森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

じわっと涙が!! ☆「虎に翼」

2024-09-27 23:15:10 | テレビ・ラジオ

最終回だけ見ても、もう胸がいっぱいになり、瞼が涙で濡れました。

特に最後に出演者たちが、カーテンコールのように皆が映し出されて、そして最後に寅子が主題歌に合わせて「さよーならまたいつか」と口が動くところに感動しました。

素敵な演出でしたね。

 

このドラマ、本当にいろいろな事をぶち込んできた内容だったなと思いました。

彼女のモデルになった三淵嘉子さんが、原爆裁判に携わったことは後から知ったことですが、それをこのドラマの後半のメインに持ってくるのかと私は思っていた節があったのでしたが、そうではなかったですね。確かに丁寧に描かれ、請求は棄却するも、原爆投下は国際法違反であったと明言したのです。

( 原爆投下国際法違反判決(東京地判昭和38年12月7日下級裁判所民事裁判例集第14巻第12号2435頁)ウィペディアより)

だけどそれを決してメインで大きく時間を割くことはなく、他にも様々な問題に向き合ってきました。

家庭内では絶大な権力を振るいながら(笑)、外に向けては自分の意見も言えず「スン」とした顔をする母を通して、その時代の女性たちを描き出し、法律の勉強をしようと進学を希望すると、その母は地獄を行く道と反対しました。

が最終回で、その母の幻影が表れ(またはnhkお得意の幽霊)、「その道はどうだったか。」と寅子に尋ねると、その寅子は「最高でした。」と答えました。

なんだかんだと言って、桂場の言葉に反発してだったと思いますが、最終的に彼女の背中を押したのはこの母でした。子が歩んだ道は最高だったと答えるとは、母親冥利に尽きる言葉だったと思いました。

それを過去を思い出すと言う形で描き、その時の寅子はやはり幽霊・・・・・(笑)

でもこの演出って・・・・と、私は思わず再放送が始まった「カーネーション」の最終回を思い出してしまいました。

(次の2行はネタバレの発言です。「カーネーション」初めて見る人もいらっしゃると思いますから。)

 

糸子の「死にました。」と言うアレです。

この時の糸子は、このドラマのナレーションの尾野真千子さん。

私は全く思わなかったのですが、巷では彼女の何らかの登場を期待する声があったのですってね。言われてみれば、登場してくれたら気持ち的に盛り上がり倍増だったような気がします。

さて、(「はて」ではないのですがw)、お話をいろいろな事をぶち込んできたと言う所に戻したいと思います。

男女不平等の社会での生き辛さから、教育の不自由さ、無能力者と言う嫁のポジション、それだけでものめり込みたくなるような内容でしたが、その後にジェンダーの問題や民族差別の問題、夫婦別姓の話題、そして尊属殺人にまで話は切り込んでいきました。(ああ、忘れてはいけないのが、常に法は正義かという問題もありましたね。まさか花岡さんがあの餓死してしまう裁判官になるとは思ってもみませんでした。)

最終回には「男女雇用機会均等法」まで。

とうとうここまで来たなと言う想いでいっぱいになりました。

少しドラマとは離れたことを言ってしまうと、私は古い水夫。この法律が私の生きてきた道に関わったことはないのです。それが残念にも感じ羨ましくも感じつつ、それでもその法律が生まれてきた社会を素晴らしい進歩と信じたいと思うのです。

追記:間違えました !!

最終回に出てきたのは「男女共同参画社会基本法」でした。「男女雇用均等法」は1986年。この「共同参画」は1999年(平成11年)。要するに男女平等を法律化したものと言って良いでしょう。これ、みんなの意識の中にあまりないんじゃないかと、私は思う・・・・。あなたにはある?

 

一つ一つの問題を広く展開はされなかったかもしれませんでしたが、決して浅くはなかったです。

少々堅かったかなと思う部分もあったけれど、そこに主演の伊藤沙莉さんや夫役の仲野大賀さんの時にはコミカルに感じた演技が救ったかもしれません。もちろんそれは他の芸達者なキャストさんたちの力にもあったと思います。

私はこの寅子と最初の夫の優三さんがどうなってしまうのか、気になって気になって我慢が出来ずに、その頃にモデルになった三淵嘉子さんの事を検索してしまいました。

そこで知ってしまった優三さんの未来。

でもこれは私的には、知っていて良かったです。じゃなければ私は、感情移入しすぎて悲しみから立ち直れず、激しいロスに苦しんでしまったように思います。それだけ彼の事が好きでしたから。

その後、新宿の方の病院に彼が出ていて嬉しかったです、マジで(笑)

 

岡田将生さんの航一も好きでした。この方のモデルになった方も、かなりのイケメンさんなのですよね。真実の方は、彼は妻が亡くなった後、ほぼ1年後に亡くなってしまうのです。この彼をその後15年も生きさせたのは、「ほらあの時ですよ。」と思い出のシーンに導くためだったのでしょうか。

桂場に言い切った

「いつだって私のような女性はごまんといると思いますよ、ただ時代がそれを許さず、特別にしただけです。」は良かったし、その前のよねが言った

「ほんの僅かだろうが、確かにここにいる。」と言う言葉にもジーンとしました。

 

このドラマの脚本を書いたのは吉田恵里香さん。まだ36歳なんですって。

素晴らしいわ、その若さも賢さも。寅子風に言ってみました(笑)

 

でも私らしく言うと、凄く凄くお勉強しましたね。おばちゃん、そんなところにも感動しちゃったよ・・・・かな。

 

 


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ようやく秋の風が畑の上にも | トップ | 「終わりに見た街」 »
最新の画像もっと見る

テレビ・ラジオ」カテゴリの最新記事