和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

勇将38・小説「新 ・人間革命」

2013年03月28日 07時13分22秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)3月28日(水)より転載】



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勇将38(3/28)

 山本伸一は、二十一世紀の広宣流布の伸展は、仏法者の常識豊かな行動を通して、人格への共感、信頼、尊敬を勝ち取っていくなかでなされていくものであると確信していた。
「信心即人格」であり、そこに、信仰のすばらしさの証明もある。ゆえに、常識豊かな行動を強調し、次のように語ったのである。

 「信心のことで、絶対に争いなどを起こしてはなりません。
誰からも信頼されていくための信心なんです。
ですから、仕事には、人一倍、真剣に力を注ぎ、工夫を重ね、社会で見事な実証を示しきってください。
唱題を根本にした、その絶えざる向上と前進の姿勢があってこそ、諸天諸仏も守り、功徳を受けていくこともできるんです。

 また、交通事故や火災等は、絶対に起こさないと決意して、安全運転や注意、点検を怠らないでください。

 皆さんの、ますますのご健康と福運増進をご祈念申し上げ、あいさつといたします」

 それから伸一はピアノに向かい、「つたないけれど、記念に演奏させていただきます」と言って、「さくら」などを披露した。

 勤行指導会の会場となった講堂を出た彼は、別の部屋に集っている人たちのところへも足を運んだ。

 伸一は、自分に言い聞かせた。

 “会員の方々と自由に会うことのできる機会は限られている。
この時を逃してはならない。今が勝負だ! 来られた方、全員とお会いし、魂を注ぎ込む思いで励まそう。
皆が永遠に忘れることのない出会いにしよう!”

 別室でも皆に声をかけ、握手を交わした。

 「わざわざお越しいただき、ありがとう! 皆さんのことは忘れません。
お一人お一人を、瞼に焼き付け、生命に刻んで帰ります。また、お会いしましょう」

 話し続けたせいか、喉が痛かった。

 しかし、声を振り絞るようにして語った。

 「信心をしていくうえで大切なのは、勇気ですよ。勇気が人間を師子に変えます。
勇気があってこそ、境涯革命ができるんです」


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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
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囀(さえず)る/今日の俳句 第1236号

2013年03月28日 07時02分06秒 | 今日の俳句
    ◇囀(さえず)る/今日の俳句◇

    ◇※第1236号※◇


 2013年(平成25年)3月28日(木)


      ■


   ※今日の記念日※


※ 3月28日。

■ 宗因忌。
 江戸前期の連歌師・俳人の西山宗因[にしやまそういん]の1682(天和2)年の忌日。
  慶長10 (1605)~ 天和2.3.28 (1682.5.5) 。
 江戸前期の連歌師,俳人。通称次郎作,名豊一。俳名一幽,西翁,梅翁など。号長松軒など。肥後熊本加藤家家臣西山次郎左衛門の子。加藤家家老八代城代加藤正方の小姓に転じて連歌を愛好する正方の感化を受け,連歌師としての道をたどり始めたのは15歳ごろである。
 京の里村昌琢の指導を受けられるよう勤務上の配慮を与えたのも正方で,宗因の正方に対する尊崇の念は生涯続いた。また公務で正方に供奉するうちに各地の連歌会に出席し,作品を残し始める。しかし寛永9(1632)年に加藤家が改易処分を受けたため,宗因の人生は一変した。
 浪人として生計を立てる必要から,上京して里村昌琢の庇護を受け,昌琢の導きによって京の連歌会に出席,また江戸の武家連歌壇とも接触を持って次第に重きを成すに至る。 正保4(1647)年には大坂天満宮連歌所宗匠として迎えられ,本格的に連歌師としての活動を開始する。
 慶安2(1649)年には天満宮月次連歌再興,5年には菅家神退七百五十年万句を興行するなど,機運にも恵まれて宗因の活躍はめざましく,全国各地の大名にも門人を持つなど,広汎な名声を得る。内藤風虎との交渉など,その最たるものであろう。有力門人の招きを受けて全国に出向くことしばしばで,紀行も数編残している。
 寛文期以降,宗因の関心は俳諧にも向けられて作品を多数残すようになる。談林俳諧の創始者として貞門俳諧側からの攻撃を受けたこと,門下に井原西鶴を擁したことなどがあまりにも有名であるが,彼があくまで連歌師として自らを規定しており,俳諧は全くの余技に過ぎなかったことは確認されなければならない。
 著作は連歌,俳諧,紀行などにわたっておびただしく,全集の編纂が切望されている。<参考文献>野間光辰『談林叢談』,島津忠夫「宗因とその後の西山家」(『近世文芸』58号) (久保田啓一)

【「朝日日本歴史人物事典」より転載】


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   ■※今日の俳句※■


 囀やあはれなるほど喉ふくれ
      原石鼎


 囀りや明(あけ)しらむ方の雨の中
      松瀬青々


  囀りやピアノの上の薄埃
      島村元


【季語・解説】
囀(さえず)る・囀(さえずり)・鳥囀る。
 鳴禽類の囀りは牡が雌に求愛のために、あるいは鳥が自分の縄張りを知らせるためのものである。
 鶯・雲雀・頬白の囀りが春の代表的なもので、繁殖期が最も盛んである。
 これに対し、鳥の仲間に合図する鳴き声は、地鳴きという。
 時鳥、郭公、大瑠璃などは、夏になって鳴くとりである。

【「現代俳句歳時記(春)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)3月28日(木)より転載】


      ■


    ※わが友に贈る※


      ■


 原点をもつ人は強い。

 行き詰まらない!

 絶対に負けない!

 我が誓いを胸に

 未来へ羽ばたけ!


    ◇※3月28日※◇


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   ◇※寸 鉄※◇ 


      ■


学会は庶民を励まし命を蘇らせる活動を貫いたー言論人。人道世紀の太陽



きょう「沖縄女性の日」勇気の一人が全てを変革。平和と幸福の大虹懸けよ



「釈尊は、自分から先に話し掛ける人だ」仏典。晴れやかに!仏縁を拡大



「賢者はいかなる場合も運命に屈服しない」哲人(セネカ」最後に勝つのは題目の人



全国の防犯ボランティア。この10年で15倍に。安心安全の街へ。地域力強化を


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3月27日(水)のつぶやき

2013年03月28日 01時51分57秒 | 広島カープ

    ◇鳥雲に入る/今日の俳句◇    ◇※第1235号※◇ 2013年(平成25年)3月27日(水)m.ameba.jp/m/blogTop.do?u… photozou.jp/photo/show/123…


      小説「新・人間革命」【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)3月27日(火)より転載】m.seikyoonline.jp