@MON PARIS

「わたしのParis空間で…」

中欧旅行記~3

2008-04-26 15:17:49 | 旅/Europeその他


5日目

早朝、スプリットの港からカーフェリーに乗ってコルチュラ島へ約4時間の大航海
フェリー内では素敵なダイニングで朝食をいただきながら海を眺めたり、
ラウンジでツアーのおばちゃま方と談話したり…
(そこで、数人のおばちゃまと出身校が一緒だったり、関係があったりで
何かといろんな共通点が多く一気に距離が縮まり和気あいあい
あーっという間に時間が流れ、美しい城壁に囲まれた島に到着しました。



午前中はまだ薄暗く雨まじり…
せっかく離島に来たのに雨なんて~と思い観光していたら、
城壁内の旧市街への入り口、
トミスラフ広場城門「モレシュカパビリオン」大階段から結婚式を終えたご一行が

ここコルチュラ旧市街は全長200m、島全体の人口は約2万人も満たない。
城壁内は中世そのままのたたずまいを残し、小さく静かな街。
この階段を上り、城門をくぐるとメインストリートがありまっすぐ進むと
その中心部にはこの街のシンボルである聖マルコ大聖堂があります。
そこから放射線状に細い路地が幾本も走り、城壁外へとつながる。
どれも1分ほどで海に突き当たるというほど短く、
街をぐるぐる歩いてもあっという間に見終わってしまうほど小さい。



ですが、どの路地もひとつとして同じものはなく、
なんでもない路地裏風景が旅情あふれる美しい表情を見せてくれるので、
ついつい立ち止まってカメラを構えたくなってしまうのです。



午後はほとんど自由だったので、
気ままに歩いて島の空気や景色をめいいっぱい楽しみました。




その途中のこと。

わたしたちツアーの観光中、シンボルである教会も閉まっており、
その周りにある博物館も宝物館もクローズ。
どうやらオフシーズンのようで予約しないと開けてくれないのだとか。
もー。せっかく来てるのだから予約しておけばいいのにぃ…とがっかりしながらも、
解散して数時間後、もう一度中心部を歩いていたら、
フランス人観光客の団体が博物館前でうじゃうじゃ。。。
ちょうど添乗員らしき女性を発見したので、声をかけてみたら

「ここ、開館してるの?」
「えぇ、今から私たち入るのよ、あなた入りたいの?
 だったら一緒にいらっしゃいな。いいわよ、どうせ団体だしわからないわ!」
「ママもいるんだけど…」
「いいわよ、いいわよ、いらっしゃい」

…と、いかにもフランス人的ウィンクをして私の手を両手でひっぱてくれたのです。
ただ、私たちの添乗員からは冬季閉館って聞いてたから、
オヤ?と思って聞いただけだったのに、
親切なマダム添乗員のご厚意でママまで無料で、
しかも現地のフランス語ガイドつきで観光することになってしまったのです~

博物館といっても、当時の貴族の館内に生活用具や暮らしが分かるものが展示してあるだけ。
そのマダムと一緒に見ながら、あとはおしゃべりに

「どうしてフランス語を話せるの?」
「フランスには来たことがある?」
「私のツアー、お年寄りばっかりでしょ?うふふ」
「クルーズで回っているの、2週間よ。ギリシャやヴェネツィアも回ったの」

…と、笑うと目もとがくしゃくしゃになるマダムは私に質問&特有の早口フランス語攻め。
忘れかけてたフランス語の引出しを頭の片隅から大慌てで引っ張り出し、
なんとかボチボチ会話をしながら、館の最上階当時の台所にやって来たら、
展示物であるひとつになにやら見覚えのある型が…。

マダム「あ~~!これはまるでパスカルダニョーだわ!」と先に指差し。
私  「そうそう!私もそう思った。パスカルダニョーの型!」
マダム「えアナタ、知ってるの?食べたことある?」
私  「うん、美味しかったし、可愛くて大好き!」
マダム「まぁぁあ~!私の故郷なのストラスブール。アルザスのお菓子よ!」

と、大興奮で盛り上がるマダム。
そう、説明いたしましょう。
パスカルダニョー(Pascale d'agneau)とは、陶製の羊の型で焼いた
ビスキュイで、アルザスで復活祭に並ぶ地方菓子。
その姿がなんとも愛らしく、型もとっても珍しく可愛い。
ちょうど先月まで通っていたコルドンの地方菓子講座で習ったばかりのお菓子でした。

大抵のフランス人の皆さまはご自身の故郷大好き。
それがこんなところで見知らぬアジア人と故郷のお菓子話で意気投合したものだから、
もうあとは大変な盛り上がりでした

お菓子のことやら、故郷のことやら、私のフランス滞在時の話まで…。
そのまま宝物館までご一緒し、マダムったらご自分の団体さんがどんどん進むのに
関係なく私の手を握りおしゃべりしっぱなし。。。

