森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

タフでなければ。。。

2006-12-17 22:19:28 | ’08/12/7までの未整理日記

友人Aが言いました。
「昔は豚だったよね~」

すかさず、別の友人Bがさりげなく言います。
「へぇ、昔はブタだったんだ。」

すると、別の友人達も
「えっ、むかし?」
「やっぱり、そう?」
「何時、人間になったの?」
「実はなってなかったりして。」

これって、いじめ?   いいえ、これはお笑いです。そのイメージで読んでくださいね。私達は仲良しですから。今日、先日友達Bのお母さんが亡くなったので、そのお線香を上げるのも兼ねて、お食事会だったんです。全員で9名。

9名もいると、時々話が分散するんです。

右よりに座っていた誰かが言いました。
「私は牛肉より豚肉の方が好きだわ。」
「私のうちは貧乏だったから、豚肉のすき焼きしか食べなかったからかしら。私もそうよ。」
「あら、うちもー。すき焼きは豚だった。」

そう、ここで、彼女のセリフが入るんですね。

彼女が言いたかったのは
「昔は、すき焼きに豚肉を使っているうちが多かったよね~。」ということなんです。

そこに、レディース御膳というものが運ばれてきました。うっかり間違えて受け取ろうとした友人Cは背も高いボーイッシュな人。

今度はすかさず、Aが言い返します。
A「だめよ、あんた。レディースって言う言葉にうっかり反応しちゃぁ。」
C「ああ、ついうっかり反応しちゃうのが習慣なのよね。」
A「私、あんたの結婚した頃の写真が見たいな。」
C「今と大して変わらないよ。。。って言ったらずうずうか。でも、豚ではなかったな。少なくても人間だった。」

今日のヒットセリフですよ~。
「昔、ブタだった。」

えっ、可哀相ですって?

可哀相なんかじゃないですよ。この先の世間話のとき、ここぞと言う時鼻をブーと鳴らしていましたよ。

近頃、いろいろな事があって本当に久し振りのお食事会だったんですが、とっても嬉しかったのだと思います。会った時から友人Aは炸裂していました。

会った途端の開口一番「何その髪、恥ずかしくて一緒に歩けないわ。」

ニャンだとー。確かにずっと美容院に行けなくて山姥なんだけどさ。だけど、その美容院の友達のお母さんが病気だったんだからしょうがないじゃないのよー。

Bがお葬式の御報告のお話をしてくれました。天台宗で行ったのこと。
「指パッチンみたいな事していたのよね。あれはどういう意味があったのか聞くのを忘れちゃった。」

そこで、Aが私の葬式の時に聞いてあげると言うのです。ムカー
よんでやらないよと言うと、勝手に来ると言います。ちょっと待て。なんで、私の葬式が私より6歳も上の彼女より先なのよー

いいコンビねなんて、誰かがふざけた事を言うので
「お断りいたしますわ。」とキッパリ言いますと、黙ってしまいました。こっちから願い下げー、ぐらい言いなさいよ。ねっ。

・・・でも、今日の彼女はちょっと言い過ぎていたかもしれません。他の人にもそんな調子でしたから。家にちょっと問題があるのに、自分ではあまり自覚がないみたいです。それで、無自覚のままストレスだけが溜まっていってしまっている感じでした。今日は発散できたかしら。出来ていたらいいんですけれど。

パパさんが今日の話を聞いて「凄まじいね。」と言いました。実は私もそう思います。疲れます。
「本当に友達なの? 」
友達ですよ。こんな、おばちゃん会話の人っているんですよ。

しかもこのA、友達の多さナンバー1の人付き合いの達人なんです。

友達でいると言う事は、その人の何かを許すと言う事かも知れないと私は思っています。

ああ言われた、こう言われたなんて構っていられませんよ。
だって、女は「タフでなければ生きていけない。」ですよ。

そういえば今日我が家は豚しゃぶでしたよ。
「今日はブタです。」。。。。明日もです。

ダイエットしよっと。

 

 


 

 

 

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「相棒―名探偵登場」

2006-12-16 12:36:25 | ドラマ(相棒)

「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」

かなり知名度が高いこのセリフ、レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」と言う小説の中のセリフだって知っていましたか? 

