ユッコ姉の日記

日々思うことをタリラリラン♪っと・・・。

主人の両親の話し・・・

2013年11月14日 14時23分06秒 | 思う事・・・
今日の記事は長~いです。お時間のある時に読んでくださいね。


 ーでは、まずは結婚した時の話からー

今から22年前、私と主人は結婚しました。
お互いの両親の話し合いで、堅苦しいのは面倒だからー と結納はナシになりました。
その結果、結納金も一切ありませんでした。婚約指輪もなし。私が買ってもらったのは結婚指輪のみ。
そして結婚式。
主人の側も私の側もとても親戚が多いので、招待客は9割が親族でした。
親族以外は、主人の友人関係5人程と私の友人関係5人ほどしか呼べませんでした。
それでも、主人の側の方が圧倒的に多い人数でした。
オマケに主人の親族は飲んべいが多く、披露宴ではアルコールの大半が主人の側でした。
なのに、いざ披露宴の費用を支払う時になったら姑が「折半でー」
ウチの親も”嫁にもらってもらう側だからー”と素直に支払ってしまいました。
(ええーーー!結納金も一切貰ってないうえに、披露宴費用も折半だなんて・・・

更に、後から分かった事なのですが、
引き出物の品が、主人の親族側と私の親族側で違っていたんです。
実は、結婚ギリギリまで仕事をしていた私と主人は、引き出物を何にするか姑に任せてあったんです。
その結果、私の親族側はティーカップセットだったのですが、
主人の親族側は、姑が一軒一軒欲しい物を聞いて、それぞれ希望する物を渡していました。
(当然、引き出物にかかった費用は主人の親族側の方が高い。)

更に更に、その後新婚旅行に行った私達。
私は自分の両親から、結婚式で頂いたご祝儀を全て受け取っていました。
でも主人は自分の小遣いだけしか持っていませんでした。
つまり、主人の親族側のご祝儀は、全て主人の両親が持って行ってしまっていました。
ちなみに、結婚式や披露宴、新婚旅行の費用も主人の預金から出ていました。

 ー続きまして、新居編ー
 
結婚式のホンの少し前まで、私と主人の新居は決まっていませんでした。
主人が長男なので”同居”と言う話もありましたが、主人の実家はまだ妹たちもいましたし、私達が住めるスペースはありませんでした。
姑が「すぐ裏のアパートが空くから。」と言っていたのですが、式のひと月前になっても一向に空く気配がありません。
仕方なしに、私の両親が急いで主人の実家近くの借家を探してきてくれました。
その借家の手続きは姑がしました。

やっと新居が決まり、私の両親はタンスや電化製品などの家具一式を揃えてくれました。
(結納金も貰ってないので、全額私の両親のお金。)
主人の両親から貰ったのは、ガスコンロ・ガス湯沸かし器・ガス炊飯器の3つだけ。
(それも全て仕事の経費で落としていたようです。)
主人がこの新居に持ってきた物は、昔から使っていた本棚ひとつ。後は自分の衣類少々だけでした。
主人は印鑑一つも持っておらず、私の両親が「もう一家の大黒柱なのだから。」と、
実印用の印鑑と数珠を主人に買ってくれました。

ここまでで一応言っておきますが、私の実家は決してお金持ちではありません。
むしろ、どちらかと言えば、主人の実家の方が私の実家より少しは経済的に裕福だったと思います。


