チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

駅と、その町

2013年03月01日 23時49分00秒 | 読書
眉村卓『駅と、その町』(双葉文庫13)

 本書の初刊は実業之日本社89年の『駅とその町』。その後95年に、講談社から『魔性の町』と改題されて文庫化。今回、初刊のタイトルに(ほぼ)戻しての復刊。立身(たつみ)という町を舞台に、8編の短編を繋いだ連作短編集(オムニバス長編?)です。
 特定の主人公はいません。あえていえば立身という町が主人公。その立身の、1964年(昭和39年)頃から1989年(昭和64年)頃までが、8個のちょっと不思議な物語によって点描されます(数字は私の推理。本書には具体的な数字はありません)。
 つまり東京オリンピックを機に好景気に入ってからバブル絶頂期に至る25年間の、まさに「正接曲線」(『準B級市民』所収)を描いて一気に上り詰めた日本のある時期を「時間的舞台」とする物語でもあります。

 この立身(たつみ)、都心からかなり離れているようですが、しかし地方都市というほどではなく、じゅうぶん通勤圏内の、いわゆる衛星都市のようです。ちなみに地方都市は、小なりとはいえある程度自立した地方の主都市として文化的中心の位置を担っています。
 対して衛星都市は、地方都市ほど都心から離れていないため、独立の文化圏経済圏を形成しえず、たとえ地方都市より規模が大きくても都心の文化経済圏に吸収され、だから衛星都市なんですね。小惑星ベルトが木星の大引力に晒されて、結合して惑星となりえなかったのと同じで、ある意味非常に中途半端な場所といえます。これが「立地的舞台」。

 また、この立身の町の成り立ちですが、町の中心を、国鉄(のちにJR)と私鉄が並んで走っており、「立身」の駅も隣り合わせにくっついている。この線路によって町は、実質的に二つに分断されています。国鉄側に、昔の宿場町の頃から続く旧市街があり(表側)、私鉄側はいわゆる新開地(裏側)で、第一話の昭和39年頃は何にもないような状態だったのが、どんどん開発され発展していき、大スーパーもできて、ある時期からはこっちが「表側」となっていきます。
 線路によって分断されているため交じり合いにくく、両地域が二つの文化圏として併存し続けてきました(地理的舞台)。

 以上で立身という都市の、ある意味特徴的な条件がわかると思います。まず、地方でも中心でもないその境界的性格。次に、町自体性格の異なるふたつの文化が駅を境にして接しているという条件。
 日本の右肩上がり期は全体として急激でしたが、都心はもともと都心ですし、地方は(労働力供給地ではあっても)その土地自体の変化は緩やかだった。したがってバブル崩壊の影響も軽微だったんですね。その影響をもろに受けて大きく変貌したのは、実は都会でも地方でもない、その中間領域、すなわち立身のような条件の場所でした。

 ところで、民族学では「カテゴリー間の中間領域は神秘性・魔性を帯びやすい」といいます(吉田禎吾『魔性の文化誌』)。逢魔が刻は、普通に考えれば真夜中のような気がしますが、夕方の黄昏時のことです。夕方の薄明が、昼(光)と夜(闇)の中間、両カテゴリーの重複部分だからなんですね。キリスト教の悪魔は元来両性具有なんだそうですが、これも性のカテゴリーの重複部分を曖昧な領域として怖れたからのようです(いうまでもなく現実の話ではなく思考の傾向の話です。人間の思考構造が二項対立に基礎づけられているからです)。
 この視点から本書を眺めるならば、「立身」はまさにいろんなレベルで、時間的にも空間的にもカテゴリー間の中間地点に立地した町であることが明らかです。「立身」では不思議な現象が昔から時折起こる町という設定なのですが、この立身の立地条件なら、それはある意味当然というべきなのです。

 第四話「化身と外国人」の主人公の大学生の父親は「立身には、昔からの立身のあり方の化身みたいなものがいるらしいんだ」(141p)と言い、主人公も目撃します。実際そういう怪異現象が、昔から立身では起こっていたようです。
 しかし第六話「拝金逸楽不倶戴天」で起こった集団消失事件は、新しい立身の在り方に抗議する古い立身を体現する老人たちが消失してしまうわけで、上記の父親の説明とは矛盾します。
 そもそも第一話「立身クラブ」で駅のプラットフォームに未来からタイムスリップしてきた太田は古い立身側なのでしょうか。新しい立身側なんでしょうか。(なお本書最初のこの怪異の発生が駅プラットフォームだったのは、上述の理由で非常に象徴的です)
 第二話「片割れのイヤリング」で、この町に転入してきたばかりの、いわば「新住民」のはしりである主人公の、その硬直した思考や行動を、多元的な在り方を示唆してやわらげた不思議な女は?
 これらの例に、上記父親の説明はマッチしません。
 けっきょく、立身の怪異は、戦後日本の急激な変化がカテゴリー間の摩擦を先鋭化し、その結果カテゴリーの接点・重複点において怪異が発生していたといえます。だから怪異自体に方向性はないのです。