私は知りませんでした。 

 高橋克実演じる、とぼけた雰囲気の探偵が名乗った名前は、マーロウ・矢木。それで、電話帳で調べて「ありました。」と迷うことなく矢木の「チャンドラー探偵社」にいきつく右京と薫を見て、マーロウと言えばチャンドラーなのかと思い、またまたお勉強しちゃいましたよ。

 マーロウがフィリップ・マーロウなのは、なぜだか知っています。ハードボイルドは特に好きでもないので、本も読んだ事もないし、映画も見たことがありません。それなのに知っている。有名なんですねぇ。

そして、その作者の名前がレイモンド・チャンドラーなんです。 その彼の代表作のひとつは「長いお別れ」。

ああ、だから右京さんは最後に「ロング・グッドバイ」と言ったのですね。
知っていれば二倍おいしい「相棒」です。

いつものようにあらすじはコチラ

~ボギー、ボギー、♪、あんたの時代はよかった~♪
すいません。頭の中で勝手に連想ゲームしちゃいました。

マーロウ・矢木みたいな探偵を、ださカッコイイとでも言うのでしょうか。とぼけたイメージとは違って意外と切れ者。ハードボイルドとは遠いホットな感じ。これからもスペシャルゲストで登場する予感アリですね。

だから、タイトルも「名探偵登場」と、紹介っぽくて、内容もかなり甘いはーどぼいるど?

 トリオ・ザ・捜一は犯人確保で格闘して活躍していましたね。

脚本は、戸田山雅司

「マーロウ・矢木」―気に入ってしまいました。イケメン助手を雇って金曜11時15分にお引越しして~    ミタイナァ~

金曜の「まめ」が終わってホッとした、ミタイナァ~

 20日も27日もお休みなんて。。。長いお別れだわぁ

 

 

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BADな気分でも

2006-12-15 08:49:26 | ’08/12/7までの未整理日記

     「おはようございます。」

 

 空気が乾燥しているので、雨は空からの贈り物のはずなのに、冬の雨の冷たさには泣きたくなる様な気分です。

さすが師走ですね。やりたいこともたくさんありますが、やらなければならないことも山済み状態になってきてしまいました。

昨日は出掛けなければならない用事があったのですが、街も華やかに賑わってきました。12月の独特の空気が行きかう人を包み込んでいます。だけど、そのイルミネーションなどを楽しむ余裕もなかったのが、惜しいです。

どんなに忙しくても、出来る範囲でいいので「今」を楽しんでいきたいと思っている私です。そんな時、街で出合った彼らたちがささやかな楽しさを運んでくれますね。

     「風邪には気をつけなよ。」

 特に、「ノロウィルス」は一人がかかると、一つ屋根全滅だそうですよ。三日ぐらいで治るそうですが、受験生などを抱えているうちは、気を使いますよね。

 私も朝起きるとなんだか気持ち悪い日が続いているのです。でも、これは胃炎ですね、きっと。てんこ盛りのやらなければならないことに、マイペースを装っていても、だめですね。装いを捨ててしゃかりきに  目の前の事を片付けていきましょう。たぶん、それが私の胃薬かも知れません。

 「しゃかりき」って「釈迦力」って転換されるんですね。仏の力のごとく、自分の力を出せと言う事なのでしょうか。

 そういえば、昨日うちに来ている中学生からメールが来ました。

「漢検合格したよ~~~~~~!!!!!!!!準2級 \(^_^)/」
 

私も嬉しいですよ。英検があまり巧くいかなかった君は、きっと「しゃかりき」に勉強したんですね。

 夜中は私の活動時間でしたが、最近全然だめですよ。ソファで転寝して、パソコンの前で、ふと気がつくとマウス持ったまま、また寝ているんですね。「こんばんは」の「こ」も打てません。  カッコ悪いー

「今」を楽しみたいと言っても、ここはマイペースで行かなければ、長くは続きませんね。

「時間」を巧く使える人は本当に素晴らしい

後、二週間で、今年も終わりですね。。。。サア、今日もスタート

あっ、タイトルの「BADな気分」と言うのは、落ち込んでいるわけではありません。本当にむかついているのです。
あっ、「むかついている」と言うのはいかっているのではありません。
あっ、「いかっている」というのはおこっていると言う事ではありません。
あっ、「おこっている」と言うのは何かが起きている訳ではありません。

えっ、何を言っているのかというと、そういうアホなことを書くのが好きなんですよー。でも、全然面白くないじゃない。 
ああ、なんだか落ち込んできました。ああ、なんだか「BADな気分」です~

