ほぼ是好日。

日々是好日、とまではいかないけれど、
今日もぼちぼちいきまひょか。
何かいいことあるかなあ。

一年ぶりに

2008-06-25 | 読むこと。
『ハリー・ポッターと死の秘宝』発売まで一ヶ月をきり、
にわかにハリポタの話題で賑やかになってきました。
といっても、長女と私のあいだでのことなのですが。

最近、よく長女から電話がかかってくるんです。
もちろん、ハリポタのことで。

どうしても読みたい、というので発売と同時に買った原書。
ところが、結局途中で挫折したままで、
今度は「日本語版を発売当日に読みたーい」って。

あのねー、こっちで予約するよ、って言ったでしょうが
しかも、発売当日って、大学の前期試験の直前でしょっ!
(原書には手も触れなかった)次女だって、
ちょうど夏休みだから読みたいって言ってるし、
もちろん、私だって日本語でも読んでみたい。
(原書でわかりにくかった箇所が多々あったので

発売日に読まへんかったら、試験勉強も手につかへん
と嘆いていた長女ですが、今ふたたび原書に挑戦している様子。
あの重い原書を大学にも持って行ってるとのことです。がんばれ~

・・・しかし。
私でさえ何度か衝撃を受け、号泣してしまった7巻。
試験を控えた長女がかなりのショックを受けるのではないかと、
これもまた心配で・・・。

何かと気になる最終巻です。


少し前の記事ですが、J.K.ローリングさんが
ジェームズとシリウスが10代後半だったころのエピソードを
手書きで書かれ、チャリティオークションにかけられたそうです。
(記事はコチラ→*

ハリーの親世代好きの長女にはたまらなかったらしい。
「おかーさん、訳して送って~」って、甘い!


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秘すれば花

2008-06-23 | 読むこと。

          『秘花』
         瀬戸内寂聴



秘すれば花なり 秘せずば花なるべからず

これは、能楽の大成者世阿弥が著書『風姿花伝』に遺した言葉です。

若いころ、この言葉に魅かれて思わず岩波文庫の『風姿花伝』を買いました。
昨夜本棚を探したら、茶色く変色したのを発見。
解説すら旧漢字を用いてあるこの文庫本。
もちろん、読んだ気配すらありません(苦笑)
でも、当時の私が読んでみたい、と思うほどこの言葉が衝撃的だったんですよね。

その後、日本人でもあることだし、一応能というものに
興味は持ったこともありますが、なにせ敷居が高い。
入門書を買ったり、能面を見たり、
一度、平安神宮の薪能も見に行ったこともあります。
日が落ちて篝火がたかれ、幽玄の世界、というものを、
わずかに感じたようにも思いますが、
肝心の能がさっぱりわかりませんでした・・・


その世阿弥を瀬戸内寂聴さんがお書かきになった、というので
読んでみたいなあと思っていたら、先週図書館で見つけたんです。
2日間ほどで一気読みでした。

それにしても、これを書かれた寂聴さんは85歳。
いまだ枯れることなく、色香漂う、流れるような美しい文章を
お書きになるのには驚かされるばかりです。
彼女の描く世阿弥は、彼女にしか描けない世阿弥でしょうね。

幼いころより美しく、12歳で時の将軍義満の寵愛をうけ、
また摂政二条良基からも愛され、彼らの庇護の下で世阿弥は
頂点に上りつめていきます。
誰にも言えない心の傷も、すべて自分の率いる観世座のためと
自分を押し殺して能一筋に生きる世阿弥。
しかし義満死後、観世座の繁栄にも影がさしてきます。
息子を失い、また世阿弥自身も72歳のとき
言われなき罪で佐渡に流されるのです。

波乱に満ちた世阿弥の生涯ですが、
その佐渡で彼の世話をするひとりの女性と愛し合い、
聴力や視力を失っても尚新しい能を書く意欲を持ちながら穏やかに生き、
幽玄の境地に達した世阿弥の最期はいかにも寂聴さんらしいと思いました。

文章の中にときどき謡が書かれています。
読んでいるうち、その謡が能の舞台を見ているかのように
頭の中に響きわたり、まるで世阿弥の舞を見ているようでした。
ほとんど能のことを知らないのに、不思議なことです。


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ミス・ポター

2008-06-17 | 観ること。



週末は、主人も次女もいなくて気ままなひとり暮らしでした。
はじめのうちこそ、私だけ留守番~と不満に思っていたけれど、
観たいDVDを借り、読みたい本を読み、
それに飽きたら買い物に出かけたり、図書館へ行ったり。
なかなか充実した休日でした。