「立身クラブ」ではオリンピック景気(64年)が、「片割れのイヤリング」では万博景気(68年頃~)が、背景に控え、裏の発展が停滞する表との境界線を鮮明化していきます。「親切な人たち」はオイルショック直前(73年)、オイルショック後の安定成長期に入った「化身と外国人」では立身の町にも外国人の住民が見られはじめ、「閉じていた窓」で旧住民も安閑としてられないことを自覚し、しかし「拝金逸楽不倶戴天」では「ノーパン喫茶」なる新文化が闖入者(安部公房)として旧住民を不安に陥れ(81年)、「亜美子の記憶」では、「片割れのイヤリング」で新住民のはしりだった主人公が、二十二年後(86年)、やはり旧住民側と相容れないと感じつつもその自分も又旧住民化しつつあることに気づき、町を出ようと考え始める――

 最終話の「魔性の町」は、本連作が上梓された89年が舞台で、ここにおいて作品世界が現実世界に追いつきます。その世界とはもちろんバブル絶頂期の世界です(2年後の91年にバブル崩壊)。その世界で、町の若者が立身の怪異を「魔性伝説展」として回顧するのですが、いかにもふさわしい終幕の引き方ではありませんか。
 この展覧会で、客寄せとして「魔性呼出しショー」が行われます。もちろん何も現れはしない。それも当然であって、すでに町は魔性が発現するメカニズムを失っているのです。本編の視点人物の新聞記者が、JRの駅(ただし私鉄駅と《統合》する新駅ビル建設工事中)を降りて見たのは、「末期の様相」を呈する駅前広場と、「閉じていた窓」で復活の意志を示していた「商店街は取り壊されつつあって、半壊の建物をいくつか残しながらも、全体としてはだいぶ後退」した姿なのでした。もはや「境界」は消失してしまったのです。

 かくのごとく本作品集は、日本の高度成長後半期からオイルショックを経て安定成長期に入るも、右肩上がりはずっと維持され、むしろ急激度を増していき、その極限であるバブル崩壊の一歩手前までを時間線として、その変化を最も鋭敏に受ける地方と中央の境界の町で、その町は又、新しい価値観と旧来の価値観が境界を接し侵食し合う町でもあるのですが、そこに発生する魔空間を、一種いとおしむような手つきで柔らかく捉えていて、不思議な感興を読者に残します。
 魔性は消え去って町は――日本は、やがて「無限大に達する寸前に」「振り出しに帰らされ」(「正接曲線」)、今度は浮上することもなく怒涛の(境界なき)グローバリズムに飲み込まれていくのですが、著者はそこまで見通していたのでしょうか。少なくとも作品自体は、いや作品自身は、はっきりと今日に至る世界を見据えているように、私には思われます。

3月2日追記。
 さっき、風呂につかっていて、アッと思わず立ち上がってしまいました。
 大変なことを失念していたことに、卒然と気づいたのです。
 『駅と、その町』の第一話で、駅のプラットフォームに、未来からタイムスリップしてきた男は、25年後の最終話で、プラットフォームから忽然と消えてしまった男ではないのか。
 風呂から上がって確認してみました。
 第一話の男は、出現時は背広姿。名前は「太田」。最終話で消える男は――残念ながら服装の描写はありません。しかし「ああ、タイムスリップが起こらんかなあ」が口癖だったとなっています。一方第一話の太田は出現時「まさか……いや、どうもそうらしい」「私はやり直しのチャンスをつかんだのだ」と、タイムスリップを全然不思議がっていません。それは常々それを望んでいたから、すぐにその事実を受け入れられた。そう考えていいのではないでしょうか。あ、そうそう、この消失した男、名前は「小田」。「太田」と「小田」。小田が本名で太田は偽名となるのでしょうが(なぜならオリジナル(?)の小田がその世界に存在しているはずだから)、偽名ってあまり本名とかけ離れていると、呼びかけられても咄嗟に反応できない、ということから、本名をちょっとだけいじったものを偽名とする事が多い、と、何かで読んだ気が……。眉村さんの小説だったかも(^^;
 これはやはり、小田と太田は同一人物ですね。

 さて、25年前にタイムスリップした小田は、すでに知っている未来の情報で、金儲けをし、土地を買おうとします。バブル絶頂期からタイムスリップしてきた小田は、土地が高騰することを知っていたからですね。しかし、この小田、二年後のバブル崩壊は当然知らないわけです(もちろん89年にこの話を執筆している著者も知らないのです)。
 第一話の太田である小田は死んでしまうので、結局金儲けの計画は潰えるのですが、もし生きていたら土地を買いあさり、結局バブル崩壊で大損してしまうはずなんですよね。うーむ。その話も読みたかったなあ(>おい)(^^;

コメント
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