【掲載日:平成21年6月27日】
三輪山を しかも隠すか 雲だにも
情あらなむ 隠さふべしや
【初瀬川畔からの三輪山の眺め】

天智称制六年(667) 春
新たな都 近江大津へ 湖畔の大宮処へ
白村江の大敗を受け
要害の地と定められた新都
遷都の列は 延々とつづく
輿 馬 徒歩
それぞれの 歩みは おそい
幾重にも重なる 平城の峰々
春霞に うすく裾引き
うちつづく 道の隈々
若草の萌えたつ 川べり
こころ 浮き立つ 春なのに
住み慣れた 飛鳥の地
思い出深い 里の山川
二人心通わせた 宮の森陰
舎人らは うつむいて 進む
「額田王よ 歌だ」
中大兄の声が 響いた
「新都へ出でたつ 寿ぎの歌だ」
沈鬱な列のあゆみを 苦く思う大兄が
額田王に 命じた
旧都への思いに 沈んでいた額田王は ハッとした
(われは 歌人なり
みなの気持ちを 鼓舞するのが役目
・・・されど いまは そのときではない
みなの思いを汲み その心を歌にする
それでこそ みなは付いて来る
これこそ大兄のため)
味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の
山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに
つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を
情なく 雲の 隠さふべしや
《三輪山 奈良山 遠ざかる
道まがるたび 隠れ行く
見つめときたい いつまでも
振り向き見たい 山やのに
心無い雲 隠してしまう》
―額田王―(巻一・一七)
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなむ 隠さふべしや
《あかんがな うちの気持ちを 知ってたら 雲さん三輪山 隠さんといて》
―額田王―(巻一・一八)
額田王の真意を知らず
大兄はひとり 唇を噛む

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