我が家では子どもが小さいころから、
ビデオやDVDは夫婦、あるいは家族いっしょに観る、
という習慣がありました。
(今晩、○時から観るよー、って感じで)
だから、観たいなあと思ってても後回しになったり、
忙しいと観れなかったりしたのですが、
ひとりだと観たいときに、誰に気兼ねすることなく観れるんです。
今までこういうことがなかったので、すごくウレシイ。


で、今回選んだのはこれ、「ミス・ポター」。
ピーターラビットの作者であるビアトリクス・ポターの
半生を描いた映画です。

私は、ピーターラビットのファンというわけではないのですが、
作者であるポターには興味がありました。

上流階級のお嬢さんなのに結婚もせず絵を描きつづけ、
出した絵本が大ヒット。
結婚適齢期も気にせず(?)、かなりの年齢になってから結婚。
農地を買い続け、ナショナル・トラストに寄付。
一体どんな女性だったのだろう、って。

それに舞台がずっと行きたいと憧れていたイギリスの湖水地方
あの美しい風景を、大きなスクリーンで観たかったなあ・・・。

映画の始まりがいいんです。
ポターが絵の具をといて筆で色をおくシーン。
まっさらの水彩紙に、絵の具がすぅーっと沁み込んでいくときの
わくわくした気持ちが伝わってきます。
その、絵の具の青がとってもきれい。

絵を描いているときの、幸せそうな彼女が印象的。
しかし、20世紀初頭のイギリスで、
親が選んだ男性と結婚することがあたりまえだった時代に、
自分の意思を貫くことはどんなに大変だったことでしょう。

でも、彼女に肩肘張ったようなところはありません。
とにかく動物が好きで、絵が好きで。
キノコの研究したり、もっと真面目で堅物なイメージがありましたが、
映画では人のよさそうな笑顔の、お茶目で
ふんわりとした感じの女性として描かれていました。

ところどころ絵本のキャラクターが動き出し、
それが彼女の心をうまく描いているなあ、と思いました。
こういうシーン、大好きです。

ずっと独身だったポターの恋が描かれていますが、
彼女に好意を持つ男性たちが、みな、
彼女と同じ感性を持ってるんですね。

ポターの描く動物たちを単なる挿絵と見ていない。
彼女や彼女の絵を理解しているんです。
羨ましいなあ。

その愛する人を失ったポターの悲しみを癒してくれたのは、
湖水地方の美しい自然だったのでしょうか。
その自然が今もそのまま残ってるなんて、羨ましいことです。

その自然の保護にも貢献したポター。
ひとりの女性が、後世にこんなにもたくさんの大切なもの、
美しいものを残してくれたなんて、本当にすごいことですね。

ピーターラビットや、『ツバメ号とアマゾン号』シリーズの
舞台となった湖水地方
絶対行くぞー!っと、密かに思い続けているのですが、はたして・・・。

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おかえり

2008-06-16 | 日々のこと。
昨夜遅く、次女が九州から帰ってきました。

次女は、自分のことをブログのネタにされるのを嫌がるので
書かずにいたのですが(といいながら書いてます)、
今回のレースはU19の日本代表を決める大きな大会でした。

そういう大会の出場選手に選ばれた、というだけで
運動音痴の母としてはただただ舞い上がるばかり。
出発する前は、こっちまで緊張してしまいました。

私は高校のとき体育クラブには入らず、
ほとんど帰宅部みたいなものだったので、
朝練、夜遅くまでの練習、週末は試合の遠征という日々が
どんなものだか想像もつきませんでした。

家ではご飯食べて、メールして、寝るだけ。
最近は好きなテレビドラマも見ず、
気がつけば電気をつけっぱなしでそのへんで寝てる・・・

朝になって、「ぎゃ~、英語のプリントができてへん」となれば、
(大きな声では言えませんが)
「見せてごらん。やっとくから」ということになる。

そして、そこに定期テストや模試が入り・・・
まるで、綱渡りのような日々なんです~(泣)

それでも試合であちこち連れてってもらい、
今回なんて5日間も家を離れ、
いろんな高校の選手と知り合いになったり、
レース前の緊張感とひとり戦ったり、
ずいぶんたくましくなったなあ、と思います。

子どもって、不思議ですね。
小さいころは家の中で遊んでばかり。
おとなしくて、ピアノが好きで、本を読むのが好きで、
外に出て元気に遊ぶというタイプではなかったのに。