 

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さよなら

2006-12-13 17:04:38 | ’08/12/7までの未整理日記
 年を重ねても  あなたは気ままな自由人だった
 娘が 親を養うのは当たり前だと言っていた
 まるで 子供のように 娘に甘えていた
 ふらりと出かけては 一人で温泉につかっていた
 ふらりと出かけては 買い物をしていた
 部屋には、袖を通していない服や、値札さえ外れていないバッグが
 山のようにあるという

 あなたは、その寂しさを娘のお金を使うことで埋めていたのかな
 娘は嘆いていたんだよ
 あぁ、私は何時まであなたを背負っていけばいいんだろうって


 病が訪れても あなたは気ままな自由人だった
 あれは嫌よ  これも嫌いよ
 我慢を知らない赤ん坊のように 自分の気持ちに正直だった
 その我侭が自分の命の長さを短くしてしまっているというのに
 最後まで そのことに気が付かなかった

 だけど あなたはその我侭を貫いて
 娘がずっと傍らにいることが出来る日を選んで旅たった。

 「あの人は」と言いながら、娘は頑張っていたよ
  ―あの人の愛を感じない
 娘はそう言っていた
 そうかな。
 子供のように娘に甘える「愛」と言うのもあったのかもしれない
 迷惑な「愛」だったけれど

 ―あの人に愛を感じない
 娘はそう言っていた
 そうかな。
 手を抜かない看病をして 眠るような死を見送った
 どうして そこに「愛」はなかったなどといえるのだろうか


 6月8日私はあなたと病院で会い、三人で食事をした
 その後も、一度だけあなたの家で少しだけ会ったかも知れない
 でも、私の中ではあの日が最後の思い出。
 少女のように私に微笑んだ。
 帰るとき ホールの玄関まで見送ってくれた。
 二ヶ月で15キロも痩せたその小さな体が切なくて、
 何度も振り返って、私は手を振った
 

 さよなら
 もう 会えないね
 小さな顔で微笑んだ あなたの笑顔を 覚えているよ

 さよなら



昨日、友達のお母様が亡くなった。昨日は凍えるような冬の雨が降っていたけれど、今日は美しい雲が広がっていたね。
 
 

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サザエさんの娘

2006-12-12 23:06:01 | ’08/12/7までの未整理日記
「まったく、姉ちゃんはサザエさんなんだから。」
よく私の大好きな叔父さんは、私の母をそんな風に言う。でも娘から見ると、母はそんなに愉快な人ではないと思うのだ。お茶らけたポーズなんかは得意だが、何事に対してもまじめで、なんとなく頼もしい。彼女がそんな事はどうってことないと言うと、悩みは消えていく。
おちょっこちょい(これって全国区の言葉かな?)といわれるけれど、そんなこともないと思う。てきぱきとよく働く。私が5時間後にやればいいやと思っていることを10分後に終わらせている。・・・まあ、このぐらい褒めておけばいいか
 ちょっと、がさつでお調子者、そんなところがサザエさんといわれていたのかも知れない。でも、私はそのサザエさんの娘だ。



お財布忘れて~、愉快なサザエさん~
って言うけれど、財布忘れて、何が楽しいのかと思ったことないですか。スーパーのレジでそんな事あったら、愉快どころじゃないですよね。
あ~ぁ、私あるんです。さすがスーパーではないですが。友達と昼食食べに行って椅子に座ろうとした瞬間思い出しました。なんで今日バッグが軽いのか。
「まずいですよ、財布忘れちゃいました。」といえる友達だからいいようなものの、何かの役員になったばかりの親睦会なんかだったら、どないすんねんってなもんでしょ。
 その時の私は、ランチなので化粧直しの口紅の事ばかり考えていたのですね。忘れていませんでしたよ、化粧ポーチは。
 だけど、これ、周りの人は愉快みたいですね。

 また、ある日。近所に新しいファミレスがオープンするというので、友人たちと待ち合わせしていました。大変だわ、遅れちゃう。あせって、扉を開けると店内はガラーンとしていました。

何で初日からこんなにガラーンとしているの。このお店に未来はないわ。
「いらっしゃいませ。お一人ですか」って言われて気がつきました。
まったく、やだったら、もう。
ファミレスってドライブ・インになっていることが多いですよね。その上の大看板ばっかり見ながら、お店に入っちゃったら、隣のお店に入っちゃいましたよ。

