子どもを眺める

2008-02-06 21:56:23 | 子育て
我が家の3姉弟は順調に成長と後退を繰り返しております。

最近、下2人の仲がいいんですよね。
年子なだけあって、あまり年の差を感じないのでしょうか、よく2人で仲良く遊んでいます。
1号は年齢的に少し離れているので、1号が遊びに加わると、
暴君みたいになってしまって、専制国家状態になるので下2人はついていけません。
1号のルールにしたがって、1号の望むように行動しないと怒られちゃいますから。

でも、2号とジャリ男だけなら、15分から30分くらいは仲良しの時間が続きます。
そんな仲良しの2人を見ているのが、最近の僕の一番のお楽しみです。
2号は言葉が遅く、まだまだ人間としては認められないほど発達が遅いです。
一方ジャリ男は言葉が早く、既に色んなことを理解しています。
こんな2人が遊ぶととっても楽しいんです。

もちろんリーダーになるのは2号。
2号がこれをしよう、あれをしようとジャリ男に持ちかけます。
持ちかける内容は、僕が聞いていてももひとつわかりません。
ジャリ男は、持ちかけられた遊びの内容を理解してかせずかわかりませんが、
うれしそうに“うん。わかった”といいお返事。
ひょっとして、2人だけにはわかっているのかも知れないと思ってしまいます。

そんなことを経て遊びが始まるのですが、リーダー2号の指示でジャリ男は動きます。
この指示がまたよくわからない。
レゴブロックを指差して“これは100円やしな。これであっちで買い物してきて”
ジャリ男は“うん。わかった”。。。。
一体どっちで何を買い物すればいいのか、さっぱりわかりません。
でもジャリ男はいいお返事。
返事はいいのですが、もちろんジャリ男も何をすればいいのかわかるはずもなく、
とりあえずお気に入りのプラレールを手に持つと、2号のもとへ駆け寄り“買ってきたでー”。
すると2号は“ありがと。ここに置いとくわな、次もあるしな”。
どうも買ってきたものは間違ってはいなかったようです。
でも買ってきたものを置いておくだけでは、何のためにジャリ男は買ってきたのでしょうか?
しかも“次もあるしな”の“次”ってなんなんや?
そんな僕の疑問をよそに、ジャリ男は満足そうにしながら
“もう終わり?もう終わり?”とオウムのように繰り返す始末。。。

こんなことがひたすら繰り返されます。
このときばかりは2号は女王様であり、ジャリ男は命令に従う歩兵。
どうもこのシチュエーションを2号は気に入っているようです。
たまに歩兵の反乱があり、それを2号は沈静化できず手を焼いているようですが。。。

第3者が見れば、何の興味もない子ども達の遊びですが、
最近、僕は意識して遊んでいる子ども達を見るようにしています。
楽しそうに遊ぶ彼らをまぶたに焼き付けておきたいという気持ちもあれば、
子ども達を見ていることが単純におもしろくもあったりするからです。

遊ぶ子ども達-ある意味当たり前で、その姿をじっくり眺めるというのは少ないんじゃないかと思います。
子どもがご機嫌で遊んでいるから、自分の時間ができたと喜んでテレビを見たりパソコンしたり本を読んだり。
それはそれで当たり前です。
なかなか持てない自分の時間が与えられるんですから。
でも、こういう時間を使ってでもゆっくり子どもを眺めてみると、
ひとりひとりのことを深く理解できたり、
心に余裕があるからこそ、初めて気付くことがあったり。。。
たまに意識して子どもを観察してみると、改めてその楽しさを思い知らされます。

今のように家族団らんで過ごせる時間は、恐らくあと10年もないでしょう。
子ども達はご飯を食べたら、自分の部屋にこもるようになっちゃうかも知れません。
だからゆっくりと観察して、そのときの子ども達の姿を覚えておく・・・というのは無理でしょうが、
楽しそうに遊ぶ子ども達を見て感じた自分の気持ちを覚えておきたいと思います。
それはそれで宝物になりそうですから。
では。

 


ちょっと前に嫁さんが買ってきたリアル虫おもちゃです。
僕は生き物とゲテモノは好きなので結構気に入っています。


『ギャオー!タランチュラだぞぉ』
※タランチュラはギャオーという声は出しません。


『ヘッヘッヘ。カマキリだ。そこのハチ!食ってやろうか』
※カマキリは笑いません。

こんなことを想像してしまう僕はへんないきものなんでしょう。
へんないきもの』を読むへんないきもの。。。目クソ鼻クソですな。