懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺民家 福岡県旧浮羽町

2016年07月24日 | 茅葺き民家
浮羽町は茅葺民家の雑誌やネットで出ているのでその情報をもとに訪れた。
写真の民家は保存家屋の国の重要文化財に指定されている。
しかし、住人の方が暮らしている。洗濯物を干している。
行ったのは一回きりで今後も行く予定はない。
行こうと思ってもなかなか実行できないものだ。
私は一人で行けるわけでもなくどこにでも泊まれるわけでもない。身体障害者の泊まれるバリアフリーのホテルでないと困る。入口に階段や段差のないホテルでエレベーターが設置されていて6人乗り以上の広さがほしい。
大きな市に行かないと私の泊まれるところはない。
浮羽へ行った時は久留米で泊まるように思う。
世話をする人間には私は手間のかかる厄介者である。
粗大ごみで生きるのも辛いものだ。
粗大ゴミで人生の幕を閉じたくはない。生への怨念を写真に込めて生きるのだ。
生きていりゃこそ黒田の200勝、イチローの3000本安打にも出会える。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本茅葺紀行 NO,303 兵庫県旧丹南町

2016年07月23日 | 日本茅葺紀行
国道372号線沿いの茅葺民家、今田町から亀岡市を走っているがその沿線に茅葺民家が点在していた。
ここを走れば何の苦労もなく茅葺を発見できた。・
今も茅葺民家が残っているのはありがたい。
角屋つくりの民家も四軒あった。
わずか10年から15年で姿を消している。。
写真には二軒民家がみえるが奥の家は撤去され手前の家も痛みがひどい。

茅葺を撮るのが目的だが時代の変遷も記録している。
これからどのように集落の形成は変化していくのであろうか
茅葺民家にトタンを掛けたり建て替えるより取り壊す家が多い地域もある。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昭和の遺物たち  懐かしい物 土塀

2016年07月22日 | 昭和の遺物たち写真展
私の住む近くに土塀の民家があった。
民家も残っていたがかなり痛んでいた。
以前は大きな敷地の民家であったのだろう。
この土塀は写真に残しておこうとカメラを持ち撮影した。
土塀は下を石垣にしないと豪雨や長雨で土が水を吸い崩落する。
また土だけでは強度が無いので古い瓦を入れ練塀にしている。

その当時はこんなのを撮っても使う目的は無かった。
パソコンにスキャンした画像が取り込めるようになるとは思わなかった。
ましてやブログやフェイスブックで自由に写真が発表できる時代がくるとは想像できなかった。

今はだれでも撮影機材を持っている時代。
自分の街の懐かしい光景も散歩がてらに残せる。
世間遺産と称して自分の住む町を記録している人がいる。

地蔵や石垣の護岸、土塀や木の小屋、小川など自然のまま残っていればありがたい。
しかし、残念ながらそんな懐かしい風景がすくなくなった。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

セコンドライフって何に

2016年07月21日 | 日記
セカンドライフという言葉が使われだしてネットで検索したら思っていた意味と全く違う事が書かれていた。
セカンドライフは和製英語で外国人には通じないので回避するようにと書かれていた。
外国では同じ会社で終身雇用されることなく年老いても金の無い人は働く。定年後の概念がないのが理由だそうだ。スキルを高め各国を転々として経験を高め転職を繰り返す。
日本の場合は一旦会社を辞めると段々と給料や社会保障の条件が厳しくなる。正社員にはなれず厳しく非正規雇用となり虚しい人生をたどるケースが多い。

セカンドライフという言葉がおかしいならシニアライフかというとシニアもふさわしくない。シニアは年長者で小学生も高学年はシニアだそうだ。フィギアスケートなんかレベルの高い人は15歳からシニアクラスである。
それじゃシルバー世代かいうと白髪をイメージする言葉は嫌じゃとおっしゃる。それなら老後生活しかないわいな。

団塊の世代が高齢者に達する時代になり老後の暮らしの特集が本でもテレビでもネットにもみられる。
漂流老人、破産老人や生きがいの見つけられない老人、孤独死などの身につまされる記事が多い。
現に私も身体障害者で要介護者である。夫婦二人暮らしで自宅での暮らしであるが私が老人ホームに入ると経済的に厳しい。25万円の年金では暮らしていけない。税金や健康保険、介護保険や医療費、介護費、介護レンタル、公共費、通信費、ガソリンなどを入れると10万から12万円しか残らない。これで老人ホームの代金15万から20万は払えない。残された家内の生活費に10万は掛る。月々18万は不足する。
身体が悪くなっても自宅で生活するしかない。

