【掲載日:平成21年7月18日】
百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を
今日のみ見てや 雲隠りなむ
うつせみの 人にあるわれや 明日よりは
二上山を 弟世とわが見む
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど
見すべき君が ありと言はなくに
【残照に染まる二上山】

夕暮れ迫る磐余の池のほとり
岸辺に 馬酔木
たわわな房 頭をたれるかに咲かせている
水面を 二羽の鴨が行く
静かに 広がる水輪
(弟も あの鴨を 見たのだろうか
鴨は いい
人の世の 定め 知らぬげに)
百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ
―大津皇子―(巻三・四一六)
《磐余池 鳴く鴨見るん 今日だけや 定めや思て この世を去るか》
(弟の 覚悟は 出来ていたのだ
こうして 鴨を慈しむ歌を 残したのだもの)
大伯皇女は 西を見上げる
目に映る 茜に染まる二上の山
(弟は どうして あのお山に 移されたの
仏の教えに言う 西方浄土を望む 西の山だから?
祟りを 恐れた あのお方の お知恵?)
(もう いいの
私の心では あのお山は お前
いいわね 大津・・・)
うつせみの 人にあるわれや 明日よりは 二上山を 弟世とわが見む
《明日から 二上山を 弟と 思うて暮らそ この世でひとり》
―大伯皇女―(巻二・一六五)
雄岳雌岳の鞍部に 赤い日が沈む
墓所も 朱に染まっているに違いない
大伯皇女 たたずむ傍
馬酔木の花が 揺れている
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が ありと言はなくに
《岸に咲く 馬酔木の花を 採りたいと 思ても見せる お前は居らん》
―大伯皇女―(巻二・一六六)

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