金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)112

2009-03-28 20:50:15 | Weblog
 どれくらい泣いただろう。
彼は自分の前に置かれた大盃に気付いた。
酒がタップリと注がれていた。
 手を伸ばして掴み、一気に飲み干した。
喉元を通り過ぎた酒が五臓六腑を刺激する。
それで怒り悲しみが収まるわけではない。
 隣に鈴木順吉が肩を並べるように腰を下ろし、黙って彼を見守っていた。
背後の大広間に集まっていた者達も同様だ。
 動いているのは遺体を清めている女達だけ。
彼女達は一心不乱に遺体と格闘していた。
 彼は鈴木の顔を見ずに尋ねた。
「足利学校を覚えているか」
 下野国の足利に置かれた最高学府のことだ。
大陸渡来の四書五経を中心に据え、あらゆる事を教えた。
兵学や医療・薬学とかもだ。
 彼も鈴木も同じ時期にそこで学んでいた。
「覚えている。あの頃は楽しかった」
「ああ、楽しかった。・・・人の成り立ちについてはどうだ」
 鈴木は苦笑い。
「人、あれか・・・、覚えていたのか」
「お前の仮説は分かり易かった」
「あれは単純すぎたかな」
「そんな事はない。・・・もう一度、聞かせてくれ」
 鈴木は彼の横顔を見た。
「人とは、産まれた赤ん坊が産着を着せられるように、
色々な見えない着物を、歳を重ねるごとに着せられる。
子供としての着物。男としての着物。女としての着物。
刀扱いの巧い人としての着物。算盤勘定の巧い人としての着物。
武士としての着物。僧侶としての着物。人の上に立つ者としての着物」
 彼は鈴木と視線を合わせた。
「聞いてくれるか」
「いいとも」
「今の俺は・・・、木村家の総領としての着物を破られてしまった。
孫としての着物も、子としての着物も破られてしまった。
夫としての着物も・・・親としての着物も・・・」
 心の奥が震動を始めた。
連動するかのように身体のみならず、手足の指先までもが震えた。
歯が噛み合わず、言葉も続かない。
 鈴木が彼の様子を心配気に見守りながら、大盃に酒を注いだ。
 彼は震える手でそれを掴むと、零れるのを無視して再び一気に飲み干した。
喉元が濡れても気にしない。
彼は溜めていた物を吐き出すかのように、言葉にした。
「まるで・・・、人としての皮を剥がれたようだ」
 鈴木は慰めの言葉を探しているらしい。 
 彼はすっくと立ち上がった。
遺体を清めている女達に声をかけた。
「死んだ者全員の髪を集めてお守り袋にしてくれないか」
 女達に異論はない。
すぐに一人がそれに取り掛かった。
 次に彼は、大声で郎党の頭・信平を呼んだ。
背後から大きな返事が返ってきた。
ドカドカと足音を立て、手傷を負った大柄な男が彼の前に跪いた。
「申しわけ御座いません」
 彼が聞きたかったのはそういう言葉ではない。
「それよりも襲撃の様子を話せ」
 信平の説明によると、夜盗の人数は十数人。
夕闇に紛れ、表と裏の両門より押し入って来たのだそうだ。 
 近くを街道が通っているので、見慣れない人間がいても怪しまれる事はない。
さらに、街道沿いには神社仏閣が多く、人が集まる場所にも事欠かない。
おそらく、何れかの無人の社寺を集合場所とし、夕暮れを待っていたのだろう。
 木村家の郎党の数は多い。
しかし、半数以上は屋敷の外に居住。田畑を中心に分散していた。
屋敷内の長屋に住んでいるのは十八人。
ただし全員が戦えるわけではない。
四家族の老若男女で十八人なのだ。
実際に戦力として数えられる男は僅か八人。
十数人の敵に不意を突かれれば、太刀打ちできる数ではない。
それでも、女子供老人を長屋に残し、男八人は刀槍を持ち出して戦った。
「捕らえた者とか、討ち取った者はおらぬのか」
 とたんに信平の言葉が重くなった。
「幾人かに手傷を負わせたのみです」
 敵は手馴れた事に、表・裏の両門を内より閉じ、短槍を持った二人を一組とし、
双方に張り番として残した。
その為、屋敷外に居住する郎党達が異変に気付き、駆けつけたものの、
敷地内に入るのに手間取ってしまった。
結局は門を突破するのを諦め、塀に梯子をかけるしかなかったのだ。
「ただの夜盗と思うか」
「それは・・・」
「夜盗であれば、蔵を破る筈」
 信平は首を捻った。
「いいえ、破られておりません。近付く気配すらありませんでした」
「すると狙いは」
「旦那様も帰りに襲われたたとか」
「そうだ」
「となると、・・・当家潰しではないかと。ただ理由が・・・」
「やはりそう思うか。夜盗の中に見知ってる者はいたか」
「いずれも覆面をしておりました」
 隣の鈴木が口を差し挟む。
「お主の方はどうだ」
「斬る自信があったのか、素顔を晒していた」
 彼の言葉に場が騒然とする。
遺体を清めていた女達までが手を止め、彼の次の言葉を待つ。
 彼は待ち伏せされた経緯を説明した。
話しながら、敵が彼の居場所を掴んでいたことに気付いた。
どうやら迂闊にも、昼日中より見張られていたらしい。
 額に刀傷痕のある男の話になると、幾人かが名前を知っていた。
代官の与力で、名は原田甚左。
上司は数人いる関東代官の末席に連なる吉本重四郎だそうだ。




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 自宅待機していましたが、他の部署で欠員がでました。
慣れた者ということで私が選ばれましたのです。
あまり好きな部署ではありませんが、そうも言ってはいられません。
新人の補充ができるまで、という事で引き受けました。
 遠隔地にある部署のため、通勤が大変です。
始発で始まり終電で終わる一週間でした。
PCに触れるのは一日一時間程度。
暫らくの間、新人補充まで、更新ペースが乱れると思います。
ごめん。
 今、サッカ中継を見ています。
日本対バーレーン戦。1-0。
内田、点にはならないけど、巧い。


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