こういうシステムを人類学上、互酬性といいいます。よく高校生がいうんですよ。「この前つきあってやったじゃん!今度はつきあってよ」これです。こうした貸借対照表が私たちの夫婦関係にはないでしょうか。そこに謙虚であることがどうやら愛であり、心友の条件なんじゃないか。何か味気ない気もしますが・・・愛は純粋じゃありませんよ(笑)。 . . . 本文を読む
▼結婚生活を始め、奥さんの手料理とかいうフレーズがありますよね、定番として、その料理を作った人の息づかいや、手間や、その時間に対する感謝を感じている人はどのくらいいるのでしょうか?いえ、どのくらいの期間でしょうか?あっという間に、それらは、すべてモノとなり、人を感じることができなくなってしまう。そのとき、家事は苦行に転化するのです。恋愛ゲームの熱狂は、お互いの拘束、つまり結婚という儀式と婚姻届けの提出をもってハイライトを迎え、以後惰性となってゆくのです。▼お互いをゲットするために苦行を「面倒」と感じずにこれたのです。お互いの拘束が完成する、お互いの支配が確認できた時点から、何かが崩落していくのです。と同時に何かが真実の顔をのぞかせていくのです。大事なのは私のような凡庸な人間には、ここまで真実は顔をのぞかせてくれないのです。その真実とは、そう、「家事は面倒」、「家事はやって当たり前」結婚は我慢で、「愛の搾取」(森山みくり(笑)!)でしかないという真実が表に現れるのです。 . . . 本文を読む
パラドクスというのは逆説とふつういいます。皮肉って考えるといいと思います。たとえば、「急がば回れ」っていいます。急いでいるときは遠回りが良いという皮肉です。近回りすると何かが起きる。さて、恋愛ゲームにもこの皮肉がついてまわる、というのがこの文章の趣旨です。恋愛はその言葉通りに考えれば一つの「愛」です。しかし、私は恋愛ゲームの愛には皮肉がついて回る、と考えています。恋愛ゲームはその頂点で、愛が成就した時終わるのです。愛が深まると終わってしまうのです。これは皮肉です。愛が最大になったのに消えちゃうんじゃないか、そう考えるのです。 . . . 本文を読む
多くの異性に好かれるように奴隷になると、多くの異性を支配できます。あるいは、モテる異性をゲットできます。つまり、これがモテるということの裏面です。恋愛ゲームは奇妙なゲームです。男も女も相手の奴隷になる、とことん、奴隷になると主人になれ、相手を支配できます。その支配を争うゲームです。相手に気に入られると、相手を支配できます。より多くのいい異性を支配する!お金はみんなの欲望をかなえる!すると、あらゆるものの支配者になれるのです。 . . . 本文を読む
自分の妻に給料を払っている人はいないでしょう。でも、家事は労働です。対価は発生するのです。なあんて誰も考えていない。 「恋愛」という一時の熱病の錯覚からはじまり、契約もくそもない、経済力があろうが、なかろうが一般的には何となく女性が家事を無償で行う。じつは、結局ふたりもそこへとなんだか知らない力によってどんどん流されていくのです。そして、熟年になり、綾小路きみまろの世界に入っていくのです。ある人は離婚し、ある人はひたすら連れ合いの死を待ち、遺族年金を狙う。きみまろの世界だね、まるで。 . . . 本文を読む
▼普通、売買をしていて、おカネを持っている買う側と品物を売っている売る側を考えると、どっちが強いか?まあ、普通は、絶対おカネを持っている方です。▼「恋愛ゲーム」というのは相手の心を支配するゲームです。▼恋愛は「愛」の字がついていても、その本質において、愛とは目的が違います▼「いかに支配するか」 ここをめぐって勝負を決するゲームです。 . . . 本文を読む











