★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇イーヴ・ナットのベートヴェン:ピアノソナタ第1番/第7番/第8番「悲愴」

2021-08-09 09:40:23 | 器楽曲(ピアノ)

 

ベートヴェン:ピアノソナタ第1番/第7番/第8番「悲愴」

ピアノ:イーヴ・ナット

LP:東芝EMI EAC‐30219

 これは、イーヴ・ナット(1890年―1956年)のベートーヴェン:ピアノソナタ全集からの1枚のLPレコードだ。イーヴ・ナットは、フランス人なのであるが、ベートーヴェンを演奏すると、実に骨格のはっきりした、強い主張を持った曲づくりをする。しかし、フランス人特有の洒落たセンスでもって弾きこなすので、ドイツ人が弾くベートーヴェンのような武骨さが表面に立つことはない。指揮者でいえば、ほぼ同時代に活躍した同じフランス人のアンドレ・クリュイタンス(1905―1967年)が指揮するベートーヴェンの交響曲のような印象を受ける。イーヴ・ナットは、幼くして音楽の才能を示したようで、サン=サーンスやフォーレにパリ音楽院への進学を勧められ、同楽院で学ぶ。1909年に、ドビュッシーに連れられてイギリスに渡り、高い評価を受け、その後、ヨーロッパやアメリカで演奏旅行を行い、その地位を確かなものにしてい行く。1934年に、母校パリ音楽院での教育と、自らの作曲活動に集中するため、演奏活動を一度は退いたが、1950年代に入るとピアノの演奏活動を再開。そして、1951年から1955年にかけてベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音を行い、今回のLPレコードはその中の一枚。ベートーヴェンのピアノソナタ第1番は、3曲からなる作品2の中の最初の曲。3曲ともウィーンで作曲され、ハイドンに献呈されている。劇的な情熱に富んだ書法は、エマニエル・バッハの影響によるものと考えられてる。第1番は、「アパショナータ(熱情)」と同じヘ短調で、雰囲気も似ていることから「小アパショナータ」と呼ばれることがある。第2曲目のピアノソナタ第7番は、1798年に出版された3曲からなる作品10の中の第3番目の曲。ベートーヴェンのピアノソナタの最初の傑作として知られている。第3曲目のピアノソナタ第8番は、ベートーヴェン自身により、「悲愴」と名付けられている。青春の烈しい気概とロマン溢れる内容は、広く親しまれている。これら3曲の演奏でイーヴ・ナットは、ベートーヴェンの世界を簡潔に、そして起伏のある、適度な広がりを持った表現に徹する。思わせぶりなところは少しもない。淡々とベートーヴェンに向き合い、素直にベートーヴェンの心の内を探り当てているようでもある。イーヴ・ナットは、自らをひけらかすことは全くと言っていいほどない。むしろ、一歩引いた演奏といった方が適切かもしれない。しかしそれが、曲を聴き終えた時には、リスナー一人一人の中にしっかりと受け止められ、忘れようにも忘れられないような強い印象を遺す。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする