立ち番の者達は判断に迷っていた。
駆けて来る小太郎と配下を見ながら何事か話し合っている。
二人を、後ろから追ってくる城兵の仲間ではないかと疑っているのだろう。
配下が小太郎を追い越して前に出た。
片手を大きく振りながら、「助けてくれー」と叫んだ。
たった一言だが悲壮感が滲み出ていた。
立ち番の者達の態度が変わった。
早く来いとばかりに手招きをするではないか。
盾と盾の隙間から陣に駆け込んだ二人を数本の槍が迎えた。
頭らしき武士が、「お主等はどこの手の者だ」と強い口調で尋ねた。
迎え入れたものの、疑念は残っているらしい。数人に囲まれた。
小太郎は疲れたようにその場に倒れた。
配下も調子を合わせて膝から崩れた。
二人は、いかにも「弱兵ですよ」と演じた。
鉄砲が続けざまに放たれた。
盾に何かが激しくぶつかる音。どうやら城兵が体当たりしてきたらしい。
怒号と悲鳴が飛び交う。
鉄砲や槍が弾かれたかのように宙を飛ぶ。
篝火が倒され始めたのか、少しずつ暗くなる。
城兵の一団の突進を阻むのは難しいようだ。
二人に槍を向けていた者達は危機感を抱いた。
無言で囲みを解き、盾の守備に走った。
頭らしき武士も遅れじと続いた。
解放された二人は陣の奥に駆け込んだ。
押し出して来る増援の者達と行き合うが足は止めない。
誰何されると、「あいつらは化けもんだー」と叫ぶ。
彼等が敵か味方かの判断に迷っている間に、その場を駆け抜けた。
二人は何の妨害も受けずに陣を突っ切り、離れた小高い丘の上まで駆けた。
周辺に人の気配はない。城兵の追っ手もない。
足を止めて後ろを振り返った。
星明かりで陣がようく見通せた。
倒された篝火が原因か、数カ所で火災が発生していた。
あちこちから悲鳴が聞えてくる。
近くの徳川の陣の一つから、松明を掲げた一団が押し出した。
救援に赴くらしい。
手頃な切り株に小太郎は腰を下ろした。
「面白かったか」
「冷や汗ものでしたね。あそこで陣に入れてくれなかったらどうしたのですか」
「その時は実力で突破するつもりでいた」
「鉄砲が狙っていましたよ」
「それは、・・・気がつかなかったな」
配下の目が笑っていた。
鉄砲の存在に気づかぬわけがない、と言っているようだ。
「ところで、次ぎはどうします」
「天魔を見つけるまで、この辺りにいるしかないな」
翌日、大久保忠隣率いる徳川の本隊が岩槻に続々と到着した。
およそ二万。何れも徳川家中で編成されていた。
これに井伊等の先遣隊、戦場稼ぎの土豪等を含めると五万の大軍に膨れ上がった。
内実は、正規兵三万、寄せ集め二万といったところか。
岩槻城を望む台地に陣を敷いていた井伊隊は、場所を大久保隊に譲った。
討伐軍の大将が大久保忠隣なので自ら申し出た。
かつては徳川家の柱石の筆頭には、石川数正率いる石川党があった。
それが如何なる理由からか、数年前に豊臣家に出奔した。
残った柱石は酒井党、本多党、そして大久保党。
なかでも人物を輩出したのが大久保党。
自然、徳川家中で重きを成すようになった。
例えば八王子の代官・大久保長安。
彼は徳川家に仕官するや、大久保党に預けられた。
そこで文官としての治世の才能を現わした。
すると大久保忠世は、妻を失った彼に一族の娘を後添えとして嫁がせ、
大久保の姓をも与えた。
今では彼は、並み居る関東代官職の筆頭格に数えられていた。
大久保忠世が軍の中枢にあれば、大久保長安が文の中枢にあった。
これでは石川党のいた席に大久保党が就いた感は否めない。
大久保党を統率するのは大久保忠世。その長男が忠隣なのだ。
当然ながら親子そろって領地を与えられていた。
二人には乱世を乗り切る力量があった。
井伊直政は個人として、新参ながら最大の領地を与えられた。
しかし党としての領地では大久保党、酒井党、本多党には敵わない。
彼が徳川家中で生き延びるには古参の有力者を懐柔するしかない。
彼は同じく古参で与力の高力清長を伴い、陣を敷き終えた大久保隊を訪れた。
