あとだしなしよ

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尾崎翠

2010年04月21日 | 
尾崎翠すごい。こんな文章を書く。
地下室アントンの一夜
空には、太陽、月、その軌道などを他にして、なお雲がある。雨のみなもともその中にあるだろう。層雲とは、時として人間の心を侘しくするものだが、それは少しも層雲の罪ではない。罪は、層雲のひだの中にまで悲哀のたねを発見しようとする人間どもの心の方に在るであろう。
太陽、月、その軌道、雲などからすこし降って火葬場の煙がある。そして、北風。南風。夜になると、火葬場の煙突の背後は、ただちに星につらなっている。あいだに何等ごみごみとしたものなく、ただちに星に続いている地球とはよほど変なところだ。

動物学者の世界とは、所詮割切れすぎてじきマンネリズムの陥る絵世界にちがいない。とまれ、僕の住まいと松木氏の動物実験室とは、同じ地上に在る二つの部屋であるとはいえ、全然縁故のない二つの部屋だ。僕の室内では、一枚の日よけ風呂敷も、なお一脈のスピリットを持っている。動物実験室ではおたまじゃくしのスピリットもそれから、試験管の内壁に潜んでいるスピリットも、みんな、次から次へと殺していくじゃないか。僕は悲しくなる。そのくせ松木氏がスピリットを殺すごとに、氏の著述は一冊と殖えていくんだ。

この文章が書かれたのが昭和のヒトケタの時代というのも驚きます。夢野久作がいて尾崎翠がいた戦前の文学界は、今よりもずっと面白かったのかもしれない。
こおろぎ孃
幸田当八氏は、かつて、分裂心理研究に熱心するあまり、ひと抱えの戯曲全集とノオト一冊を持って各地遍歴の旅に発ち、そして到着さきの一人の若い女の子に、とても烈しい恋の戯曲をいくつでも朗読させ、その発音やら心理変化のありさまをノオトに取るなど、神秘の神に多少の冒涜をはたらいてきた医者であった。