しばらく東京タワーの周りからはなれられない。
もっといろいろと都内を散策しているのだけれど、江戸の公使館跡巡り、でなかなか先へ進めなくなってしまった。
小休憩。
タワーのすぐ西南側にある心光院というお寺の内にある「お竹大日堂」とその案内板「お竹如来の縁起」が目についた。ざっと目を通し、なかなかのもんだ、と思ったので、ここに紹介します。
お堂
お竹如来の所縁の地として
1.東京タワー下 東麻布・心光院 「お竹大日堂」
お竹の奉公先、佐久間家の菩提寺
2.北区赤羽の善徳寺 「お竹の墓」
佐久間家の親戚、馬込家の菩提寺
3.日本橋本町3 小津ビル側 「史蹟於竹大日如来井戸跡」
馬込家から小津家・小津商店へ
4.山形県羽黒町 羽黒山・正善院黄金堂 お竹大日堂
『於竹大日如来縁起 三巻』
自慢にもならないけれど、まったく知らないことだらけ。我ながらいやになってしまう。
けれど、その一方で-そうなんだ-と、新たに知っていくのも、ささやかだが楽しい。
江戸検定 江戸時代前期 初期の日本橋 商業・商人
キーワード、キーポイントがたくさんある。
設問にしたい(であろう)材料がゴロゴロしている。
お竹如来/お竹大日如来
お竹如来伝説
『於竹大日如来縁起絵巻』
江戸大伝馬町の名主 佐久間勘解由家
馬込勘解由家
街道の人馬継ぎ立て 金銀為替 駅伝 水産運輸
宝田恵比寿神社 例大祭「べったら市」 大根
木綿問屋・小津家 紙問屋・小津清左衛門店
五代将軍綱吉の生母桂昌院
出開帳(信仰心+現代の巡回美術展?)
『江戸名所図会』
浮世絵師春信 国芳 豊国
河竹黙阿弥 『双蝶色成曙』『孝女於竹』
ちなみに、心光院・お竹如来のお堂の寄進・建立者 神成志保(さん)は新宿の郷土料理店(の草分け)『秋田』の元経営者。俳優・大坂志郎、人形作家・陶芸家の神成澪(さん)の母君とのこと。(いずれも故人)
このブログを書きながら、はじめて知ったことで恐縮です。が、一言。
秋田・能代の旧家、神成家を出て、東京で居酒屋の女将をしながら二人の子を育てた。親子三人、お互いに助け合いながらの生活だったことに、なんともいえない気持ちになった。
もちろん、すごい! すばらしい! という意味で。
新・読前読後 俳優大坂志郎とその母
http://d.hatena.ne.jp/kanetaku/20061019/p1
参考
あまりに多く見すぎた。そのなかで3つ。
・HP 中央区郷土史同好会 第101回
・HP 国際日本文化研究センター「於竹大日如来縁起絵巻」
・HP 「如来(にょらい)さまになったお竹(たけ)さん」―お竹(たけ)大日如来(だいにちにょらい)ものがたり―
追加(おことわり)
当記事の一時閉鎖、そして再掲載について。
神成さんのお名前のところを削除しました。不快サイトに自動リンクされ、Google検索 「江戸検」の項、上位に出てきたためです。時間も経ったので神成さんのお名前、再入力しました。
もっといろいろと都内を散策しているのだけれど、江戸の公使館跡巡り、でなかなか先へ進めなくなってしまった。
小休憩。
タワーのすぐ西南側にある心光院というお寺の内にある「お竹大日堂」とその案内板「お竹如来の縁起」が目についた。ざっと目を通し、なかなかのもんだ、と思ったので、ここに紹介します。
お堂
お竹如来の縁起(案内板に書かれた文章のまま)
お堂にはお竹如来像および流し板をまつる
寛永年間 江戸大伝馬町の名主佐久間勘解由(かげゆ)家のところの 下女お竹は荘内(山形県)出身にして生れつきいつくしみの心が深く 朝夕の自分の食事を貧しい人に施し 自らは水盤の隅に網を置いて、洗い流しの飯が溜ったものを食料としたと いう。信仰厚く常に念仏を怠らず、大往生をとげたという
この話を聞いた五代将軍綱吉の生母桂昌院は、いたく心を動かされ 金襴の布に包まれた立派な箱にお竹さんが当時使った流し板をおさめて 増上寺別院であった心光院に寄進され、その徳光を顕彰された このこと江戸名所図絵、三縁山志等に出つ。桂昌院御詠歌に
ありがたや光と共に行く末は
花のうてなにお竹大日
一茶の俳句に
雀子やお竹如来の流し元
雪の日やお竹如来の縄だすき
また当時の浮世絵師春信 国芳 豊国ら多くの絵師によってお竹の姿が描かれた。なおこの御堂は秋田出身の神成志保氏の特志によって建立された。
浄土宗 心光院
お竹如来の所縁の地として
1.東京タワー下 東麻布・心光院 「お竹大日堂」
お竹の奉公先、佐久間家の菩提寺
2.北区赤羽の善徳寺 「お竹の墓」
佐久間家の親戚、馬込家の菩提寺
3.日本橋本町3 小津ビル側 「史蹟於竹大日如来井戸跡」
馬込家から小津家・小津商店へ
4.山形県羽黒町 羽黒山・正善院黄金堂 お竹大日堂
『於竹大日如来縁起 三巻』
自慢にもならないけれど、まったく知らないことだらけ。我ながらいやになってしまう。
けれど、その一方で-そうなんだ-と、新たに知っていくのも、ささやかだが楽しい。
江戸検定 江戸時代前期 初期の日本橋 商業・商人
キーワード、キーポイントがたくさんある。
設問にしたい(であろう)材料がゴロゴロしている。
お竹如来/お竹大日如来
お竹如来伝説
『於竹大日如来縁起絵巻』
江戸大伝馬町の名主 佐久間勘解由家
馬込勘解由家
街道の人馬継ぎ立て 金銀為替 駅伝 水産運輸
宝田恵比寿神社 例大祭「べったら市」 大根
木綿問屋・小津家 紙問屋・小津清左衛門店
五代将軍綱吉の生母桂昌院
出開帳(信仰心+現代の巡回美術展?)
『江戸名所図会』
浮世絵師春信 国芳 豊国
河竹黙阿弥 『双蝶色成曙』『孝女於竹』
ちなみに、心光院・お竹如来のお堂の寄進・建立者 神成志保(さん)は新宿の郷土料理店(の草分け)『秋田』の元経営者。俳優・大坂志郎、人形作家・陶芸家の神成澪(さん)の母君とのこと。(いずれも故人)
このブログを書きながら、はじめて知ったことで恐縮です。が、一言。
秋田・能代の旧家、神成家を出て、東京で居酒屋の女将をしながら二人の子を育てた。親子三人、お互いに助け合いながらの生活だったことに、なんともいえない気持ちになった。
もちろん、すごい! すばらしい! という意味で。
新・読前読後 俳優大坂志郎とその母
http://d.hatena.ne.jp/kanetaku/20061019/p1
参考
あまりに多く見すぎた。そのなかで3つ。
・HP 中央区郷土史同好会 第101回
・HP 国際日本文化研究センター「於竹大日如来縁起絵巻」
・HP 「如来(にょらい)さまになったお竹(たけ)さん」―お竹(たけ)大日如来(だいにちにょらい)ものがたり―
追加(おことわり)
当記事の一時閉鎖、そして再掲載について。
神成さんのお名前のところを削除しました。不快サイトに自動リンクされ、Google検索 「江戸検」の項、上位に出てきたためです。時間も経ったので神成さんのお名前、再入力しました。