PISA調査と新テスト
何も考えてこなかった(わけでもないのでしょうが、それに近かった)教育界が変わり始めたきっかけはPISA調査という、国際的な学力調査でした。この調査で日本人の学力が落ちているという結果が出て、教育改革を推進する方向に強い力を与えました。日本人の科学の力が落ちてきている、同時に日本人の読解力が落ちてきている。しかも中国や韓国に負け始めている。これでは国際競争に負ける。そう日本人みんなが思い始めました。
それを改善するためにどうしたのか。
まずは「ゆとり教育」の見直しが始まりました。みなさんがたは「ゆとり教育」というのがどういうものか、よくわからないと思いますが、教科書も薄くなり、学校の授業時数も少なくなりました。
時間割の中に「ゆとりの時間」というものも生まれました。「ゆとりの時間」に何をしていたのか。本来は今みなさんが行っているような総合的な探求をさせたいというのが文部科学省の意図だったのだと思いますが、文科省の発信力がないために、現場の教員が何をしていいのかわからなく、結局「ゆとり」のある楽しい遊びの時間になってしまったのです。
これでは当然学力が落ちます。国際学力調査の成績が落ちてもしょうがありません。PISA調査の結果が出ると反動がやってきます。文科省は学力向上を目指します。ただし文部科学省もかつての自分たちの失敗を認めるわけにはいきません。そこで生まれた言葉が「新しい学力観」です。
「新しい学力観」とは何なのか。答えは簡単です。PISA調査でいい成績が出る学力のことなのです。ちょうど高校で大学入試向けの授業だらけになるように、国全体でPISA調査向けの勉強一辺倒になります。
それが新テストの正体です。ですから国語の試験もPISA調査向けのテストになってしまいます。
では国語のPISA調査に特徴は何なのか。それは図表の読みとりと複数テキストです。だから図表の読み取りと複数テキストが新テストに出ることになります。
しかしこれは本当はおかしいのです。なぜPISA試験に図表が出るのかを考えれば、世界各国で言語が違い、言葉の読解の問題は作りにくいからです。言語にはそれぞれの特徴がありますので、特定の言語を想定した問題を作ると他の言語では難しいというケースも考えられます。英語では簡単な問題でも日本語にすると難しいということが十分ありうるのです。どんな言語の国でも同じような条件の問題を考えると図表が一番いいのです。そのため図表の問題がPISA調査の特色となりました。
しかしそれは国際的な比較をするために苦肉の策なのであり、本来の読解力というのは言語による読解に決まっています。あたまの悪い文科省はそんなことも気が付きません。本末転倒していることがわからないのです。