 ーお給料編ー

結婚した当時主人は、舅が自営でやっている塗装屋で働いていました。事務は全て姑が管理していました。
だからお給料はいつも姑から受け取っていました。
主人が姑に「給料が少ない!」と文句を言うと、姑は「あんたの同級生達と同じくらいの給料を出してるのに贅沢だ!」と言いました。
でも、会社勤めしている同級生と同じ位の金額でも、彼等のは手取りです。
主人の場合、そこから保険や年金など全て支払うので、実際の手取りは同級生より少なくなっていました。
ましてや、3K仕事と呼ばれる仕事をしている主人と、会社勤めの人間が同額なのはおかしな話でした。
結婚してから主人が舅の所を辞めるまでの期間は5年程でしたが、その間にボーナスを貰ったのはたった2回しかありませんでした。
それ以外は、いつも何かと理由をつけては、ボーナスは出ませんでした。
主人が、「なぜボーナスがないんだ!」と姑に文句を言うと、姑は、「売上がないから。」と言います。
でも主人は、毎日舅と一緒に働いていたので、だいたいの仕事量とどれくらいの収入があるのか把握していました。
主人が、しつこく、「これだけの収入があったハズや!」と姑に粘って、やっと貰えたのが10万円。
そんな事が2回ほどあって、その頃ヒョロナガが生まれました。
それからは、姑の「ボーナスなし」の理由が、トンでもない物に変わっていきました。
ヒョロナガの誕生日が11月だった為、冬のボーナスはいつも「ヒョロナガに誕生日プレゼント買ったからお金ない!」と言う理由でした。
5000円ほどのオモチャをプレゼントに買ってくれただけで、それを理由に”ボーナスなし”です。
(それならプレゼントなんていらないからボーナスくれ!と思ってました。
他にも、「親戚の結婚式があったから」とか「仕事用のトラックの車検があったから」とか・・・
コデブが私のお腹にいた時は、8月が出産予定だったのですが、6月の月末に突然姑から電話が掛かってきて、
姑「売上あがってないから、今月から給料5万円カットさせてもらうわ。」の一言で電話を切られ、
2ヶ月後には3人目の子供が生まれるというのに、その月からお給料は5万円減らされました。(モチロン、ボーナスなんてないです。)

主人がお給料のことで姑に文句を言いに行くと、妹たちまで「そんなに給料貰ってるのに贅沢だわ!私だったら万々歳だわ!」と主人を責めました。
(独り身の妹たちと、私と3人の子供を抱えた主人の給料を同じように考えて欲しくなかったです。
当時、主人の妹二人はまだ未婚で実家に住んでいましたが、家には一銭も入れず、自分が働いたお給料は全て自分の為だけに使っていました。
我が家がお給料を5万円カットされた頃、妹達は、50万もする着物を購入したり、30万もする調理セットを購入したりしていました。
(ウチの給料5万円もカットするなら、妹達に家にお金を入れさせろよ!と思っていました。

結婚して5年後、姑から「今後一切、これ以上給料を上げることはないから。」と言われ、
主人は舅の塗装屋を辞め、独立して自分でやっていく事にしました。
高校を卒業してから、ずっと舅の塗装屋で働いていた主人。退職金が在るはずでした。
でも、その退職金は、舅の懐に入って、パチンコで全て使い切ってしまったと言われました。
(果たしてその退職金が幾らだったのかも私達は知りません・・・


 ー預金と保険編ー

結婚した当時、主人は自分の預金通帳を持ってきませんでした。
独身時代、主人の預金は全て姑が管理していて、主人は自分の預金が全部で幾らあるのかもハッキリとは把握してませんでした。
(当時の主人は、銀行のATMの使い方も知らなかったんです。どこのオボッチャンやねん!
結婚してスグに、姑のところに行って通帳と印鑑を貰ってきました。
でも、1通だけ
主人が「もっとあるハズだ。確か200万くらい入った通帳あったやろ。」と言うと、姑は「別に今すぐいらないでしょ。」と言って渡してくれませんでした。
姑から受けとった唯一の通帳からは、毎月生命保険料が引かれていました。
でも、その保険の証書もありませんし、主人は自分がどんな保険に入っているのかも知りませんでした。
主人の生命保険は姑が手続きしていた為、内容も証書も姑しか分からなかったんです。
主人が姑のところに聞きに行きましたが、「ちゃんと入ってるから心配いらない。」と言って、証書を渡してくれませんでした。
仕方なく、ヒョロナガが生まれてから、私が直接姑のところに行って言いました。
私 「子供も生まれましたし、親としてちゃんと自分達でやって行きますので、保険証書を下さい。」
三つ指ついて姑に頭を下げる私に、姑は何だかんだと渋っていましたが、その時言ったのは、
姑 「保険証書は、無くしちゃって何処にあるか分からない。」
驚いた私は、
私 「それは大変!もう子供もいるのに、主人に何かあった時に困ります!
渋る姑から無理やり保険会社を聞き出すと、家に帰ってスグにその保険会社に連絡をしました。
そして、新しい証書を作ってもらって、更に驚くことに・・・

