読書感想文24 ~挙動不審者~

2011-12-26 23:48:52 | 
少し前にとってもハマって、読み漁った作家さん。
佐竹一彦氏の作品です。
残念ながら、佐竹氏は故人なんですが。

氏は元警視庁の警部補。
刑事(警察)小説好きの私にとって、これ以上ない書き手だと言えるでしょう。
既に【刑事(デカ)部屋】にはじまり、
【新任警部補(凶刀「村正」殺人事件】、【潜入捜査警視庁公安部】、
【ショカツ Real police story】、【よそ者】と読み進めてきました。

氏の作品は、どれも地味です。
【うたう警官】とか【それでも、警官は微笑う】とかと比較すると、
とにかく抑揚のない淡々とした情景や心理描写が展開されます。
さらには終わり方のすっきりしないこと。
【ショカツ】なんて、登場人物に犯人はいません。
犯人は逮捕されるのですが、それはどこかの誰かであり、
ラスト20ページほどで、
主人公と関係のない捜査本部によって逮捕されることになります。
物語の途中で散りばめられたように見える伏線。
でもそれらはほとんど回収されることなく終わります。
結局、伏線ではないわけなんです。
エンターテインメントのかけらもない地味さ。
主人公は捜査の実務研修のため、ベテランとペアを組む“僕”。
恐らくは、佐竹氏の実話を基にした作品かと。
だからこそ、リアルなんですよねぇ。

考えてみれば、捜査って地味以外の何者でもないんでしょうね。
架空の世界ではたくさんの伏線が散りばめられ、
それらがラストで見事に回収されます。
でも、聞き込みで得た情報は、そのほとんどが伏線とならず、
事件とは無関係なものなんですね。
氏の作品にはそんなリアリティが溢れているのですが、
だからこそ、地味になってしまうのでしょう。

で、本作はその極みだ、と個人的には考えています。
何しろ、主人公はうだつの上がらない定年前の刑事紺野巡査部長。
その刑事に署長から特命が下されるんですが、特命の内容がまた地味です。

殺人の容疑で逮捕された容疑者。
状況証拠も物的証拠も揃っているにもかかわらず、澄んだ目で否認を続けます。
捜査本部の捜査は適切なのか。
澄んだ目の犯人がいることに納得がいかない署長。
犯罪者にありえない澄んだ目の理由をさぐれ。

というのが特命の内容です。

紺野巡査部長は、ありあまる証拠のために捜査本部が捜査を省いた、
犯人が過去に起こした不起訴事案を調査します。
定年退職した少年課所属の長い元刑事。
若くして退職し、サーフショップを経営する元刑事。
その捜査内容は捜査側の人間性によって処理されています。

で、澄んだ目の理由ですが、
精神的に大人になっていない若者には、
犯罪を犯しても、何の良心の呵責もなく、
罪悪感を感じることもない人間ってのはいる、
ってのが結論なんです。

ひょっとして誤認逮捕なのかな?
意外なところから真犯人が現れるのかな?
という期待を持ってしまうのですが、
そんなドラマチックな展開は一切なし。

地味です。

で、その後、犯人が否認を続けたのか、自白したのか、
紺野巡査部長の結論以降どうなったのか、
作品の中では明らかにされていません。
先ほどの結論を出して作品は終わります。

地味です。

ただ、私にとっては地味でも何でもいいんです。
元警視庁刑事が経験を元に描く警察内部の権力構造や捜査事情。
それらが、何よりも説得力を持って迫ってきてくれます。
すっかりただの警察or刑事オタクみたいになっちゃってますが、
決して偽者の警察手帳を持っていたりしませんので(汗)

小説に限らず、映画やドラマも作品ラストってのは盛り上がりますよね。
というか、作り手は盛り上げようとしますよね。
それが時として失敗して、
盛り上がりに欠ける出来栄えになっちゃうこともあるのですが、
氏の作品は盛り上げようとする意思が伺えません。
私の経験上、刑事小説のラストはドンパチかどんでん返しなんですが、
そんな派手な演出は一切登場しません。
前述したように、伏線の回収も行われないので、
“これは伏線になるかな?”
なんて推理しながら読み進めても、
ただの徒労に終わることばかり。
だからこそ、現実に近い小説なんだろうなと思えるのです。