大久保忠隣は親譲りの頑固そうな顔で迎えてくれた。
内密に話したい事でもあるのか、家来は伴わず、台地の先端に二人を誘った。
城に目を遣りながら問う。
「だいたいの様子は聞いている。本当に人ではなく、魔物なのか」
井伊はしっかりと答えた。
「そうです」
大久保は振り返り、二人の顔を交互に観察した。
「魔物相手の戦か。・・・どうやる」
「残された手は、城に封じ込めて焼くしかありません」
大久保は高力を気遣い、そっと見た。
本来の岩槻の城主は高力なのだ。
高力が、「やむを得ません」と力強く答えた。
城主としての責任の現れだろう。
すでに焼き討ちの準備を自ら整えていた。
その手順を説明しているところに、思わぬ報せが届いた。
大久保家の者が井伊家の兵を抱えるようにして、案内して来たのだ。
只ならぬ気配を感じたのか、大久保家の重臣達が後をついて来た。
赤備えの兵は弱っているのか、息も絶え絶え。
鎧のあちこちが切り裂かれ、塗られた血が干涸らびていた。
主人に気付くと、辛うじて残っていた体力を使い、その場に片膝ついた。
井伊は顔を確かめた。
領地で赤備えを率いている武将の一人だ。
予定では今日にも岩槻に増援として到着する筈であった。
駆け寄る井伊に武将が報告した。
「武州松山城で反乱です」
「なんと、・・・」
井伊のみならず大久保も高力も言葉を失った。
構わずに武将は続けた。
「賊の数は万を越えています。・・・。
率いて来た赤備え隊は、・・・途中を遮られ、・・・進軍できません」
「赤備え隊でも敵わぬのか」
「人間離れした者達がおりまして、・・・支えるので手一杯です」
「人間離れ、・・・」
「恐ろしく手強い一隊が・・・おります」
その報告に居合わせた者達は顔を見合わせた。
敵の正体に心当たりがあった。
赤備え隊が手こずるとは、岩槻城の賊と同じ魔物しか考えられない。
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駆けて来る小太郎と配下を見ながら何事か話し合っている。
二人を、後ろから追ってくる城兵の仲間ではないかと疑っているのだろう。
配下が小太郎を追い越して前に出た。
片手を大きく振りながら、「助けてくれー」と叫んだ。
たった一言だが悲壮感が滲み出ていた。
立ち番の者達の態度が変わった。
早く来いとばかりに手招きをするではないか。
盾と盾の隙間から陣に駆け込んだ二人を数本の槍が迎えた。
頭らしき武士が、「お主等はどこの手の者だ」と強い口調で尋ねた。
迎え入れたものの、疑念は残っているらしい。数人に囲まれた。
小太郎は疲れたようにその場に倒れた。
配下も調子を合わせて膝から崩れた。
二人は、いかにも「弱兵ですよ」と演じた。
鉄砲が続けざまに放たれた。
盾に何かが激しくぶつかる音。どうやら城兵が体当たりしてきたらしい。
怒号と悲鳴が飛び交う。
鉄砲や槍が弾かれたかのように宙を飛ぶ。
篝火が倒され始めたのか、少しずつ暗くなる。
城兵の一団の突進を阻むのは難しいようだ。
二人に槍を向けていた者達は危機感を抱いた。
無言で囲みを解き、盾の守備に走った。
頭らしき武士も遅れじと続いた。
解放された二人は陣の奥に駆け込んだ。
押し出して来る増援の者達と行き合うが足は止めない。
誰何されると、「あいつらは化けもんだー」と叫ぶ。
彼等が敵か味方かの判断に迷っている間に、その場を駆け抜けた。
二人は何の妨害も受けずに陣を突っ切り、離れた小高い丘の上まで駆けた。
周辺に人の気配はない。城兵の追っ手もない。
足を止めて後ろを振り返った。
星明かりで陣がようく見通せた。
倒された篝火が原因か、数カ所で火災が発生していた。
あちこちから悲鳴が聞えてくる。
近くの徳川の陣の一つから、松明を掲げた一団が押し出した。
救援に赴くらしい。
手頃な切り株に小太郎は腰を下ろした。
「面白かったか」
「冷や汗ものでしたね。あそこで陣に入れてくれなかったらどうしたのですか」
