佐竹一彦氏の作品です。
残念ながら、佐竹氏は故人なんですが。
氏は元警視庁の警部補。
刑事(警察)小説好きの私にとって、これ以上ない書き手だと言えるでしょう。
既に【刑事(デカ)部屋】にはじまり、
【新任警部補(凶刀「村正」殺人事件】、【潜入捜査警視庁公安部】、
【ショカツ Real police story】、【よそ者】と読み進めてきました。
氏の作品は、どれも地味です。
【うたう警官】とか【それでも、警官は微笑う】とかと比較すると、
とにかく抑揚のない淡々とした情景や心理描写が展開されます。
さらには終わり方のすっきりしないこと。
【ショカツ】なんて、登場人物に犯人はいません。
犯人は逮捕されるのですが、それはどこかの誰かであり、
ラスト20ページほどで、
主人公と関係のない捜査本部によって逮捕されることになります。
物語の途中で散りばめられたように見える伏線。
でもそれらはほとんど回収されることなく終わります。
結局、伏線ではないわけなんです。
エンターテインメントのかけらもない地味さ。
主人公は捜査の実務研修のため、ベテランとペアを組む“僕”。
恐らくは、佐竹氏の実話を基にした作品かと。
だからこそ、リアルなんですよねぇ。
考えてみれば、捜査って地味以外の何者でもないんでしょうね。
架空の世界ではたくさんの伏線が散りばめられ、
それらがラストで見事に回収されます。
でも、聞き込みで得た情報は、そのほとんどが伏線とならず、
事件とは無関係なものなんですね。
氏の作品にはそんなリアリティが溢れているのですが、
だからこそ、地味になってしまうのでしょう。
で、本作はその極みだ、と個人的には考えています。
何しろ、主人公はうだつの上がらない定年前の刑事紺野巡査部長。
その刑事に署長から特命が下されるんですが、特命の内容がまた地味です。
殺人の容疑で逮捕された容疑者。
状況証拠も物的証拠も揃っているにもかかわらず、澄んだ目で否認を続けます。
捜査本部の捜査は適切なのか。
澄んだ目の犯人がいることに納得がいかない署長。
犯罪者にありえない澄んだ目の理由をさぐれ。
というのが特命の内容です。
紺野巡査部長は、ありあまる証拠のために捜査本部が捜査を省いた、
犯人が過去に起こした不起訴事案を調査します。
定年退職した少年課所属の長い元刑事。
若くして退職し、サーフショップを経営する元刑事。
その捜査内容は捜査側の人間性によって処理されています。
で、澄んだ目の理由ですが、
精神的に大人になっていない若者には、
犯罪を犯しても、何の良心の呵責もなく、
罪悪感を感じることもない人間ってのはいる、
ってのが結論なんです。
ひょっとして誤認逮捕なのかな?
意外なところから真犯人が現れるのかな?
という期待を持ってしまうのですが、
そんなドラマチックな展開は一切なし。
地味です。
で、その後、犯人が否認を続けたのか、自白したのか、
紺野巡査部長の結論以降どうなったのか、
作品の中では明らかにされていません。
先ほどの結論を出して作品は終わります。
地味です。
ただ、私にとっては地味でも何でもいいんです。
元警視庁刑事が経験を元に描く警察内部の権力構造や捜査事情。
それらが、何よりも説得力を持って迫ってきてくれます。
すっかりただの警察or刑事オタクみたいになっちゃってますが、
決して偽者の警察手帳を持っていたりしませんので(汗)
小説に限らず、映画やドラマも作品ラストってのは盛り上がりますよね。
というか、作り手は盛り上げようとしますよね。
それが時として失敗して、
盛り上がりに欠ける出来栄えになっちゃうこともあるのですが、
氏の作品は盛り上げようとする意思が伺えません。
私の経験上、刑事小説のラストはドンパチかどんでん返しなんですが、
そんな派手な演出は一切登場しません。
前述したように、伏線の回収も行われないので、
“これは伏線になるかな?”
なんて推理しながら読み進めても、
ただの徒労に終わることばかり。
だからこそ、現実に近い小説なんだろうなと思えるのです。
数ある氏の作品の中でも、群を抜いて地味だった本作。
何といっても“澄んだ目”の真相調査ですから。
でも、それでも楽しく読めたのは、
やはり刑事小説が好きだからなのでしょう。
逆に言うと、刑事小説が好きじゃない人にとっては、
たまらなくのっぺりして退屈な作品になっちゃうことでしょう。
かなり読み手を特定してしまうこの作品ですが、
私にとっては氏が若くして亡くなられたのが残念でなりません。
何しろ氏の作品は10作に満たず、
この先、作品が増えることはないのですから。
もうすべて読み終わってしまった今、
氏の新作を読みたいという、叶えれない欲求に悩まされています。
では。