様である。

六十路

2007年06月23日 | Weblog
うかうかと過ごす六十路や日々草


苗を植えて1ヶ月余り、例の日々草が

やっと元気に大きくなり、今では

私の期待に応えて、こんなに綺麗に

咲いてくれましたよ(右端)~♪

常に悩みはいっぱいあるけれど、

お花を育てたり、家事をしたりで、

それなりに幸せな日々をうかうかと過ごしている。



「徳は孤ならず、必ず隣あり」

徳までは到底難しいけれど・・

日々思うミコちゃんである。


韓国の数について

2007年06月22日 | Weblog
メモ好きの似た者夫婦蓼の雨


今日は梅雨らしく1日中よく降ったので、稲や蓼も生き生きしている。

ポケットにあった小さなメモに、韓国の数が書いてあって、
1~10までをブログにメモしておきたくなった。

 1, 2,  3,  4, 5, 6, 7, 8,  9,  10

イル、イ、 サム、サ、  オ、   ユッ、 チル、パル、 ク、 シプ
ハナ、トウル、セッ、ネッ、タソッ、ヨソッ、イルゴプ、ヨドル、マホプ、ヨル

上はいち、に、さん、し、ご、ろく、しち・・じゅうであり、

下は、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ・・・とお
という表記である。

これを何処で知ったかというと、以前図書館で夫が借りてきたトラベル本である。
折角なのでこのページに書き残すこととした。
今日のページを訪問された貴方、
貴女も少し韓国通になられましね!


吉備の山並み

2007年06月21日 | Weblog
梅雨の空吉備の山並み低ふする

 

 自宅から車で30分くらい離れた所に、
山の上と下に温泉があって、夫婦で体治しに時々行っている。
下は新しいのでお客が多い。

山の上のお風呂屋さんは何時行ってもガラガラ。
でも、これが全然寂しくないんだな。
行くと大抵2,3人はいて、サウナ室に出たり入ったり
されているみたいなのである。

先日行って、サウナ室から出てきた人が、
「今日は野菜を上げる人が誰もいないので、ここへ持ってきたんです、
どうぞ要るだけ持って帰って下さい、上げますよ」と
私ともう1人の人に言われ、吃驚して
2人で有難く頂き、後の人にもと残しておいた。
その後、もう1人来られたので、その人に言うと
「あぁ、何時ものあの人ね」と云われ
この近くの女性だそうである。

お風呂屋さんに行って、こんなことは初めてだ。
レタス、サニーレタス、人参葉をゲットして帰った。
「天からマナが降って来る」とは、このことかと感謝した。

揚句はお風呂屋さんから外の景色を見ての句であり
写真もそうである。






憧れの叔母・・

2007年06月18日 | Weblog
梅雨の空不意をつかれし訃の知らせ

 昨日、呉の叔母が亡くなったとの知らせがあった。
80歳で、母より10歳も若かったため、
母は「可哀想に・・」と溜め息をついた。
それから「7人いたのに、2人になってしまった・・」と
寂しそうに2度呟いた。

呉の叔母さんは大好きなタイプの女性である。
子供心に「太陽のような女性」だなと
華やかさを感じていた。
小学6年生の時、夏休みに4,5日
遊びに行ったことが忘れられない。
行きは母が連れて行ってくれて、
帰りは叔母が家まで送ってくれた。

その間、幼い従兄妹たちと毎日を
とても楽しく過ごし、特にプールへは
毎日泳ぎに行った。
叔母さんの手料理は何でも美味しくて
我が家よりずっと裕福そうだった。

叔母さんは末っ子で若くてとても美人だったので
姉妹達からいつも羨望の的だったが、
老年になった頃から、いつしか病魔に
襲われてしまったので、80歳で逝ってしまった。
私に素敵な「夏休みの思い出」を残して。

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『夏座敷手向けの笛の沁みにけり』

緑風様

以前友人の時にも手向けの曲を吹奏して下さいましたね。
今回も心より感謝致します。

羊草は神秘的ネ。

2007年06月16日 | Weblog
浮かれてはまた沈む日の羊草


 晴れて浮かれて、曇って沈む。人生日々に新たな喜びと悩みが。

そのことを清楚で綺麗な羊草に独り言。

ひつじの刻(午後2時)になると、池や沼などに
白い花を開く睡蓮の一種。

朝夕は閉じてしまうので、見れないと言う、
何故午後2時なのか・・不思議な花だ。

梅雨入り

2007年06月14日 | Weblog
駐車場の赤き自転車入梅す

通勤者の自転車が雨に濡れている・・・


肩先も触れぬ恋なり梅青し

 今年の入梅は1週間程遅かったらしく、本日なり。
1ヶ月余りはじとじとするが、これが日本の特長で
良かったり、難儀だったりする。

良かったりと云うのは、お米を食する民族に適しているから。
お米作りは水田稲作だから、水不足は困る。
今丁度植えたばかりの苗が、水田の中でピヨピヨ状態で、
とても可愛く綺麗だ。

ミコちゃんは心の栄養として、いつも感動していたい!
早苗田の優しさに感動し、育ちつつある綺麗なお花に感動し、
(今朝、別品種のコスモスが初咲きし、早咲き品種は先月から咲いている)
その日爽やかにお話しできた人にも感動し、
ネコのニャ~ンの声にも感動する。

昨夕、娘がコロッケを10個も作って、
婿が届けてくれたので、娘夫婦に感動。
あの細い体で大きなコロッケを20個も作ったのかと。
その心意気にすっかり感心した。

感動が大好きなので、恋の句も作ってみたよ~
相手の優しさをしみじみ想うことは恋に似ている。

揚句は肩先も触れることの無い恋である。ところで

韓国ドラマを見ると分かるが、国民気質がちょっと違うようだ。
やたら、おんぶをするシーンが多くて、男性同士でも
よく愛情表現で肩を抱いたりする。
日本人は「感情を抑えたはにかみ文化」なのかあまり
スキンシップをしない流儀で、その分目でものを云う。

韓流のように「喜びも悲しみも背負う愛」等云って
男女の愛情をおんぶや抱っこで表すとなると、
男性は強く、でっかく、逞しくあらねばならないなぁ(笑)。

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