懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

ブログしばらく休みます

2017年01月18日 | 日記
ブログしばらく休みます。

寒い日が続いています。
1.暑さにも寒さも弱いジジになり。
2.カニ食って猪くって牡蠣食って
3.大根がおでんの出汁を吸い込んで
4.味噌汁のうまみはやはり冬野菜

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2016年 茅葺写真展 各地の形 合掌造り

2017年01月17日 | 2016茅葺写真展
合掌造りは岐阜の白川郷や富山の五箇山(相倉、菅沼)に残る。
大屋根の多層民家が有名だ。
茅葺民家を撮影していたのに行った事も見たこともなかった。
東海北陸道の高速道路が開通してから初めて行った。
一度は東海側からもう一度は富山側から訪れた。

白川郷だけならば早朝にでて強行軍だが日帰りでいける。
一回目は夏、二回目は秋で白山スーパー林道も走った。

観光地だけに人は多い土産屋も沢山あり楽しめるところだ。
合掌造りは保存されている地域か保存民家がほとんど今では個人で住んで民家はあるのだろうか
カメラマンも大変多い。
まとまって大きな民家が並んでいるので迫力がある。

土地も少ない地域で生きていくため大家族制をとっていた。結婚できるのは長男だけ。
次男。三男は嫁ももらえず嫁にいけない女も同じ家に住み一生奴隷のように働かされた。
なにに楽しみや生きがいを見つけたのであろう。
実態はドロドロした土地ならではの風習や人間模様があったと思う。




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茅葺民家 長野県旧三水村の民家

2017年01月16日 | 茅葺き民家
長野県三水村は現在は合併して飯綱町になっている。
位置的には長野の北部で北には新潟県、東は野尻湖や飯山市
ここを訪れたのは絵の情報
あるかないかは行かない事にはわからない。
三水村にあるといった曖昧な情報だけである。
茅葺民家探しはこれくらいアバウトな情報だけで行く。
茅葺がなければ温泉か観光にきりかえればよい。
だから他人とはいけない探しても無いと怒り出す人とは絶対にいけない。

この民家も何回か聞いてやっとわかった。
根気と粘り諦めないタフさが必要である。
自然や鳥などを撮っている人も粘り強い。
何歳になっても何をするにも粘りと根性は欠かせない。

この民家は寄棟で個性はそう強くない。庭に赤松の大きな木00があった。
雪の多い寒いところなので枝が折れないように耐寒性のある赤松を植えてあるのか
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日本茅葺紀行 NO,341 兵庫県旧社町の民家

2017年01月15日 | 日本茅葺紀行
兵庫県社町(やしろ)は中国道の高速道路沿線にある。
高速道路を造る時には郊外では物資の運搬に並行して道路を造る。トンネルを掘ったり切通しを造った残土は盛土に使う。その運搬にダンプの通る道が必要だ。
高速道路が開通後もそれが地方道として地域に役に立つ。
茅葺民家探しにもこれが役に立つ。
私の住んでいる地域にも瀬戸大橋の連絡道がある、それに平行して道路が付いている。
両脇に道路があるが一本にして広い道路にしてくれれば思う。一旦停止ばかり多くずっとこの道を走る気にはなれない。高速道路に並行して余り便利な道を造っては高速道路を利用してくれない。地域の中に高速道路路を通しても騒音や排ガスを出し地域分断の高架は迷惑設備だ。それを和らげるために並行道路を残すのであろう。

この民家も高速道路に並行した道沿いから発見できた。
まだ寒い春の頃、縁側で陽に当たりながら内職をしていた。
高齢だがまだ働いているのだ。話をしていたら眠くなったのか下を向いた。
横でボディガードの犬も寝ていた。
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蒸気機関車 雪のD51貨物

