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高校公民Blog

高校の公民科(現代社会・政治経済・倫理)教育に関連したBlogです

北京オリンピック考 1 マクロ的データ

2008-08-31 14:13:51 | 経済分野の授業
もう、夏休みが終わりです。時間がないなかで書きなぐりました。結論として、次のようなことがいえそうです。私は甲子園の不条理を何回か書いてきました。そこには、日本の国民が、自分たちで身銭切って、地域が全体として育てていくというスキームではなく、お上頼みや、企業頼みという現実が浮かび上がってくるようにも思えるのです。 . . . 本文を読む
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為替情報

2008-08-28 22:37:54 | 経済分野の授業
 上のグラフは、2008/8/28現在の、このところのオーストラリアドルの対円レートの変動を示したものです。ご覧になってお分かりのように、大変な上下動を繰り返します。 為替は、二つの観点から投資をします。ひとつは、レートの変動です。 安い時に買って、高い時に売る。 こうしてみていただければわかりますが、オーストラリアドルは、年に三階から5回、大幅に下げ、そして、大幅に上げます。現在、急に下落してき . . . 本文を読む
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本田由紀を読む 4 ハイパーメリトクラシー化

2008-08-27 23:29:32 | ブックレビュー
本田は、これをさまざまな言い換えで表現していますが、これまでのいわゆる受験勉強的な「業績主義=メリトクラシー」を「近代型」と呼び、それに対して、「ポスト近代型」のそれを「ハイパーメリトクラシー」と呼んでいるのです。参考までに、また別所では、本田は、「閉じた努力」と「開かれた努力」というようにも呼んでいます。  本田の整理によれば、これまでの受験勉強が要請する能力は、基礎学力を重視し、標準型の努力を要請し、共通尺度で比較可能な学力を重視してきた。どちらかいえば順応型の人間類型を前提とし、協調性や同質性を重視してきた。  しかし、ポストモダン的な諸費社会的な能力とは、「生きる力」を重視し、多様性、新奇性を重視する。したがって、創造的であること、個別的で、順応というより能動的に積極的な資質を重視し、交渉したりネットワークを形成できる能力を前提としている。こうして、たんなるガリ勉型の能力が貶められていくことになる、というのです。 . . . 本文を読む
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本田由紀を読む 3 学校経由の就職 その2 90年代以降の揺らぎ

2008-08-26 06:53:51 | ブックレビュー
■学校に生活をしていると、この「学校経由の就職」が揺らいでいるという実感がまるでありません。教育内容を変えなければいけない、つまり、物作りが要請する「集団の和」や「コツコツ努力する」という倫理を、疑うことはまったくありません。今、私には不明なのは、本田が書いている、90年代以降の「学校経由の就職」の揺らぎが、ここ数年の経済の回復で、どのような帰結をもたらしているのか、ということです。■私が狭い知見で聞き知る限りでは、こと私の県の職業高校の求人状況は改善されています。つまり、いっけん、「学校経由の就職」は、復活しているように見えます。この事態をどう考えたらよいのでしょうか? ■さて、私たちは、こう考えることができます。経済のグローバル化はますます、この前近代的な制度を侵食していく。いわゆるじり貧ですね。じり貧となっていくだろう。現在は、その本能的なまさに共同体的な自衛をしている過程である。それは、やがて、ダーウィンのいうように、このシステムを変換できず淘汰されていくだろう。その過程で、また戦争が起きるかもしれない。  それとも、こうした独自の共同体を維持しながら適応するシステムへと変換していく、今は過渡期であるのでしょうか。 . . . 本文を読む
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本田由紀を読む 2 学校経由の就職 その1 強固な実在性

2008-08-25 08:42:50 | ブックレビュー
勉強の中身がどうの、ということは、意味がない。とにかく、そこの場へと所属すること、その限りでの競争に勝つこと、これが意味がある。そのときに、 「学校」 に所属することが最初の意味をもつ。地域の進学校に所属すること、次に有名大学に所属すること、そうすると、大体において「いい会社」に所属することが可能である。その幻想を支えていたのが、「学校経由の就職」という制度なのです。東京大学へ入れば、京都大学に入れば、一橋大学に入れば、慶応大学に入れば、・・・・もうよします。そこへの所属が同時に「いい会社」への移動を可能にしてくれるのだ . . . 本文を読む
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本田由紀を読む 1 近著紹介

2008-08-24 14:22:19 | ブックレビュー
本田由紀(写真)は東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コースの准教授です。1964年徳島県生まれということで、私より8歳ほど年下の研究者です。本田は、一貫して学校と社会の関係を書いています。まさに、「学校と社会」なのです。それも経済的な意味、学校は経済的にはどのような意味をもつのか、ということを分析の対象としています。近年は、ニートやフリーターといった形で若年労働が不利な状況に追い詰められている現実をつぶさに分析して、その対策を考えています。 . . . 本文を読む
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大分県教育委員会汚職事件の構造

2008-08-10 12:14:50 | 教育制度/行政
片一方で二世化が猛烈な勢いで進んでいます。さらに、もう一方で、猛烈なグローバリゼーションの浸透があります。市場原理の剥き出しの浸透です。それは世界規模での労働能力の標準化がなされていくということです。つまり、つまり、地方でそれも産業資本主義から消費資本主義へと移行に失敗していった地方では、産業そのものが消えていったのです。そのうえ、労働の世界には、剥き出しの二極化が起こります。時給の世界の広がりと一部の上場企業と公務員の世界への明確な二極化。地方で生活するとき、教員を含めた公務員への集中がますます進みます。そして、個人的な、あまりに個人的なコネの世界にもこのグローバル化の波は例外なく襲うのです。このグローバル化の波に加え、地方の財政の破たん、少子化の進展。こうして、教員採用試験の競争率の激化が起こります。こうして、今回のような贈収賄という関係が、個人的なあまりに個人的な世界にも必要であるという幻想が、立ち上がっていったのではないかというのが一つの帰結としていえることですね。 . . . 本文を読む
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2008夏の読書 4 格差問題を考える その1 大学院

2008-08-09 20:42:39 | ブックレビュー
さらに、例の青色発光ダイオードーの中村修二(上写真)がいっていましたが、まるで大学の教授は中小企業のオヤジと同じだというのです。自分が助教授どもを食べさせるのだ、と。つまり、民間へと自分の技術を売り、投資を引き出すのだ、というのです。  日本の大学院にはこうした意味での市場がありません。しょせん、二流大学三流大学の大学院は植民地なのです。東京大学だの一流国立大学の。そして、大学でご飯を食べられなければその知的価値はゼロなのです。 . . . 本文を読む
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2008夏の読書 3 社会・哲学の先端を読む その1

2008-08-05 09:45:04 | ブックレビュー
ダイエーというスーパーが倒産しました。これが日本社会では象徴的出来事だと私は考えています。銀行の倒産もそうです。護送船団方式と呼ばれる横並びでは、価値が産めないのです。このあたりの事情を絶えず先端を走り続けてきた社会学者の見田宗介が『現代社会の理論』(岩波新書)できわめて簡潔にわかりやすく解説しています。  少しはずれますが、現在の学校はまさにこの倒産システムです。受験という同じ価値でしか、学校が構成されていません。だから学校に魅力がないのです。もう少し正確に言うと、受験という関心から外れたら関心や興味の対象であることが困難になってしまうのです。 . . . 本文を読む
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