- 松永史談会 -

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「穀蕃銀行(銀行業穀蕃合資会社)整理難」 大阪朝日新聞 1914.11.27(大正3)

2015年01月04日 | 断想および雑談
穀蕃銀行整理難(全文引用)

広島県沼隈郡松永町なる銀行業穀蕃合資会社(明治26年設立、大正3年休業、大正9年高知商業銀行に合併)の整理に就ては既に屡記載したるが同社整理委員等は二十五日午後業務担当社員石井四郎三郎方に於て沼隈、御調、蘆品三郡郡内の関係町村長十九名及び預金者総代等と会見し種々協議を重ねたり、何しろ会社現在の実状は過般整理委員等が発表せる如き気楽なる状態にはあらずして赤裸々に清算すれば二十万乃至三十万の不足を
生ずべく到底弥縫を許さざるが如し、而して同社の整理は福山貯蓄の石井貞之介松永実業銀行専務阿武信一(福山市初代市長、元沼隈郡長、松永西町荒川さん近くの内海さんの家が旧宅)、同行相談役麻生栄(尾道市高須町・普門寺に墓地あり)、両備軽便鉄道株式会社長河相三郎諸氏の手に於て為されつつあるものにて是等委員が過般発表せる対照表左の如し

純資産表
貸付金 三一、一六三、七五〇
当座貸越 七五、七三八、七六五
割引手形 六一、四三九、六〇〇
有価証券 三一、七八四、四六〇
流込物件 一、七八八、〇〇〇
営業用地建造物 三、二八一、二五〇
仕器 六九〇、〇〇〇
石井四郎三郎提供財産 一五七、六一九、〇〇〇
石井憲吉提供財産 七五、八八八、〇〇〇
石井四郎三郎所有酒場財産 五五、〇〇〇、〇〇〇
計 四九四、三九二、八二五

同純負債表
借入金 二二、一五〇、〇〇〇
預有価証券 六五、二三〇、〇〇〇
定期預金 二一七、五〇二、五四三
特別当座預金 三三、六〇〇、一一一
当座預金 七七、八七六、五九五
小口当座 二三、二六六、一七〇
計 四四九、六二五、四一九

差引四万四千七百六十七円四十銭六厘 剰余金
此貸借表は頗る杜撰極まるものにて此貸借表に当然記載すべき重要項目中故らに記載されざるもの仮令えば資産の部に於て金銀有髙、貸金未収利息、積立金、繰越金等又負債の部にありては資本金前記借金の外に実在せる借金即ち西備銀行に対する六万二千余円及石井四郎三郎経営酒造場(前記五万五千円の実価ありと称するもの)に対する二万五千円の債務等当然計上すべきものなるに拘らず之を省略せる如き最も甚たしきものにして、整理委員等が事情に詳かならざる預金者を欺瞞し一時を糊塗せんとする跡歴々たるは同社の整理をして益困難ならしむる所以なりと観測せられつつあり(松永発)

明治39年の預金貸付状況(リンク切れ)
【メモ】矢野天哉さんの日誌に入江屋石井一族の競売のことを簡単記載。
石井四郎三郎、憲吉、一郎さんの墓石は薬師寺の石井家新墓地に3つ仲良く並んで立っている。憲吉の息子は倒産の原因をつくった得雄、東京帝大法科での石井賚三の墓地もここにあるが懲罰的な扱いを受けたのか、いずれも小さな墓石だ。このBLOG内のどこかにその写真を掲載している。

石井得雄さんの子孫が新潟県在住だということを数年前に今津薬師寺の住職さんから聞いた。
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