 お店を間違えました~とは言えないので、待ち合わせの時間を間違えてしまったみたい。出直しますね。とにっこり笑って(心のなかでは引きつって)退散です。

 友人曰く。
「いいねえ、人生が楽しくってさ。私なんか何にも『ぬかり』ないから、人生が無味乾燥だわ。」
 何をおっしゃる、ウサギさん。そんな事言っていると、アレばらすぞ。私の小ネタの三倍の大ネタ持っているくせに。


それで、・・って自分のアホレベルの話を延々と続けるのもどうかと思うので、
ツヅクー

えー、結局続けるんだ。そう続けちゃう。ちょっと自己嫌悪に落ちた時、「みんなもアホだー私の失敗なんてどうってことないんだわ。」と言う風にお役立てください。なんてまとめてみたりして。。。    「みんな」ではないか。。。

「つづく」といっても次回は未定。




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「功名が辻―永遠の夫婦」その時人は過去に旅する

2006-12-11 10:40:34 | ドラマ (大河)
 とうとう最終回が終わってしまいましたね。

 私にとっては感動の最終回でしたが、みなさんはどのように感じられましたか。

―「八代将軍吉宗」の時の親子関係が復活している。遠路はるばる来たのに堀尾氏、千代に叱られてる。千代といと、としの尼アマ同窓会のシーンは「利家とまつ」のラストシーンみたいだ。祖父衛新右衛門のあの時の子供は、見かけないと思っていたら医者になっていたのか。―などと細かい事を書き出したら、あれもこれもとありそうな一時間でもありましたね。

 あれもこれもは無理ですが、その中で、最後にちょっとホッとしたのは高台院様のことです。先週、私は彼女は少しぼけてきたという演出なのかと思っていたのですよ。なにやらセリフでも重大なミスがあったようで「うちの人が死んで10年」と言うやつですが、これは私自身もボーっとしているので、
「ふーん、そうなんだ。じゃあ秀頼も結構大きくなっているのね。千姫の話はスルーなんだ。」なんて、つい思ってしまったりしました。

 でも、他の人のブログでそのセリフのおかしなことに気づきましたが、ああ、やっぱりそういう演出なんだと妙に納得した、前回の高台院様でしたよ。でも、これは吃驚 訂正されたそうですね。そういうこともあるんですね。再放送見る習慣はなかったのですが、惜しいです。そこだけは見てみたかったなと思います。
 それで、と言うのは関係ないとは思うのですが、今回の高台院様はリーダーシップ十分の聡明な女性に戻っていました。これは感じ方の問題ですが、私にとってこの人は「女」の嫉妬の影が見えるようなおばちゃん的会話をこの時期にされると、受け入れがたいものが多少あって、先週はそんな高台院に見えてしまったのですね。
 でも、最後に彼女らしく活躍されていて、安心したというわけです。
ただ、成長した秀頼を見たとき、家康はその若さに嫉妬したかも知れませんが、高台院はどう思ったでしょうか。
―この子のどこに、うちの人の面影があるのかな~―
などと思いながら、目や鼻、唇、あごの線、耳の形などにチェックを入れていたかもしれませんね。

 秀頼は、出番は少なかったですがりりしい美しい青年に成長していました。美しいがゆえに、その儚い生涯は哀れに思えてなりません。あんなに待たれて生まれてきたというのに

 でも、ここで秀吉似の青年が出てきたら、私はどう思ったのでしょうか。・・・なんか微妙。。。テレビのこっちで大笑いして、やるナァNHKとか思っていたかもしれませんね。歴史の謎の一つはこれで解決、なんてね。


 だけど、まさか、こんな終わり~。と思ってしまったのが、淀の最後でしたね。これは同じように思われた方は多いのではないですか。
 なんて言うか、最後の最後まで悪あがきの様子。挙句、大蔵卿局の息子治長に刺されて強制自害?で終わらせたのは、驚きと共にショックでした。

「可哀相だ。」と思わず私が呟くと、もっと早くこの人が消えていたら、豊臣は滅びなかったかも知れないなどとだんなが言いました。確かにあらゆる所で、あまり利口とは思うことの出来ない態度や振る舞いでしたが、聡明であっても、その智恵は経験がなければ磨くことは出来ませんから、城から出ることのない淀が智恵袋の三成亡き後、空転するのは必定だったと思うのです。