「その時は実力で突破するつもりでいた」
「鉄砲が狙っていましたよ」
「それは、・・・気がつかなかったな」
配下の目が笑っていた。
鉄砲の存在に気づかぬわけがない、と言っているようだ。
「ところで、次ぎはどうします」
「天魔を見つけるまで、この辺りにいるしかないな」
翌日、大久保忠隣率いる徳川の本隊が岩槻に続々と到着した。
およそ二万。何れも徳川家中で編成されていた。
これに井伊等の先遣隊、戦場稼ぎの土豪等を含めると五万の大軍に膨れ上がった。
内実は、正規兵三万、寄せ集め二万といったところか。
岩槻城を望む台地に陣を敷いていた井伊隊は、場所を大久保隊に譲った。
討伐軍の大将が大久保忠隣なので自ら申し出た。
かつては徳川家の柱石の筆頭には、石川数正率いる石川党があった。
それが如何なる理由からか、数年前に豊臣家に出奔した。
残った柱石は酒井党、本多党、そして大久保党。
なかでも人物を輩出したのが大久保党。
自然、徳川家中で重きを成すようになった。
例えば八王子の代官・大久保長安。
彼は徳川家に仕官するや、大久保党に預けられた。
そこで文官としての治世の才能を現わした。
すると大久保忠世は、妻を失った彼に一族の娘を後添えとして嫁がせ、
大久保の姓をも与えた。
今では彼は、並み居る関東代官職の筆頭格に数えられていた。
大久保忠世が軍の中枢にあれば、大久保長安が文の中枢にあった。
これでは石川党のいた席に大久保党が就いた感は否めない。
大久保党を統率するのは大久保忠世。その長男が忠隣なのだ。
当然ながら親子そろって領地を与えられていた。
二人には乱世を乗り切る力量があった。
井伊直政は個人として、新参ながら最大の領地を与えられた。
しかし党としての領地では大久保党、酒井党、本多党には敵わない。
彼が徳川家中で生き延びるには古参の有力者を懐柔するしかない。
彼は同じく古参で与力の高力清長を伴い、陣を敷き終えた大久保隊を訪れた。
大久保忠隣は親譲りの頑固そうな顔で迎えてくれた。
内密に話したい事でもあるのか、家来は伴わず、台地の先端に二人を誘った。
城に目を遣りながら問う。
「だいたいの様子は聞いている。本当に人ではなく、魔物なのか」
井伊はしっかりと答えた。
「そうです」
大久保は振り返り、二人の顔を交互に観察した。
「魔物相手の戦か。・・・どうやる」
「残された手は、城に封じ込めて焼くしかありません」
大久保は高力を気遣い、そっと見た。
本来の岩槻の城主は高力なのだ。
高力が、「やむを得ません」と力強く答えた。
城主としての責任の現れだろう。
すでに焼き討ちの準備を自ら整えていた。
その手順を説明しているところに、思わぬ報せが届いた。
大久保家の者が井伊家の兵を抱えるようにして、案内して来たのだ。
只ならぬ気配を感じたのか、大久保家の重臣達が後をついて来た。
赤備えの兵は弱っているのか、息も絶え絶え。
鎧のあちこちが切り裂かれ、塗られた血が干涸らびていた。
主人に気付くと、辛うじて残っていた体力を使い、その場に片膝ついた。
井伊は顔を確かめた。
領地で赤備えを率いている武将の一人だ。
予定では今日にも岩槻に増援として到着する筈であった。
駆け寄る井伊に武将が報告した。
「武州松山城で反乱です」
「なんと、・・・」
井伊のみならず大久保も高力も言葉を失った。
構わずに武将は続けた。
「賊の数は万を越えています。・・・。
率いて来た赤備え隊は、・・・途中を遮られ、・・・進軍できません」
「赤備え隊でも敵わぬのか」
「人間離れした者達がおりまして、・・・支えるので手一杯です」
「人間離れ、・・・」
「恐ろしく手強い一隊が・・・おります」
その報告に居合わせた者達は顔を見合わせた。
敵の正体に心当たりがあった。
赤備え隊が手こずるとは、岩槻城の賊と同じ魔物しか考えられない。
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