「いいの、どうせガイドさんが連れてくれるし、船はすぐそこにあるから」

ありゃりゃ。

最後は広場にて、お客さんのカメラを取り上げ私を激写。
「私の家族に見せるの!!」(ってアナタ…ヒトのカメラでしょ)
お別れ時にはお約束のハグしてビズ(ほっぺにチュッチュね)
長年の友とお別れするように彼女は最後まで振り返り振り返り手を振ってくれて

「また絶対にフランスにいらっしゃいよぉぉぉ
 A bientot!!!(またね) Mayuko~~~~~!!!!」



えぇ、えぇ行きますとも
心あったかい、明るくて素敵なマダムに出会えてすっかりこの島も私の中で
思い出深いかけがえのない場所となりました。



ふと上を見上げるといつの間にか青空が広がっていました。
明るい日差しの太陽は彼女の笑顔みたい。



このコルチュラはあの偉大な旅人、マルコ・ポーロの生地。
いえ…厳密には解明されておらず根拠がないのですが、
地元伝説では固く信じられており、町中「マルコポーロ」というお店ばかり!



もしそれが真実ならば、この海から世界を旅したマルコ。
そうして「東方見聞録」が後世に残されたのだと想像したら、
ちょっとワクワクしませんか?

その夜、やはり「マルコポーロ」という名のホテルで
壮大な歴史ロマンに抱かれながら、ぐっすり眠りにつきました

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Bon bonheur !

2008-04-25 18:48:36 | お菓子&パン


Bon bonheur...
いつまでもお幸せに…

このたび、またまた幸せのお手伝いをさせていただきました。
お花嫁さまが最後ゲストをお見送りする際に手渡しするプチギフト。
スッと、お渡ししやすいように細長く、
サムシングブルーのサテンリボンでシンプルにオメカシ。

きゅっと結ぶたびに、私までシアワセな気持ちに…。
挙式当日はよいお天気に恵まれますように



みんな勢ぞろい…お菓子もお嫁入り待ちのよう

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中欧旅行記~2

2008-04-24 16:55:24 | 旅/Europeその他
4日目

オパティアを出発し、アドリア海沿いをドライブ
ちなみにこのクロアチアのアドリア海沿岸地域一帯のことを
ダルマチア地方と呼ぶのですが…そう、あの「101匹わんちゃん」ダルメシアンの故郷!
クロアチアって見知らぬ遠い遠いイメージの国ですが、
こうして探っていくととっても身近に感じませんか??

そしてこの海岸、ひじょうに入り組んだ海岸線を描き、
その傍らには数百のダルマチア諸島が点在。
この海岸はダルマチア式海岸とよばれており、
海岸線に対して平行に連なっていた山地が沈降する事によって形成された為、
ダルマチア地方は細長い独特な形状をしていると考えられるそう。
ちなみにご存じ三陸海岸はリアス式海岸でしたね

そんな複雑な入り江を数多く持つダルマチア地方、
だから、これまでにさまざまな時代において、
近隣諸国から領有を狙われる原因となったわけです。

いまや美しい沿岸部のリゾート地の数々は、
その昔、軍にとっては絶好の入り江。
港町には支配と闘争の繰り返し歴史がつきもの…

さて、そんな港町のひとつザダルの街へやって来ました。



ザダルは紀元前9世紀にイリュリア人の港町として建設された以降、
やはりローマ帝国、ビザンツ帝国、ヴェネツィア共和国に支配され、
また第二次世界大戦中はイタリアの支配下にあったため、
連合軍によって攻撃されたという悲劇も。。。

しかし、旧市街は中世の面影を残すたたずまいでひっそりと美しい。
ゼレニ広場から円形の聖ドナト教会を望む。



海に突き出した形の旧市街は中心部からすぐに海を臨むことができます。



この海岸には細工がされており、
波が打ち寄せると音を奏でるというシーオルガンなるものが!

確かに不規則に低音のパイプオルガンが鳴り響き、
少しだけ聞くとヒーリング的な要素も…。
ですがこちら構造上ストップできないそうで、
夜中も響き渡るこの音は近隣住民から騒音苦情が出ているらしい

ザダル行政、お茶目すぎね



さて、そんなザダルの街…あの有名な映画「鳥」の舞台でもあります。
ここはヒッチコック監督(上記看板ね)が愛したリゾート地。
彼がこよなく愛したこの地から生み出された名作は…と説明したいところですが、
あぁぁ…「鳥」…実は私が幼少の頃パパがテレビで見ていたのを
一緒に鑑賞してしまい、以来異常なほどハト嫌い(いえ鳥全般)になった
トラウマ的要因でもあるのです
まさかこんなところでその舞台に遭遇してしまうとは!!!