2017年01月14日 | 蒸気機関車
冬の宗谷本線はどこも雪である。日本海から風雪が冬の間、吹き続く。
寒期の鉄路を守るにはコストも人手もかかる。
冬の雪国の鉄道は必死になって守られたと思う物資や人の輸送の生命線であった。
蒸気機関車もディゼル機関車、ディゼルカーも凍結防止とスタート不良に神経を使う。
ポイントの切替も凍結防止に神経を使う。昔はカンテラで温めたり駅から温水や蒸気で加温していた。

雪で貨物も少ないD51のナメクジタイプが静かに駅のヤードに停車した。
今夜泊まるところも決めていない。泊まるところがなければ長距離夜行で車中泊か

駅のストーブに当たりながら子供の頃に両親と共に開拓部落に入ったというオバアチャンに話しを聞く。
四国から八歳の時に開拓村に入った。厳しい人生だったと思うが愚痴は言わなかった。

厳寒の地でくらしている人がいる。旅で訪れただけの自分。
あの頃の自分は軟弱だった。この撮影の旅で少しは根性も入ったであろうか。
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2016年 茅葺写真展 各地の形 草棟

2017年01月13日 | 2016茅葺写真展
茅葺の棟の部分に草や花を植えたのを草棟という。
芝棟ともクレグシともいう。
長野や山梨から東北にかけて見られる。
雪の多いところでは雪下ろしで痛んだり邪魔になるのでやっていないのか
芝棟という本が図書館にあった。
著者は以前から関東一円から東北の草棟を記録している。

我々のところではこんなの屋根は全くない。
わたしも21世紀になる前に山梨県でみた。
東北へは21世紀に入ってみたので随分減っていた。
茅葺民家に興味を持つのが遅すぎた。

今も辛うじて山梨県や岩手県に残る。
岩手県の草棟民家は痛んだものが多いが貴重な建物なのでカメラに収めたい。

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茅葺民家 広島県旧久井町の民家 雪の日

2017年01月12日 | 茅葺き民家
雪の降る寒い日だった。広島県賀茂高原ならば雪の量も多くないので行くことにした。
一時間程走って温かいコーヒーを飲もうと財布を見たがない。忘れて出てきた。
免許証も財布に入っている。金はなくても一食抜いてもなんとかなる。
撮影に夢中になると昼飯を食べずに撮影する事がある。
家内と一緒の時は時刻が来たらちゃんと食べないとめまいがすると云いだす。
引き返すがどうするか悩んだがそのまま免許不携帯で走った。
一旦停車とスピード違反に注意して走った。
カメラバッグを見たらフィルムケースに硬貨が15枚入っていた。
これで昼飯はなんとかなる。

一日雪が降ったり止んだりの天気だった。これも長い人生の一日だ。
何かに熱中している時は寒さも暑さも苦にならないのだ。
最近は寒いのも暑いのも耐性がなくなった。
歳をとっても極寒の釧路原野で丹頂鶴や白鳥を撮る人は凄い忍耐力をもっている。
80歳を過ぎても下北半島に寒立馬を撮りに行く人もすごい。

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日本茅葺紀行 NO,340 佐賀県鹿島市の民家  

2017年01月11日 | 日本茅葺紀行
佐賀県にも久しくいっていない。
デジカメで撮った物が少ない。最初に買ったデジカメのものしか残っていない。 

冬に行くと緑の麦畑、五月に行けば麦秋の風景が撮れる。
米は亜熱帯の植物で寒さに弱いが麦は霜や凍っても枯れる事がない。
米で足りないエネルギーをうどんやパンなど小麦粉を加工したものや麦飯で補った。
麦飯だけは食べたくない貧しい子供の頃の食生活を思い出す。
姉が鳴門金時のサツマイモを送ってくれたので礼の電話を入れたら弟が芋だけはいらないと断りの電話があった。子供の頃に食べさせられたのが嫌になったという。
会社勤めしている時も芋とカボチャは嫌いという人がいた。しかし、芋焼酎は大好きだった。

