ここは虚空蔵山(こくぞうさん)の森の中じゃ。
コクゾウサン?
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)が祀られた山という意味じゃ。
コクウゾウボサツってなぁに?
仏教の世界で「覚りを求める人」を「菩薩」というんじゃが、
その中の一人が「虚空蔵菩薩」。
虚空蔵とは、宇宙のように広い無限の智恵と慈悲を持っておるという意味じゃ。
ふーん、よくわかんない。
わからんでもいい。
人間の考えることは、わしにもようわからん。
賢い動物のようで、とてつもなく愚かな生きもののようで…
ところで、虚空蔵山は日本中にいくつもあるが、今では名前だけのところがほとんどじゃ。
しかし、ここは違う。
今も山頂に虚空蔵菩薩を大切に祀っておってな、
里に住む人間たちはこの山を「こくんぞう」とか「こくんぞさん」と、親しみを込めて呼ぶんじゃよ。
「こくんぞさん」かぁ、おもしろいね。
わたし、今日から「こくんぞさんちのしーちゃん」になる!
おじいさんは「こくんぞさんちのスダジイ」だね。
嬉しい?
そりゃあ、嬉しいよ。
今は、あちこちの山が、人間によってズタズタにされておる。
高速道路やトンネルやダムを造るために、わしらの仲間は簡単に切り倒されてきた。
だが、この山で生まれ、「こくんぞさんちのスダジイ」になったおかげで、
その心配をせずに安心して暮らせるから、それは嬉しいさ。
どうして心配しなくてもいいの?
この山の麓には本当に賢い人間たちが住んでおるからじゃ。
本当に大切なものは何かを知っておる者たちじゃ。
本当に大切なものってなぁに?
その人たちには、どこに行けば会えるの?
本当に大切なものが何か・・それは自分で見つけるんじゃよ。
誰かに教えてもらって見つかるものではない。
その人間たちは川原(こうばる)という里に住んでおる。
しーちゃんも元気で旅を続けていたら、きっと会える。
楽しみにしているがいい。
そのとき、東の山の尾根の向こうから、オレンジ色の光がこぼれ出しました。
(つづく)