老後の記事は厳しい事例のものが多いように思う。
給料の高い人ほど陥りやすい老後破産などという記事が多い。注意喚起のためのものであるがあろうが読者が喰い付くタイトルを付けている。読んでみると一般的な事を書いてあり為になることはそんなににない。
どんな高給取りでも自己破産する人はいる。ドロップアウトする人はどこの世界にもいる。1パーセントの例外を大きく取り上げそれがすべてのような書き方は止めてほしい。
現実は高給取りの方が圧倒的に豊かな暮らしをしている。

定年後やることがない、仕事人間で遊びや趣味が見つけられない。そんなことは決してない。女性は友達が多く多趣味だが定年後の男は何もすることないと書いてある。
そんな事はないでしょう。凝り性は絶対に男のものだ。
仕事の出来る人間はいろんな知識経験も豊富だし企画力、応用力もありすぐに適応できる。
定年後どんなことに情熱を燃やして作品を残しているか個人にヒアリングするとよい。
庶民の中にもすごい事をやっている人が大勢いる。
そんなすごい人を雑誌で紹介すると人は妬むのである。
読者が劣等感を持つ記事はふさわしくないのだ。
それより世の中にはこんなみじめな人がいると優越感を持たせる 。こんなにならないようにと忠告するのが受けるのだ。

定年後、ボケ防止、生き甲斐、収入アップのためにやっておきたい三つの事 私なりに考えてみた。

1.働けるうちは何歳になっても働く。60歳になって仕事をしなくなるのはサラリーマンだけである。
農業、漁業、林業や自営業、主婦には定年がない。
サラリーマンも働ける仕事があれば何歳になっても働く。
ボケ防止には仕事が一番だと思う。70歳を過ぎて働いている人に聞いてもボケ防止には働く事だという。定年後は働いても一番下なので気が楽だが責任はある。いろいろ発生するトラブルに頭を使うのがいいとおもう。脳トレゲームで時間をつぶすより働いて金を貰うのが脳トレにもよい。
雑誌などに何で書かないのかと思う。高齢者のボケ防止には働くのが一番と
私は63歳で働けなくなった。情けないが私に代わり家内が今も頑張って働いている。

2.ボケ防止には株式投資がよい。金利のつかない時代が長く続いている。いまは何もしないで定期貯金や国債に入れておくのが一番のリスクである。何もしないリスクである。3000万円ある人が株式の配当金手取り2パーセントで20年もらえば毎年60万円で1200万円になる。この低金利でも3000万円が4200万円に増える。高い金利の時には配当金は小馬鹿にしていたがいまでは配当金もありがたい。株式投資をしていたら世界の情勢にも気になるし勉強もしなくてはならない。金が掛っているので真剣になる。定年後の資金運用なので慎重な売買をする。株は安い時に買わないと絶対に儲からない。思惑で買って儲かるものではない。今年も何度か暴落があったが一週間から10日下げ続けたあとに買うことである。下げの過程で「落ちているナイフを素手で掴む」苦い経験が私にも何度かあった。配当金と含み資産で資産はそれなりに増えていく。株式は地震や戦争では大暴落する。リスクがいやな人はしないほうがよい。人生はどんな事でもリスクは付き物、リスクのない人生を送るのが老人をボケさせるように思うのですが。心配事があるくらいが人間いいのかも

3.趣味にテーマを持つ  どんな趣味もテーマをもって何十年か継続してやる必要がある。世の中にはオタクが沢山いる。私はここのところ毎年写真展をやっている。写真展に個性の強い人がくるのだ。そんな人の話を聞くのが一番の楽しみである。人がどんな仕事をしてどんな環境に育ちどんな趣味をもって生きてきたかを聞くのも興味がある。本やテレビから得る情報より自分でヒアリングして集めた話が面白いと思う。(宮本常一氏の土佐源氏のように)
定年後死ぬまでに何らかの作品を残したいものです。
時間がある人は車を運転し全国を訪ね歩いている人によく出会う。旅行ツアー会社のやることを全部自分でする事が面白い。運転手から旅館の手配、旅行計画、情報収集まで自分でやる。人生は何事も経験である。自分の五感で「見る聞く探す」ことであろう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