それなのにツアーの誰かが、
「鳥って自分に何か嫌なことをされたら、誰にやられたかをずーっと記憶してて、
いつか仲間たちと復讐しに戻ってきて襲うらしいね~」
…なんて映画を彷彿させる恐ろしい発言をするものだから、
いうまでなくこの地で出会う鳥たちに恐怖感を抱き逃げ回っていた私を
皆さん容易に想像できてしまいますね…



そして午後、さらに南下しスプリットの街へ。
ここスプリットは沿岸部最大の都市であり、
その旧市街ではローマ皇帝ディオクレティアヌスが退位後居住した、
ディオクレティアヌス宮殿を目の当たりにすることができます。

写真は“地上のテラス”と呼ばれる宮殿の公の広場。
両側には16本のコリント式の円柱が並び、古代ローマ時代の建築にため息。
周りには皇帝がエジプト遠征時に持ち帰ったというスフィンクスがゴロゴロ。
ううーん、すごい!ロマンだわっ

宮殿の周りには頑丈な城壁で囲まれており、その内部一帯が旧市街という構造。
この宮殿はローマ時代の史跡の中で最も保存状態が良いとされ、
1979年世界遺産に登録されました。
他の史跡と異なり、破壊されることなく保存されたのは、
時代の変遷を経ながらもさまざまな時代の建築がなされたことで、
宮殿遺跡が遺跡としてではなく街一体として形作られてきたからなのでしょう。

…んと、やんわり言えば、中世あたりの誰かが宮殿内にその歴史的価値関係なく、
どんどんお家建てちゃった!…てこと
それも…この広場の下は地下室(当時は宮殿1階部分)になっており、
古代ローマ時代のオリーブオイルの搾取所や、
食糧貯蔵室、調理場などが現存しているのですが、
ディオクレティアヌス没後、数百年後宮殿上部に住み着いた民間人が、
ちょうどいい穴にゴミをぽいぽい投げ捨てそれが地下室を埋めていき、
結果地下部が埋没されたことでその形状を維持できたというのでびっくり

こういう自然な成り行きが素晴らしい史跡群を後世に残すというこもあるのですねぇ。
このエピソードは笑っちゃうけど、好きですスプリット。

夕方、このスプリットから西20km離れたトロギールにも立ち寄り、
この日は社会主義の雰囲気がモロに残るホテルに宿泊…。
お揃いの制服(かっぽう着?)を着た食堂のおばちゃんたちに笑顔がない。。。
でも、翌日は4時起きでカーフェリーに乗船するのであんまり気にせずさっさとオヤスミ

続く~

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中欧旅行記~1

2008-04-23 23:51:37 | 旅/Europeその他
それでは皆さま~
今宵より10泊12日間「中欧旅行」ダイジェストツアーどうぞお付き合い下さいませ

今回は某旅行会社の完全パックツアーでしたので、
空路・陸路ともに交通手段は楽チンお任せ…旅のご参考には乏しい記事になりますが、
どうぞ写真のみ楽しんでくださり、
クロアチアその他諸国にご興味いただければ幸いです

その肝心の写真ですが、
今回はすぐ忘れてしまう母のためにビデオカメラも持参…
ひとりでビデオ&写真担当しなければならないので一眼レフは断念
長年の相棒コンデジくんもかなり頑張ってくれはしましたが、
やっぱり一眼持っていくべきだったと後悔~

いつかまた行ける機会があれば、一眼レフ片手に
ゆっくり時間を忘れるくらいいつまでも眺めていたい、
そんな雄大な景色が広がる美しい国々でした。



1日目

オーストリア航空にてウィーン経由でクラーゲンフルトへ。
そこからツアーバスに乗り、トリグラフ山・ユリアンアルプスを超えて、
スロヴェニアは「アルプスの瞳」と呼ばれるブレッド湖に到着。



2日目
観光初日は残念ながら
断崖絶壁に建つブレッド城から湖を一望。
朝靄に包まれる湖に浮かぶ小島はブレッド島。
ここには願いの叶うと伝えられる鐘がある「聖マリア教会」が…



教会まではこの手漕ぎボートで渡ります。
…が、この前日雨だったため座席が濡れているだとかで
屋根つき電動ボートで渡ることに。
(拭かないで天日に任せるあたりが…らしいですねぇ)



午後はブレッド湖の南東30kmにあるボーヒン湖へ。
透き通った湖面に美しい山々を映す、その幻想的な美しさは
プレシェーレンの詩にもうたわれ、
古くはヴァレンティ・ヴォードニク、アガサ・クリスティなどの文豪にも愛されたのだそう。