中学時代のバスケで体力がついたのでしょうが、
まさかこんなふうになるとは全く想像もしていませんでした。
つくづく、子どもっていろんな可能性を秘めているんだなあ、と痛感します。
親を超えて、いつのまにか親の知らない世界を持つようになるのですね。

でも、かといってそれが次女の一番したいこと、
というわけでもなさそうなんです。
そろそろ進路も考えなければいけない時期だし、
次のレースは控えているし、なかなか大変。


しばらくは、家でゆっくりしたらいいよ~、
と、優しく言ってやりたいのですが・・・

こらーっ!電気ぐらいは消して寝なさーい


コメント (2)
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介護のこと <訪問看護>

2008-06-14 | 介護
ショートステイの後、訪問看護に来ていただくことにしました。
これも以前、義父母が気に入らないと断ったことがあります。
しかし、今回は前に比べて症状も重く、よく熱も出るので
看護士さんに入ってもらったほうが安心だから、と説得しました。

実際来ていただいて、本当にありがたいと思ったのがこの訪問看護です。
はじめは体温や血圧を計ってもらい、
体調管理や介護の相談にのってもらえたら、ぐらいのつもりでした。

しかし、なかなかお風呂に入れない義父には、
身体を拭いたり、髭剃りをしたりしてくださいました。
また、お風呂に入れないかわりに、
血行が悪くむくんで紫色になった足をお湯につけ、
ていねいにもみほぐしてくださいます。
そしててきぱきと着替えをすませ、これでだいたい1時間。
時間があれば、お薬の飲み忘れがないかなどの
チェックもしていただきました。


訪問看護の方が来られるとき、なるだけ私もいるようにしました。
お湯の用意など、義母の手伝いということもありますが、
身体の動かし方、介助のしかたなど、見ていてとても勉強になるからです。

介護を経験して初めてわかったことですが、
どんなに体格が小柄でも、いざ動かそうとすると、とても力がいります。
病院で看護婦さんがひょい、と車椅子に乗せたりされるとびっくり。
コツがあるんですね。
義父を移動させる役目が多かった私は、あちこちで技を盗み見してました(笑)



入院しているころから、入れ歯の調子がわるくて
食べ物が食べにくいと言っていた義父ですが、
だんだん嚥下能力が落ち、食欲もなくなってきました。

そうなると、出るものが出なくなります。
義母は病院で浣腸薬を処方してもらっていましたが、
訪問看護のかたはその処理もしてくださいました。
そして、自力でどうにもならないときは、指で掻き出してくださるのです。

私は、苦痛で顔を歪める義父に声をかけながら、
動かないように身体を押さえつける役目です。
正直言って、見ているだけでもつらいことですが、
看護士さんは汗をかきながら一生懸命してくださいます。
仕事とはいえ、これには本当に頭が下がりました。

訪問看護に来ていただくようになって、まだ一ヶ月も経たないうちに、
食欲のなくなった義父は体力も衰えてきました。
はじめのうちは、ベッドに坐って身体を拭いてもらっていたのに、
翌週には、布団にもたれないと起きていられなくなり、
その次の週には、布団にもたれ、私が手で支えていないと
身体がずり落ちるようになってしまいました。

そして、しょっちゅう痰がからみ、ひどく苦しむようになったのです。
ある夜義母から、しんどいって言うけど、どうしようと
電話がかかってきました。
急いで駆けつけましたが、私もどうしていいかわかりません。
訪問看護の方が、夜でも電話で相談にのるとおっしゃっていたので、
すぐに連絡を取りました。

症状を伝えると、痰の吸引機を持ってきて、
咽喉の奥にからまっている痰を取り除いてくださいました。
そして、その吸入器を貸してくださり、使い方も教えていただきました。
また、看護士さんがされるのをまねて、
濡らしたガーゼを指にまきつけてとったりもしました。
「苦しい、苦しい」と言ってるのを聞くのは本当につらいものです。
しかし、吸引機のおかげで、しんどうそうなときは
主人と私で何とかできるようになりました。

訪問看護の事務所では、夜でも当番の方が待機されているようです。
そして、何かあったときすぐ対応してもらえます。
そのことが、とても大きな安心感につながりました。


在宅介護をするとき、訪問看護は本人だけでなく、
世話する家族にとっても必要だと思います。
もちろん、健康面で安心だということもあります。
しかし、それだけではありません。
お年寄りの接し方、介護の仕方を間近を見て、
こんなに一生懸命看てくださっているんだ、と
看護士の方々の熱意がこちらに伝わってくるのです。
素人の私たちには、本当に頼りになる心強い存在でした。

コメント (4)
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