主人には、1億円の保険が掛けてあったんです。しかも受取人は、”姑”。

保険に加入したのは、主人が高校を卒業してスグくらいでした。
つまり姑は、わずか19歳の息子に1億の保険金をかけ、受取人は法定相続人ではなく、”自分”に指定していた!
しかも毎月の支払いは、主人の給料から支払っていた。
もう結婚して子供もいる息子なのに、受取人の名前も変えず、支払いだけは息子にさせていた。
今考えてもゾッとします。もしあの頃に主人に何かあって死んだりしていたら、
私には主人の生命保険は一銭も入らず、乳飲み子を抱えて困り果てていたでしょう。

その後、私は主人の保険を見直そうとしました。
主人の収入からすると、毎月の保険代が高く生活に響いていましたし、保険金の額が高すぎる。と思ったからです。
そこで友人の保険外交員の子に頼んで、1億の保険を止めて新しく別の保険に加入することにしたんです。
数日後、姑がものすごい勢いでウチに怒鳴りこんできました。
姑 「私が入った保険、なに勝手に解約しようとしてるのよ!」とー
なぜ、保険を変えようとしていることが姑に分かったんだろう?と疑問に思いました。
(どうやら最初に入っていた保険の外交員が、解約することに気がつき、契約した姑に泣きついたらしいです。)
鬼のような姑の剣幕に、この時は仕方なく受取人を変更するだけになりました。
数年後、姑の目が届かなくなった頃、全部入り直ししましたけど。

でもその10年後、私は再び驚かされるコトになります。


  ー引越し編ー

結婚して5年ほど経った頃、私と主人は中古住宅を買って借家を出て行くことになりました。
まあ、この家の購入にもイロイロとあったのですが、それはまた今度。
今回は、その時に姑が私達にした話をー

家を買う事になり、私達は姑が預かっているはずの、約200万円が入っているハズ?の、主人の預金を返してくれ。と言いに行きました。
姑はかなりゴネましたが、やっとタンスから預金通帳を出してきました。
でも、その預金通帳からは、勝手にお金が借りられていました。
姑は、「固定資産税を払う時に足りなかったから預金から借りた。まだ返済が全部済んでないから、いきなり来て、今返せと言われても困る!」
と、まるで私達が悪いような言い方をしていました。
主人が怒って、それでもコッチはもう家を買う契約も済ませてあるんだから支払いをしなくてはならない。
とにかく、スグに全額もとに戻して預金通帳を返せ!と。
それから数日して、私達はやっと預金通帳を返してもらうことが出来ました。
ただその際、姑は、私達の預金通帳に戻したお金を、主人の妹の預金から引き出して振り込んだため、
その後、姑と主人の妹の両方から文句を言われました。
また、とりあえず帰ってきた通帳からも、数ヵ月後に借入利息が引かれました。
このとき通帳と一緒に受け取った印鑑が、100円ショップに売っているような、プラスチック製の一部欠けた印鑑だったのをよく記憶しています。

引越しするので、当然それまで住んでいた借家は出ていきます。
その際、入居時に払った保証金が私達のもとに帰ってくるはずでした。
でも、私達はその保証金を1円も受け取ることはありませんでした。

借家の大家さんが主人の実家のご近所の方でした。
姑は、私達が借家を出ることを知って、私達には何も言わず、勝手に大家と話を付け、
私達が出て行った後、主人の妹がそこで一人暮らしをする。
内装など何も触らなくて良いから、保証金なしで名義だけ妹の物に変えてくれ。とー
私達がその事を知ったのは、引越しの当日でした。
新しい家に引越し荷物を持っていった後、キレイに借家を掃除して大家さんちに挨拶に行き、
退去手続きをしようとしたとき、大家さんにそう言われました。
大「あれ?お母さんからそう言われて、名義変更の手続きももうしてあるけど?」
この事を知った主人は姑に詰め寄りました。
主「あの借家に入るときに払った保証金は俺の金だろう!」と。
でも姑は、「あの借家は私が手続きをした。支払った保証金も私が払った!」と言い張りました。
結婚当時、主人の預金は全て姑が管理していたし、入居の手続きは姑が一人で行っていたので、
実際に主人の預金から出たものなのか姑が出した物なのか、私達には知ることが出来ませんでした。

