『ミーナの行進』
小川 洋子
初めて小川洋子さんの作品を読んだのは、『博士の愛した数式』です。そのとき、ああ、こういう小説もあるのか、と新鮮な驚きを感じました。
劇的な何かが起こるわけでもない、淡々と描かれる日常の描写からは、静かで透明な気配が伝わってきました。この『ミーナの行進』も、そんな空気感が伝わってきます。
主人公と病弱で美しいいとこミーナの少女時代が、芦屋のお屋敷を舞台に懐かしく綴られています。そこからは、壊れそうにはかない気配が漂う一方で、生命力に溢れたカバのポチ子によってユーモラスも感じられます。そのポチ子の背に乗って小学校へ通うミーナには、牧歌的な雰囲気と、そうでもしないと小学校にも通えないミーナのはかなさと、両方を感じてしまいます。
そう、この物語で感じたのは、両極にいる一対のもの。
裕福な家庭のミーナと、父が亡くなり母の事情でその家庭にあずけられた朋子。
病弱なミーナに、健康的な朋子。
本好きのミーナが恋心を抱くのは、父の会社の清涼飲料水を配達するお兄さんで、ミーナに頼まれ図書館に本を借りに行く朋子が憧れるのは、図書館のカウンターにいるとっくりを着た青年。
ミーナという少女の中にも、マッチ箱に描かれた絵から物語を紡ぐ繊細な面と、男子バレーボールに夢中になる活発な面があります。
そういう意外な設定がおもしろく、気になりだすと、お手伝いの米田さんとドイツ人のローザおばあさまなど、次々と見つかります(いや、これはストーリーとあまり関係ありません)。でも、この両極の一対を描くことで、両者をそれぞれより印象深いものにしているような気がしました。
この作品についてよく言われるように、私のような世代が読むととても懐かしく感じられます。テレビアニメ「ミュンヘンへの道」(私も男子バレーが好きで、毎週観てました)や、ジャコビニ彗星(これはあまり覚えてないけど)など、時代設定にまつわるエピソードの使い方がとてもうまく描かれています。
芦屋という土地柄のせいか、関西弁もおっとりとしてて、古き良き時代を感じさせられました。
ミーナが綴るマッチ箱のお話や、めったに家に帰ってこない叔父様が、家に帰ってくると壊れたものを修理する話、孤独な叔母様の活字の間違いをみつけるために本を読む趣味(?)など、どのエピソードも独特の雰囲気を醸し出しています。現実にありそうで、すべておとぎ話のようで・・・。
病弱なミーナが、いつか死んでしまうのでは、とはらはらしながら読んでいたのですが(どこか死の気配が漂っていて)、結末は意外なものでした。ちょっと、拍子抜けしたくらい。これも、現実を生きる中年女性を描くことによって、はかない少女時代をより鮮明に描き出そうとしているのでしょうか。
カラーの挿絵がとても素敵で、この作品の独特な雰囲気をより印象的なものにしています。
少女時代の、大切な宝箱のような1冊でした。