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授業中スマホ
土井隆義の著作は、高校生を考える上で外せない論点を提供してくれます。
たとえば授業中スマホをやっている姿があります。ま、LINEをはじめとしたSNS、ゲーム、いろいろですが、中心はSNSです。
その姿を見て、ただけしからん、とか、いやがらせのように注意したり、とか、果ては体罰という反応まで、その本質は相手にされていない年寄の嫉妬というリアクションには事欠かないわけです。
その姿をどうみるのか?
たとえば、土井の著作はすべてここに関係していくのです。
「常時接続」「承認」「キャラ」
といった問題を、人間関係の在り方としてみていこうというのが基本的なスタンスなのです。
この角度は、またいずれ紹介する斎藤環ともかぶります。
「承認」欲求が異常に高まっていると言う事は、自分で自分を承認する力が弱まっているとも言えますね。
また、「コミュ力(りょく)」も大変重視されていると言う事です。「空気」を読める力です。そのためには、「キャラ」を明確にして、そのキャラの中で承認されることが重要になるのです。
いうならば、高校生は「必死で」自分の居場所探しをしている。そのために自分の「キャラ」を探しまわり、あるものはいじめにあい、墜落して、引きこもる。
そこで勝ち残ると高いカーストの一員として、「承認」されることになる。年代順にならべると、『友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル』 (ちくま新書)がそれらの問題を総括的にあつかい、岩波ブックレットの三つの作品(年代順にならべると『「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える』、『キャラ化する/される子どもたち―排除型社会における新たな人間像 』、『つながりを煽られる子どもたち――ネット依存といじめ問題を考える』 )はいずれもこの問題に切り込んでいます。私はいま、最後の作品『つながりを煽られる子どもたち――ネット依存といじめ問題を考える』』を精読している最中ですが、おすすめの作品です。