数ある氏の作品の中でも、群を抜いて地味だった本作。
何といっても“澄んだ目”の真相調査ですから。
でも、それでも楽しく読めたのは、
やはり刑事小説が好きだからなのでしょう。
逆に言うと、刑事小説が好きじゃない人にとっては、
たまらなくのっぺりして退屈な作品になっちゃうことでしょう。

かなり読み手を特定してしまうこの作品ですが、
私にとっては氏が若くして亡くなられたのが残念でなりません。
何しろ氏の作品は10作に満たず、
この先、作品が増えることはないのですから。
もうすべて読み終わってしまった今、
氏の新作を読みたいという、叶えれない欲求に悩まされています。
では。


読書感想文23 ~廃墟に乞う~

2011-12-15 22:11:46 | 

いやはや。
連日の忘年会でいささかまいっております。
今日は控え目に、とか思っていても、
そう思っていたことを飲み出すと思い出すことはありません。
12月という季節がそうさせるのでしょう。
チッ。やってくれるぜ、じゅうにがつ。

すっかり佐々木譲氏の警察小説にハマっていた時期がありました。
今回の作品は氏の直木賞受賞作の短編集です。
たんぺえ”ではございません。

主人公は休職中の仙道刑事。
過去の事件で心的外傷後ストレス障害を患っているものの、
過去に担当した事件の関係者から、独自の捜査を依頼される。
依頼ごとに短編が構成されており、
どの編も北海道のどこかの町が舞台となっています。
北海道の地理や町の特色を知っていると、
もっと楽しく読めるのでしょうが、
私はまったく存じないので、架空の町としか受け止められません。

直木賞受賞作、ということだったので、
期待して読んだのですが、
これまでの氏の作品とは一線を画した警察小説のため、
読後の感想としては他の作品のような満足感はありません。
休職中の刑事、という設定なので、
捜査に重きを置かれているのではなく、
事件の犯人や被害者の人間を照らしているという印象です。
そのため、どの短編も事件の明確な結末を記述することなく、
尻切れトンボのように終わります。
それでも、どの短編も独特の余韻を残してくれます。
少し嬉しい、少し哀しい、少し空しい・・・

秀逸なのはやはり表題作の“廃墟に乞う”です。
勝手に想像するに夕張市が舞台じゃないかと思います。
かつて炭鉱町として賑わった町は現在、
廃墟のような町になっている。
そんな町に育った人間が犯す罪。
考えられる限りの劣悪な環境で過ごした幼少時代。
憎むべくは人間か環境か。
哀しい結末に、打ちひしがれて物語は終わります。

本作は氏の真髄かというと、素人の私にはそうでもないと思うのですが、
氏にしか書けない作品だということは間違いないでしょう。
果たして多くの作品の中で、
最も直木賞に値するかどうかというと、
もっとふさわしい作品があるような気もします。
【警官の血】のほうが個人的には納得できます。
3代に渡る警察官一族の超大作は、
大きなスケールと気配りの利いたディテールで、読み応えがありました。
しかしながら、直木賞選考委員の方々もおっしゃるとおり、
これまでの氏の作家としてのクオリティの高い創作活動が、
たまたま、この作品で直木賞という栄誉を得たということでしょう。

さて。
氏の警察小説はすべて読み切ってしまいました。
どれも秀逸で、もっともっと読みたいと思うのですが、
しばらくは、他の作品もチラ読みしながら、
じっと次回作を待つことにしましょう。
では。


読書感想文22 ~巡査の休日~

2011-11-24 20:55:55 | 
大好きな作家、佐々木譲氏の北海道警シリーズ第4弾。

まさか4作目が出るとはねぇ。
予想も期待もしていませんでしたな。
3作目の【警官の紋章】があまりにも秀逸で、
さらに大団円のラストだったので、
これ以上、何が描かれるのだろうと疑問に思いながら手にした一冊でした。

今作の主人公は小島百合巡査。
時系列的には前作の【警官の紋章】直後という解釈でいいと思います。
前作の冒頭で、小島巡査が現行犯逮捕した婦女暴行犯の鎌田が入院中の病院から脱走し、
懸命の捜査も空しく、行方をくらませてしまいます。
その犯人が逮捕前にストーカー行為を行っていた村瀬香里を、
24時間つきっきりで護衛するのが小島巡査の仕事。
しかしやがて、村瀬香里の携帯に鎌田と思われる者からメールが届く。

