懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

日本茅葺紀行 NO,362 春は美山が花盛り

2017年04月26日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 京都府南丹市

旧の美山町は茅葺の民家の周りが桜でおおわれる。
観光客誘致のために国道や県道沿いに桜を植えている。
春は桜、秋はモミジである。

沿道を桜が迎えてくれるのが走っていて楽しいものだ。

それもソメイヨシノだけでなく枝垂れ桜を結構見る。
家内は枝垂れ桜に愛着を持っている。


茅葺き民家と枝垂れ桜が撮影できる。京北町も枝垂れ桜は見られる。







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親父ギャグ その30 

2017年04月25日 | オヤジギャグ
C級川柳編

1.ルペン勝ちルンペン増える国になり

2.期待され今じゃ待機の児童たち

3.赤い糸 今はラインというそうだ

4.病気さえ笑いに変える親父ギャグ

5.まもなく黄金週間だよ
 働かぬジジイはいつもシルバーウィーク

6.若者にたぶらかされるタブレット

7.スマホ買い使った機能は電話だけ

8.長いはしてみるものだエロサイト
 元気に老人が増えワンクリック詐欺に引っかかる人が多い

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私の昭和鉄道遺産 その28 C61型

2017年04月25日 | 私の昭和鉄道遺産
撮影場所 宮崎県日豊線南延岡機関区

待機していたC6128号機を撮影する。
昭和の時代にはごくありふれた日常であた。
日々繰り返される平凡な日常
自分の人生も多くは平凡な日常の積み重ねであったとおもう。

しかし、こんな平凡な日常も時代と経過とともに撮れなくなる。
まず蒸気機関車が廃止される。客車が老朽化や利用者の減少で廃止
操車場や線路、機関区への立ち入り禁止

時代とともにこんなありふれた日常も撮れなくなった。
町中に残る古い木造の建造物や茅葺民家もいずれ消え去るであろう。



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買い物かご 主婦のアイテムだったころ

2017年04月24日 | 懐かしい物
撮影場所 岡山県倉敷市玉島

昔の主婦は買い物に行くときは買い物かごを持っていた。
どこの家にも買い物かごは置いてあった。
買い物かごをもって買い物に行かなくなったのはいつごろか
私が写真を撮影した昭和40年後半はまだ買い物かごであた。
この頃スーパーマーケットで買い物すると紙の袋にいれてくれた。しかし紙では冷凍食品や水気のあるものでは濡れて破れやすい。防水タイプの紙袋があったがポリエチレンの買い物袋が出来て一気に取り替わった。昭和50年始めではないかと思う。、
私は化学工場で働いていた。ポリエチレンの売れ行きは低迷していたが買い物袋やゴミ袋への製品化で活況になったと聞いた。


買い物かごにはこんな思いでがある。カラスが棕櫚の木に巣をして卵を産んでから人に急降下して攻撃威嚇をしてくるようになった。住人の方がカラスの巣を落としてほしいとガキ大将に依頼があった。
細い棕櫚の木は大人では無理、棕櫚は表面に段々が付いていたので丸いが登りやすい。
頭には買い物かごをかぶり腰には竹の棒を差してガキ大将が登っていく。
下ではおじさんおばさん子供の見守るなかでの奮闘である。
カラスは威嚇でかごを攻撃、カラスにもひるます棒を振り回し攻撃するカラスを振り払い卵と巣を壊し降りてきた。その英雄にはやんやの喝采だった。
それ以来カラスは巣をする事はなかった。
買い物かごと言えば頭にかぶってカラス退治を思い出す。
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地図を見るのは得意ですか

2017年04月23日 | 日記
全国各地の茅葺民家を撮影しているので地図は必需品です。

今までカーナビを付けずに地図を見ながら旅をしていましたが都市のホテルを夜間に探すのが苦労していた。歳で夜間地図が見えにくいで昨年カーナビを付けた。
それでも茅葺を探すには地図は必需品で撮影する地域の地図をもって旅にでる。
途中の高速道路はSAの高速道路地図がガソリンスタンドの所在がわかり便利

地図は1/10万のが使いやすい。1/5万では小さすぎる。小字まで地名を書いてあるものでないと困る。地図も10年経過すると新しい道が出来ていて頭が混乱したことが何度もある。

上沼恵美子が地図と時刻表を読める人はすごい尊敬するとラジオで言っていた。
地図や時刻表を読める人はいくらでもいる。しかし、金にはならない。上沼のように喋れたら大金が入ると聞いていて思った。
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2016年 茅葺写真展 雪囲い その1

2017年04月23日 | 2016茅葺写真展


撮影場所 青森県金木町

北国は冬場の防風雪に苦労する。

北国で多いのは屋敷林であるが屋敷林のある地域とない地域がある。
津軽地方はあまり屋敷林がない。
新潟県の上越地方や山形県の置賜地方は美しい屋敷林に囲まれた散居村が見られる。

津軽地方は防風林で集落を守る事も無かったのであろうか
道路はブリザードの強い平野部には金属性の雪囲いを設置してある。

田舎では一軒ぼっんと建っていることがあるが津軽では肩寄せ合って集落を作っている。
厳しい冬場は皆で支えあって生きてきたと思う。

風をまともに受ける端の家は板張りの防風壁で風を防いでいる。この地方ではカッチョとよばれている。
北海道は民家と畑を強い風から守るため防風林で囲っている。
トラックターで作業がしにくいのと日陰になるので切り倒すところもある。
防風林を棲みかにするムササビなどの棲むところがなくなっているそうだ。






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茅葺民家  岡山県旧加茂町

2017年04月22日 | 茅葺き民家
岡山県加茂町は私が歩いたなかでは岡山県で一番茅葺き民家が残っていた。
私は78軒撮影した。今も少しは残るがほとんどトタンを掛けたり取り壊しや建て替えた。
いまの時代は親元へ子供が戻り家を継ぐ事はすくなく壊されるケースが多い。
トタンを掛ける家は親や独身の子供が暮らしているケースが多い。

たかが茅葺民家の撮影であるが日本の社会問題も見ることになる。
過疎、高齢化、限界集落、晩婚化 未婚 空き家

茅葺のモノクロの写真は撮り始めの頃の写真でもう一台カメラを買ってカラーを撮り始めた。

家の裏から撮影した今はこんな写真は撮れなくなった。
ただ撮っただけの写真だ。もっといろいろな面を撮影できたはずだ。
当時は無かったがブログに書く事を想定すればもっと違った角度や物の撮影ができたはず。

趣味をするにも老後を活動的に生きるのも健康第一だなあとおもう。
90歳まで健康に生きられる人は勝ち組だと思う。

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日本茅葺紀行 NO,361 宮城県登米市の民家

2017年04月20日 | 日本茅葺紀行
宮城県の民家は情報を持っていなかった。
東北で茅葺民家を撮っている人に教えてもらい後は自分でさがした。

何度か宮城県を訪れた。東日本大震災の前だった。
東日本大震災の前にも宮城県は震度6に三度襲われている。
その都度死者のでる大きな地震だった。あれは大震災の前兆であったのか

おとずれた茅葺き民家は前兆と思われる地震でも壁などに被害がでていた。
大震災のあとも宮城県には行ったが石巻や北上川沿いには家内が行くのは嫌だというので行っていない。
登米市は北上川から10キロほど上っている。津波はこの辺りまで遡上したのだろう。
北上川の河口から5キロのところに大川小学校があり生徒先生が大勢被害にあった。゛

登米市はほとんど平野部だ。そんななかに茅葺民家が4.5軒あった。
寄棟造りの大きな家が多い今も残っているか不明だ。
家の周りは屋敷林に囲まれている。
どの家も一反くらいの敷地に茅葺民家が建っている。
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蒸気機関車 煙の魅力

2017年04月19日 | 蒸気機関車
撮影場所 北海道 室蘭本線

蒸気機関車に煙がなかったらタダの鉄の塊

煙を吐く光景をイメージするから停止している機関車にも魅力を感じる。
煙がまるで生きた機械のように見える。
苦しい時は黒い煙が垂直に上り頑張ってと声を出しながら進んでいく。
寒い時は白煙を履きながら寒いなーと語る。
蒸気機関車から長く伸びた煙はまるで昇竜であると思った事がある。

公害の大気汚染の規制が厳しくなり車の排ガス規制や工場の排煙も管理されるようになった。
野焼きの風景や家の庭で物を燃やす事もなくなった。
現在は煙のない社会となったが昔の煙のあった風景が懐かしい。

ネットで検索するとたき火を囲む会というのがあった。
たき火を眺めながらぼんやりしたり語り食べる会だそうだ。
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広島カープは関東野武士

2017年04月18日 | 日記
広島カープは快進撃が続いている。
週刊誌やネットは優勝間違いなしのような事を無責任に書いている。
ペナントレースは始まったばかり。4連勝しても5連敗するのがペナントレース
8月、9月に故障もなく余力を残しているチームが勝ちだ。

wbcで大活躍した菊地選手の好プレー集をyou tubeで見ていた。
素晴らしいプレーに守備範囲の広さ横っ飛びで取って立ち上がる途中で送球をしている。
イチローのレーザービームと菊地の守備はさすがにプロだ。

菊地選手の出身地を見たら東京都東大和市だ。
他の選手を見たら鈴木誠也が東京都荒川区 丸が千葉県 田中が神奈川であった。
関東武士集団だと思った。

広島は田舎球団で弱かった時期もあり人気が無かった。中国地方を中心にした関西以西の選手が多かった。巨人に2位3位で指名されてもレギュラーになれるかわからない。
広島でレギュラーになり一億二億もらう選手の方が成功だとおもう

広島カープ球団の収益は41年間赤字の年はなかったという。少ない年で数千万円の黒字。
選手の給料も15パーセントから20パーセントに抑えられている。
地方都市の球団経営で利益をだしているのは素晴らしい事だ。

球団も選手を育てFAで外国や他のチームに高く売り収益を上げる博労みたいなものだ。
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