第二章
山道の途中雨に降られた画工は茶屋に入る。誰も出てこないので、画工は火にあたり休んでいる。婆さんが出てくる。
しばらくすると雨は止む。漱石の作品では意図的に雨が降る。漱石作品の中の雨は要注意である。雨が止むと遠くに山が見える。天狗巌だ。この天狗巌がこの那古井という村の象徴のような場所である。
そこへ馬子の「源さん」(源兵衛)があらわれる。「那古井の嬢さま」の話題になる。嫁入りのときに裾振袖を着て、高島田に結って馬にのっていったのである。「那古井の嬢さま」とはこの小説の中心となる登場人物、那美のことであるが、まだ画工は会っていないので顔がわからない。画工はミレーのオフェリヤの面影を当てはめてみる。するとすっぽりとはまる。
夏目漱石は「薤露行」でもオフェーリアのイメージを描いている。「薤露行」と「草枕」は明らかに関連がある。
袖振袖を着て、高島田に結っているその女性にあってみたいと画工が言うと頼めば着て見せると言う。ばあさんはその「嬢様」と「長良の乙女」はよく似ているという。「長良の乙女」というのは、二人の男が一度に懸想して、結局淵川に身を投げて果ててしまった女である。「那古井の嬢さま」、つまり那美も京都の男とここの城下の物持ちの男に懸想された。那美自身は京都の男を望んだのだが、親が城下の男と結婚させた。ところが戦争のために男が務めていた銀行がつぶれ、那美は那古井に出戻りとなったということだ。世間は那美を悪く評判した。
那美は那古井では陰口をたたかれる。那古井は村社会の典型であり、決して桃源郷ではない。