 落城のたびに命ながらえ、そしてここまで生きてきた淀が、ギリギリになってもその「生」に執着の影を見せたのは、いかにも淀の人生らしかったともいえたのかと思いました。

 愚かなる者ゆえに切ない―なぜだか私は淀が好きだったのですね。


何で、こんなに長く書いちゃったのでしょうね。
4行ぐらいでも良かったのかも知れませんね。最終回だから、気合入っちゃったのでしょうか。やっと千代と一豊にたどり着いたのに、もう疲れちゃったので、こっちが4行でいいかー。。。


というわけにもいきませんので、もう少しだけお付き合いくださいませ


 インパクトの強かった順に書くならば、本当は一豊臨終シーンを最初に持ってく行くべきでした。一豊が亡くなって、千代がしばらく添い寝をして目を覚まし、ようやくその現実を受け入れて泣くシーンは、胸を打ちました。

愛するものと最後の添い寝をするというのは、言葉ではちょっと表現できない何かを感じてしまうのです。

 でも、涙が出たのはやはりこっちです。しつこいくらいの過去のシーンのリフレイン。そこに罠が仕掛けてありましたね。

出逢った事から始まった二人の歴史。川辺に書かれた二人の名前。まぶしいほど若い二人。私はこういう罠に簡単に落ちる人なのです。

全てはこの河原から始まって、二人で頑張って生き抜いていったんだナァとしみじみ思ってしまうのでした。


 そして最後、海辺をふわっと通り過ぎていく千代。次のとき若い千代の名を呼び走ってきたのは、若き日の一豊でした。千代を気遣いながらおぶって去っていく二人の姿に、ああ、千代も臨終の時を向え、この物語は終わったのだなと感じたのでした。

 美しい終わりだったと思いました。
この「功名が辻」は物語かも知れませんが、ゆかりの地を訪ねるコーナーで千代が一豊と同じ61歳で亡くなった事を紹介していました。私達はそこにある事実に感動して、美しい物語を夢見るのかも知れません。



 この一年、お仲間に加えていただいた皆様、そして拙い感想を読んでくださいました皆様、本当にありがとうございました。
 今年、年頭にブログを開いた私にとっては「功名が辻」の感想を書き続けることは私なりの意味がありました。こんな記事でも、フーフー言っていたんですよ。でも、楽しかったのです。
そういうことも含めて、後、一回「まとめ」を書こうかなと思っているんです。
また、来年の大河は「風林火山」ですよね。山梨は私の父の故郷です。ドラマを見てみないと分からないことですが、出来たら続けたいとも思っています。もし、そのときはどうぞよろしくお願いいたします。







 



 

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「相棒」ー殺人ワインセラー

2006-12-09 14:50:31 | ドラマ(相棒)

 やられた方はは何時までも覚えていて、やった方は覚えていない。真夜中に、その悪夢に苛まれて眠られない夜をすごし、その後の人生を翻弄されてしまったというのに、かたや、覚えてないのだから、もちろん罪の意識など一片の欠片もない。

 「いじめの構図」そのものが、その事件の底辺に持ち込まれた今回の「相棒」は、深い作品だったと思います。  どんなに普通に演じていても、いつも普通に見えない佐野史郎がゲストでしたが、その持ち味がもの凄く活きていて切なさの余韻が残りました。

いつものようにあらすじはコチラ 

 チケットの張替えトリックを暴くのに、藤巻のワインに対するこだわりにかけるというのは、本来は無理な展開なのかも知れませんが、どうも、「相棒」には妙な説得力があって、見ている側にそれを気付かせないものがありますね。
 また、それに拘るかも知れない人のためにも、最後の薫のセリフが用意されていました。
「黙っている事も出来たんですよね。」
でも、それが出来ない事を見抜いていた右京の心理戦の勝ちであった事を納得してしまうのです。

 計算されているよな~、などと感心してしまいます。近頃HPのあらすじの所に脚本の名前が出るようになりましたね。この作品は櫻井武晴さんが書いています。

 以前から、「相棒」ファンの方たちはライターを踏まえて作品を楽しまれていたようですが、私はライターが作品によって違うという事も、今年初めて知ったことで、これはブログを始めたおまけみたいなものだと思っています。