更に、新しい家は蛇口からお湯が出るタイプだったので、それまで使っていたガス湯沸かし器は必要なくなりました。
たまたま私の友人がお湯の出ない家に住んでいたので、私はその友人に湯沸かし器をタダで譲ると言いました。
でも友人が「タダでもらうのは申し訳ないからー」と言うので、2000円で譲る事にしたんです。
でも、どこでその事を知ったのか、姑がまた怒鳴り込んできたのです。
姑「私が買った湯沸かし器を、勝手に人に売るなんて!妹に使わせようと思っていたのに!」
私にしてみれば、結婚した時、結納金もなく家具も家電も全て私の家から出しています。
姑達からはガス器具の3つだけ。それは貰った物。と思っていたのですがー
仕方なく私は友人に断りの連絡をして、私達の後に借家に入居した妹に、ガス器具の3つを渡す事に。
更に、借家の屋根に取り付けてあるテレビのアンテナは、私の実家から持ってきた物だったのですが、
妹がそのまま使うからーと言う理由で、取り外すことも出来ませんでした。


 ー10年後の話しー

結婚してから5年後に引越し、更に5年ほど経った頃、
突然姑から主人に電話があり「印鑑を持って来い。」と言われました。
なぜ印鑑が必要なのか?と主人に尋ねると、
主「さあ~?なんか保険がどうとか言っとったけど?」
首をかしげながら実家に行った主人。
暫くして家に帰ってきた主人に何の用だったのか聞きました。すると・・・

自分が受取人の1億の保険を解約された姑は、私には黙ってこっそり主人に定額保険を掛けていたんです。
モチロン、自分が受取人のー
10年経ち満期が来たらしく、主人の印鑑が必要だったとー

主人に、いつそんな手続きをしたのか?と尋ねると、
主 「そーいえば、昔、何か書類書かされたような気がする~
いくら10年前のこととは言え、記憶も曖昧な呑気な主人に腹が立ちました!
毎月の保険代は姑が払っていたようですが、
妻である私の知らないところで自分の夫に保険金が掛けられていた事に腹立ちと共に恐怖を覚えました。
モチロン、満期金は一銭も我が家に入ってくる事はありませんでした。


長々と書きましたが、これらはお金に関する事だけで、他にも随分いろんなことをされました。
嫁姑の問題はモチロン、子供達の事も、しいては私の実家にもー
一時、私はノイローゼー気味になるほど追い詰められたこともあります。
今となっては、もう昔の話し。
嫌な過去は早く忘れた方が良いし、いつまでも恨みに思っていてもしょうがない。と自分に言い聞かせてきましたが・・・
こうやって書き出すと、やっぱりその頃の事を、こと細かく覚えている自分を思い知らされました。


さて、一番最初の、舅がコデブの誕生日を聞いてきた時、私が「まさか・・・」と思った事。
それは、私達に内緒で主人に保険を掛けていたように、
もしかしてコデブにも保険を掛けようとしているのではないか?という事でした。
保険を預金替わりに加入するのに、なぜ自分達ではないのか?
理由は簡単。被保険者が若い方が毎月支払う保険料が安いから。
なぜコデブなのか?
ヒョロナガもオシメも特定疾患を受けるような病気を抱えています。だから保険に加入するのが難しいのです。
そしてコデブは現在19歳。
ヒョロナガもオシメも何故か二人とも19歳の時に病気を発症しています。
コデブも同じーとは言えませんが、”もしかしたら?”ということを考えると、
コデブが保険に加入するなら、正に”今がチャンス”の気がします。
更に、現在コデブは私達と一緒に住んでいない。
何も分かっていないコデブに、直接書類を書かせても、私や主人にバレる事もない。

「・・・・・・。
いくらなんでも、自分達の孫にそんな事はしないだろう・・・
とは思う物の、
姑達が今まで私達にしてきたことを考えると、
「100%ない!」とは、言い切れないトコロが怖いです・・・


✩久しぶりに沢山の記事を書いちゃいました。
 読んでくれた皆様、お付き合いありがとうございました。