先日、あるお友達とひとり旅について話していました。
ひとり旅などとても行けないという友に、誰とも話さないで一日が過ぎてしまうというのが心配なのねと私が言うと、友曰く、
「愚痴とかすぐに言えないから、いやだわ。」と。
それは旅先で起きた出来事の文句を、誰にも言えなかったりするから嫌だと言ったのでした。なんか彼女らしい感想だなと思いました。
でも実は文句ばかりではなくて、今見た感動を、すぐに誰かに伝えられないという意味でもあると思います。
だけど、
「今すぐに誰かに伝えられない。」と言うことは、今の時代にはあまりないことではないでしょうか。
ブログだってその一つに挙げられると思うのですが、Xやフェイスブック(みなもう古いか。)、インスタとかもあるし、ラインやまたはメールだってあるじゃないですか。
だからすぐに伝えられないから嫌だというのは、ひとり旅を避ける理由にはならないと思ったりもするのですね。
後は、アクシデント対応にはひとりでは不安だというのはあるかも。
だけど私のような、スッとぼけた人でもなんとかなっているのですから、たいがいは大丈夫だと思いますよ。
「トンデモナイ」と言う言葉に拘って、今回のひとり旅の旅行記を書いてきましたが、本当に「トンデモナイ事」だったのは、あの寝ようと思った直前に平泉の平日は循環バスが走らないと分かった時だったと思います。ああ、本当はそれだけだったと書きたいところですが、実は他にも一番大きなトンデモナイ事があったのです。
でもその前にも・・・・
平泉駅に着いた私は、そこでやっぱりガイドブックに載っていたお蕎麦屋さんに入ろうとしました。
が・・・・・・終わっていました。もう泣いちゃう、私。
でも何かを学んだような気がしました。
その学びこそ、ひとり旅の醍醐味でしょう。
平泉が、いかに世界遺産の街であっても、平日に循環バスなんか走らせていたら、赤字間違いなしです。ガイドブックに載るレベルのお店でも、平日の2時過ぎにお店なんかを空けていたって、誰も普通は入ってきませんよ。
中尊寺、賑わっていました。だけどその周辺も、団体客めあてです。
ひっそりとしていた雨の平日の平泉・・・・・・。
さてこれからどうしようかなと、私は思いました。これなら最初に考えていた一関から渓谷に行くのだって出来たな、それとも天気が荒れるから早く帰って来いという夫殿の忠告に従うか・・・・
そうだ。やっぱり一関に戻って、新幹線のチケットを早いものに代えてもらおうと、トイレでのんびりと手を洗いながらそう決めた私。
そう思った途端に、やっとあることに気がつきました。
さっき待合室に、なんだか人がいっぱい座って居たのが見えたのです。
電車の時刻、まったく調べていませんでした。
でも確か1時間に1本ぐらいしかなかったのではなかったかしら!?
のんびりと手なんか洗っている場合ではありません。
いそいそと改札を通ったら、反対側に(つまり乗りたい側)電車が入ってくるのが分かりました。
あーーーー、やっぱり。
以前だったら、ダダダダだと階段を駆け上り、はぁはぁと言いながらその階段を下りていくということも出来たと思いますが、今の私には出来ません。
エレベーターに乗って、早く早くと言いながらボタンを押し、連絡通路を上がり、また下がる・・・・
ああ、ダメだな。これ、タッチアウトのパターンよね。
エレベーターの扉があいた時、電車の扉も閉まっていました。
あーーーーー、やっぱり。
が、その時運転手さんが窓から顔を出し、
「乗りたいの ?」と聞いてくれたではないですか。
「はい。」と言うと、「扉を開けて乗って。」と言うので、扉ボタンを押すと、焦っていたのか開きません。
「落ち着いて。」と言われたので、自分でも落ち着いてと叱咤しながらゆっくり押すと扉は開き、無事にその電車に乗ることが出来たのです。
しかしですね。いかに私、果樹園の近くに住んでいて、今では自分でも鍬を振る人であっても、意外と気軽に東京には行ける都会人もどきなのです。
その都会人もどきは、秒の単位であったとしても電車様を遅らせたとあっちゃ、罪の意識がバリバリです。もちろん走り出せば、きっとすぐに回復できる時間だと思います。
それでも乗客の皆さんは、さぞや不愉快に感じたのではないかしらと思ったら、ついつい電車に乗り込んだ私は、車両の乗客の皆様に
「すみませんでした~!!」と一礼して謝ってしまいました。
ひとり旅・・・・確かにその場で感動などを確認しあえなくて、逆にブログに書いていたり写真を見返しなどをして、後から気がつく事があったり、再び感動したりすることも多いと思います。またその時の行動なども振り返り、いろいろな思いにとらわれることもあります。
この時の、車両の皆様に対しての「すみませんでした~。」って、今思うと、「よー遣るよ。」みたいな気持ちになってニヤニヤしてしまいます。
その時振り向くと、まだ扉が閉まっていませんでした。
「あー、閉めるのでしたね。」と、私がその方向に行こうとすると
「良いんだよ、ねーちゃん。勝手に閉まるよ。」と、一人の男性が大きな声で教えてくれたのです。
「おねえさん」と言われて、少々気分が良くなった私は、短い車窓の旅を楽しみながら一関まで向かったのでした。
長くなったので続きます。
引っ張るねと言われそうですが、ひとり旅だからこそ、書くことがあるってものですよ^^
あっ、そう言えば、私の周りの何パーセントかは、ひとり旅が嫌な理由に「幽霊などの怪奇現象」が、怖いというのがありますよ。かくいう私も、2010年に初めてひとり旅をしたのですが、それまで躊躇していた一番の理由は、実はそれだったことは、あまり前面に出しては書いていませんね。恥ずかしかったからかしら(笑)