今作にも佐伯警部補や津久井巡査は登場しますが、
それぞれが追う事件はまったく繋がっていません。
というか、繋がっているように見えて、まったく別の事件です。
それでも、それぞれの捜査過程が面白く、
一気に読み終えてしまうのは、さすが氏の作品だと思います。

そう、面白いのですが、今作は犯人の動機が弱すぎます。
推理小説は全体的にその傾向がありますよね。
まずは犯罪ありきで構築していくと思うので、
どれもこれも、犯人の動機が弱い。
その程度でそこまでやるか!?という突っ込みは毎度のことです。
でもこの作品は推理小説というよりも警察小説です。
ならば、もう少し犯人の動機にはリアリティーがあってもいいんじゃないかと。
さらに、小島巡査。
以前、相談に来た女性が犯人なのですが、
古いこととはいえ会話まで交わしておいて、
さらにその女性を救えなかったとの後悔の念があるにもかかわらず、
さらにさらに、再会して会話まで交わしているクセに、
まったく気付くことがありません。
普通の警察小説に出てくる警官ならば、
そこまですっぽりと忘れることはないと思うのですがね。

このため、読後の違和感はぬぐえません。
救いは、新宮巡査に活躍の場があったことと、
ラストシーンが秀逸だったことでしょうか。
ビアガーデンに繰り出し、YOSAKOIソーラン祭りを最前列で堪能する
佐伯、津久井、新宮の面々。
そこへ踊り手としてやってきた小島巡査が面々の前に近づき、、
佐伯にケリを入れる。
短くささやかな巡査の休日。
ケリの意味は【うたう警官】から読んできた者にとってはよく理解でき、
“あいつ、おれに回し蹴りをくれたぞ”
の佐伯のセリフにはプッと吹き出してしまいます。

この道警シリーズ、すっかり定番となったようで、
次回作が出るとの噂もチラホラ。
是非とも出てほしいですねぇ。
期待しています。
では。


読書感想文21 ~夜の桃~

2011-10-13 21:59:05 | 
沖縄の家族旅行記はまだ一日目が終わったところ。
ちょっとペースが遅すぎなので、
がんばって早めて行かなきゃなんですが、
2日目に入る前に、ちょろっと読書感想文でも。

石田依良氏の作品は初めて読みました。
これまではまったく氏の作品に興味がなかったのです。
直木賞を受賞した【4TEEN】はあらすじを読んで、
興味が湧くことなく。
40歳になって中学生の冒険物語を読んでもねぇ。
だから縁のない作家だろうなと思っていたのですが、
仕事場の同僚が本作を読んでいて、
スゴいから読めと薦められ、イヤイヤ読み始めた次第です。

読んでみるとスゴいと表現していた意味がわかりました。
だって全編エロスなんですもん。
これはね、もう官能小説です。
でも、油断して読んでいると、
人間の日常や男の本質を鋭く突いた表現にエグられたりするんです。
いや、本質を突いたというのは語弊がありますね。
本質を突いたように思える表現としておきましょう。

美しい妻と、艶やかな愛人Aと、若い愛人B。
その中でひたすら自分に酔いながら、
情事を繰り返す主人公の奥山。
IT業界のニューヒーローとして世間からは羨望され、
青山に5億円の豪邸を建て、
イタリア製のジャケットにスイス製の腕時計をまとう、
絵に描いたようなミニバブルの成功者。
そんな奥山が維持していた危うい四角関係のバランスが崩れ、
つまるところ全てを失うこととなる物語。

はっきり言わせてもらうとね、ちっともおもしろくありませんでした。
ワンパターンもいいとこです。
ちょっとおいしい食事して、
ちょっと高い酒を飲んで、
ちょっとキレイな女性を抱いて、
ベッドの上で気持ちよくなって、大満足。
もちろん色んなプレイを堪能のオマケつき。
その繰り返し。
なんじゃ?この小説。

出てくる女性陣も理解不能。
旦那の浮気にうすうす気付きながら、他の男性とデキちゃう妻。
愛人とその妻と自分との三角関係にやたらと満足する37歳独身女性。
こやつは、自分以外の愛人の存在を知って、
それが許せないと奥山の妻にすべてをさらしてしまう醜態を見せてくれます。
さらに初体験から男を誘い、その瞬間から情事にハマってしまう24歳独身女性。
誰一人として理解できず、小説に没頭できません。

まぁ、いいんです。
たまにはこんな小説もあるんだなと刺激にはなりました。
ただね、これなら純粋なエロ小説を読むほうが、
読後の納得は得られたかもしれないですね。
方向はズレますけど。

