「面白いが、厄介ではあるな」とヒイラギ。
「アンタは生ける武神と呼ばれていたんでしょう。何とかしなさいよ」
「生ける武神に出来る事は、
相手が望むと望まぬに関わらず、あの世に送り込むことだけだ。
悪いな、役には立てない」
「この役立たず」
願いを叶えて貰おうと陶洪が目の前で土下座していた。
昇ろうする朝日が、うっすらと少年の姿を照らし出した。
小さな少年が、より小さく見えてしかたない。
陶兄妹の事情は、侍女の宋純から聞いていた。
発端は三年前。
領邑の北にある小さな村が盗賊の集団に襲われた事にあった。
盗賊団に狙われたのは村の長を務める裕福な陶家。
陶洪、陶涼兄妹の実家であった。
急を聞いて邑の騎馬隊が駆けつけたものの、既に盗賊団は逃げ去った後。
陶家の者達のみならず、幾人もの使用人が死傷し、あちこちに倒れていた。
陶兄妹は陶家の庭で発見された。
亡骸の傍にしゃがんで泣きじゃくる陶洪。
その足下には血だるまになった母親が倒れていた。
母親は息絶えていたが、しっかりと太刀を握っていた。
おそらく最後まで抵抗したのだろう。
その母親に添い寝する格好の陶涼がいた。
彼女は血だまりで気を失っていた。
マリリンは陶洪に歩み寄り、身を屈めるように両膝を地につけた。
少年に顔を近付けた。
「陶涼が目が見えなくなったのは、助けられた次の日だと聞いたけど」
「はい。
助けられて、この舘で身体を洗われ、綺麗な身体にして頂き、
その夜は何事もなく眠ったのですが、
朝が明けたら妹は目が見えなくなっていました」
傍で聞いていた麗華が言葉を添えた。
「あの娘の身体を洗うときは私も手伝ったから、よく覚えているわ。
あの時のあの娘は目が見えていたの。
疲れてフラフラだったけど、一人でも歩けた。
なのに朝になったら急に目が開かなくなったの」
他の姫達も同意して頷いた。
「そうよ」
「あの時は驚いた」
「次の日には目を開けなくなったのよね」
マリリンは麗華に問う。
「目か、目の近くに傷は」
「何もなかった。綺麗な顔をしていたわ」
マリリンは陶洪にしっかりと言う。
「みんなの話しから推測と、陶涼は目が傷付いて見えなくなった分けじゃないわ。
それに目の病でもなさそうね」
「では」
「おそらくは心の病ね。
目を開けると嫌な事を思い出すのでしょう。
両親のみならず、知り人が次々と斬られては、仕方のないことよ。
小さな子なんだから。
だから目を開けるのを拒否するようになった」
「そんな・・・」
「凍った物を溶かすには暖かな物よ。
いきなり焼いては火傷するだけだから、長い目で見るのよ。
貴方が優しく接してあげれば、きっと、いつか目を開けるわ」
陶洪の肩から力が抜けた。
「いつになったら・・・」
「急かせないことが大事よ」
陶洪の目に小さな炎が宿る。
それをマリリンは見抜いた。
「忠告するけど、貴方は前に武官になりたいと言っていたわね。
それは止めなさい」
武官になって稼いで、妹の目の薬を買おうというのだろう。
陶洪がいきり立つ。
「マリリン様が駄目なら良い薬師から買うしかないでしょう。
それには武官が近道です」
「貴方が武官になって、戦に駆り出されて戦死でもしたら、陶涼はたった一人になるのよ。
そうなると永遠に目を開けないわ」
陶洪の身体から力が抜けた。小刻みに震える。
麗華が口を差し挟んだ。
「陶洪、聞きなさい。
お婆さまが内緒にしろと言っていたから、これまで黙っていたけど、
しかたないから言うわね。
実はね、良い薬を買って、何度か陶涼に試してみたの。
勿論、陶涼にも誰にも内緒でね。
食事と一緒に飲ませてみたけど、残念な事に効かなかったわ。
良くなる気配もなかった」
陶洪は半開きの口でマリリンと麗華を交互に見遣る。
マリリンは優しく言う。
「長い目で見守ってあげるの。
貴方が大人になってお嫁さんを貰い、暖かい家庭を持ち子供を作りなさい。
陶涼が安心して目を開けられる暖かい家庭を作るのよ」
「それだけで良いんですか」
「心の病には他に手がないの。
脅したくはないけど、暖かい家庭を作り維持するのは武官になるより大変よ」
聞いていた関羽が、わざとらしく大きく笑う。
「はっはっは・・・。
確かに大変だ。暖かい家庭を維持するのは至難の業だ」
姫の一人。丸い顔に丸っこい身体の劉水晶が陶洪に言う。
「マリリン殿は神樹から剣を受け取ったけど、神様じゃないと思うの。
毎朝、棍を合わせているから分かるわ。
技は切れるけど、力では関羽殿に押されっぱなし。
それに馬には舐められ、麗華様には頬を打たれる始末。
加えて女言葉。
そんな神様がいると思うの。
でもね今の暖かい家庭を作るという話し、それは合点が行くわ。
心の病には、遠回りだけど一番じゃないかしら」