佐賀県にも久しぶりに行ってみたくなった。ついでに佐世保までいって佐世保バーガーを食べてみたい。YOUはなにしに日本への佐世保バーガー大好き男バーガーキングの推奨するバーガー食べる。
それとハウステンボスに行くことだ。
家内はいまだにハウステンボスの前まで行ったのに入らなかったのを根に持っている。

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フィルムスキャナーのパソコン故障

2017年01月10日 | 日記
フィルムスキャナーを定年後買ってスキャンを始めた。
定年後、再雇用したものの歩行障害で3年近くで解雇になった。

毎日が日曜日になった機会に過去に撮ったフィルムをスキャンして電子化するのは絶好の暇つぶしになる。
フィルムスキャナーは中判サイズのネガもあるので高かった。
フルサイズの一眼デジカメが買えるほどした。
健康な人ならばフルサイズのデジカメを買うであろう。
それとデジカメ全盛時代になりフィルムスキャンなど買う人もなく製造中止になった。
私は今後の撮影も制限されるであろうし何と言っても昭和の過去は今更撮影できない。

過去を再現するためにはフィルムスキャナーを買うしかなかった。
フィルムスキャンはフィルムメーカーなどでしてくれるようになった。
高画質スキャンだとフィルム一本で600円はかかる。
3000本を外注すると180万円はかかる。
スキャナーを買った方が断然安い。
時間は十分あるので毎日コツコツ休むことなくスキャンをした。
途中スキャナーの故障三回で10万円かった。

フィルムスキャナーはインターフェースがIEEE1394のためUSBではない。
新しいパソコンでは対応していない。VistaかXPのパソコンしかつかえない。
スキャナーが健全でもパソコンがない。中古パソコンを二台買って使っていたがついに使えなくなった。中古のパソコンのためバックアップCDも付いておらず補修しても使えるかわからない。ここ数ケ月スキャンでできず悶々としていた。
ネットオークションでIEEE1394の付けられるXPのパソコンを5800円で購入した。
中古のパソコン屋にも確認したがなかなかなかった。

息子が帰省した時にパソコンが故障したので何かいい手はないかと相談したら買ったパソコンにIEEE1394のインターフェスを装填してくれた。このインターフェスはスキャナー購入時に付属品でついていたものだ。キーボードとマウスはなかったので古い機種のを転用したらうまく立ち上がった。スキャナーのCDソフトを入れて使って見たら完璧に使える。
フィルムスキャンは一応八年で全部完了していたが初期にやったスキャンが下手くそでまたやり直しをしている。

写真は整理もせず撮りっぱなしでは残された者にはゴミである。
フィルムは電子化して場所、撮影日を書いて整理と言えるか。
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私の昭和鉄道遺産 その18 米子機関区

2017年01月09日 | 私の昭和鉄道遺産
米子機関区のC57とD51蒸気機関車と給炭設備

C57101号機は浜田機関区の所属になっている。
C57は山陰線を走っていた。
伯備線はD51とC58しか走っておらず日常見掛けることはなかった。
蒸気機関車は走行写真しか撮らない人がいた。
私はどちらも撮った。
今考えてみると蒸気機関車の廃止で消えた設備は沢山ある。
駅舎なども木造から新建材に変り人の服装も着物はほとんど見かけない。
何がなくなりどう変わるかは予測が出来ない。
蒸気機関車が無くなれば消える設備は大体わかるが時代と共になくなる物は難しい。
何でも所かまわず撮っていた人が勝ちだろう。フィルム時代はそんな考えになれない。

その当時は写真を撮影しても自分で現像して引き伸ばし機でプリントするしか考えていなかった。
家を建てるときに暗室を作るか悩んだが今となってはあんな物は作らなくてよかったと思う。
カメラもフィルムがいらないし電話は携帯で写真も撮れる時代が来た。
映像を送信できるしだれにでも公開できる時代がきた。
これは長く生きていてよかったと思う。
私のような身体の人間や年寄りにはネット社会は有り難い。詐欺や犯罪もあるが

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