チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

向日葵の咲かない夏

2006年11月05日 22時06分57秒 | 読書
道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮社、05)

 叙述トリックである。この手のは結局読者を騙すことに著者の眼目はあるわけで、(嘘は吐かないにしろ)読者に知られたくないことが叙述されることはない。
 大体叙述トリックって本格の範疇に入るのかね? 読者には探偵と同じ情報が提供されていなければならない(つまり「読者への挑戦」が成立する共通の土台の確保)というのが本格の要件だとしたら、それはみたされてないなあ。もちろんそんなのあくまでもタテマエなんだけれども、叙述トリックの場合はこのタテマエすらもない。
 とはいえすぐれた本格がそうであるように、本書も読後バックして確かめるという楽しみ方は十分みたされる。
 その意味で叙述トリックというのは「アンフェアを構成要件に内包した本格」といえるかもな。

 そのなかでも本書は、叙述トリックという仕掛けが犯人の生そのものとリンクしている、存在から帰納されるものである点、叙述系ミステリとして斬新である。というかリアリティの醸成に成功している。傑作といってよいのでは。

 それにしてもこの、超常現象(と推測できるもの)の導入の仕方には驚かされた。あれで一気にストーリーに没入した。
 そういうわけで、形式面ではすごく面白かったし、感心もしたのだが、そこに盛られた内容はあんまり趣味ではないんだよな。犯人がなぜこのような犯行に及んだか、その原因の心因的な面はきっちり納得できるように書かれていて、それが「切実」な「人間の犯罪」であることは了解できる。その点では倉阪鬼一郎を読むときのようなストレスというか頭が痛くなる感はないんだけど、けっこうきつかった。
 多分かかる内容的な部面で否定的に評価する読者は多いのではないかな。それが形式面でのリアリティという評価を割り引いてしまうかも。昨年末に出た本書は、今年の各種ミステリベスト選びの該当作品なのだが、その辺のプラスマイナスで思ったほど評価は伸びないような気がするなあ。
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