懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺民家 兵庫県旧千種町の民家

2017年06月26日 | 茅葺き民家
千種町は兵庫の北東部、鳥取県にも隣接していた。

今思えば田舎の風景が残っていた。
モノクロで撮ると昔の味わいのある風景だと思う。
一回撮影したら達成感があり次に来たのが5年後だった。
その五年で随分いい風景がなくなった。

風景が5年を待ってくれなかった。
昭和50年代からやっておけばいい風景も残っていたが気づきやり始めるのが遅い。

私はもう撮影は諦めた自分で運転し歩きまわれなければ終わりだとおもう。

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日本茅葺紀行 NO,374 ゼンマイを干す

2017年06月25日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 秋田県羽後町

茅葺民家の撮影にお邪魔すると庭先にムシロにゼンマイを干す光景を目にする。
私も健康であれば定年後は山菜やキノコや魚釣りや素潜りで貝を獲る生活をしていたと思う。
山間地に住んでいる人はこんなのを獲り暮すのが毎年の楽しみであろう。
何月何日頃に何処へ行けば何が採れると記憶や記録に残っているのであろう。
人間は何かを獲っている時は熱中できるし沢山とればまた嬉しい。

何を獲るにしても生育するための環境をしらないといけない。
わらびやゼンマイ、タラの芽の見分けと方どんな場所に生えるかをよく歩き経験を積む事だ。
サザエやアワビを獲るにしても何を食べていてどんな場所が住みやすいか貝の気持ちになって考えてみる。

庭のチューリップが美しい



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私の昭和鉄道遺産 その34 行橋機関区

2017年06月24日 | 私の昭和鉄道遺産
撮影場所 福岡県行橋市

北九州ならば急行列車で三時間半くらいでいけた。
しかし九州でも宮崎などになると単線のため随分時間がかかる。朝でて夕刻の到着だ。
北九州はもっと簡単に行動を起こせたのではないかと思う。二日休めれば強行軍で十分いけた。

しかし、過ぎ去った45年も前の事で逆戻りできない。
この歳になるとあの時にこうすればよかったと悔やむ事が多い。
ワシの半生は反省ばかりである。
人生の指南には過ぎ去った過去など忘れる事だと書いてある。
忘れる事など出来ないのでいつまでも過去の失敗をくよくよ生きてもいいと思う。
また失敗するのではないかここは慎重に行こうと歯止めにもなる。
高齢者には失敗は許されない。後がない敗者復活戦がないのだ。

レンガ積の機関区は明治時代のものだろう。
あの頃は明治時代の物は残っていたと思う。
蒸気機関車が廃止されれば解体撤去される運命になる。
フィルムの中にでも保存しなければと思い撮影した。
長く生き続けていれば昭和の物も懐かしい物になってきた。




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オリンピックで印象に残る試合

2017年06月23日 | 日記
お題「オリンピックで印象に残る試合は?」に参加中!
オリンピックの思い出に残る試合は数多くあるがひとつあげるとすると1972年のミュンヘン大会の男子バレーが金メダルを獲得したことであろうか
予選リーグを一位で通過し決勝トーナメントの準決勝でブルガリアと当たる。
勝てると思ったが思わぬ苦戦で2セット先取されてもう後がなかった。
忘れもしないズラタナフの強打に苦しまされる。後の無い日本は起死回生を狙い南、中村のベテランを投入して1セットとった。それからも苦しい戦いだったが2セットとり逆転勝利。
深夜日付が変わる時間帯まで日本国中が歓喜に湧いた。
決勝はラッキーなことに実力NO,1のロシアを東ドイツが破る。
決勝は日本と東ドイツで3-1で日本の初優勝

その当時は松平監督で大きな外国選手のブロックを防ぐために一人時間差や時間差攻撃を秘密兵器で使って勝ち抜いた。その戦法は直ぐに外国チームも使い始めた。
日本がチャンピオンになると欧米ではルールを変更する。スキージャンプ、スキー複合や柔道
バレーではブロックの時にオーバーネットして良くなった。ネットがあることで身長の低い日本人もそれなりに頑張れたがあのルール改定で日本のバレーは長く低迷している。
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2016年 茅葺写真展 干す その1

2017年06月23日 | 2016茅葺写真展
撮影場所 兵庫県小野市

茅葺民家の庭に収穫した豆などを干して乾燥させている。
昔ながらのむしろやゴザの上に干している。
収納する藁で編んだ袋も昔のままである。

現在なら化成品のシートや大型の容器を使う。
人は藁や棕櫚の皮や麻の繊維、綿花を使い紐や袋を作った。
藁は材料費がタダ同然で畳や筵や縄や米俵や叺(かます)草履を作った。

人間の知恵とはすごいものだ江戸時代鎖国のために外国の物がほとんど入らなかったが独自の文化を作った。
年齢の上の先輩などワラジを前の晩に編んで次の日に使ったと言っていた。
私などむしろや縄を編んでいるのを見た程度で作った事もない。
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茅葺民家  動物のいる家