そして湖畔の間近には標高2864mのトリグラフ山がそびえたつ。
この山はスロヴェニアの象徴といわれ、国家の紋章から国旗にまでその姿が
デザインされており、国民ほとんどが一生に一度は登るという大切な山。

その周辺はトリグラフ国立公園となっており、
約300段の階段を登ってサヴァ川の源流サヴィッツアの滝を見学しました。

…う~ん、たかだかツアーと甘く見ていたのでいきなり初日からプチ山岳隊に
ヨレヨレ体力ゼロの私なのでありました。

3日目

ヨーロッパ最大の大きさを誇るポストイナ鍾乳洞へ。

1818年に初めて調査隊が入り、翌年オーストリア皇帝が訪れさらに開発が進み、
1872年には洞窟内にトロッコ電車が敷設され、一大観光地となりました。
長さ約27kmもある洞窟内は10万年前から川の水を吸収し、
石灰岩が削られ形成された鍾乳石が壮大に広がるまるで宇宙世界のよう…
その鍾乳洞内の見学はガイド付きの約90分の見学ツアーとなっています。
まず黄色いトロッコに乗って2kmを疾走…これが削った岩肌スレスレを走る、
まるでディズニーのアトラクションのようでスリル満点。。。
少しでも乗り出したら間違いなく大けがしそうな造りなのに、
たいして注意やシートベルトや囲いがないところに…さすが!
下車後は1.7kmのハイライト部分を洞窟探検しながら見学。
鍾乳石は1mm成長するのに10~30年もかかるといわれるのですが、
ここで見られる鍾乳石は私の想像をはるかに超えた自然の驚異そのもの。

残念ながら洞窟内は撮影禁止だったので、写真はありません。
今回のツアーではそれほど告知がなく、特に旅のハイライトと思わずのぞんだのですが、
ここは首都リュブリャーナからも近く日帰りでエクスカーションできる観光地なので、
ぜひとも押さえてほしいお勧めスポットです

そして午後。
いよいよ国境を越えてクロアチアはイストラ半島の西岸に位置する港町ポレチュへ。
まだEU圏内ではないクロアチアへの入国は、国境ポイントゲートで
パスポートを提示するのみで簡単に通過することができます。



この石畳!…うーんようやくヨーロッパに来たという実感
どの街角を撮影しても絵になりますねぇ。



ポレチュの街ははるかローマ時代から栄えた港町であり、
それ以降もビザンツ帝国、ヴェネツィア共和国、オーストリア・ハンガリー帝国と
さまざまな国家の支配を受けた歴史を持つ。

そんなポレチュの旧市街は古代ローマ時代からさまざまな時代のものまで
数多くの遺跡を残すロマンあふれる場所。



一見、こんな朽ちたような歴史的建造物が旧市街そこらに残っており、
まるでタイムスリップして冒険してるような気分になります。

一番の見どころは世界遺産エウフラシス聖堂だそうで、
規模は小さいけれどもビザンツ様式によるモザイク装飾された金ぴかの内部は
必見なのだそうです~

しかし、現在はリゾート地のポルチュ。
歴史ロマンを味わいながら海を眺めるのもいかも

ちなみにイストラ半島アドリア海沿岸部の都市はすべてリゾート地…。
このあとさらに南下し、オパティアという港町のホテルに宿泊。
ここは『クロアチアの貴婦人』と称される風光明媚な土地で、
オーストリアの統治下の頃からのリゾート地なのだそう。

ひとまず今宵はこの辺で
写真だけUPのつもりがやっぱりどうしても性分で観光案内までしたくなっちゃう…。
中欧にこれから旅立ちたい皆さまに少しでもご参考になりますように

ゆくゆくは近・現代史の歴史背景まで紐解くことにもなり兼ねない…
またまた文字多し&ゆっくりUPの旅行記になりそうですが、
どうぞ最終回までお付き合いくださいませ~

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5月のレッスン「クラフティー・オ・スリーズ」

2008-04-22 15:30:25 | お菓子&パン


さくらの花びらが散ったあと、すこし寂しい気持ちになるものの
そのあとたわわに実る大好きなあの実が出回る季節が実は待ち遠しいのです。
(愛でる桜とさくらんぼの木の種は違いますけど…

ちょっと早めですが、今月はそんな大好きなサクランボがたっぷり入ったお菓子
「クラフティー・オ・スリーズ」です

フランス地方菓子の旅7」でご紹介しましたように、
リムーザン地方の「クラフティー」こそが唯一本物と言われる
その伝統の地方菓子を味わってみませんか?

レッスンではブリゼ生地を作成、
フランス産のグリオットチェリーをたっぷり使って仕上げます
工程はとてもシンプルなので、
春から新しい習い事を始めたいお菓子初心者の方もぜひどうぞ~

レッスンの詳細は「Salon @mon paris」でご覧ください

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