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「生ける武神に出来る事は、
相手が望むと望まぬに関わらず、あの世に送り込むことだけだ。
悪いな、役には立てない」
「この役立たず」
願いを叶えて貰おうと陶洪が目の前で土下座していた。
昇ろうする朝日が、うっすらと少年の姿を照らし出した。
小さな少年が、より小さく見えてしかたない。
陶兄妹の事情は、侍女の宋純から聞いていた。
発端は三年前。
領邑の北にある小さな村が盗賊の集団に襲われた事にあった。
盗賊団に狙われたのは村の長を務める裕福な陶家。
陶洪、陶涼兄妹の実家であった。
急を聞いて邑の騎馬隊が駆けつけたものの、既に盗賊団は逃げ去った後。
陶家の者達のみならず、幾人もの使用人が死傷し、あちこちに倒れていた。
陶兄妹は陶家の庭で発見された。
亡骸の傍にしゃがんで泣きじゃくる陶洪。
その足下には血だるまになった母親が倒れていた。
母親は息絶えていたが、しっかりと太刀を握っていた。
おそらく最後まで抵抗したのだろう。
その母親に添い寝する格好の陶涼がいた。
彼女は血だまりで気を失っていた。
マリリンは陶洪に歩み寄り、身を屈めるように両膝を地につけた。
少年に顔を近付けた。
「陶涼が目が見えなくなったのは、助けられた次の日だと聞いたけど」
「はい。
助けられて、この舘で身体を洗われ、綺麗な身体にして頂き、
その夜は何事もなく眠ったのですが、
朝が明けたら妹は目が見えなくなっていました」
傍で聞いていた麗華が言葉を添えた。
「あの娘の身体を洗うときは私も手伝ったから、よく覚えているわ。
あの時のあの娘は目が見えていたの。
疲れてフラフラだったけど、一人でも歩けた。
なのに朝になったら急に目が開かなくなったの」
他の姫達も同意して頷いた。
「そうよ」
「あの時は驚いた」
「次の日には目を開けなくなったのよね」
マリリンは麗華に問う。
「目か、目の近くに傷は」
「何もなかった。綺麗な顔をしていたわ」
マリリンは陶洪にしっかりと言う。
「みんなの話しから推測と、陶涼は目が傷付いて見えなくなった分けじゃないわ。
それに目の病でもなさそうね」
「では」
「おそらくは心の病ね。
目を開けると嫌な事を思い出すのでしょう。
両親のみならず、知り人が次々と斬られては、仕方のないことよ。
小さな子なんだから。
だから目を開けるのを拒否するようになった」
「そんな・・・」
「凍った物を溶かすには暖かな物よ。
いきなり焼いては火傷するだけだから、長い目で見るのよ。
貴方が優しく接してあげれば、きっと、いつか目を開けるわ」
陶洪の肩から力が抜けた。
「いつになったら・・・」
「急かせないことが大事よ」
陶洪の目に小さな炎が宿る。
それをマリリンは見抜いた。
「忠告するけど、貴方は前に武官になりたいと言っていたわね。
それは止めなさい」
武官になって稼いで、妹の目の薬を買おうというのだろう。
陶洪がいきり立つ。
「マリリン様が駄目なら良い薬師から買うしかないでしょう。
それには武官が近道です」
「貴方が武官になって、戦に駆り出されて戦死でもしたら、陶涼はたった一人になるのよ。
そうなると永遠に目を開けないわ」
陶洪の身体から力が抜けた。小刻みに震える。
麗華が口を差し挟んだ。
「陶洪、聞きなさい。
お婆さまが内緒にしろと言っていたから、これまで黙っていたけど、
しかたないから言うわね。
実はね、良い薬を買って、何度か陶涼に試してみたの。
勿論、陶涼にも誰にも内緒でね。
食事と一緒に飲ませてみたけど、残念な事に効かなかったわ。
良くなる気配もなかった」
陶洪は半開きの口でマリリンと麗華を交互に見遣る。
マリリンは優しく言う。
「長い目で見守ってあげるの。
貴方が大人になってお嫁さんを貰い、暖かい家庭を持ち子供を作りなさい。
陶涼が安心して目を開けられる暖かい家庭を作るのよ」
「それだけで良いんですか」
「心の病には他に手がないの。
脅したくはないけど、暖かい家庭を作り維持するのは武官になるより大変よ」
聞いていた関羽が、わざとらしく大きく笑う。
「はっはっは・・・。
確かに大変だ。暖かい家庭を維持するのは至難の業だ」
姫の一人。丸い顔に丸っこい身体の劉水晶が陶洪に言う。
「マリリン殿は神樹から剣を受け取ったけど、神様じゃないと思うの。
毎朝、棍を合わせているから分かるわ。
技は切れるけど、力では関羽殿に押されっぱなし。
それに馬には舐められ、麗華様には頬を打たれる始末。
加えて女言葉。
そんな神様がいると思うの。
でもね今の暖かい家庭を作るという話し、それは合点が行くわ。
心の病には、遠回りだけど一番じゃないかしら」
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