2017年06月22日 | 茅葺き民家
撮影場所 広島県大和町

農家にお邪魔する。
ほっかむりした住人の方、犬が二匹に猫が三匹いた。
ネコの一匹は私がちか近づいてもじっとしていたが二匹は縁の下に逃げ込んだ。
縁の下が開放ていた家は犬猫が住み付いたりネズミの棲みかにもなる。

縁の下に子供が入れるほど空いていた家もあった。
縁の下から吹く風は夏場は涼しかった。かび臭い匂いもしたが涼しいのはありがたい。

私の家も猫を飼っている。外には出さずに飼っている。
喧嘩をして怪我をしたりエイズなどの病気をもらうし交通事故も怖い。
外にら出るとノミを貰って帰る。動物のノミは人には嚙まないというが嘘だ。
家で繁殖するとかゆくてたまらん。
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日本茅葺紀行 NO,373 洗濯物のある風景

2017年06月21日 | 温泉
撮影場所 京都府旧美山町


美山町の南の端の集落、集落というほど民家はない。
点々と民家が残る峠を越えると京都市の広河原だ。
美山町の北地区のような喧噪も賑わいもない。
車も通らない静寂である。動物の天下の地域である。

杉の木の幹にはビニールテープを巻き鹿の角砥ぎで樹皮が剥けるのを防いでいる。・
各所に猿の捕獲用の檻がある。
餌は玉ねぎ一個、あんな苦い物を食べるものだ。

猿は軒に吊るしてある玉ねぎも屋根から手を伸ばし盗って帰るそうだ。
犬猫は玉ねぎやネギを食べさせると血栓ができるので与えない。
人間は玉ねぎが血液をサラサラにするという。
こんなの何が本当なのと考え込んでしまう。

女性が草抜きをしていたので写真を撮らせてもらう。
一人住まいだそうだ女性の一人住まいは物騒なので男物の作業服も一緒に干す人もいる。

これを撮影したのはフィルムカメラの時代
もう随分行っていない。この民家は今も残っているか山間部の集落は人と共に民家も姿を消す。人の記憶と映像だけが残る地域もこれからはでてくるだろう。
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蒸気機関車 香月線の列車

2017年06月20日 | 蒸気機関車
北九州の筑豊線から分れた枝線に香月線があった。
炭鉱の石炭を運搬するために敷設された。
しかし、閉山で昭和60年4月に廃線になる。
線路は中間駅から香月までの3.5キロと短いものだ。

蒸気機関車に乗って何で香月まで行かなかったのか悔やまれる。
将来廃止されるのはある程度分かっていた。
実行力がなかったのに呆れる。

きっちり蒸気機関車を撮っている人は北九州の網の目の支線を撮っている。
写真を記録として撮る者は対象物の抽出と優先度を付けて正確に記録すること求められる。
私には北九州の支線をすべて撮る事がリストアップにも上がっていなかった。
支線の列車、駅の写真、ホームと線路や駅の切符の蒐集

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心を打つ仏たち

2017年06月19日 | 懐かしい物
撮影場所 1.モノクロは兵庫県加西市 北条の五百羅漢 2.青森県津軽地方 稲垣村の身代わり地蔵

素朴な庶民の作ったような石仏が哀愁があっていい。
こんな石仏が残る背景には飢餓、疫病、水害や地震などの災害、戦や戦争の暗くて厳しい歴史があったのであろう。
五百羅漢は庶民が彫って納めたようにも思える。
石は加工しやすい柔らかめの凝灰岩などが使われる事がおおい。
瀬戸内沿岸はかっては火山帯が通っていいた。
花崗岩が多く産するところからも火山のマグマが押し上げ山になったのだろう。
いつかネットで赤穂市から相生市や岡山の備前市にかけて半径20キロの巨大カルデラ噴火の痕跡ではないかと書いてあった。しかし、8000万年も前の事で地形は浸食されていて今後の詳しい調査で判明される。
半径20キロのカルデラと言えば阿蘇山のカルデラに匹敵する大きさだ。
日本人の大半は亡くなる規模の噴火だ。

稲垣村の身代わり地蔵 子供が災害や危険に遭わないように地蔵さんにお願いを込めて納められた石仏
この周辺に2000体あると書いてあった。私も街角の石仏にカメラを向けた。







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2016年 茅葺写真展 山間民家 その2

2017年06月18日 | 2016茅葺写真展
撮影場所  新潟県上越市

今の時代、山間地を走っていてバッタリ茅葺民に出会うと嬉しいものだ。
ネットや航空写真の時代、実際車で走るより映像から探した方が早い。

しかし、旅はその場に行かないと分からないしいろんな見るものや聞くこともある。
若い頃は自分で運転してどこにでも行ったが高齢化すると運転も危険でツアー旅行になる。

個人の茅葺民家の撮影はツアーには入っていない。
元気な頃か歳を取っても元気な人しかできない趣味だ。
茅葺は年々減るし時間との勝負だ。

新潟まで行くと家々の周りに大木を植えてあり風景に落ち着きがある。高木の杉のある風景だ。
家の周りを林にするには土地も広くなくてはできない。
私の周りでは少ない風景だ。
あと30年もすると日本からこんな茅葺と田園風景は消えるのであろう。





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