とりあえず、同僚には
“ただのエロ小説にもならんな。
罰として【4TEEN】を貸してくれ”
と厳しく言っておきました。
直木賞作品でお口直しをしないとねぇ。
氏への偏見が大きくなるばかりですから。

で、ずいぶん前になりますが【4TEEN】を読み終わりました。
いや、これがナカナカ。
感想文を書きたいと思える作品ですので、
いつの日か、ここに登場することでしょう。
では。


読書感想文20 ~警官の紋章~

2011-08-08 23:01:18 | 

佐々木譲氏の北海道警シリーズ3作目の作品。

ちなみに前2作についても読書感想文を書いております。

読書感想文 ~うたう警官~

読書感想文 ~警察庁から来た男~

【うたう警官】は最高でした。
でも【警察庁から来た男】は・・・・私は好きじゃありません。
だから今作も期待していなかったのですが、
正直に言いましょう、心震わされました。
完成度も高く、設定も構成も警察小説好きの私には垂涎モノです。
何よりもスゴいと思ったのは、
シリーズの第一作【うたう警官】の冒頭の事件の裏が、
この第3作目にして明かされていくのです。
ひょっとしたら、というか恐らくは後付された“裏”じゃないかと思うのですが、
だからといって否定したくなるものではありません。
そのため、単独で読んでもおもしろいのですが、
第1作目から読んでいると、20倍は楽しめるでしょう。

北海道警シリーズですっかりおなじみの3人が異なる事件の解決に挑みます。
中古車密輸出事件を追って、
その裏にあるとてつもなく大きな犯罪に気付く佐伯宏一警部補。
婦女暴行犯を現行犯逮捕し、洞爺湖サミットで女性大臣警護に当たる小島百合巡査。
サミット団結式前に姿を消した日比野巡査を捜索する津久井卓教官。

今回の感想文は、私得意のどうしようもないネタバレはしません(汗)
とにかくスゴいんで、もったいないっす。
過去の小さな事件がとてつもなく大きな事件に発展したり、
その事件の犠牲者の息子が、自分の正義のために常軌を逸脱したり、
様々な要素が小説の最後に1箇所で集結し、
大団円を迎えることになります。
ほんとにね、警察小説好きにはたまらない構成です。

佐々木氏の警察小説の描き方は基本的には、
組織の中の個の生き方を問うていると思うんです。
自分の出世や保身しか考えていない上司や同僚、
事なかれ主義の上司、
様々な不安分子を抱える組織。
そんな組織の中で個はどのようにして生きるべきなのか。
仕事に取組むべきなのか。
これは警察組織だけに見られることではなく、
およそ組織に属する者なら必ずといっていいほど抱える問題だと思います。
そんな問題に氏が道警シリーズを通して出してくれているひとつの答え。
それがこの作品の次の作品になっちゃうのですが、
【巡査の休日】において愛知県警の服部が佐伯に言うセリフにあります。

“キャリアどもが何をやっていようと、おれたちはくさらず、自棄にならず、まっすぐ自分の仕事をしような”

俺たちは【警官の紋章】を魂に焼き付けて生まれてきた。
出世や保身しか考えられない警察庁の官僚たちとはわけがちがう。
現場で自分にできることをひたむきにやるだけだ。
シビれるぅ~。

私も大きな組織の中で働いています。
程度の違いはあれ、内情は警察と変わりません。
出世すれば権力欲は満たされ、経済的にも少しは裕福になれます。
でも、そのために自分のこだわりというか、
人間として大事なものとして捉えているものを捨てたくはありません。
現場に立って、自分に何ができるのか、
何をしなければならないのか、
個人としてどうしたいのか、
どうすれば自分の正義が守れるのか。
厳しく問いかけていきたいと思います。
と、読後しばらくの間だけは考えるのですがねぇ。


私の琴線にガンガンと響いてくるこの作品。
現実世界での警察組織ってのはどうなんでしょうか。
この道警シリーズはわりとリアルだとどこかで読んだことがあるのですが、
それならあまりにもカッコ良すぎます。
よく行くスナックに警察官がお客さんとして来られるそうなので、
今度、張り込んで突撃取材してみようかと思います。
で、張り込んでいるうちに飲みすぎて、
店に警察官が来られても、間違いなく見過ごすことでしょう。
では。