蒸気機関車 筑豊線D50

2016年07月21日 | 蒸気機関車
筑豊線は複線で蒸気機関車の通過本数が多く大勢の鉄道ファンがおとずれた。
中間のカーブが撮影ポイントで何度も行ったが迫力のある写真はない。
この辺りは平坦地なので夏場はほとんど煙が見えず。
カメラ2台で撮ったために二兎を追うものは一兎も得ずになった。
いっそ駅で停車している風景の方が味があった。
乗客も撮れるし駅や周辺の民家が古く昭和の風景だった。
人間歳をとり時代が変化すると写真の見方も変わってくる。
今は機関車本体より人々の暮らしの入った写真がいい。

蒸気機関車D50は筑豊線にのみ残っていて数台しかなかった。
大切に撮影して置きたかった機関車だ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

茅葺民家 出雲平野の民家

2016年07月20日 | 茅葺き民家
出雲平野の茅葺民家もすくなくなった。
生垣に囲まれ築地松と反り棟の民家が出雲の風景だ。
残っているうちにデジカメで撮っておきたい。

尾道から松江道は現在無料である。金の要らない間に訪れたいと思っている。
10年ほど前に旅という雑誌でこれからは田舎がブームになるという記事が載っていた。

10年経つが一向にブームの気配はない。
鉄道なら最後の列車となると大勢の人だかりだ。
茅葺民家や田舎には関心のある人の絶対数がすくない。
ブームになり個人のお宅に大勢押し寄せると迷惑になる。
これでいいのかもしれない。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本茅葺紀行 NO,302 滋賀県旧永源寺町

2016年07月19日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 永源寺町君ケ畑

永源寺町政所、君ヶ畑は歴史の舞台である。
平安の昔の歴史がどれほど現在に残っているか期待を持ちながら訪れる。
そんな歴史など現在まで受け継がれるはずもない。
しかし、手前にある永源寺や親王ゆかりの神社、10数軒の残った茅葺民家。
長くここで住み続けた石垣や通路民家、こんなのに出会えて満足であった。
政所からさらに奥に進む細い山の道路を走ったら君ヶ畑の集落があった。

これより先にも集落があったが廃村になった。
君ヶ畑もいつまで人が住み続けるのであろうか

滋賀に住む息子に永源寺の話をしたらここまで渓流釣りに行った事があると言っていた。
民家がほとんどないので川は美しい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昭和の遺物たち  懐かしい物 板壁倉庫

2016年07月18日 | 昭和の遺物たち写真展
三叉路に木造の倉庫があった。
日本瓦に焼板の板壁の倉庫だった。カメラを持ち散歩がてらに撮影した。
こんな写真は何に使う目的も無かったが子供のころはこんな風景ばかりだったなあと思い返す。

派手な色彩のない黒と茶色と漆喰の白の色合いだった。
通りに面した倉庫の壁にはポスターや映画の宣伝が貼られていた。
夜は外灯もなく怖いような倉庫である。

おかやまの中心地の電車通りに映画館のポスターが並ぶところがあった。いつか撮ろうとおもったが30年も経過してしまった。
時代を代弁する風景は次々と消えてしまう。公衆電話ボックスも姿を消した。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

岡山の茅葺民家 阿波村の民家

2016年07月16日 | 茅葺き民家
阿波村には沢山の民家があったが人の住む民家は少なくなった。
郷土歴史館や土産店が残る。
人の住む民家は6軒ほどか
私もカラーはほとんど撮っていない。
モノクロで雨や雪のある写真しか残っていない。
秋から冬にかけて県北はしとしとと雨が降る日が多かった。

昔に巻き戻せないかと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

茅葺民家 京都市広河原の民家

2016年07月15日 | 茅葺き民家
京都市の北のはずれ広河原、花背、久タは茅の里である。
山と田と川の中に茅葺民家が点在する。北山杉が京都の風景である。
残しておきたい日本の風景である。

しかし、山の中、若い人が子育てするには厳しい。
過疎が進む風景は寂しい。私はそんな寂しい風景にカメラを向ける。
自分で勝手に過疎地地の寂しさを作ってはいるようだ。

写真は懐かしさを感じないといけないと誰かが言った。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加