かぶとん 江戸・東京の歴史散歩&池上本門寺

池上本門寺をベースに江戸の歴史・文化の学びと都内散策をしています。

パソコン Windous 8.1にV-up ところが・・・

2013-11-20 | パソコン
2013.11
パソコン Windous 8から 8.1にV-up しました。
やれやれ、というところでした。
ところが、大変なことがおこっていました。

わが、かぶとんブログの更新をしようかと開いてみると・・・
画面構成が崩れている!? (驚き桃の木山椒の木)
あまりの驚きに愕然。がっくり。

がっかりしながらも、よく見てみると文字のスペースが今までと変わっていました。「括弧・かっこ」の扱いが半角スペースから全角スペースになっているのです。
一行に収めるため「かっこ」を多用していましたが、一行メいっぱい・改行のところはすべて二行に!!
(この変更ってスマホに関係あるの?)

パソコン知識の不足と不勉強を、改めて思い知らされてます。

現実には崩れたブログの文章を、どうしよう、と思うにつれ頭がいたいです。




大井の大仏(おおぼとけ) 養玉院如来寺

2013-11-09 | 都内散策 寺院・神社


五智如来坐像




案内板 木造五智如来坐像(五軀)

薬師如来
宝生(勝)如来
大日如来
阿弥陀如来
釈迦如来


帰命山 養玉院如来寺 天台宗
東京都品川区西大井5-22-25

山門








石柱碑 「五智如来 帰命山」



本堂



養玉院如来寺・瑞應殿




大和高取藩主・植村家墓所




対馬藩主・宗家墓所


帰命山 養玉院如来寺 天台宗

旧養玉院(上野) 金光山養玉院大覚寺(上野寛永寺末寺) 対馬藩主・宗家菩提寺。
旧高輪 大仏・如来寺(芝高輪) 帰命山仏性院如来寺。大和高取藩主植村家菩提寺。
(かつての寺地は高輪・泉岳寺の左隣。)
1908年(明治41年) 如来寺、現在地(大井)に移転す。
1922年(大正11年) 養玉院、旧下谷坂本が鉄道用地となり、大井に移転す。
1926年(大正15年) 両寺院は合併し「帰命山 養玉院如来寺」と号す。
 


品川歴史館の特別展を見て、初めて参詣しました。
中規模の寺院ですが、都区内にありながらも落ち着いた歴史を感じるいいお寺だなあ、というのが第一印象です。それとパンフレットを見て予備知識はありましたが、明治・大正期には移転あり合併ありで、当時のご住職並びに関係する方々のご苦労はいかばかりかと推察し、頭が下がる思いになりました。



寺院巡り―貴重な体験、けれど やや悔やまれる。

2013-11-05 | 都内散策 寺院・神社
品川歴史館の特別展の流れで、西大井の養玉院如来寺、参拝&見学してきました。
その時のことです。
寺院巡りの順序としては、まず本堂にて合掌しお参りします。堂内をざっと見渡します。(気になることがあれば後でもう一度もどってきます) それから境内を、そして墓地を含めて大きくのの字回りに(ときに逆回りもありますが)ゆっくりと散策し、気になるポイントでは足を止めます。開山・開基、歴代墓所の見当をつけながら。初訪ですが今回のお目当ては江戸における「対馬府中藩宗氏歴代墓所」でした。
その途中・・・
なにやら人の気配。そのまま歩いて近づいていくと、立派なお墓の前で中年・ご年配の女性が5,6人、シートに座って持ち寄った食べ物・飲み物を出して並べているところでした。(エっ!?) 状況がよく呑み込めなかったのです。こんにちわ、と挨拶し足を止めずに通りすぎました。
そして一瞬のうちに思い出しました。むかし、テレビか映画で見た田舎の人たちの、はたまたフィリピンのマニラで聞いた中国人・華僑墓地の、故人を偲ぶ墓前での宴だ(!!)と。
都内の墓地に、いまだその習慣が残っていたなんて・・・。

写真撮りたかった。引き返して、撮らしてください、その一言が出なかったです。




2013.11.04(月)

2013-11-04 | 日記&外出メモ
2013.11.04(月) 振替休日

早朝、外から雨音が聞こえた。お、今日は雨だ。
雨とわかると、なんとなしにうれしくなる。

何かしなくてはいけない、という心持ちが解かれるような気がするからか。

とはいえ、月曜は学校の授業がある日だ。
国の休日とはいっても、大学の月曜日は休みではない。(授業に出て初めて知った)

昔むかし、学校へはこなくてよい、という時代があった。
その反動からか、学校へは行きたくてしかたがない。
復讐・予習をしっかりやって授業にのぞもう、っと。