「相棒」がいろいろな顔を持ち、枯れない面白さを誇っているのは、そのせいかもしれません。

 しかし、今回の作品は見終わってしばらくすると、なんとなくワインを飲みたくなって来てしまいました。影響されやすい私です。

あまりに世間知らずなのでちょっとリサーチしてみると・・・

ロマネコンティはいくらぐらい?
1960年ー126万円。1971年ー136万5千円。
ああ、そうですか。

当たり年。。。ボジョレーは2003年は百年に一度の当たり年といわれた。ボルドーの2000年は1961年1982年に匹敵するほどの当たり年。     ふ~ん

折りしもその時電話が鳴った。冷凍食品のシュ●ーから。
つい「じゃあ、このスパークリングワインを。」と注文してしまいました。
2,730円。。。。。。。。。。冷静に考えてみたら、高いじゃないか~。

 ―横道、私らしくズバッと逸れました。戻ります。―

 驚いた~、薫ちゃんの舌と思ったら、新潟の造り酒屋の息子でしたね。今回のトリオ・ザ・捜一は出番はおまけみたいなものだったけれど、全力で駆けていましたよね。(本当に走っていたわけではありませんよ。)

分からない事は、聞いちゃおうかな、どうしようかな、やっぱり聞いちゃえと言う、三浦さんの顔がおかしかったですよね。

で、聞いちゃったのーと言う、セリフのないイタミンたちのこけた演技を見逃しちゃった人は少ないですよね、きっと。

 そういえば、「パルトネール」は英語で言ったらパートナー。要するに「相棒」と言う名前のワインで、実在しないワインなんですってね。
騙される所でした。。

 

 

 

 

 

 

 

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功名が辻「功名の果て」

2006-12-06 16:43:18 | ドラマ (大河)

 ああなって、こうなって、そうなる。分かっていたさ~。
そういう展開になることは、まるっと、ぐるっと、すりっとお見通しじゃー。 

最終回一回前は、そんなホームドラマの巻きでしたね。。。というわけで、おわり。。

 

おいおい、「おわり」はやっぱりないですね。
じゃあ、そのホームドラマがいけないのかというと、そうではなくて、なかなか面白かったのですよ。最初に一豊が倒れたシーンで、予告編にそういうシーンがあったことから、我が家のうちの人はすっかり騙されて「この女のせいで~」と、千代に怒りを向けていますので、私は、
「ケビョ、ケビョ、ケビョ」と鳴いてさしあげましたわ。

そうやって見ると、みんななにやら怪しさ全開でしたね。単純に笑ってみていましたよ。

千代が一豊の枕辺にやってきて、戻ってきた事を知った一豊がやおら起き上がり、居住まいを正して、政策の方向転換の決意表明をいたします。はたまた、黒田如水のことを出し、実はこうであったと先週の行動の詳しい解説なんかをしたりもします。なんだかんだと仲直り。。。。

まぁ、ホームドラマなので、いいんでないかー。

嘘も方便よ。私、さっさと戻ってきたかったし、良かったわという雰囲気も漂っていましたし~。

私、こんな書きかたしていますけれど、実はこのシーンちょっとウルッと来ていました。
ど、どこでって思われましたか。一豊のセリフですよ。
「千代がいなければ、何も感じることが出来ない。千代がいなければ。。。千代がいなければ。。。」―例によって長いセリフは覚えておられぬ。

別に、一生懸命生きてきたのに熟年になってぽいっと捨てられる、お父さんの悲哀を感じたのではないですよ。元祖濡れ落ち葉と感じたのでもないですよ。

一豊は、もちろん千代もそうだと思いますが、長い年月、何か見るときも、常に二人でそれを見てきたのではないでしょうか。。。。例えば戦場に真っ赤な夕日が美しかった時、それを自分の目を通して意識は二人で見ている感覚。。。

何かを考えなくてはならないとき、千代ならどう思うだろうと、二人で考えている感覚。。

恋のさなかなら、そういう感覚も強いかなとかも思いますが、加齢加えた夫婦がその感覚を保ち続けた事が、その夫婦の歴史を感じてしまうのでした。

ここに、この夫婦の本当の「あがり」があるのではないのかと思います。

 

私が、ウルッとジーンと来ている横で、だんなが嘆いています。
「何で、こいつはすぐばらすんだ。」

要するに仮病の事ですよ。私もそう思いますよ。三日ぐらい寝転がっていておもむろに起き上がればいいものを。。。
だけど、「なんで、すぐばらす?」って言っちゃったらさぁ、それを言われ続けて一年間、振り出しに戻るってもんでしょ。

高台院の所にも行かなくてはいけないし~。家康の所にも行かなくてはいけないし~。忙しいのよね。

ところで、千代さま急に老けてまいりました。一回前の法則でしょうか。高台院様、変な人になっていました。私の中の高台院のイメージが、カタカタと崩れていきます。聡明だった淀様は、見る影もありません。

そういえば、狸おやじの家康が、誰の顔も皆、狸に見えるなどと言っていましたね。あったりまえだーなんちゃって。

人は人の里に住み、狸は狸の住処に住む。家康が狸なら、周りのその住処に住むものは皆狸なのさ~。

 

 なんでか、今回大幅に遅れてしまいました。後一回かと思うと、お名残惜しゅうございます。

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昨日の「僕の歩く道」

2006-12-06 07:45:00 | テレビ・ラジオ
〈ちょっと、おしゃべりです。〉

―ワッ、吃驚した。
夕べ、パソコンの前でだらだらしながら「僕の歩く道」を見ていました。

―テル、良かったなぁ、。自転車買えて・・・
―都古ちゃんにも会えて良かったなぁ。。。
―よさそうなだんなだったのに、だんだんぼろが出てくるなぁ、、、
―お金返すのに、一年かかったんだなぁ・・・
―60万も貯めたんだ。凄いぞ、テル。。。
―「同じ。」さりげないセリフなのに、胸に沁みるなぁ。
―都古ちゃんは頑張っていて、痛々しいな。。。

「なぁ、なぁ」と煩かったですよね、すみません。思った順番ではありません。そんなことを見ながら、習慣のように見ていたのですよ。

ドラマの中でも、おなじみの都古ちゃんに手紙を書くシーン。。
でも、アレ?読まない。何を書いたのだろうと興味を引っ張ります。

いつも真剣に見ている方は、予想が付いたのかも知れません。でも、私には読めませんでした。

「今日、都古ちゃんが来ました。都古ちゃんは元気がなかったです。」

―ワッ、吃驚した。手紙にはそう書いてあったのです。都古ちゃんは、あんなに明るく振舞っていたのに・・自分の事を会っただけで判ってくれるテル。そう思うと都古ちゃんはどんなに嬉しかっただろう。。。そう思うと、胸が一杯になります。

その時遠くの方からテルが、買ったばかりの自転車に乗ってやってきます。テルは新しい自転車を見せたかったわけではないですね。元気のなかった都古ちゃんを心配してやってきたのです。

ありがちな展開ですか?
でも、いいんです、私には。最後のわずかな時間でしたが、感動して涙が出てきてしまいました。
自分のことを分かってくれる人に出会えること。素晴らしい事ですよね。


感動しているのに、心の中で、マサイ族も吃驚の視力だなぁなんて思っていた私って。。(汗、汗、汗)

写真はドラマとは関係ありません。私の心象風景かな。



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いつのまにか・・

2006-12-04 07:34:34 | 新米パソコン生活

―ブログタイトルの秘密です―    そんなたいそうな事ではありません。

 

誰も気がつかない
誰も見ない
だけど、私はそこに居る

日の光をきらきら受けて
吹く風にゆれながら
積もる雪の重さに耐えながら
私はそこに居る
森の中で 多くの木の中のその中で
だけど たしかに  そこに居る

  

  この詩を書いて私はこのブログをはじめたんです。正直な所これだけ「打つ」のが精一杯だったんですね 

この詩は「 A TREE IN THE FOREST」、まぁ「森の中の一本の木」なんですが、まぁ、いいかと思う反面、何にも書けていないよなと思ってしまうのですね。

その書けていない部分を「LETTERS FOR YOU」の方で、自己紹介のつもりで書きました。もし、宜しければお読みください。

 

また、「LETTERS FOR YOU」の方からいらした方がいましたら、このブログが
「LETTERS FOR YOU」のイメージとかけ離れていて、驚かれるかも知れませんね。そうです。私は映画好きのドラマ好き。二人の子供とだんなで賑やかにホームドラマを展開しています。私は泣いて笑って普通に今日を生きています。

私は、ここにいます。
宜しかったら、またおいでください。お待ちしています。

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